破滅させられたとのたまう男は
部屋の戸口にてトゥーラの相棒のようにして彼女の横に立つ男、大柄で固太りした目の小さなその男は、カルヴァ王子のせいで自分がクラウス賞を逃したかのような台詞を吐いた。
その思い込みに同意など出来ないが、王子に敵意を抱いた事への納得はできる。
クラウス賞に選出された人は今まで全員、大学での名誉教授職や病院での名誉顧問などの職を与えられてきたのですもの。研究ばかりで生活力のない研究者には、研究費と終身雇用が約束される夢の賞と思えるでしょうよ。
そんな栄光を約束する賞を逃したというのならば、王子がどんなに素晴らしい研究者でも、王族へのへつらいがあったと思いたくもなるのかもしれない。
そんな納得ですけれど。
「あら、でも、クラウス賞は毎年ある賞ですわ。同じ研究を毎年発表する学者様も多くいらっしゃるではないですか。今年も去年も、いくらでも、あなたにはチャンスはあったのではありませんか?」
私は自称科学者に向き直った。
すると、男は吼えるように私に怒鳴り返して来たではないか。
「カレヴァは私を学会から永久追放しやがったんだ!」
「きゃあ!」
私とファンニは男の大声に驚いて抱き合い、いえ、驚いたのは私だけで、ファンニは私を守るように私を抱き締めてくれただけだ。
「奥様、クラウス賞って何ですか?」
あら?クラウス賞について聞きたいから私を自分に引き寄せただけ?
私がファンニを見返すと、彼女は興味深々な顔つきで私を見つめており、彼女の肩越しに見える警察官達もファンニと同じ様な眼つきを私に向けていた。
「あらまあ!皆さんもご存じなかった?首都で年に四回学会が開催されるでしょう?その四回目となる十二月の学会の最終日に、一年を通しての最高の発表者を学会参加者達で投票し合って決めるの」
「まあ!それでは凄い名誉ですね。貰える賞金も物凄いのですか?」
「あら、賞金はありませんのよ。それどころか、乾杯用のお酒を全員に振舞わなきゃいけないの。ですから、セント・クラウスになっちゃったね、と」
「奥様、それって栄誉ですか?」
「貧乏な研究者にはいじめそのものじゃ?」
「学者になるのも道楽って意味が解りましたよ。貧乏人が一生成りあがれない理由って奴も」
せっかくクラウス賞を説明して差し上げたというのに、ファンニだけでなく警察官こそげんなりとした風に呟いたなんて。
「金持ちは機会があれば貧乏人を潰したがる」
「この世界の仕組みこそ変えるって、救国救世騎士団は正しいかもな」
私は警察官二人の更なる呟きに、はふっと息を吸い込んだ。
なんと、私に聞こえないと思っているのか、それぞれが、金持ちめ、と吐き捨てるように呟いたではないですか。
テロリストだとアーロが教えて頂いた救国救世騎士団は、もしかして目の前のこの科学者の様な人達が作り上げた集団なのかしら。
自分の失敗は全部お金持ちのせいで、社会の仕組みだと思い込むような人が。
で、では、彼の研究が日の目を見れば、王子への誤解は消えるかしら?
そうよ。
あの王子が一生懸命な人の研究を潰すなんてするはずないわ。
私は戸口の男を再び見返し、恐る恐るという風に尋ねていた。
「あなたのお名前、いえ、研究のお題は何ておっしゃるのかしら」
「知ってどうする?」
「あの、素晴らしい研究でいらっしゃるなら、研究資金の援助だって」
「馬鹿にするにもほどがある!」
「きゃあ!」
「お前が私を潰した癖に!お前が唆すから、あのカレヴァが研究発表なんてしようと考えて学会に顔を出すようになったのだ。あいつはクラウス賞を手にした途端にいきりやがって。その特権で、全ての研究論文を読み、私を学会から追放したのだ。私の才能を妬んで、それはもう躍起となってこの私を潰すために奔走してくれた。全部お前のせいなのだ!!」
「お、王子がそのような事をなさるなんて。あ、あの公平で優しいカレヴァ様がそこまであなたにされたとおっしゃるなら、お、教えてくださいな。あなたの研究は何でしたの?もしかしてピラルクーを全滅させるような怖いお薬の発明だったりでございますの?」
「薬品は正解だなあ。いやいや、頭が悪い女こそ、化粧という薬品が好きだものな。凄い物で薬という発想は当たり前か」
男は私を思いっきり卑下するような口調で言い放つと、偉そうに鼻を踏んと鳴らしながら彼自身の研究の題を口にした。
「汚れた自我を排除した後の無垢で純然たる神の使徒の作成。つまり、フグ毒によって臨死させ、ジギタリスによって蘇生を促し、いついかなる命令にも従う兵士を作り出すという崇高な研究だ!!」
「カレヴァ王子があなたを潰すのは当たり前だわ!」
「うぬっ。やはりお前こそがこの世の淫婦。カレヴァを誑かした死神か!!」
死神、その言葉に私は一瞬でわなわなと震えてしまった。
アーロへの失恋こそ喜ぶべきだったのだわ。
私が愛した人達はみんな死んでしまうのだから。
「盗人語るに落ちた!!」
落ち込んだ私と違い、ウキウキとしたファンニの大声が室内で弾けた。
彼女は両目を輝かせて一瞬前に彼女と共感していた警察官に振り向くや、飛び掛かれと言う風な大きな仕草で科学者を語る人非人の大男を指さした。
「紅楓子爵夫人は死神として有名な方ですわ。あの男が奥様を死神と言い切るならば、奥様が本物と認めたも同然です!!」
「ファンニ、ひどいわ!!」




