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ご迷惑でしたなら

お読みいただきありがとございます。

ブックマーク、評価、そして、誤字脱字報告、本当にありがとうございます。

 アーロは私のボディガードをしている?

 え?でも、王子から私をガードする理由はなくない?

 あ、昨日の野犬やらピラニアは、実は私を狙ったものだったの?

 だからアーロは報告書を私には見せないように壁になっている、ということなのかしら?


「くうん。」


 犬の鳴き声に振り向けば、ミイラみたいに包帯だらけの大きな犬がヨタヨタよたつきながら私達のいる場所へと向かってきているところだった。


 垂れ耳の顔は首までスムースヘアの茶色で、首から下がワイヤーみたいな灰色の毛がザンバラに生えながら胴体を彩っている。

 雑種であるからこんなにちぐはぐなのかしら?


 その奇妙な犬はアーロしか見ておらず、彼の足元に落ち着きたいようである。

 襲ってきた昨夜の印象とは違い、大きな体は萎んで見えて、今は弱々しく痛々しい姿でしかない。

 私は昨日の怖かった事を思い出すよりも、こんなにも哀れな生き物に情けをかけたアーロの優しさに感動するばかりだった。


「アーロ。その子に名前はもう付けられましたの?」


 アーロは私を見返し、顔を綻ばせた。


「まだです。せっかくですからあなたが名付けてくださりませんか?」


「あら?あなたが救った犬でしょうに。」


「変な名前を付けたらこいつに襲われてしまいそうだ。」


 彼は自分の足元に来たばかりの犬を見下ろし、犬の頭を軽く撫でた。

 犬は既にアーロを飼い主と認めているようで、彼が自分を見つめてくれたことが嬉しいという風に、目を輝かせて大きく尻尾を振った。


 あら?あどけない眼つきでアーロに対して小首を傾げた犬の顎髭に、盗み食いした名残のようにしてクラウドベリーのジャムらしきものが付いているわ。


「ラッカ(クラウドベリー)はいかが?」


「それはあなたの好物ですか?」


「あら、その子のお口にジャムがついてますわよ。あなたの好物なのでは?」


 まあ!はにかんだ笑みを浮かべたわ。

 なんて可愛いの!


「甘ずっぱいものに目が無いんですよ。」


「お前は甘酸っぱい恋愛ばかりだもんな。」


 私とアーロは勝手に茶々を入れてきた煩い男に同時に顔を向け、ファンニによってその金髪の男は脛を蹴られた。

 私達は金髪男の顛末を確かめると、何もなかったように互いを見合った。

 そしてアーロは何ごとも無かったようにして、数十秒前の会話の続きとなる台詞を少年のような笑顔で言った。


「ムスティッカ(ブルーベリー)が特に好きです。唇を青くするぐらい摘んで食べましたね。あるいは母がジャムを作るために摘んで来たものを盗み食いして怒られて。」


「うふふ。私もムスティッカの方が好き。あら、でも、やっぱりラッカの方が可愛い響きだわ。」


「ハハハ。ではラッカにしますか?なあラッカ?」


 犬はアーロの膝裏に鼻をくっつけて、そのまま体を彼の足に擦り付けた。

 猫のような動きだが、名前が嫌だと泣きついている素振りに私には見えた。


「名前はあなたに考えて欲しいみたいよ。その子は男の子でしょう?やっぱり可愛いベリーの名前なんて嫌だと思うわ。」


「確かに。じゃあトニでいいか。トニ?」


 雑種の犬は嬉しそうに小さくクウンと鳴き、もう一度アーロに体を擦り付けたが、その後すぐに力尽きた様にその場に伏せた。

 アーロは軽く犬を撫でてやると、低くて甘い掠れ声を出した。


 そう聞こえた、私の耳には!


「だからベッドにいろと言っただろう?」


 私の脳裏に、大きなベッドに転がる私に、今の声で今の台詞を言いながら頬にキスをしてくれるアーロ、という映像が浮かび上がった。


 なんてこと、最高過ぎるわ!


 私は自分が想像した幻想に打ちのめされて、よろっとよろめいた。


「おおっと、大丈夫ですか?」


 よろめいた私を支えてくれたのは、私の妄想の出演者のアーロではなく、私とファンニにウンザリされているヨアキムだった。

 私は、ありがとう、と言いながらヨアキムを押しのけた。


「ヴェルちゃん。君は以外と好き嫌いをあからさまに出すんだね。」


「あなたはファンニの心を手に入れたいのでしょう?女性に焼餅を焼かせようと別の女性に優しくするのは、全くの逆効果では無いかしら?」


「すでにフラれちゃっているので、癒しが欲しいなってだけですよ。」


「先ほど私を突き飛ばしたのはどなた?」


「先ほどはまだ完全にフラれていませんでしたので、ヴェルちゃんが少々お邪魔でございました。反省しています。」


「だったら口説き相手をヴェルヘルミーナの侍女にしたらどうだ?」


 私はアーロに後ろからグイっと引っ張られ、アーロは私の両肩を後ろから両手でつかみながらヨアキムに凄んで見せた。

 ヨアキムはにやっと笑うと、右手をひらりと振って私から離れ、彼の目的であるファンニへと再び身を寄せた。


「凄い変わり身だわ。」


「あいつにもっと口説かれたかった?」


「何をおっしゃるの?アーロ。私とヨアキムの会話を聞いていらっしゃらなかったの?とても険悪そうよ?」


「俺には険悪にもなって頂けませんね。いつも俺には気を使って慰める様な言葉しかかけてくれない。実はあなたには俺が迷惑でしたか?」


 あなたには迷惑。


 その言葉は、私が一度も考えていなかった気遣い、かもしれない。


「すいません。俺は言い方が下手ですね。気分を悪くされたのなら――。」


「い、いいえ。あの、昨日からの私のお願いが、あの、あなたにはご迷惑だったかしらって、急に思いましたの。だから、自分を知って欲しいっておっしゃったのかしらって。」


「……それで?」


「それで、ご迷惑なら終わりにしてもいいかしら、と。」


 アーロは、ええ?という顔をして固まった。

 その顔が可愛らしくて、私は自分が今言った言葉を取り消したくなった。

 馬鹿な私。

 もう少しだけ気が付かない振りをして、もう少しだけアーロと一緒の時間を楽しんだら良かったじゃないの。


「いえ、ご迷惑なんて、俺があなたをそんな風に思うなんて。」


 しどろもどろにアーロが弁解をしてきた。

 アーロの弁解にほっとしている私がいて、ほっとしたからこそ自分が酷く自分本位のように改めて思ってしまった。

 彼は私が彼に気遣いばかりだと言うが、彼こそ私に気遣いばかりではないか。


 私が嫌なら嫌と言ってくれてもいいのに、でもあなたはお優しすぎるから?


「もうよろしくてよ!ええ、あなたの事を知って、申し訳なく思いました。だって、あなたのような優しい人が、寂しい女の申し出を一蹴する事など出来ませんでしょう?」


「あなたこそ嫌なら嫌と言ってください。グダグダ言い訳をしているが、言った言葉を撤回したいのならそう言えば良いでしょう。俺を傷つけたくないから?俺はそんなに情けないですか?あなたは俺を全く見てはくれないのですね!」


「だって、恋した人にあなたは義理立てていらっしゃるのでしょう。そんな事も存じずにあなたの子供が欲しいなんて!私は考えなしでございました!」


「誰が一体そんなことを!」



「ファンニです!」


 私達の言い合いに割り込んできたのは、やっぱりヨアキムだった。

 彼は朗らかな笑みを見せながら、彼が恋していると言い張る女性を、こいつだ、という風に指さしていた。

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