騎士になり損ねた男
アーロは自分が間に合った事にホッとしてた。
自分が事前にピーリネンに罠を張る事ができたのは、これこそ神のお導きだと彼は考えた。アーロがポルッキとピーリネンの密会現場をゴートの町で見つけられたのは、全くの偶然でしかなかったのだから。
この偶然があったがために、こうして彼が愛するヴェルヘルミーナの危機に駆け付け、いかにも救いの騎士のようにして登場する事が出来たのだ。
アーロはそう考え、神にいくらでも寄与しようと感謝ばかりだった。
ほんの数分ほど。
なぜならば、その高揚した気持ちが、彼がピーリネンを殴り倒したそこで消え去ったからである。
アーロは神を憎むばかりとなった。
アーロは何故自分一人で行動しようとしなかったかと、自分を責めた。
ヨアキムこそこの場の英雄としてアーロよりも早く室内に入り、酷い事を言われて傷ついたアーロの想い人へ言葉をかけたのである。
「ヴェルちゃん、大丈夫だった?ほら、ファンニ。そんな風にぎゅってしちゃ、か弱きヴェルちゃんの腕が折れちゃうじゃないか」
「わ、私が怖いのはあなたよ!その見境のない暴力はなんなの!」
「ファンニ。俺はいつも言っていただろ?俺にたてつく者は全て潰す、と」
アーロは自分の相棒によって自分の想い人と彼女の侍女が脅え切って抱き合った様子を知り、大き過ぎる溜息を吐くしか無かった。
彼はその次に起きる事を知っているのだ。
ヨアキムは女性を脅かしてお終いなどにはしない。次には笑顔になる何かを脅える女性達に囁き、ヨアキムの望む通りに状況整備をしてしまえるのだ。
「いいから、あなたはあっちに行って!ほら、警察官の真似事しているあの二人とか、奥様の荷物を盗んだ女の逮捕とか、って、あああ!奥様の荷物!!」
アーロはファンニに感謝しながら呪っていた。
彼は愛する人の騎士になる方法をファンニの言葉から得ていたが、それを叶えるにはこの場からさっさと離れねばならないのである。
「ちくしょう。ヨアキム、俺はヴェルの荷物の確保に走る。お前にこの場を任せていいな?」
「ばあか。それこそ俺がするよ。俺は女の子達にこんなに嫌われちゃったんだ。お前が俺の代りに慰める係をしてよ」
親友!!
アーロの頭の中でその二文字がピカピカ輝いた。
次にヨアキムが賭けで負けた時にはアーロが助けてやろう、そんな誓いを立てながら友人の元へと歩く。
だが、彼の目は見つけたくない時に見つけたくも無いものを拾うのだ。
室内で警官の服装をしている二名の男、警官の癖に全く動きを見せなかった唐変木、それがアーロが良く知っている二人であったのである。
アーロは親友の襟元を掴むと、彼を自分に引き寄せた。
「どうしてキヴィとティップがいる?」
「シフト?来週はアスモとウッコかな」
「シフト?来週?意味が分からないが、もしかして、パーヴァリとサミも?」
ヨアキムは猫が笑ったみたいな笑顔を作って、せんしゅう、と口だけ動かした。
アーロは自分の足元が大きく揺らいだ気がした。
目の前にアーロの知った顔がいる事実が意味することは、近衛連隊の分隊長達全員が職務を放棄してゴートの町に来ていたということである。
アーロはにやけているだけの友人の耳に口を近づけ、出来る限りの囁き声で出来る限りの憤懣をぶつけた。
「爆破事件があったばかりというのに、王城からあいつらを離れさせるなんて!!だからお前は今まで連隊長になれなかったんだ。私物化しやがって」
「安心しろ。ちゃんと城に近衛連隊はいるって。こっちに滞在中は俺達の飲み友達の奥様子供達だけ。亭主であるあいつらはシフトで来てるだけ。いいだろ?こんな機会が無きゃ分隊長はお出掛けできない。あいつらもたまには奥さん連れてさ、羽伸ばして遊びたいんだそうだよ?」
「俺を肴にか?その癖こっちで会わなかったな」
「建前は爆破事件についての追跡調査?会わないのは当たり前」
「そうか。お前らの方がポルッキ達の動向を掴んでいたのか」
「まさか!本音は家族サービスだよ?お前がポルッキとか見つけるから急遽働くしかなくなったんだ。感謝しろ?」
アーロは脱力するしか無いと大きく溜息を吐くと、昔の近衛連隊長だった時と同じく拳にした右腕をあげて手首を回した。
「解散させんなよ。おい!キヴィ!ティップ!状況がわかってんなら、元隊長、現在色ボケ野郎の大事な人の荷物を奪い返してきてくれ。その後は奥さん達によろしく!!」
「おうよ!」
「まかせろ」
「おう、行け。荷物だけは確実に頼むな!」
すると、アーロの元部下達は、アーロ達に少々卑猥な仕草のボデイーランゲージをした後に部屋を出ていったのである。
倒れているピーリネンもヨアキムが倒した人殺し侍女も、ホテルメイドもそのままの状態にして。
アーロは大きく息を吸い気持ちを落ち着けると、大事な想い人へと顔を向けた。
自分の大きな体で彼女の脅威にならないように、彼はしゃがんでもいた。
か弱き女性達はアーロの動きに少々ビクつきながら互いにかけた腕に力を込めたが、彼に向けた顔付はヨアキムに向けていたものよりも友好的である。
ファンニが、である。
ヴェルヘルミーナはアーロを見返すどころか、脅えた様にして頭を下げてその美しい顔を隠してしまった。
アーロはどうしたのかと心配になりなりながら、彼女に声をかけていた。
「ヴェル?もう大丈夫です。ここの後始末は俺がするし、君の荷物は絶対に取り戻します。もう何も心配しなくていい。それで、ええと、落ち着く先の部屋は」
「大丈夫です。まずはファンニとホテルの喫茶室に行って落ち着きます。オーナーを呼べば別の部屋を用意してくれるでしょう」
アーロは自分の想い人が思った以上に気丈だったと口元をほころばせたが、その口元はすぐに固く閉じるしかなくなった。
「明日には発ちます。一泊ぐらいどんな部屋でもかまいませんもの」
発つ?
アーロこそ崩れ落ちそうになっていた。




