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死神に魅入られてる男だから?

 大きく割れたガラスは、アーロとヴェルヘルミーナに降りかかって来た。

 ガラスを割ってホテル廊下に侵入してきたのは、大型の三頭の野犬だった。

 毛並みはどの犬も皮膚病を患っているぐらいにボロボロで、骨が浮き出るぐらいにガリガリに痩せこけている。


 そして、一頭はガラスを割った時に片目を潰してしまっているようだが、その痛みに無頓着な様子が窺えた。


 そのことこそ、この事態に対して、アーロの脳内でデッドアラームを鳴り響かせたのである。


「狂犬病か薬物か。」


 アーロはジャケットの内側に手を入れると、折り畳みのナイフを取り出して刃を閃かせた。

 犬は呻いて飛び掛かる前の構えを見せ、片目の一頭が最初に踊りかかってきた。

 アーロは自分の喉元を狙ってきた犬の攻撃を避けながら、その動作の流れのように犬の喉元にナイフを差し込み切り裂いた。

 犬はアーロの足元に落ち、アーロは思いっきり蹴り飛ばした。


 二頭の犬達に当たるように。


「まあ!一頭は仕留めましたわね!」


「いえ。」


 相手は犬でしかない、のだ。

 アーロのナイフは毛皮のせいで頸動脈までの切り傷にはなっておらず、蹴り飛ばされた犬は痛みの悲鳴を上げて血を床にばら撒いただけである。

 そして起き上がるや、さらに激高した様にして唸り声をあげたのだ。


「薬物の方か。」


 アーロはナイフを持ち替えた。

 目の前の犬が薬物によって狂暴となっているのであれば、怪我をさせたところで痛みによって怯むという事は無いであろう。

 逆に、さらに攻撃性を増すかもしれない。


「どうして銃を持って来なかったのか!」


「アーロ?」


 彼は自分の後ろに庇う女性にも意識を割いた。

 いざとなれば自分が彼女に覆いかぶさり、犬達の生贄となろう、そんな心意気であった。


「この子達はどうしたの?」


「分りませんが、俺達を襲いに来たのは確かなようです。」


「まあ!昼間はピラニア、今度は野犬。私のせいですの?」


「どうしてあなたのせいなのですか?俺のせいかもしれませんよ?俺はこの世の犯罪者を追いかけ捕まえてきた男です。恨み言はこれ以上ないぐらいに背負っております。」


「それでもこんな事態は私と出会ってからでしょう?やっぱり私は死神を背負っているのですわ!」


「ハハハ。違います。その証拠に、俺は絶対に死にはしない。」


 二頭目が飛び上り、アーロは犬が宙を舞ったそこで足を大きく振り回して、犬の腹に蹴りを入れた。


「ぎゃうん。」


 犬は自分達が破ったガラス窓に叩きつけられ、破片だらけでギザギザのそこで致命傷となる切り傷を負ったのか動きを止めた。

 あとは無傷の一頭と、アーロが最初に切り裂いた犬だと見返せば、無傷の一頭がアーロが切り裂いた犬の首に噛みついていた。

 犬は仲間を屠りながら、次はお前という眼つきでアーロを睨んでいる。


「よし。俺にだけに来い。」


 彼はジャケットを脱ぎ、それを左腕に巻きつけた。


「ヴェル、俺が合図をしたら逃げるんだ。俺が犬を押さえつける。」


 返事が無い。

 気絶したのかと視線を後ろに動かせば、ほんの数十秒前にいたはずのヴェルヘルミーナの姿形も無いのである。


 アーロは見捨てられた気持ちになりながらも、彼女の無事が確実だからと安心しながら前を見返した。

 仲間に止めを刺したばかりの犬は牙をむき出した。

 真っ赤な血で染まった牙は、犬の狂気そのものに見えた。


「さあ来い。一発で天国に送ってやるよ。」


「お前の一発で天国に行けるかどうかわからんがな。」


「え?」


 ばあん。


 銃の音が響き渡り、アーロに襲いかかろうとした犬はそのまま横に倒れた。

 アーロは銃を放った男に振り返った。

 ヨアキムは肩を竦め、それからぷうっと吹き出した。


「ハハハ。怒りんぼうな分身!」


「どこから盗み聞いていた?」


「お前がお尻を触られて情けない悲鳴を上げたとこからかな?」


「で、ヴェルヘルミーナはどうした?」


「お前が犬に夢中な間に、俺が逃げろと合図して逃がした。で、俺達もさっさとレストランに行こうや。ヴェルちゃんが心配だ。」


 アーロは惨劇を見返してから親友に振り返った。

 しかし、彼はこの後始末と言いかけて、親友の適当に彼も従う事に決めた。

 彼はヴェルヘルミーナとディナーをする方が大事だ。

 ただし、状況について確認しなければいけない。


「これはピラニアプールに関係しているのか?」


「ピラニアプールに関しては、ホテルスタッフが王子からの連絡だと指示カードを持って来たそうだ。それでこれは、そうだね、動物を凶器にしたってとこで同一犯だと思っても良いな。」


「そうか。それでお前はカレヴァ王子がピラニアを飼っていた事は知っているか?ピラニアが生き物を齧る魚だって事も?」


「そんなの……あ、そうか。俺達近衛は知っているな。一般人が知っているのは王子が熱帯の魚に傾倒しているらしいって事だけか。」


「王子の偽指示を持って来たスタッフはどんなやつだったか聞いたか?」


「あ、あ~。そうか、そこからキュウキュウさんメンバーかもって奴か~。」


 ヨアキムは乱暴に自分の髪をかき上げ、それから、自分が何をしたのか気が付いて、あ、と愕然とした顔になった。


「せっかくセットしたのに!」


 アーロは笑うと親友の肩に腕を掛けた。


「アーロ?」


「俺達は久しぶりの休暇だろ?その場しのぎ対処で行こう。俺達が二人いて、それで敵にやられちまうことなんて無いだろ?」


「ハハハ。確かに。俺はお前のそういう所が好きだよ。でもってな、隊の連中も全員そうなんだよ。勘違い野郎のハハリ以外はな。どこでどうしたら、あいつが立派な兵隊になるんだか。俺の手柄を自分のものだと吹聴したりと、とんだ糞野郎だったじゃないか。」


 アーロはヨアキムの鬱憤の大きさを初めて知ったと驚いていた。

 そして、昼の王子の言葉が思い出された。


 王子はアーロこそハハリを殺して、あの殺人事件を管理者権限でもみ消したと思い込んでいたではないか、と。


 ハハリは黒鷲侯爵のイスト・エロネンに撲殺されたとされていた。

 エロネン自身が妻に乱暴しようとした男を殺したとそう証言し、目撃者の妻は、夫を庇うどころか夫の言う通りとして証言したのである。


 近衛兵が侯爵夫人を凌辱しようとした。


 実際は侯爵夫人とハハリが密通関係だっただけなのだが、それが公になれば近衛が王直属であるがために王の威信にかかわる。

 そこで、この事件は建物の火災と倒壊の結果の衛士の死亡と、公式に処理されたのである。


「王子が俺が考えなかった可能性を考えていた。たとえば、エロネンの告白を王子が受けていたらどうだろう?彼が妻を庇っていたとしたら。そして妻は、無実の為に夫の言葉を何の否定もしなかった。」


「やめて。余計なことを考えないって言ったばかりの癖に、三年前の事件を掘り起こさないでくれよ。そんな事になったら、お前がお縄だろ?」


 アーロはヨアキムを見返した。

 ヨアキムもアーロをまじまじと見つめていて、彼と目が合うと、口パクした。


 当時のお前を思い出せ。


「あ。」


 上からの指示があったと言えども、ハハリ事件の後始末をして真実を闇に葬ったのは自分だ。

 また、ハハリの行動に内外構わず不満をぶちまけていたのも自分だったと、彼はしっかりと思い出したのである。


 彼が愛したヴェルヘルミーナの愛を獲得しておきながら、ハハリはヴェルヘルミーナに対して全く誠実では無かった。


 当時のアーロが、本気で殺してやりたいぐらいにハハリに憤懣を抱いていたのは、周囲の知るところだったのである。


「そっか、そうしたら第一容疑者が俺か!」


「そうそう。お前なんだよ。だから黙っとけ?」


 アーロは、ハア、と溜息を吐いた。

 そうして犬達の惨状を見返して、爆弾によってボロボロにされた自分みたいだと改めて考えた。

 人間に道具にされただけの、可愛らしくも無い雑種。

 愛などかけて貰えることのない、野垂れ死にするだけの生き物だ。


「ヨアキム。やっぱお前だけディナーに戻っといて。後始末ぐらいはしなきゃな。」


「その後始末は弁償も入るぞ?そんなムダ金あったら、生まれてくるガキに玩具を買ってやりたいと思わないか?」


 アーロはそうだな、と答え、だが、ガラスの窓に突き刺さった犬が微かに鳴いた事で、彼はやっぱり犬が見捨てられなくなった。


「悪い、ヨアキム。俺こそ雑種犬だからさ。」


「知っているよ。ああ、もうわかりすぎる程に解っているよ。間抜けやろうが!」

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