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天使は突然やってくる

 アーロとヨアキムによって取り戻して貰った私の荷物は、ホテルオーナーが外聞を恐れたのか、届くや否や新たな部屋に問題なく設置された。明日首都に戻るのだから荷ほどきはする必要もなかったが、発つ場合の荷造りも責任を持つと請け負ってくれたので私はオーナーに感謝をするしかない。


 汽車のチケットはキャンセル待ちとなったのだから、明日発てない場合もある。

 それを見越してのオーナの厚意だ。


「奥様。今夜はどのドレスになさいますか?」


「あ、そうね。どうしましょう。引き出して片付けるのもまた面倒ね」


 私の宝石はホテルの宝石鑑定士もつけながら一つ一つ確認し、ホテルの金庫室に入れてもらっているのだ。


「貴族の方に会いたいという一般人の夢を叶えて下さいな。奥様の着飾った姿はきっと女神のようで一生の思い出となるでしょう」


「ファンニったら。では、スクエアカットのエメラルドにしましょうか」


「ではエメラルドに似合うドレス、ドレス、は」


「あなたが選んだドレスに似合う宝石にしない?」


「なんだか投げやりですね」


 私はファンニに微笑んだ。

 今の私には、ドレスも宝石も全部色褪せ、単なる衣装でしかない。

 あんなにも必死に取り戻そうと焦った大事なものなのに。

 鑑定士をオーナーがわざわざ用意したのは、私が宝石に何の意識も向けないことに私の精神状態を訝しんだからであろう。


 取り戻した宝石なのに、私にはどれもこれも石ころにしか見えなかったのは何故なのか、と思う。

 それはきっと、私が琥珀しか欲しくなくなったからだわ。


 あの葉っぱを閉じ込めたような、緑がかった琥珀の瞳が欲しかったから。

 私はアーロの瞳だけ見つめる人生が欲しかったのだ。


 でも彼は、純粋で一途な方だ。

 愛する人を心に決めてしまった、その愛を大事にする人なのだ。

 私と結婚したら私に誠実に尽くしてくれるのは間違いない。でも、彼は私が愛する相手でなくて辛いだろう。そして私も、私が彼を愛しているほど、彼からの愛が戻って来ないのは辛く堪らないはずである。


「奥様?お茶はいかがですか?気持が落ち着きますよ」


 ソファに座る私の前にファンニが温かなカップを置き、そこにお茶を注ぐ代りに私にティータオルを差し出した。

 それは私が涙を零しているからだ。


 けれどもティータオルは顔を拭くものでは無い。

 私はお茶の作法を彼女に伝えようとしたが、ティータオルの柄をしっかり目にした途端にそれをファンニの手から奪い取って目頭に当ててしまった。


 ヒヨコとメンドリの模様は、今の私には辛いばかりだわ。


「奥様。泣かないでくださいませ。恐ろしいのならば、ええと、シーララ様をお呼びしましょうか?奥様の為にならば、いくらでも馳せ参じる人です」


「い、いいえ。いいの。ああ心配させてごめんなさい、ファンニ。ねえ、やはり今夜の集まりは辞退できないかしら?アーロの部下の奥様達には別の機会を設けます。貴族の誰でもよろしければ、ゴートに滞在しているお友達を紹介いたしましょう。だから、あの、今夜は何もしたくないの」


「奥様、ああ、わかりますが、あの、それは」


 コンコン。

 部屋のドアがノックされた。

 ファンニは私を放っておけない顔をしたが、ドアの向こうからホテルボーイの少々切羽詰まったような声が聞こえた。


「恐れ入ります。奥様へのお客様がいらっしゃっておりまして」


「私へのお客様?あの、アーロには。いいえ、誰にも会いたくは無いと伝えてくださる?あの二人のどちらかでしたら、今夜の集いのお断りを」


「奥様。わかりました」


 ファンニは立ち上がりドアに向かっていく。

 私は少しでも気を落ち着けねばと思いながら、自分でカップに紅茶を注ぐ。

 口を付けたら熱すぎて、舌を火傷しかけた。そこで冷めるのを待つ間の口直しにと、私は砂糖漬けのお菓子が入っている透明なガラス瓶に手を伸ばした。


「おはにゃ?」


 小さな女の子の声?

 私は砂糖壺から視線を動かした。

 私の目の前にある個人掛けソファに、二歳くらいの女の子が立っている。


 薄茶色の巻き毛が飴細工のように輝き、両目は彼女が欲しがっている菫の砂糖漬けのような青紫色。


 私の涙腺が再び崩壊しそうなほどに可愛らしい彼女は、私に向かってにこっと笑顔になると、テーブルの方へと身を乗り出した。

 ソファの上という不安定な足元の状態で。


「待って待って!危ない倒れちゃう!!」


 慌てた私はポットもカップも倒したが、女の子がテーブルに激突する事は避ける事が出来た。彼女は怪我一つなく私の腕の中にいる。


「ああ、良かった。あなたはどこから来たの?天使様なの?」


「おはにゃ」


「うふふ。赤ちゃん。あなたは菫が食べたいの?ええと」


 私は女の子を抱いたまま当たり前のように戸口に向かい、そこにいるファンニに声をかけようとした。

 声をかけられなかったのは、私の部屋の前で異常事態が起きていたからである。

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