泣いて笑って聞き返されて
私の部屋の前で起きていた異常事態。
なんと、見ず知らずの六人もの女性達が私の部屋に入ろうと押しかけてきているようで、ファンニが一人で彼女達に対応していたようなのだ。
お腹が大きい人が二人に、今の私みたいに子供を抱いている人が四人だ。
彼女達は貴族では無いが二等車両に乗れる階級ぐらいの上等な外出着姿であり、年齢的にはファンニや私と同じぐらいである。
そして共通しているのが、物凄く怒ったような顔付きなところ。
「まあ!一体どうしましたの?ボーイはどうしましたの?」
「オーナーを呼ぶって逃げました。ああ、奥様は奥にいらっしゃってください」
「あらでも。あなたに聞かなきゃいけないことができたのよ。女の子を拾ったの。この子に菫の砂糖漬けを上げてもいいのかしら?ミルクの方がいいの?」
「僕はケーキが良いです!」
突然の可愛らしい声に足元を見れば、私が抱く女の子よりも少しだけ大きな男の子が私のドレスを掴んでいる。髪も瞳も女の子と同じであれば、この子は女の子のお兄さんに違いない。
「まあ、はじめまして。私はヴェルヘルミーナと申しますの。あなたは何てお名前かしら?」
「僕はケイモ。その子はミンミ。でね、ママが抱っこしてるのがカイ。カイはまだママのおっぱいだからケーキはいらないよ」
「なんて可愛いの」
「ヴェルヘルミーナって、し、死神未亡人?」
「あああ、なんてことをしてしまったの!!」
一人が叫ぶと、後の五人の女性達も悲鳴みたいな叫び声を次々上げ始め、ホテルの廊下に次々と座り込むでは無いですか。
私に呪われると思い込まれましたの?
「あ、あの。お子様にもあなた方にも何もしませんわよ?」
「よりにもよって!!」
「うちの人の愛人どころじゃなかった!!左遷されてしまう!!」
「あああ、どうしよう。どうしましょう!!これから赤ちゃんが生まれるのに!このせいで亭主が馘になっちゃう!!」
「あの馬鹿亭主が消えたのが悪いのよ!!」
「ど、どうなさったの?ファンニ!こ、この方々はどうなさったの?ま、迷子を捜しに来ただけの方々ですわよね?」
「それとは違う理由みたいだと思います。ねえ、ケイモ君?あなたのパパは何て名前かわかる?」
「コスティ・パーヴァリです」
幼児は自慢そうに胸を張って答えた。
なんて可愛いの。
「やっぱりあいつの仲間!とりあえずあの馬鹿を呼んできます」
「あいつ?こ、こんな可愛い子があの悪者の仲間?」
「違います。ヨアキムの仲間のご家族みたいです。私はホテル受付にヨアキムを呼ぶように伝言を頼んできます。奥様はお部屋に戻っていてください。全く。彼は一体何をしているのか!!」
「ま、まあ。では、メイドかボーイも呼んでくださる?この方々にお茶をご用意しなくては。ええと、ケイモさんはケーキをご所望なのよね」
「はい。僕はケイキが好きです」
「なんてお利口さんで可愛らしいの。さあ、皆様、お部屋にお入りになって」
「奥様!部屋に戻るのは奥様だけですって!」
「小さいお子さんもいるのよ。こんな廊下じゃ可哀想」
「あああ!なんてことをしてしまったのおおお!」
一人が泣き叫び、一気に全員が泣き出し、彼女達が抱いている子供まで泣き出した。ケイモもミンミも泣いてはいないが、ケイモは母親の様子に脅えたのか、私のドレスに縋りついて来たではないか。
私はおろおろするしか出来ず、腕の中のミンミをぎゅうと抱きしめた。
彼女は嫌がるばかりか、クスクス笑いながら私の胸に頭をこすりつける。
私の胸がきゅっと張り、けれど、胸の中はズキンと裂ける痛みに襲われた。
アーロを愛する限り私が決して手に入れられない赤ん坊という存在を、ミンミが彼女自身でもって私に突きつけてきたからである。
私はアーロ以外の人の子供など欲しくは無い。
「ああああ。どうしてあの人に想い人がいるのおおおお!」
「うきゃあ」
私はミンミの声に驚き、自分がしてしまった事に気が付いた。
人前で大声を出して泣きながら座り込んでいたのだ。
「あ、ああ、ミンミちゃん。驚いちゃったわね、ああごめんなさい。あ、あの、ミンミちゃんのお母様?ミンミちゃんに菫の砂糖漬けを差し上げてよろしいのかしら?あの」
動揺しながら顔を上げれば、私と同じように座り込んで泣いていたはずの人達が全員立ち上がっており、私を一斉に見つめているのである。
眉根を寄せて。
「あ、あの。ああ!ごめんあそばせ。大事なお子さんを危険な目に遭わせてしまいましたわね。ああ、ミンミちゃん?だ、大丈夫だったかしら」
「うきゃあ、ひゃははははは」
ミンミは私の腕の中で背中を思いっきり反らしながら笑い出し、私は腕から逃げそうな大きな魚を掴み直す感じで慌ててミンミを抱き直す。
「お姉さん。ミンミは楽しかったみたい。僕もやって欲しいくらい。でも、お姉さんは悲しいの?ええと、アーロおじちゃんが意地悪なの?」
「え?」




