恋とタスキとチョコレート
「桜……その、これ……貰ってくれないか?」
「ふふ、チョコレートとタスキって……少しも情緒がないね、誠」
「仕方ないだろ! ……言わなくても分かると思うけど、本命だから」
「……うん……凄く嬉しい」
「……なあ……その……今からでも遅くないんじゃないか? 『赤紙』が届いたのは昨日なんだろ? それなら今すぐ……二人の婚姻届を出せば、もしかすると兵役を免除してもらえるかもしれないし……」
「駄目だよ、誠」
俺の目を見据えて、静かに淡々と否定する桜の言葉に、思わず熱くなって言い返してしまう。
「何でだよ! そうやって兵役逃れしているやつ、うちの学校だけでも何組もいるじゃないか!? ……どうしても俺と結婚するのが嫌なら、形だけでもいいんだ! そうじゃないと……もし桜が……姉さんみたいに……」
「私は……誠と結婚したいと思ってるよ。だけど、戦地に行かなくて済む口実に二人の関係を利用するのだけは絶対に嫌なの……大丈夫、必ず誠の元に帰ってくるって約束するから。私を信じて」
俺は何も言い返せず、悔しさでただ拳を強く握り締めた。
「……くそっ……桜のために何一つしてやれないのかよ……」
「何言ってるの? こうしてチョコにタスキまでくれたじゃない。その目の下の濃い隈、徹夜して準備してくれたんでしょ? ……よく見たらこれ、虎……じゃなくて、猫の刺繍?」
「図書室の本で調べたら、昔は武運長久のために、大勢の女性が協力して縫い目で虎の絵を描いていたらしいんだ。桜は猫好きだし、虎よりそっちの方が似合うかなって……他の男が触れたものを贈るのは気に入らないから、俺が全部縫った……その、裁縫なんて初めてだったから下手くそだけど……」
「ううん、ずっと大切にするね。チョコも手作りなの?」
「ああ。小さい頃、姉さんに無理やり仕込まれたんだ。『誠は口下手だから、せめて美味いチョコで気持ちを伝えられるようになれ』って」
「お姉さんらしいね。誠がここまでしてくれたんだから、私も全力でこの戦争を終わらせて、無事に帰ってくるよ。男子を守るのは女子の役目だからね!」
今から数百年前、ファンタジーの中で描かれている魔法は現実の存在となった。ただし、使うことができるのは何故か若い女性だけ。新しく発明された多くの技術がそうであったように、魔法もまた戦争に導入されるようになった。
彼女達が戦場に現れるや否や、男が鍛え上げた肉体で戦場を駆け抜け銃を撃つ時代は、すぐに終わってしまった。たった一秒、一発の魔法で山脈にどでかい風穴を開ける兵士が現れたのだから当然だ。
日本も大国と戦争を続けていて、魔力に目覚めた女性には学生であろうと関係なく戦場召喚指令メール、通称『赤紙』が届き、強制的に戦地に駆り出されている。
あの日、2月14日の放課後、桜を含めた10名の魔法少女の壮行会が開かれ、万歳三唱とともに彼女達は送り出された。
俺は、桜が飛び立った晴れ渡る空を教室の窓から見上げながら、彼女の帰りを毎日待ち続けている。