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あなたは私のお古ばかり

 私はアーロの言葉に感激していた。

 嬉しいばかりだった。

 でも、胸を押さえて黙り込んでしまった私を、アーロは自分の言葉が私の気分を悪くしたと勘違いしてしまったようである。


「すいません。出過ぎた物言いをしてしまいました」


「そんな!私はあなたの言葉が嬉しいばかりですのに」


「ヴェルヘルミーナ」


 私とアーロは見つめ合い、そう、アーロは私に正面顔をしっかりと向けている。

 火傷の傷跡があれど、とても好ましい素敵な顔立ち。

 琥珀色の瞳に透明な緑の輝きが見える。


「あなたは何て素敵な顔立ちをなさっているのかしら」


「つまらない顔で、その上傷ばかりですよ」


「ええ、お顔に傷はありますね。でもあなたの顔立ちは素敵ですわよ」


 彼の美しい瞳はさらに輝いた。

 表情は、……まあ!

 泣き出しそうにも見える、とっても感動した人が浮かべる様な、私の胸が切なくなるようなものだった。私が思わず彼の両頬に両手を添えてしまうぐらいに。


 彼は私の手の感触を厭うどころか、うっとりとしたようにして目を閉じた。

 私は目を瞑った彼の顔で、真っ白なシーツに転がる彼の姿を思い浮かべた。


 彼が眠る横には私がいるの、そういうイメージ!


 そのイメージを手に入れたいわ!

 そのためには結婚するのよ、私はアーロと結婚したいわ!


「アーロ」


「アレクシス。行きましょう。先程お話したとおりの事が起きているのですわ」


「ああ。君を貶めるために侍女の反乱って奴か」


「そう。私のお古ばかりで嫌気が差したのでしょうね」


「では、やはり教育的指導は必要となる、か」


「うわお。恐ろしい計画を俺の前で披露なんてしていいのかな、お二人さん」


「ハハハ。我々が供もつけずにいると?」


 アレクシスの不穏当なセリフに、見つめ合っていた私とアーロは同時にハッとして、今は注目するべきことがあったのだと姿勢を正した。

 つまり、街路樹の影に隠れなからトゥーラ達を盗み見る、という仕事に私達は戻ったのである。

 私だけかもしれないけれど、少し、いえかなり忌々しい気持ちになりながら。


 だから、トゥーラに心の闇があったと思いやるよりも、私の名前を騙って勝手をする彼女を首にしてもかまわない残虐な気持ちの方が強くなっていた。

 いいえ、本気で残虐な気持ちになっていたわ。


 紳士風の格好をしていてもいかにもな風体の男達五人が人込みから現れると、ヨアキムとファンニを取り囲んでしまったのだから。


「どうしましょう」


「ハハ。これは想定内、だ。」


 アーロが出した掠れた低い声は私の耳元を掠り、私の背筋をぞくぞくっとさせて、一瞬で私の恐怖心を追い払ってしまった。

 そうじゃないわ。

 彼が私に与えたゾクゾクは性的刺激そのものだったから、私が危険な男達の存在に注意を持ち続けられなくなっただけだわ。


 それに、私を刺激したのはアーロの声だけじゃない。彼の存在そのものよ。だってアーロは私の後ろに立っているけれど、私を庇うためかほとんどぴったりと重なるようにして、なのだもの。


「そ、想定内、ですの?」


「ふふ」


 きゃあ、また素敵な笑い声。

 男の人の喉を鳴らす笑い声って、どうしてこんなに心地良いのかしら。


「俺とヨアキムは敵の数を数えてから動くよ。ほら、大人数過ぎたら逃げなきゃでしょ?俺達は失敗が大嫌いな臆病者だからね」


「嘘ばかり」


「ほんとうですよ。怖くてあなたの背中に隠れてしまいそうだ」


 私はアーロの声に酔ってしまったのか、いつもよりも開放的な気持ちになっていて、いつもだったら絶対にしないことをしていた。

 アーロの胸に寄りかかり、婀娜っぽい台詞を吐いていたのだ。


「怖くて私こそあなたの腕の中で気絶しそうよ。私を抱えて逃げられて?」


「この場で俺こそがあなたを襲いそうですよ」


 アーロの返しは、ふざけた内容の台詞に関わらず声が少し硬くなっていた。これこそアーロのおふざけだと思いながら、私こそ少々軽薄そうなくすくす笑い声を上げていた。そしてさらに彼に寄りかかったが、私のお尻の上あたりに硬いものを感じる。


「銃をお持ちなの?」


「いつでも持ってます。怒りんぼうな相棒が暴発してしまわないように、しばらくじっとしていていただけませんか」


「あ、そうね。今は危険な状況でした!」


 私はアーロからパッと剥がれて幹に貼りつき直した。

 それで、ヨアキムとファンニの進退に注目を戻したが、たった数秒で事態が変わっているなんて信じられなかった。

 五人の男達は地面に臥し、アレクシスは腕をヨアキムに腕をねじ上げられて呻き声を上げさせられている、という状況なのだ。


「どうして」


「あいつは鞭が好きなんですよ。おいたが過ぎて鞭を貰うばかりだったから、人様に使ってみたいんでしょうかねえ」


「あらまあ」


「ははっ。状況は変わったわね。さあ、マキ。どうしてあんな良い方を貶めようなんてされるの?お古が嫌なら自分でドレスを買えばいいじゃないの。いいえ、知っているわ。ヴェルヘルミーナ様があなたに新作ドレスをいつでも買っていらっしゃったってことは!」


 私はヨアキムの勇姿は見逃したのに呆然としてしまっているのに、しっかりと目にしたはずのファンニは全く動じていなかった。いえ、ヨアキムの勇姿に追い風を受けたかのようにして、まるで魔女を弾劾するかのようにしてトゥーラを指し示しながら私の知らなかった事実をトゥーラに突きつけたのである。

 そして、トゥーラはしっかりと魔女だったようだ。


「いやだ。私は言ったでしょう。お古ばかりなのはあの女の方だって。あの女の想い人が私を愛しているなんて知ったら、私を憎むのは当たり前でしょう?」


 私はアーロを見返した。

 アーロは気まずそうな顔をしていた。


 はっ!


 王宮での舞踏会。

 あれはお遊び主体のものだからと、社交デビューを経験したかったというトゥーラを侍女ではなく私の友人として参加させていたわ。壁の花の私と違い、美しく輝いていた彼女は謎の貴婦人として人気者となっていたのではなくて?

 そしてその頃の近衛連隊長は、アーロ。

 彼が愛する人への貞節を誓ったのが三年前ならば!


「ああ!あなたの想い人がトゥーラだったなんて」


「違います。違います!!」



お読みいただきありがとうございます。

大人の恋愛のはずが、どんどんお馬鹿になっている。

本来は切れ者だったアーロを痴れ者からはやく脱出させたいです。

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