君は赤く輝く鎧のような鱗を持つ魚
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カレヴァ王子が施設長になっているガラ・ルファは、内風呂外風呂に大きなダンスホールを持つ温泉施設に植物園っぽい施設が併設されている場所となっています。
2022/6/1において章題が「まずは知ること」になっておりますが、後日変更する可能性があります。
神の家を出た私とファンニは、癒されるには一番の場所に向かった。
カレヴァ王子の研究室である。
カレヴァ王子は、三年前に研究室を国営古代式健康大浴場の一角に移した。
その後の彼は、精力的に研究発表を行うだけでなく、研究をもとにして作り上げた絵本を図書館などに寄贈している。
その絵本は話題となり、今や首都の子供達に大人気となっている御仁だ。
それなのに彼に浮いた噂も無く未だに独身なのは、最近は軽薄であればあるこそ魅力的に取られるという風潮だからであろうか。
とっても優しく誠実な方であるのに!
「ヴェルヘルミーナ!君をここに招く事が出来るなんて夢のようだよ!」
カレヴァ王子はとっても幸せそうな笑顔で私に両腕を広げて下さり、私はその腕の中に入って彼の頬に挨拶のキスをした。
そして私は彼の腕から出ると、彼が作り出した世界をぐるっと見回した。
どれもこれも見た事など無い植物群だった。
大きな大きな艶やかな緑の葉っぱを持つ木だったり、細かい葉っぱが花火のように吹き出している木や、毒々しさもある強い色合いの花々を付けた草木や蔦が、温室を古代のジャングル世界にしてしまっているのである。
さらに、温室の中心には、大き過ぎる水槽が設置されていた。
水槽の中だっても、苔むした岩や倒木などのオブジェと水草で彩られている。
水槽の中は、それだけではない。
水泡がしゃぼん玉のように浮かんだり消えたり、小さな魚達が光を浴びて鱗を金属片の輝きにキラキラと瞬かせたり、と。
ああ、なんて、夢そのもののキラキラした世界だろう。
「溜息が出る程に幻想的だわ!首都で大人気なあなたが首都に戻らない理由を見せて頂いたわ。あなたが造られたここは、なんて素晴らしい世界なの!」
カレヴァ王子は誇らしそうな笑みを見せると、心なしか胸を張って見せた。
そして、水槽の中の魚を紹介するように左手を差し上げた。
「さあ、君の名前を与えた素晴らしき彼女を紹介しよう。」
私の名前を?
私は嬉しくなって水槽の中に目を凝らした。
彼は研究対象であるピラルクーというお魚を、ローズ色をした古代の女王様、なんて呼んでいらしたわよね?
私は期待一杯になりながら水槽を見つめていると、水槽の底の方にある水草がぶわっと動き、そこから顔を出した大きな魚が一気に私達の前に躍り出た。
そして一メートル半は体長があるその巨大な魚は、私達の目の前で、体をゆったりと反転させた。
さも自分が綺麗だろうと見せつけるようにして。
そしてキラキラ光る小魚へと向かっていったのだ。
「まあ!なんて大きな魚。優雅に空を泳いでいますわ!」
ファンニの声は感嘆そのものだった。
私も感嘆するべきだっただろう。
その魚に私の名前がついていなければ。
「どうだ?最高に美しいだろう?ピラニアの牙など通さない鎧のように固い鱗は、赤味を帯びて輝いている。そして、ごらん。ほら、ひと呑みだ。顎の力が強くてね、今食べた小魚なんか口の中で一瞬でミンチだ。」
私は微笑みを作りながら、王子に、素晴らしいわ、と答えてた。
また、言葉を棒読みしながら、王子が未だ独身なのはさもありなんと思った。
「怖かったかな?」
「いいえ。こんな素晴らしいお魚に私の名前をお与えになられたなんてと、とっても感激しております。感激しすぎて声が出なかっただけですわ。」
ぷはっ!
私達にくっついて来たヨアキムが、ここぞとばかりに笑い声をあげた。
私は彼を突き飛ばしてやりたかったが、ファンニが代わりにやってくれた。
ありがとう、ファンニ。
あなたが無実じゃなくとも、絶対に匿いますと約束しますわよ。
「やはり、つまらなかった、かな?」
ああ!王子がしゅんとしている!
私は自分の虚栄心について、神様に懺悔しなければいけないわね!
「い、いいえ!素晴らしい事この上ないわ!大き過ぎるお魚に驚き過ぎてしまいましたの。こんなに大きな魚が沢山泳いでいる川はどれだけ大きいの?知らない世界が大き過ぎると知って、私は愕然としましたのよ。」
まあ!
王子が誇らしげに嬉しそうに微笑んだ。
「君だったらそう言ってくれると思った。私がこの子に惹かれたのは、君と同じ気持ちだったからだよ。この子の生きる世界を想像すると、狭い世界で悩む事こそ無駄に思える。ああ、私はこの子のお陰で幸せになれたんだよ。」
私は再び水槽の中のヴェルヘルミーナを見つめた。
潰されたかのような平べったい頭でも、大きな真ん丸な目が愛嬌があるし、確かに泳ぐ姿は普通の魚には無い優美さだわ。
「光栄ですわ。この子に私の名前をお与えになったなんて。ゴートに滞在している間、毎日だって覗かせて頂きたいわ!」
「君が望む限り、私の毎日だって君に私は捧げたいと思う。」
「王子?」
すると、カレヴァ王子は咳ばらいを二度三度して、私の方へと手を伸ばした。
彼はとてもまじめな顔つきで、私はどうした事なのかと手を差し伸べた。
「王子。報告書です。」
王子の手に巻物になった紙片が乗せられ、その紙を王子に手渡した男は私と王子の間に割り込むようにして立った。
私は自分の勘違いの動作に恥ずかしくなり、自分の手を自分の胸に押し付けた。
カレヴァ王子の監督地で色々な事件が起きたのだから、王子はその報告をアーロに頼んでいただけなのね。
でも、アーロの気配に気が付いて手を出すなんて、実はカレヴァ王子はとっても切れ者なんじゃ無いかしら?
「この痴れ者め!」
あら、報告書を渡したアーロに王子が叱りつけるなんて。
それだけ大変なことが書かれていたの?
私は王子の様子というか、ほんの少しでも報告書も盗み見たいと首を伸ばしたが、アーロという壁は大きくて厚い。
「割り込み禁止です。」
うぐ。
私が仕事中の邪魔をしていたのだわ、と、一歩だけファンニの方へ動いた。
が、ファンニの横に立つ男が私をアーロの方へ押しやった。
仕方なく元の位置に立ち直すと、誰かの大きな溜息が聞こえた。
「何が割込み禁止だ。お前こそ、だろうが。」
「殿下、申し訳ありませんが、現在彼女は俺の管轄であります。」
あら?はい?
私は王子と私の間に立つ男を見返すと、後ろ手に組んでいるその姿は、いかにも王城を守っていた衛士の様相である。
襟元に一つボタンがあるだけの被り物のゆったりとした白いシャツに、脚の形もわからない程のダボっとしたズボンという、居間で先程まで寛いでいた風な服装の彼であるけれども。
ああ、ズボンがもう少し細身だったならば、脚やお尻の形が分かったものを!
私が彼をまじまじと見つめていると、彼はさらに力を込めて姿勢を正した。
「アーロ?危険がまだあるの?」
「君への危険がいっぱい過ぎる。俺はそれでてんてこ舞いだな。」
あら、まあ!




