神の家にて
「着いた早々災難だったね。」
神父のヤーコブ様が私を労うと同時に、彼に仕える見習いが私の前にお茶の器を置いた。
私は、ありがとう、と微笑みながら茶器を取り上げ、どうしてヤーコブ様がここにいるのだろうと首を傾げながらお茶を啜った。
彼は白髪交じりの髪の毛を神に仕える者がする髪型、古代の兵士みたいな短くてヘルメットみたいな形にされている。
その上お顔は頬骨が高くて、目鼻立ちに硬質感があるので、とっつきにくそうな怖いお人の外見であるはずだ。
だけど彼を怖いという声を聞かないのは、大き目の口元がいつも信者に向けて優しく微笑んでいるからだろう。
私こそ、初めて出会った時から彼が気難しいと感じた事など無い。
彼は、どんな時だって悩める信徒の声を聞いてくださり、どんな迷い人も愛して下さる得難い方なのだ。
若くして首都の大聖堂を守る司祭の一人になられ、それからずっと信徒から絶大な人気を集めているだけあるのである。
そんな方が首都からどうしてこちらに?
「足にできたマメが痛くてね。そうしたらゴートに行け行けと。こんな坊主がガラ・ルファしているなんて信徒にバレたら事だろうに、ねえ。」
「ヤーコブ様を頼りにしている信徒はたくさんおります。マメの治療をされたと聞いて、誰がヤーコブ様を責めましょうか。」
「あなたのような信心深い方がそうおっしゃって下さるなら、大丈夫でしょう。それで、今日は懺悔にいらしたのですか?」
「いいえ。私の周りの誰も傷つかないように、神様の加護をお願いに参りましたの。ここで知り合ってお友達になった方は、どの方も親切で、私に関わったせいで不幸になられるのは心苦しいですもの。」
「ヴェルヘルミーナ、我が娘よ。あなたは少し傲慢になられましたね。」
「まあ、そうですか?」
「そうですよ。人は行いが全てです。あなたが不幸を呼ぶのではありません。不幸を自分で呼ぶのです。それなのに自分のせいだなんて考える。それは世の不幸を全て自分の責任だと嘆く神様と同じ行為ですよ。傲慢です。」
私はくすくすと笑い声を立てていた。
どうしてゴートにいらっしゃっていたのかと、疑問を抱いた事こそ申し訳ないぐらいに、私はヤーコブ神父に会えたことを神に感謝していた。
亡くなった父ぐらいの年齢の彼は、常に私の相談相手であり、私の愚痴に近い嘆きさえも笑顔で耳を傾けてくれる大事な人である。
「では、今日は神様に感謝だけ捧げる事に致します。ヤーコブ神父様にここでお会いできたことこそ感謝ですわね。私はヤーコブ神父様がいないと、道を誤ってしまう迷い子ですから。」
「いやいや。君には迷子でいて貰わないと。慈悲深い君が道を誤らなくなったら、ハハハ、君に会えない神様こそ道を誤ってしまいますよ。」
「まあ!冗談が過ぎますわ!」
「凄い寄付金だもんな。」
私と神父は笑い合うのを止め、私達の会話に水を差した同じ席にいる美丈夫の邪魔者を同時に見返した。
ヨアキムは私の今日の寄付金の受領証を近衛連隊長特権?だと言って奪った上、私達のお茶会に勝手に参加して、このように下世話な茶々を時々入れるのである。
彼の意図はわかっている。
私と神父のだらだらした邂逅をさっさと切り上げ、自分が恋する女の人と話し合える環境が欲しい、だろう。
全く、神の家を知らない人間はこれだから!
神の家でなされた会話は、何があっても外に漏れない。
だから安心して相談できる場所なのよ?
「そうだわ、神父様。今日から私の大事な人になったファンニなんですけれど、彼女はしてもいない罪を擦り付けられているそうなの。」
ヨアキムとファンニが仲良くお茶を吹いた。
そして、同じような顔つきで私を見返して来た。
この、おしゃべり、だ。
だが、私が頼りにする神父は、私が願った通りの笑顔と願った通りの答えを私とファンニに授けて下さったのだ。
「辛くなったら神の家にいらっしゃい。神の家はいつでも君を守る隠れ家となりましょう。」
それはすなわち、警察などに追われたら神の家に逃げ込め、そうおっしゃってくださっているのだ。
この世は冤罪がそこかしこで起こっており、冤罪なのに自白させられて罪を着せられて投獄されてしまう人はたくさんいるのだ。
神父の言葉の意味を悟ったファンニは、感動に目元を潤ませた。
「ま……あ。」
「犯罪者を匿う場所ですか?ここは?」
「神父様のお言葉をそうとるなんて!あなたは昔と同じひねくれものね!」
「あら、昔とって。」
ファンニは唇を噛んですまなそうな顔を私に見せた後、言い難そうに、幼馴染なんです、なんて答えた。
「そう。俺達は仲良く騎士階級の家の子供でお隣さん同士だった。それでもって、ファンニの親父さんが亡くなると、母子で引越して行って付き合いが途絶えたんだ。だからさ、昨年再会した時には驚いたよ。王城にマダムクリオがドレスを収めに来るだろう?コイツが似合わない眼鏡とひっつめた髪型で付き従って来てさ。まあ、俺が声をかけても知らんふりばっかりだったがな。」
「状況を考えなさいよ!私はお針子よ?姫君や女官達こそお声をかけて欲しいと望んでいる騎士様が、どうして私にばかり声をかけるのよ!」
「懐かしいし、心配だったからだろうが、馬鹿。俺はお前達母子が心中して死んじまったって聞いていたんだよ。」
ファンニは再び唇をかむと、頭をがっくりと下げた。
きっと人には言えないぐらいに辛い過去なのだろう。
「それで王城にも来なくなったからって会いに行ってたのにさ、会ってもくれないどころか、俺から逃げるばっかりで。それで最後は、犯罪者で追われる身になって俺から身を隠しやがった。だから聞きたかったのさ。俺はそんなに嫌か?」
私と神父は顔を見合わせた。
この人ずれているわよね?
気持がすれ違っている以前の話だよな。
そんなやり取りが無言のうちに成されていた。
「嫌よ。」
ファンニがあげた声に、私達は再びヨアキムとファンニを見返した。
ファンニは顔をあげており、ヨアキムをしっかりと睨んでいた。
「あなたは自分が口説いて落ちないことが納得できないだけでしょう!そんな人に人生を賭けるなんて馬鹿なことを出来るはず無いでしょう?」
「俺は結婚だってできるぞ。」
「誰だって結婚はできます!結婚生活を送れるの?あなたは浮気しないの?あなたとよく似ているあの有名なハハリという人は、老いも若きも誰彼構わず口説いて浮名を流したって有名じゃないの!ハハリみたいにあなたも千人切りを達成しようとしているんじゃないの?」
「あ、馬鹿!」
ヨアキムはここでようやく動揺した顔つきとなり、恐る恐るという風にして私の顔を見返して来た。
彼は知っていたのだ。
私が恋したガブリエルが、私一人に真心を捧げていなかったという事実を。
恐らくどころか、アーロこそ。
彼が私に見せて例えようとした月。
そうね、月には様々な顔があると考えるのが普通だったわね。
「大丈夫かな。ヴェルヘルミーナ。」
心配しか無い声を出したヤーコブ神父様に、私は微笑み返した。
「ええ。大丈夫。私以外の九百九十九人のガブリエルの恋人だった人達も、きっと今の私と同じように感じたでしょう。ふふ、ガブリエルを追悼して罵ってやるミサを決行したら、寄付金がとても集まりそうね。何しろ千人はいるのだもの。」
「あの!奥様!私の言葉は言葉のあやというか、噂です、噂!」
「ええ。大丈夫よ。いいの。だって彼はもう亡くなっているでしょう。どっちにしろ、彼から心は返ってこないから、もういいのよ。」
「奥様!ごめんなさい!でも、シーララ様は真心があると有名です!恋をした女性のために誰とも寝ない誓いを立てている立派な方と有名です!」
「だから黙れって!この失言王!」
慌てたヨアキムの声に、ヨアキムが私の味方になってくれた意味が分かった。
友人が大事な彼は、友人の幸せのために友人に新たな恋を勧めていただけね。
そしてアーロは。
私は、ああそうだったのか、と納得した。
「俺を知ってからでいいですか?」
そうね、女性からの申し出に、男性のあなたからは断れない。
だから私にあなたを知るように促したのね。
お読み下さりありがとうございます。
異世界恋愛ですので、神様も教義も違うという事で、神父様の頭髪がトンスラではありません事をご容赦ください。
ヤーコブ神父が信奉する教義の見習いや修道士、教会の神父に関して、ローマ時代の兵士かスタートレックのスポックの髪型とイメージください。




