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お帰りなさい

 深夜となったのに、ファンニがなかなか戻って来ない。

 警察と思ったが、彼女が濡れ衣を着せられていることを考えればそれも出来ず、そもそもホテルに、用事ができて戻れない、との言付けが届いている。


 ならば私にできることは、彼女の無事を信じて待つ、ことだけ。

 でも、アーロからも何の音沙汰も無くて、私は心配ばかりが増すのだわ。


「大丈夫ですわよ、アーロ隊長とぺテリウスが組めば最高だって夫も言ってます」


 エリサが可愛らしく微笑んだ。真赤なふわふわな巻き毛が天使のようで、私は彼女の夫のアスモもこうして癒されているのだと思いながら心慰められていた。

 彼女の娘のエンヤは私の部屋に敷いてあるマットにて、他の幼児達と一緒に転がって眠っている。

 彼女達は今夜は私と同じホテルに泊まるのだ。


 私をホテルに連れ戻ったキヴィとティップに再会した彼女達は帰り支度をしたが、幼児を連れて暗くなった外に帰すことが忍びなく、私が夕食とホテルの部屋を用意するからと引き止めたのだ。

 いいえ。

 ファンニの不在に私が不安だっただけだわ。


 そしてこんな自分本位な私に対し、彼らは全員が多大なるほどの感謝を捧げてくれた。キヴィとティップに関しては、騎士として跪き、私に忠誠を誓ってくれたほどなのである。それは、彼らが愛する妻と二人きりになれる部屋を、私が彼等に手配したことへのお礼でしかないけれど。


 部屋の御礼だけでは無いわね。

 私の口が、息子さんのリュリュを見守りますわ、なんて言っていたのだ。


 何て軽々しく危険な事を言ってしまったのだろうと、今の私は後悔している。

 三人の子持ちであるマルケッタを筆頭に今週は夫がゴートに来ていない四人が私の見守りをしてくれなければ、初めての子守りを体験した私の髪が真っ白になっていた事だろう。


 でも、ようやく眠ってくれた時の子供達の寝顔を見た瞬間、彼等にてんやわんやされた苦労も疲れも吹っ飛んだと思い出す。


「あら?ぺテリウスは横道に逸れる天才ですわよ。酒場でお祭りを始めているかもしれませんわよ。だから、心配するだけ無駄ですわ」


「マルケッタたら。でも本当。二人はいい組み合わせだって夫が言っていたわ。横道に逸れるぺテリウスがいるから、真っ直ぐすぎるアーロ隊長が壁に激突しないんだって」


「そうよね。イーナ。でも、ぺテリウスは切れ者だけど、凄いおふざけの人でしょう。アーロ隊長がいない今は、夫がフラフラしすぎて心配だわ」


「マルガレータ。私も同感よ」


 ヨアキム隊の奥様達はヨアキムの悪口のような褒め言葉とアーロへの信頼があるからできる扱き下ろしをはじめ、私はそれを眺めるうちに自分が落ち着いてきた事を知った。

 そうね。

 この方達が仲良しでいつも一緒に行動しているのは、兵士である夫の身を一人で心配していたくは無いからなのね。


「首都に戻っても集団行動しない?今回みたいに子供を預け合ったら夫と遊べるし、夫が勝手な外泊していないか監視できるもの」


 私は結婚生活を今から失望しないようにと、マットの上に並んで熟睡している赤ん坊と幼児達を見つめる事にした。

 ぷうぷくのほっぺに長いまつ毛の美しい子供達の寝顔は、天使の転寝にしかみえない素晴らしき情景を作り出している。


「天使ね。私も早く赤ん坊が欲しいわ」


「安心なさいな。今すぐにでも仕込めますわよ」

「そうそう。今のアーロ隊長は突いたら弾けるホウセンカな状態だもの」


「あなた方は!俺の純粋な婚約者にいけないことを教えないでいただきたい。彼女にいけないことを教えるのは俺の役目ですよ」


 私は愛する人の声に振り返り、部屋の戸口に立つ彼の姿に歓声をあげた。

 夜は別々で当たり前のはずなのに、教会で別れてからの時間が、いいえ、恋人になった途端に一分一秒でも彼の不在が悲しいだなんて。


「お帰りなさい、アーロ」


 彼は幸せそうに両腕を広げる。

 私は彼に駆け寄り、彼の胸に飛び込んでいた。

 私の体に彼の両腕が回され、私は彼によって彼の胸に沈められる。


「どうしたのかしら。婚約者でこんなだったら、あなたの奥様になった時には、私はあなたがどこにも行かないようにベッドに縛り付けてしまうのかしら?」


「物凄く望むところですので、その言葉は絶対に忘れないでください」


 私達の後ろで大笑いの洪水が起こり、しかしアーロは照れるどころか私の額に煽情小説の騎士が姫にするようなキスを落した。


 私は唇にして欲しいのに。


 あ、アーロが咽た。


「私は声に出してしまいましたか?」


 アーロは返事をしなかった。

 とろんとした夢見がちな瞳の微笑みを顔に浮かべ、小鳥がついばむようにしてちゅっと私の唇に唇を重ねたのだ。

 そして唇を剥がすと再び私を自分の胸に押し付けた。


「愛してます。今すぐにでも押し倒したいくらいに、激しく。ですので、余り俺を煽らないでください」


 私の後ろではさらにクスクスと笑いさざめき、それから衣擦れの音までも次々に起こった。

 私は部屋に振り返る。

 彼女達は立ち上がり、私とアーロの為に部屋を出ていこうとしていた。

 マルケッタはにっこりと笑う。


「お邪魔虫は消えるわ。でも子供達は置いて行っていいかしら?アーロ?」


「ああ。ただカイは起きたら俺には無理かもしれない」


「では、私だけこの部屋に残りましょう」


「ありがとう。助かるよ」


 私の女友達となってくれた彼女達は動き出したが、なぜかマルケッタまでもが集団に混じって部屋を出ていこうとする。何故かと見つめていると、彼女は戸口付近で立ち止まり、振り向いて軽く私にウィンクをした。


「二時間後に戻るわ」


 アーロと私は彼女にありがとうと言い、ドアはそこで閉まった。

 私とアーロは再び抱き合い、すると、アーロが私の額にまたキスをした。


「あいつらにありがとう」


「あなたの家族でしょう?」


「その通りだ。だからすごくありがとう」


 アーロは私の肩を抱き直すと、私をエスコートするように歩かせ始めた。

 彼は私を優しくソファに座らせ、再び、今度は私の頬にキスをした。

 幸福の中の私は隣に座った彼に寄りかかろうと思ったが、彼はすっと私から離れて、なぜかテーブルを挟んで向い側のソファに腰を下ろしてしまった。


「アーロ?」


「まず話がある」


 アーロの声はとっても硬いものに変わっていた。

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