子供がいますぐ欲しいのは
お読みいただきありがとうございます。
少し長いです。
読みにくてすいません。
思い悩むよりは行動が一番ね!
ドアを開けて私は一瞬で絶望する事になったのだけど、今はこうしてアーロが私の横に座り、これからの事を相談する状況になっているのよ!
アーロは雑誌に書かれていたような人では無かった。
雑誌を読んで私が勝手に想像したのが、私が夢に見たガブリエルの外見だったのは、私の勝手な思い込みで彼のせいではない。
だけど、彼を前にして自分の思い込み通りでなくて良かったと思った。
彼は彼で好ましい外見の人だったし、何よりも、ガブリエルを想起する外見の人では私がガブリエルを思い出してしまうから、彼に失礼でしょう?
アーロは髪色が黒というそこからして、金色の柔らかなガブリエルの印象とは違っていた。
それでも固くて重すぎるという印象ではない。
ペルタゴニアには珍しい彼の黒髪には癖があって、近衛を引退したからか少し長めの短髪となっていたので、彼の実直そうな顔立ちを和らげる役目をしていたのだ。
そう、彼を一言で言えば、実直そう、だ。
華やかさこそない顔立ちだが、誰もが信用してしまうようなしっかりとした整った目鼻立ちをしているのだ。
そして、うわお!私を見返す目を御覧なさいな。
葉っぱを閉じ込めた琥珀のような不思議な瞳ですのよ。
私も自分の水色の瞳は自慢でしたが、こんなきれいな瞳になれたら、それは毎日が素敵なものになりそうだって思う程にきれいなのよ。
「あなたの瞳を持った女の子だったら素敵ですわよね!」
あら、アーロはお茶を吹き出した。
それから咽込んだのか、私から体を背けて咳き込み始めた。
「まあ、まあ!大丈夫ですの?もしかしてお身体も爆風を受けた事でお弱くなられましたの?まああ!それでは子づくりなど出来ませんか?」
背中をトントンと叩いてあげたら、その私の手は直ぐにアーロの左手で掴まれてしまった。
だが彼はすぐに私の手をそっと放し、その代わりに私の壁にするようにして左の手の平を翳して見せつけた。
右手は口元を押さえているって、吐きそう?
「あの?」
「げほ、ありがとうございます。それ、それで、げほ。待ってください。げほ。子づくりはいつだってできる体です。ですが、あなたと、はあ、げほ。あなたと俺は出会ったばかりではありませんか。」
「あら、そうですわね。でも、私は顔合わせの数日後には結婚式という流れでしたわよ。白鷺伯爵のエーメルもジョサイヤ商会のヘンリも、素晴らしい方々で結婚に何の心配もございませんでしたが。」
きゃあ。
私の右手がアーロに掴まれた。
次いで彼は私の目を覗き込むように見つめてきた。
何かおっしゃりたい事が?
私は彼を見返して言葉を待ったのだが、彼は何かを言い出すよりも、自分の手がしてしまった事に気が付いたと、火傷したみたいにして私の手から手を放してしまった。
「アーロ?」
「すいません。無作法でした。」
アーロはおもむろにソファから立ち上がると、私の横ではなく向かい合わせのソファへと座り直した。
それから両手を自分の下腹部に添えるようにして組んで下ろした。
背中はソファの背もたれにもたれさせていて、とてもリラックスしているようでもあるが、緊張感の方を彼から感じるのは、彼の口元が強張っているからか?
「あの。私の物言いでご気分を悪くされたのであれば謝罪いたします。ですが、私はとても追い詰められておりますの。このままでは子供を持てずに人生が終わってしまいます。愛し続けられる伴侶がいないのであれば、愛していける我が子だけでも手に入れたいと私は望んでおりますの。」
アーロは両目を瞑り、はっと吐息を吐き出した。
それから瞼を開けて、素晴らしい瞳で私を見返したが、その瞳は陰りが見えて暗いものに感じた。
「それはあなたがガブリエル、亡くなられたハハリへの忠義でいらっしゃいますか?彼を想うために新たな恋をせず、生きていくだけに子供が欲しい。そして、彼以外を愛せないから男は子供を作る道具の役目をして欲しい。」
アーロの言い分を聞いて、私は自分の自分勝手さに気が付いた。
それに、今までの言動ではアーロの言う通りにしか私の気持が通じていない、そんな大事なことにも。
「ま……あ。私ったらそんな風に聞こえる物言いでしたわね。失礼でしたわ。謝罪いたします。」
「いえ。恋人を失ったあなたのお気持ちはわかりすぎる程に解ります。愛する人がいない虚しい日々についても想像がつきます。それで子供が欲しいと思いつめるあなたのお辛さも理解できます。」
「なんてお優しい。そんな方を侮辱するような物言いになってしまった事、本当に申し訳ありません。ですが、そんなことは意図しておりませんでした。私は焦っておりましただけですの。私が好意を寄せた方、結婚を約束いたしました方、結婚したお相手の方々、皆様あっという間にお亡くなりになっているでしょう?」
「う、うむ。そう、でしたね。」
しまった。
私が死神ですと言う事をアーロに思い出させてどうするの?
でも、こんなに優しい方ですもの。
私の実情を全部知って貰う事が大事ですわよね。
だって、私と付き合うのは命がかかっているのですもの。
アーロは自分の紅茶のカップを手に取り、それに口を当てた。
私は彼のたったそれだけの所作に、目が釘付けになってしまった。
なんて丁寧に陶磁器を扱うのだろうかと彼の手つきに見惚れ、武骨そうに思えた手が、実にしなやかで長い指がついている優美なものだったと知ったからだ。
「あなたの指先を持った子はピアノが上手になりそうですわね。」
あ、またアーロが吹き出して咽込んでしまった。
私は急いでティータオルを持ち上げて彼に手渡し、彼はタオルを口に当てて私から身を捩って再び咳き込みの発作に身を任せ始めた。
「ごめんあそばせ。私は自宅に引き込んでいる間に社交性を失ったようですわ。自分の希望ばかりを口にしてしまいます。好意を寄せた相手がすぐに亡くなってしまうなら、すぐにでも子供を授けて欲しいと思いますの。」
「い、一度ぐらいで、子供が授かるなんて稀ですよ。」
「あら、そうでしたの?一度もそういう事はございませんから、私は存じあげ、あ!でしたら、王城のパーティで不倫行為をなさっていた方々。あの方々は最後までの行為をされていたって事ですか!お喋りやキスだけで裏切りはされていないと思っておりましたが!まあ!まあ!爛れていますわね!」
あ、アーロが再び咽込んでしまった。
どうしようと、私が彼の背中を叩くと、彼がやはり私の手を掴んで止めた。
そして、彼はゆっくりと体を立て直しながら私を見つめ返した。
彼の瞳の輝きはキラキラとした木漏れ日のようで、私はその美しさに引き込まれ、ただただほうっと溜息を吐いてしまっていた。
「あの。」
「俺は自分の子供には自分の事を知って欲しいと考えております。それは母親となる人に俺の事を知ってもらう事だと思います。あなたが俺の子が欲しいと望まれるのであれば、俺の事を知ってからでいいですか?俺はあなたに自分を知ってもらえるまで、きっと死ぬことは無いと思いますよ。」
アーロは私の手首から彼の手を放したが、私は彼のその手を両手で掴んだ。
そして彼の瞳を覗き込むようにして見つめた。
「あなたの言う通りですわ。あなたを知るべきだと思います。ええ!お父さんはどんな人って聞かれて答えられなくては子供に申し訳が立たないわ!」
「では、今夜のディナーはご一緒していただけますか?俺は飯を食う迄は絶対に死にませんよ?」
「あら。素敵ね。では、その前にお腹を空かせるためにガラ・ルファしません?お魚に足を突かれるってどんな感じなのかしらって、楽しみでしたのよ。」
私の胸は数年ぶりに高鳴った。
アーロがほわっと表情を緩めたのである。
今まで固い顔付だった人の笑顔は、それはそれは素晴らしいものだった。
いいえ。
彼ってなんてハンサムだったのだろうと、私はたった今気が付いたのよ。




