全ては君の願い通りに
アーロは有頂天そのものだった。
三年恋い焦がれた女性が腕の中にいて、彼の口づけに彼の腕の中で身もだえているのである。
失われていた自信をキスの一つをするたびに回復していくどころか、今までの卑屈な自分の殻を破って新しき自分が生まれ出ているようでもある。
「アーロ」
喘ぎ声を混じらせながら彼を呼ぶ声は煽情的で、彼は彼女への愛撫にさらにのめり込み突き進もうとしていた。
「うぷぅ」
かちん。
幼児の可愛い意味をなさない呟きに二人はぎょっと目を見開き、慌てたがために互いの前歯を当ててしまったのである。
歯には全く痛みは無かったが、二人の燃え上がっていた体の炎をしばし消火させるものだった。
二人は互いに微笑む。
アーロは彼女と結婚して子供が出来たらきっとこんな感じなのだろうと想像し、そこで自分の性欲を抑えてしまうほどに純粋な喜びにだけに包まれた。
ヴェルヘルミーナの両目はとろんとした輝きをしていた。
それはアーロの愛撫の残り火が彼女の体にあることを、彼に知らせるものだった。だが、彼女は彼女がアーロと同じことを考えていたことも教えてくれた。
言葉で。
「赤ちゃんは遅い方がいいのよって、意味が分かったわ」
「ああ。俺はしばらくは君と二人を楽しみたい」
「あら。ではお床入りはずっとずっと無しってこと?」
「いや、あの。いや、ええと、どうして?」
「だってあなた。お床入りは赤ちゃんを作るためのものでしょう?本当の結婚、ええと、エーメルとの結婚の時に叔母に教えてもらった、あのええと、男の人のお道具を女の人のお――」
アーロはヴェルヘルミーナの口を自分の唇で塞いでいた。
塞ぎながら、頭によぎった彼女の真実について、自分の下半身が爆発しそうになってしまった。マルケッタ達が揶揄した、ホウセンカ状態、その通りだ。
アーロは頭の中に体を鎮める記憶を呼び出そうとしたが、ヴェルヘルミーナによる攻撃で頭の中のものが全て蒸発した。
彼女は彼のキスに溺れながら、右手で彼の左臀部を掴んだのである。
ぎゅっと。
アーロは悪戯なヴェルヘルミーナの頭を右手で支えながら彼女に口づけ、彼の左手は彼女の悪戯な右手へと伸ばした。しかしアーロの左手が彼女の右手を捕まえる前に、彼の左手こそが彼女に捕まえられてしまった。気が付けば、彼女によって手首を掴まれた彼の左手は、彼が夢にまで見た行為を勝手にしているのである。
彼が夢にまで見た愛する女性の臀部に、自分の手で触れている、とは。
「うふふ。あなたのお尻の感触って素敵ね。私と全く違うわ!でしょう?」
アーロは、愛した女が本物の呪いの魔女だったと、自分に認めた。
自分が守るべき女性に、彼自身こそが今にも襲い掛かってしまいそうなのだ。
「アーロ?」
「愛する人?君のホウセンカは、今やギリギリだよ」
「ホウセンカ?あなたは凌霄花男爵様でしょう?」
アーロは純粋すぎる恋人にどう答えようかと思案したが、思案したがために彼の脳みそは彼をさらに追い詰めた。
先に進みたいのが本音である彼の脳なのだ。
ノウゼンカズラが根を使いながら大木を這い上る蔦であることを思い出して、自分が舌でヴェルヘルミーナの裸体を探索する行為をした場合、という情景を脳裏に描いてくれたのである。
「ぐっ」
「どうしたの?アーロ?私のお尻の感触は嫌だった、かしら?」
「嫌どころか、今でさえ夢うつつだ。君の可愛いお尻を両手で掴む、それは俺の夢だ。だがその夢は結婚まで我慢したい。我慢させてくれ!!」
「すごいわ、あなたは本当に私との結婚を大事にしてくれるのね」
「当り前だ。君と俺の結婚だ」
「そうね!!」
アーロの左手からヴェルヘルミーナの手が離れ、ヴェルヘルミーナは両腕をアーロの首にかけてしがみ付いた。
「そうよ!初めて私は結婚したい人と結婚できるのだわ!!女学校で夢みた愛する人との結婚が叶うのだわ!!そうね、私達は愛し合っているのだから、ちゃんと式をあげるべきなのよね!!そうよ!友達を呼んでお花に囲まれて大きなケーキを用意して。ああなんて素敵!!みんなに幸せを見せびらかすのよ!!」
アーロは愛する婚約者を抱き締め、君の好きなように結婚式をあげよう、なんて答えてしまっていた。
彼女が希望する結婚式は明日にはできないねと悲しく思った途端に、弾けそうなホウセンカだったはずの彼の体は萎びて腐ったピクルスへと変化した。
子供がいる前では性行為など出来ない。
初めてらしき女性にはそれ相応の場所とタイミングで。
そんな自分の倫理観など捨ててしまえば良かった、そう黄昏てもいた。
「ああ、でも。私は白いドレスは着れないのね。私は再婚になるのだもの」
「俺は初婚だ。俺の為に真っ白のドレスを着てくれ」
ヴェルヘルミーナは、ぱああああんと子供のような満開の笑顔になると、さらにアーロにしがみ付いた。
「あなたは私の夢の人だわ!!」
その後、マルケッタが部屋に戻るまでの数十分かけ、アーロとヴェルヘルミーナは二人の結婚式について話し合っていた。ほとんどヴェルヘルミーナの希望であるが、アーロは彼女の為ならばと、全てに賛成をした。
彼女が彼の部下や妻達を参加させたいと望むならば、また、その際に幼い子供達の遊技場を教会の観覧席にも披露宴席にも、ベビーシッター付きで設けるというのならば、賛成しなければ彼がかっての部下達に殺されるだろう。
いや、彼女の優しさに彼は完全に溺れてしまっていただけだ。
「全部、君の願うそれでいこう。俺の幸せは君の笑顔。君との結婚式が半年後になったとしても、俺は君の為にぐっと我慢するよ」
「いやあね。私は今すぐあなたと結婚したいの。でも、ドレスや色々あるでしょう。残念だけど三日後でいいかしら?」
彼の中で枯れたホウセンカも生き返っていた。
アーロは心の底から愛している女性の手を握った。
ヴェルヘルミーナこそ愛しかない瞳で彼を見つめ返す。
「俺は君の望むことを叶える事こそ本望だよ」
お読みいただきありがとうございました。
幸せと言いながら実は幸せでは無かったヴェルヘルミーナは幸せを掴み、彼女に恋い焦がれたアーロが夢の人を手に入れました。
これで呪いのように出会い恋をした二人の本編は完結になります。
アーロが凌霄花男爵なのは、ノウゼンカズラの園芸種の英名がトランペットヴァインで格好良い事と、アメリカノウゼンカズラは暑さ寒さにも強く、本文に記載した通り根で大木に這い太陽に向かって行くという恐ろしい植物だからです。
でも、ホウセンカホウセンカと呼んでいたらホウセンカ男爵でも良かったな。
エピローグがありまして、投稿はあと二話となります。
明日もどうぞよろしくお願いします。