アーロとアーロのお尻とアーロ
私達のホテルにアーロは私達を迎えに来たが、彼は一人では無かった。
もともとディナーはヨアキムが誘ってくれたものであるので、タキシード姿に着飾った彼は同じ格好のヨアキムと一緒に私の部屋のドアを叩いた。
同じようにドレス姿となった私とトゥーラが彼らの前に姿を現わすと、さあ、一緒にレストランへ行きましょう、とそれぞれが腕を私だけに差し出した。
アーロはわかるが、ヨアキムまで?
「は~いヴェルちゃん!美しきあなたにあなたをさらに彩る花を、今宵は両手にいかがですか?」
真っ青な瞳をしたヨアキムは金色の髪を無造作に後ろに流していて、輝ける獅子のようだと思ったぐらいに格好良かった。
私がかって愛した人を思い出してしまうような美男子ぶりであったが、私の心は不思議にピクリとも動かず、私は当たり前のようにしてアーロの右腕に自分の左腕を絡めていた。
はぁ、とアーロが詰めていた吐息を吐いた気がした。
「こんな唐変木でいいのですか?パ~ンツを忘れる男ですよ?」
「いい加減にしろ。お邪魔虫!」
アーロは軽口ばかりのヨアキムを左腕の肘で追いやり、私はヨアキムのせいで思い出してしまった映像に顔をぽっと赤らめた。
もう!アーロの顔が見れなくなったじゃないの。
でも視線が彼の下半身へと動いた事で、彼の長い足が目に入り、タキシードが似合うのはスタイルが良いからね、なんて思った。
いいえ、後ろから眺めてみたい、なんて思っちゃったのよ。
だって、男の人の後姿って、凄く素敵じゃない?
素敵な人の背中は、いいえ、エスコートされてレディファーストの私は、男の人の後姿なんてしっかりと見ていなかったわ、と気が付いたの。
「今晩のあなたもお綺麗です。」
「あ、まあ!ありがとう。あなたも素敵よ。」
気もそぞろになったのは仕方がない。
だって、トゥーラに腕を差し出しに行ったヨアキムが、やはり、素敵な後姿を数秒だけ私の視線の中で閃かせたのである。
ええ、彼も素敵な後姿、というか、お尻がきゅっとなっているわ。
アーロは?
私は横を歩くアーロの腕を自分にさらに引き寄せた。
アーロは私に腕を引き寄せられた事で足を止め、私にほんの少し身を屈めた。
「どうしましたか?」
「あの、少しだけゆっくりと、あの、二人から少し離れて歩きたいの。ええと、あなたと二人だけで歩く時間が少しだけ欲しいの。」
アーロは、まあ!私の胸が切なくなるぐらいの笑みを見せてくれた。
それでもって、私の腕に絡まれていない腕、左手を自分の胸に当てて、あなたのお気に召すままに、なんて囁いたのよ。
彼の掠れた低い声は耳にくすぐったく、堅物な彼を少しだけ軽薄に見せた。
「ふふ。ドキドキするわ。」
「俺にドキドキしてくれる方はあなたぐらいですよ。」
「あなたは謙遜が過ぎますわよ。」
「いえ。事実です。俺は、ハハハ、怪我をしてから女性に言い寄られるようになれたという、不甲斐なさなんですよ。同情を買わねば己れを見ても貰えない。」
「職務中のあなたには隙が無かっただけでしょう。除隊された今は隙だらけ。それでじゃなくて?」
アーロは照れたようにして顔を背けた。
横顔になった彼は素敵だった。
秀でた額にキレイな三角形を作る鼻は太すぎず華奢すぎず、そして意志の固そうな顎だって一筆書きできるぐらいに綺麗なラインをしている。
系統の違うガブリエルと外見を比べるのがそもそも間違っているのだし、アーロはアーロで人好きのする素晴らしい外見だと思う。
そう考えたところでようやく、私がアーロの悲しみを思いやることができたとは、一体何ごとだろう。
ええ、辛いわ。
美しかった左側に焼き印を付けられたのは辛いわね。
私の左腕はアーロの右腕をぎゅうと締め付けた。
「あなたは素敵ですわよ。それで、ああ、ヨアキムさんもトゥーラも先に行ってくれたわね。でも、ええと、もう少し人目が無い所に行きたいの。」
ぎゅふ。
おかしな息を呑む音が聞こえたが、それはアーロだと、左手で顔を覆って首から真っ赤にしていることで考える間も無く分かった。
本当に彼は繊細だわ。
なんて可愛いの。
そして彼はしっかりした足取りで、私の望む場所へと私を連れ立った。
ホテルの中のレストランに行くには横道で、でも、豪華なホテルの廊下でもありながらソファなどが並べられている憩いの場所?
それでもこの時間には人が立ちよらない場所となっていて、私が望んだとおりの場所であることは間違いない。
さあ、アーロにお願いするのよ。
私はほうっと息を吐いてから、アーロを見上げた。
あら、アーロはいつのまにか表情に陰りが出来ているじゃないの。
「アーロ?」
「気にしないで何でも言ってください。そうですね、わかります。あなたは優しい方だ。俺があなたが思っていたような人間ではないという事はわかっています。安心して思う事を言ってください。ハハハ、ここまで来てようやくあなたが人払いした場所に来たかった意味に思い当たるとは。」
「えっと、じゃあ、まず腕を外すわね。でも、いいの?何でも言っても?」
腕を外すやアーロは私の真正面に立ち、なんだか覚悟を決めた顔つきで私を見下ろしている。
彼は不安になっている?
昼間は私が子供を作って欲しいとお願いしたから、ここで自分が襲われると思ったのかしら?
そうよね、王城の警護を長い事されていた方ですものね。
王城のパーティは、そこかしこでいけないことをしている男女の姿を目にする事になりましたわよね。
「あの。あなたが考えていることじゃ無いと、いいえ、そうね、それに近いわ。でもほんの一瞬で終わるの。いいかしら?」
「ええ。一瞬で終わる。それは覚悟しております。」
「では。」
「では。」
「では、後ろを向いてくださる?」
「はい?」
「あなたの後姿が見たいの。お願い。」
アーロは何でもすると言った癖に、眉根を寄せて考え込んだ顔つきになり、だがその数秒後、納得できないという顔付のまま私の願い通りにゆっくりと後ろを向いてくれたのだ。
私からため息が零れた。
鍛えられてもごつごつした筋肉の無い体だからか、ジャケットの後ろ身ごろはこれ以上ないぐらいに綺麗なラインを描いていた。
そして、ジャケットの下となるスラックスは?
私はお尻こそ見たいのよ!
「ねえ?ジャケットの裾を捲って下さる?」
「はい?」
彼はへんてこな声を出したが、何でもすると言った通りに、私の願い通りにジャケットの裾を持ち上げた。
私から再び、いいえ、先ほどよりもかなり大きなため息が漏れた。
太陽のもとで見たあのお尻が目の前にある!
キュッとしてプリッとしているのよ!
そのお尻の効果で、こんなにスラックスが恰好良く見えるなんて。
長い足はきゅっとしたお尻があってこそなのね。
「きゃあ!」
これは私の悲鳴ではない。
どうやら私はアーロのお尻に触れていたようだ。
はしたないと嫌われてしまうかしら?
でも後悔はしていない。
だって、赤ん坊のほっぺみたいな弾力があったのよ!
お読みいただきありがとうございます。
男の人のお尻は、ちゃんとえくぼがあってきゅっとしていないと駄目だと思います。




