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私こそあなたに知ってもらう?

お読みいただきありがとうございます。

昨日は誤字脱字報告ありがとうございました。

ファンニの名前を間違っていたとは!

 私達は言い合うことを止め、少し離れた位置にいるヨアキム達に顔を向けた。

 すると、注目を浴びたと、ヨアキムは芝居がかった声と動作でファンニを責め始めるではないか。


「見たか聞いたか?この展開はお前のせいだからな!この失言魔王!お付きに抜擢された光栄に浴しておいて、何で空気を一つも読まないかな?」


 ヨアキムが憤慨した風にしてファンニを責めたところで、ファンニは自分を責めたヨアキムの胸を右手の人差し指で突いた。


「痛いって、ばか!」


 ヨアキムはあばらが折れた様にして胸を押さえた。

 しかしファンニはさらに指先を今度は胸を押さえたヨアキムの手の甲にぐりぐりしながら、本気で怒った声をあげたのである。


「いいこと?お聞きなさいな!私が奥様と出会ったのは昨夜で、お付きとなったのは今日からです!大体私がろくでなしハハリの実態と、シーララ様の貞操の誓いの噂をばらすことになったのは、ぜんぶあなたがしつこいからじゃないの!」


「だからべらべら言うなって!お前が昔から変わっていないと知っても、そういうとこじゃ喜ぶよりも情けねえよ。少しは変わっとけよ。」


 ヨアキムは両手で顔を覆い、諦めの混じった声を絞り出した。

 アーロもファンニの言葉を聞くや両手で顔を覆い、溜息交じりの声をあげた。


「知ったか、ああ、知られたか。」


 アーロが嘆くのは、一途に想う相手の為に貞操の誓いを立てることが、愛人を多く持つ方が偉いなんて風潮の昨今では恥ずかしい、から?

 私はそんな誓いを立てたアーロが、好ましいどころじゃ無いのに。


 でも、彼を素敵と私は思った反面、凄く凄く残念だって気持ちの方が強かった。

 生理の前の時みたいな、どうしようもない苛立ちを抱え始めてもいた。

 けれど、私のそんな内心は知らないはずの彼なのに、すまなかった、なんて私に謝ってきたのである。


「あなたが謝る必要は。」


「勝手に一途に想い続ける男は気持が悪いだろ?」


「そんな事はありません。」


 アーロは自分の顔から両手を下ろし、顔をあげて私を見返してきた。

 ほわっと、希望の光が両の瞳に宿っている。

 それは、彼が想い続ける人が当世の風潮に流されずに、今の私みたいに彼が素敵だと思うかもしれないと、私の言葉によって考えたからよね。


 でも、私こそ当世の風潮が嫌いで、きっとアーロが惹かれたような社交界の華とは違うはずなのよ。


 それでも私は、彼を励ますことに決めた。

 神様は人の幸せを望めとおっしゃっている。


「ええ、そうよ。気持ち悪いわけ無いですわ。あなたのような方に想い続けられる方は幸せだって思われるはずです。」


「ははは。そうか。そうきたか!」


 アーロの声は急に虚ろになっていた。

 私の言葉が単なる社交辞令にしか聞こえなかったからだろう。

 良かったわね、なんて返しながらも、私は言葉に心を込める事が出来なかった。


 だって、私はアーロの恋の成就を想像して、どうしてかむなしい気持ちしか湧いてこないのだもの。

 だってそうでしょう。

 常に親切で優しいアーロの幸せのために、私は大人として自分の申し出を引っ込めるべきなのだもの。


「ええ。だからいいのよ。もういいの。」


「そうだな。逃げ出すにはここが潮時だ。」


「ま、ああ!どうして私が逃げ出すことになっているの!」


「だから、そこはもういいですって。」


 だから、そのそこって何ですか?

 そんな気持ちで私は私が出すような声を出していなかった。


「何が良いって言うの!」

「そうだ。よくないよ。」


 私のヒステリックな声に被さるように、理知的な声が割って入った。

 それはカレヴァ王子の凛とした声で、私は彼の声と言葉で少し冷静になれた。


「君達は喧嘩しかできないんだったら、私の研究室から出て行ってくれないかな?私のヴェルヘルミーナが、ほら、不穏になってきた。」


 私にじゃなく、あなたのピラルクーへの配慮でしたか。

 なんだか私は誰もに否定されるばかりだと、私こそ不穏になりながら水槽を見返せば、あら!巨大な魚が水面近くで体を大きくうねらせたところだった。


 こ、これって?


「ヴェル!こっちに!」


 グイッと私は引っ張られて、アーロの腕の中に抱え込まれた。

 温かな大きくて広い胸に抱かれた感触は、幼い子供の頃を思い出させた。

 私は子供のように無防備になって、自分から彼の腕の中で丸まった。

 と、その同時に、大きな水音が頭上で弾けた。


 ブワっしゃーん。


 …………。


「ははは。」

「ふふふ。」


 私達は笑うしかない。

 だって、アーロがせっかく私を庇ってくれたのに、アーロが被った水の滴りが、しっかりと私の上に注がれてしまったのだから。


「ほら、ヴェルヘルミーナは君達がうるさいとお冠だ。彼女はあの体の大きさで水面を跳ねるなんて空恐ろしい事をするんだよ。」


 完全にぬれねずみになった私達は顔を見合わせ、先程までの険悪感など無かったようにして顔を見合わせて笑い合った。

 私は笑って誤魔化したかった。

 彼から身を引くと自分で言っておいて、彼の腕の中にそのまま居座ってしまいたいとしがみ付きたくて堪らなかったから。


「私はやっぱり不幸ばかり呼ぶわね。」


 え?

 アーロの腕がぐいっと私を引き寄せ、私はさらに彼の腕の中深くに納まった。

 私の胸は彼の肩い胸に押し付けられ、私を抱き締め直した彼は私の右耳に彼の右頬をくっつけるすれすれまで顔を寄せた。


「ヴェルヘルミーナ。出よう。俺は君とゆっくり話がしたい。」


 掠れた囁き声は私をゾクゾクさせた。

 私は思わず彼の両腕の、肩近くを両手でもってしがみ付いていた。


「あの。」


「もう一度話し合いたいんだ。」


「話合いって?」


「君が俺から身を引くのが俺の為だと言い張るならば、俺の願いこそ聞いてくれないか?俺をまだ君の未来の子供の父親にしたいならば、俺を誘惑してみたらどうだろう?そんな話合いだ。君が俺にそこまでしたくないならば、ここまでの話だけどね。」


 私は大きく息を吸いこんだ。


 誘惑?わたしから?

 アーロは私を突き放したくはない?

 もしかして、叶わぬ恋だからこそ、彼は私に誘惑されたいと考えていた?


 俺を知ってからでいいですか?と、アーロは私に言った。

 それは、自分を知ったうえで子供の父親にして欲しいという、あの日の言葉通りで、最初から最後まで彼の本当の気持だった?


 それならば、そうよ!

 私こそ彼に知ってもらうのはどうかしら?

 ヨアキムが不屈の精神でファンニに迫るように、私も頑張ってみるの。

 それでもアーロが愛した人を忘れられないのなら、私は諦めましょう。


 私はアーロに向かって顎をあげ、出来る限りの微笑みを作った。


「アーロ、ここを出ましょうか。トニも連れてね。話合いは必要ないわ。」


「そうですね。では、ホテルを追い出されたことですし、俺は敗残兵として首都の自宅に帰ります。」


「あら?コテージを借りましょうよ。私はあなたの事を知りました。そして、もっと知りたいと実は思っているの。それで、あなたにも私の事を知ってもらいたいなって。ねえ、そのために一緒に生活をしてみるのはどうかしら?」


 アーロの琥珀の瞳は煌き、口元は幸せそうに笑みを作った。

 彼は私にいいね、と言った。


「いいや、駄目です!シーララには、私の管轄地になるゴートでの一連の事件、そこをちゃんと解決して貰うまで我が家に滞在させる予定です!」


「いや、俺は解決したくないですし!」


「解決しなさい!小汚い雑種犬付の客に家を貸す貸主はゴートにはいない。私の所での滞在は、事件解決のためだと言えるだろう。それとも、麗しきヴェルヘルミーナにも野宿を強いる気持か?」


 カレヴァ王子はやはり洞察力のある方だったのね。

 しかしながら親切な王子の申し出に対して、アーロはクーデターを起こしそうな兵士の顔を王子に向けた。

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