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呪いがここで消えたならば

 アーロはたった今聞こえた台詞に、目の前が真っ暗になりかけていた。

 自分の耳の調子が悪いのだと思い込もうしたが、聞き流してしまった方が傷が深くなると思い直した。


 明日ゴートを発つとヴェルヘルミーナが言っているというならば、彼と彼女の約束は白紙にされるという事なのである。


「どういうことですか?」


 アーロの声は彼が自分を情けなく思うぐらいにひび割れていた。

 しかし、その声がヴェルヘルミーナに響いたのか、頭を下げっぱなしだった彼女の頭が上がったのである。

 がばっと勢いよく。


 頭が持ち上がりる時にピンクブロンドの髪がふわりと広がり、それはまるで花びらが開くような美しさだとアーロは思った。ヴェルヘルミーナは彼が決して摘み取れないと嘆く夢の花なのだと、大昔からの胸の痛みも思い出した。


 そんな儚い花が見せつけた表情は、アーロから思考と声を失わせた。


 彼女は両目から涙を流し、口元をガクガクと震わせているのだ。


 アーロはそれだけで頭が真っ白になった。

 彼の両腕はヴェルヘルミーナに伸ばされ、彼女をファンニから奪い取るようにして掻き抱いていた。


「あなたは何も心配されなくて良いのです!」


「いいえ、いいえ!お放しください!私は死神だったのです!」


「何をおっしゃいます!あなたは死神なんかじゃ無かった。全部あなたの傍にいたあの侍女がした事ではないですか!あなたには呪いなど無いのです!」


「その通りですわ。その通りなんですの。私がトゥーラを諫めなかったから、素晴らしき方が彼女に殺される事になったのですわ!!ああ、ヘンリ、ごめんなさい、ごめんなさい」


「そいつは本望だったはずです!!」


 アーロは大声をあげていた。

 その男が自分が殺される未来を知らされても、きっとヴェルヘルミーナを愛する事を止める事は無いだろうと、アーロは確信しているからだ。


 なぜならば、彼こそヴェルヘルミーナを手にできるならば、死んでも構わないと思いつめているからである。

 選んで貰えたそこで死ねる、とも。


「愛する人の為にならば、ええ、愛する人を手にするためならば、自分の命を失おうと愛する事など止める事など出来ないのです。ですから、彼は本望なのです」


「……お放しください」


「あ、ああ。申し訳ありません」


 アーロが腕の力を緩めると、彼の腕の中から彼の愛する人が顔を上げた。

 その顔に浮かぶのは、アーロの言葉に慰められたどころか、さらに追い詰められたような絶望に近い表情だった。


「ヴェルヘルミ――」


「アーロ。私は明日首都に帰ります。あなたとのお話は無かったことにして下さい。いいえ。全部忘れてください」


「いいけど、明日なら今夜は空いてるよね?」


 アーロとヴェルヘルミーナは、彼等の愁嘆場に挟み込まれた軽薄な言葉と声に同時に顔をあげた。

 ヨアキムがたった今の声と同じぐらいの軽薄そうな笑顔で彼等を見下ろしており、なぜか彼の腕に彼に反発していたはずのファンニがぶら下っている。


「ヨアキム?」

「ふぁ、ファンニ?」


「おーい。俺の恋路を邪魔するのかな?ヴェルちゃんは?」


「そ、そうですわ。奥様。今夜ぐらいはわだかまりを捨てられるように話し合うべきだと思いますの」


「え、ええと。よろしくてよ?今夜を楽しんでいらっしゃいな」


「ちっがーう。今夜二人きりだったら、俺とこいつが結婚しなきゃじゃないの。こういう時は、ダブルデエト。あ、そうそう、今夜は全部終わった会をしなきゃじゃないの?俺の部下を君に紹介したいし、部下の嫁達は貴族様と出会えることを夢見てこのゴートに来ているんだよ?ここは、ヴェルちゃん。俺達に感謝として、俺達の打ち上げ会に参加してもらえるかな?」


「そ、そうですわ。小さなお子さんをお持ちの方もいるそうですの。赤ちゃんについてのお話を聞けるチャンスじゃないですか!奥様は死神じゃないんです。これからどんどん恋をして幸せな結婚をしていけるんですよ」


 ファンニの言葉によって、アーロは絶望の底に落ち切った。

 夢は儚いと思い知らせられていた。

 彼は親友達によってしばしの猶予を与えられたと感謝を捧げるよりも、全て諦めてベッドに潜って泣きたかった。


 ヴェルヘルミーナはその優しさで亡くなった過去の人を嘆いているが、気持が落ち着けば死神でもない彼女はどんな相手だろうと手に入れられると気が付くのだ。

 こんな、死なないだけのズタボロの男など、彼女の足枷でしかないと、彼はそう思うからである。

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