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人は前に出て進むもの

 アーロは私の発した言葉に対し、違うと言って腕が千切れる勢いで目の前で手のひらをぶんぶんと振った。が、次第に彼の腕の動きはゆっくりとなり、そのうちに、慌て顔が眉根を寄せた真面目顔となり、終にはその顔で私をまじまじと見つめてきたではないか。


「ええと、あなたは俺を愛していると」


 今度は私が両手をぶんぶん振る番だった。

 結婚したいくらいアーロの事は好ましいと思っておりますけれど、まだ愛していると言えるそこまでじゃない、でしょ?


「いえ、そうではなくて!!三年前と言ったら、の話で――」


 ま、まあ!

 アーロが見るからにしゅんとしてしまった?

 も、もしかして、彼は私の気持が大事だった?


 そうよ。

 彼は三年も想い続けた方がいらっしゃるけれど、その方と結ばれるのが絶望的だからと私との一歩を望んでいるのではなくて?

 だから私の気持が、気持ちが……。


 そこで私の気持こそずーんと地の底に落ち込んだ気がした。

 気持と一緒に頭だってズーンと下がってしまった。

 私ったら数秒前の自分の気持さえ思い違いしていたわ、と。


 アーロが私にとって、結婚したい人、もっと知りたい人、とっても執着してしまう人であるという事実は、私が彼に恋してしまっていたからではないのって。


 なんてことでしょう!

 子供が欲しいだけという当初の目的だけに夢中でいられれば良かったわ。

 だってアーロと私が結婚した後、私はとっても不幸になるじゃないの。


 愛した人に操を立てられる誠実な彼だもの。

 私を大事にして下さるでしょうけれど、でも、彼の心には彼が愛した女性が住み続けるのよ。

 私の本当の望みは、愛した人に愛されたい、だったのよ。


 私は下げていた顔を上げ、アーロを見返した。

 私の気持は彼に気付かれちゃいけないわ。

 きっと優しい彼は私との結婚に踏み切るでしょう。


「あの、三年前の王宮の舞踏会にはトゥーラは貴婦人として参加しておりましたの。だから、あの、あの頃の近衛連隊長をあなたでいらっしゃいましたし。」


「で、あなたは俺があんな女性に恋する程度の男だと?」


「トゥーラは私よりも美しいわ。そしてあなたは外見ばかり気にされているから、あの、……勘違いですわね。ええ、思い違いです。あなたへの侮辱でした。謝罪いたします」


「いえ。謝罪は必要ありません」


「そんなにお気を悪くさせてしまいましたか」


「違います。俺は外見で恋をする男でした。それを思い出しました」


 自嘲するような口ぶりのアーロが作った表情は、それは寂しい笑顔である。

 私が彼を慰めたくなる表情で、私の胸がきゅっと締め付けられた。


「その方はさぞ素敵な方でいらっしゃったのでしょうね」


「そうですね。自分の夢の中から現れたと錯覚しました。そのまま恋に落ちて、そして、内側を知るたびにさらに深く恋に落ちてしまいます。深みです」


 アーロが始めた告白に、私は泣きそうになっていた。

 だって、現在進行形で語られたのよ。

 彼がうっとりと夢見るように語るその人を羨ましく思い、彼の気持を知ったことで、私と彼の結婚はありえないと認めねばならなかった。


 ガブリエルを愛し彼に愛されたあの日のようにして、私はアーロに自分こそこのように想い続けられる存在でいたいのだ。


 いいえ、違うわ。

 ガブリエルは、自分を愛しているなら、そんな言い方ばかりだった。

 そうよ、愛されたいから身を投げうとうと私はしてしまったのだわ。

 今になって知った彼の真実を考えれば、私は彼に身を投げ出していなくて、いいえ、アーロに邪魔をしてもらえて助かった、だわね。


「ふふ」


「ヴェルヘルミーナ?」


「私とあなたのことについて――」

「初めて恋をした相手が私に夢中だったのよ。そんな事も知りもしないで、それをダラダラ引きずっているなんて笑えるわ。」


 トゥーラの声が私の言葉を打ち消した。

 それだけでなく、私はトゥーラの言葉によって沸き上がった怒りで真っ赤になりながら、とうとう街路樹から飛び出していたのである。


「ヴェルヘルミーナ!」


 アーロが私を呼び止める声によって、トゥーラは私へと顔を向けた。

 トゥーラは私がいた事には気が付いていなかったのか、美しい顔だったのを忘れるぐらいに間抜けに見える驚き顔を私に見せた。

 私は私こそ貴婦人だという風に顎をあげ、女主人の声を出した。


「あなたは首よ。私の目の前から消えなさい」


「私ほど献身的な友人はいないと思いますけれどね。世間知らずな誰とでも寝られる恥知らずさん。お金や目的の為ならば、お風呂に入った事もない垢だらけの老人でも、ベッドから起きられないオムツな若者でも、そして、全身ケロイドの男でも、誰だっていいだなんて笑えるわ」


 トゥーラは私の言葉に打ちひしがれるどころか、私を嘲って打ちのめした後、彼女こそ貴婦人として踵を返して去っていった。彼女は私達が戻る予定のホテルへと歩いて行ったので、恐らくも何も自分の荷物はしっかりと持ち去るつもりであろう。


「あああ!いけない!」


「どうしました?奥様?」


「あ、あげていない私の宝石とドレスを返してもらわなきゃ!ファンニ!私達こそ急いで戻って私達の荷物をトゥーラから守らなきゃ!」


「そうですわ、奥様!」


 私は優雅さなんか放り出して走り出していた。

 お金と目的の為ならば何だってする女、その通りに見えるなと思いながらも。


「奥様、私がついております。だからお泣きにならないで」


「ありがとう。あなたは本当に優しいのね」


 アーロにした結婚の申し出を撤回しようとした言葉は、アーロにする前にトゥーラの言葉によって消えてしまったけれど、こんな私を見れば彼は私に愛想を尽かしたはず。


 貴婦人の矜持を投げ出して、たかがドレスと宝石の為にこんな浅ましい姿で走っているのよ?お金と目的のために誰とだって寝る女、そう見えているはずよ。


 だから、アーロと私はここで終わりとなって、アーロは愛する人への気持を持ち続けられるし、私はそんな彼から愛が帰って来ないと嘆く未来など無い。


 これで良かったのよ。

 そう思うのに、どうしてこんなに胸が痛いのかしら。

お読みいただきありがとうございます。

これでこの章は終わりです。

次の章からどんどん物語を動かしていきたいと思います。

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