後天性才能欠落症候群
是非、最後まで読んでってくだせぇ。
あー。何でこんなに僕は冴えないんだろう。
身長は平均以下、顔も平均以下、運動音痴、浅学非才。
根気もない、度胸もない、友達も少ない、趣味もない。
逆にここまで何の取り柄も無い事が才能なんじゃないかと開き直る。
まぁこんな僕から取り柄を挙げるとしたら、
切って剥いて漬けて蒸して焼いて絞ってやっと出てくる一滴の取り柄が、ポジティブなところだろう。
こんな自分でも死なずに今日まで生きてきたことがポジティブな証だ。
それは能天気の間違いと思うかもしれないがそこは黙っていて欲しい。
気付けば僕も来月で20歳。日本の法律によると全ての責任能力を兼ね備えた、"大人"という存在になる年齢だ。
僕には分かる。僕みたいな大人が今の日本を腐らせていくのだろう。
そんなことを考えながら家から最寄りのコンビニまで歩いている日曜日の午後3時。
ところで僕はコンビニでジュースを買うだけのお金を持ち合わせているのだろうか。
財布を開いて確認する。もちろんお札は入っていない。
肝心の小銭は…よし。缶コーヒー以上エナジードリンク以下の持ち金はあった。
最高だ。最高に、虚しい。心も、財布も。
そんなことを確認しているうちにコンビニに着いた。
他の商品には目もくれず、コンビニで缶コーヒーを手に取り、可愛い店員さんに渡し、お金を払い、商品を受け取り、店を出る。
ただでさえ軽かった財布が一段と軽くなった。
最早歩いている途中にポケットから落ちても気付かないだろう。
そんなことを思いながら僕はもと来た道とは逆方向に歩き出した。
そういえば、こないだ野球でメジャーに行った子がいるらしい。20歳らしい。
年俸は軽く、僕のこれから稼ぐ予定の生涯収入の5倍はあるらしい。
そういえば、今流行りのアイドルグループが海外進出するらしい。平均年齢は20歳らしい。
それによる推定経済効果は1000億円にも2000億円にもなるらしい。
何で人間こうも違うのだろう。多少の差があるのは仕方がないし許せるが、ここまで違うと…それはそれで許せてしまう。
喧嘩は年齢や思考のレベルが同じ人としか成立しないらしい。
それと同じで、ここまで突き放されると、比べよう、羨ましいなんて気持ちは湧かない。
きっとあの人たちは人間じゃないのだろう。そんなことすら思ってしまう。
きっとそうだ。人間じゃない。ネオヒューマンだ。
もしくは僕が人間じゃない。パレオヒューマンだ。
もちろん彼ら、彼女らが何の努力もせずに生まれつきの才能や環境だけで世界に羽ばたいているとは言わない。
きっと苦労もしただろうし、努力もしただろう。
だが、はたして僕は彼らと同じ努力をすれば同じ結果になっていただろうか。
僕が小学生のころから必死に野球を頑張っていればメジャーで活躍する選手になれていただろうか。
答えはNoだ。
今まで夢に魅せられて散っていった人たちが証明してくれている。
努力だけでは越えられない壁があると。
どれだけ時間とエネルギーを使っても先天的な才能と運がなければこの世界で活躍する事なんて出来ない。
それを悟った人類の大多数は、誰でも手の届くところに”何気ない幸せ”という言い訳を置き、
それが結局何よりも幸せ。なんて洗脳してみんなでぬるま湯に浸かるようになった。
それですら熱く感じる者たちは社会不適合者と呼ばれ、暗い場所で何気ない幸せの端くれを食べて生きるしかないのだ。
その一人が僕ってわけで。
腐った思考回路と同じぐらいに足も働かせ、僕は堤防まで歩いてきた。
時間だけはある僕は休日によく、ここの堤防でどこかの漫画みたいに草野球をしている少年と無駄に広い川を見ながらぼーっとする。
そうしていると、全てがどーでもよくなって、明日も適当に頑張ろうと思えてくるのだ。
「そんなことしてるからお前は一生冴えない社会のゴミなんだよ。」
怖い女性がどこかの誰かを罵っている。こんなに天気もいい日なんだから許してあげなよ。
「お前だよ。」
ん?思わず声のする方へ振り向く。
「お前だよ。」
僕かよ。
そこには、ミモレ丈程度の淡い黄色のフレアスカートに白と青のギンガムチェックのシャツを肘までまくったポニーテールの女性が立っていた。
いかにも夏って感じのコーディネート。清楚系美女という言葉をそのまま具現化した様な女性だ。
とても人を罵るような女性には見えない。普通に僕のタイプだ。
もう一つ、ギャップと衝撃の大渋滞にはまって思考回路が止まっているが、今は11月だ。
せめてまくっているシャツの袖を戻したらどうだろうか。
「うるさい。こういうお洒落だ。」
何も喋っていないのだが。もしかしてこいつは人の心が読めるのか?
『えっ…あっごめんなさい。』
初対面の女性に対しての第一声がごめんなさい。コミュ障の鏡だ。
しかも僕が謝る義理は一切ないのに。
「いいよ。」
いいよ?
ごめんなさいの返事に「いいよ。」なんて何時ぶりだろうか。
大人になるにつれて言葉では言わなかったり別の言葉を使う事ばかりで、そんなピュアな言葉を使うのは小学生ぐらいじゃないか。
悪い気分じゃない。ちょっと嬉しい。日本語の素晴らしさを肌で感じた気分だ。
だが、何度でも言おう。僕が謝る義理はない。
なのに勝手に許すなんてずるいぞ。
「頭の中では威勢のいいやつだな。」
確信。こいつは人の心が読めている。
「悪いか?」
悪いとか悪くないとかそういう問題じゃない。一旦頭の中を整理させてほしい。
「いいよ。」
ぬぅっ…なんだか変な気分だ。心の声と実際の声で会話している。
普通、こういうシチュエーションって心の声と心の声で会話するもんじゃないのか?
そもそもこういうシチュエーション自体が普通ではないが。
『5分だけ黙っててもらってもいいですか?心は読んで貰ってかまわないんで…』
「わかった。」
…なんだこいつ。
「うるさい」
…
『黙って下さいって言いましたよね?』
「そうだった。ごめんなさい。」
なんなんだ。この状況は。
考えられる状況其の一。僕は夢を見ている。
僕はまだ起きていない。本当はまだベットですやすや寝ていて、日曜日を無駄にしている。
其の二。ここは現世ではない。
理由は問わないが、僕はもう死んでいて、それに気付かずに自分の妄想の中にいる。
だからこんなぐちゃぐちゃな世界観が成立している。
其の三。たまたま通りかかった変なタイプのお姉さんに逆ナンされている。
ありえないなんてことはありえない。この可能性も無視できない。
其の四。心が読める超能力者に絡まれている。
哀しいことにこの説が一番濃厚なんじゃないか。
だって夢にしては鮮明だし死んだ記憶はないし僕が逆ナンされる訳がない。
でも其の四の説が正しかったとして、何故僕なのだろうか。
この冴えない町の冴えない男を何故ターゲットにしたのか。
じゃーやっぱりこの説は正しくないのか。
「時間だ。」
絶対嘘だ。まだ5分も経ってない。まぁ多少は頭の中を整理できたが。
「嘘じゃない。因みにお前の推理は全て外れていたぞ。」
『そうか。丁寧にどうも。』
「私はお前の病気を治しに来た。」
まさかの医者だったパターン。全く候補に上がらなかった。
「医者ではない。」
『じゃーあなたは何者なんですか?』
「教えない。」
『せめて名前だけでも!』
「バベルだ。」
『バベル…』
「冗談だ。」
『何で今のタイミングで冗談を言ったんですか?』
「お前は病気にかかっている。」
ガン無視された。まぁいいや。
『僕が病気にかかっている?どんな病気ですか?』
「それはそれは恐ろしい病気だ。放っておけばお前は死ぬ。」
『死ぬ?!そんなの嫌ですよ!!』
「60年後ぐらいにな。」
『…ふざけてます?』
「ふざけていない。今言ったことは全て事実であり、重大な問題だ。」
「お前みたいな存在が残り60年も生きるなど世の中を腐らせるだけだ。自分でもそう思っているでしょう。」
…くそっ。ぐうの音も出ない。っていうかこいつは心の声だけじゃなくて心の中まで読めているのか。
「お前に与えられた選択は二つだ。」
「病気を治して生きるか、病気に蝕まれて死ぬか、私に殺されるか。」
こいつ、選択肢は二つとか言ったくせに三つ出してきた。
「私は優しいからな。サービスしてやった。お得でしょう。」
ふざけるな。そんな選択肢増えても嬉しくはないし、お得は意味が全く分からない。
『嫌だ、死にたくない。病名とそれを治す方法を教えてください。お願いします。』
「お前は一の選択肢を選ぶのか。一番大変な道を選択したな。ドMだな。」
当たり前の選択だろう。ドMではないし。まぁMではあるけど。
「お前にその覚悟はあるのか。」
『ちょっと待って。あなたは何を言っているんですか?話が全く掴めないんですけど。』
『そもそも生きるなんて当たり前の事に覚悟なんて必要ないし。それに、さっさと病名を教えて下さい。』
「その発想こそが病気なんだよ。名前を付けるのであれば…そうだな。」
その発想こそが病気?生きたいと思う事が?お前の発想こそ病気だろ。
「後天性才能欠落症候群。なんてどうだろう。」
『後天性才能欠落症候群?』
「そうだ。」
「お前、生きていることを当たり前だと思っていないか?」
「何も考えなくても、努力しなくても、生きていけると思ってないか?」
「私の故郷だったらお前は死んでる。」
そんなの関係ない。ここは世界一平和な国、日本だ。豊かで幸せな国なんだ。なんとなくで生きていける。
「確かに日本は豊かだ。でも、死ぬよ。普通に。」
なんなんだ。そのパワーワードは。
『でも、僕みたいな人間は他にも沢山いるじゃないか。その人間たちも普通に生きているじゃないか。』
「確かにお前以外にもこの病気にかかっている人は沢山いる。そして平然と生きている人も然り。」
「でもそれは死ぬ事の対義語ではないぞ。私の言う生きるは、単に息をしている事を指しているのではない。」
「生きる意味を持って毎日を大切に使う事を指しているのだ。それがお前には出来ているのか?」
『それは…』
できていない。
「そうだろう。」
分かっているんだよ。何か目標があって生きる方が楽しいし、充実するなんてことは。
でも、苦しいんだよ。僕は社会不適合者だから。みんなの普通は僕にとって普通じゃないんだよ。
みんなは平然とやってのける事も僕は頑張らないといけないんだよ。ついていくので精一杯なんだ。
「甘えるな。」
『え?』
「お前は勘違いしている。普通に生きるということは、なにも頑張らなくても何も考えなくても成立することではない。」
「普通に生きるだけでも苦しいのだ。誰にとっても。」
「この世は理不尽だ。確かにお前の言うように、先天的な才能というものは存在する。」
「お前がどれだけ頑張ってもそれを才能で平然と追い抜いていくやつは沢山いる。」
「そしてお前にはその先天的な才能が何もない。残念だったな。」
…こいつ何が言いたいんだ。僕の事を単純に罵りたいだけなんじゃないのか。
『お前は才能が無いから一生社会の底辺で生きろって言いたいんですか?』
「お前が望むならそう生きればいい。私が今ここで殺してやってもいいんだぞ。」
こいつの頭の中の思考回路がどうなっているか知りたい。
「お前にとって才能とは何だ。」
才能とは何か、か。
『才能とは…生まれつき他の人よりも秀でた特徴があって普通の人には真似できない領域まで達することが出来る人。かな。』
「61点だ。おめでとう。」
『ありがとう』
「才能とは例えるならば抽選で当たった特典付き前売り券だ。」
ん?何を言っているんだ?
「特典付き前売り券が無くても日本では映画が見れるだろう。」
『そうですけど…』
「そういうことだ。」
『どういうことだ』
「お前は前売り券を持っていないかもしれない。特典も付いてないかもしれない。」
「だが、お金を払って映画を見ることはできるだろう。」
まぁ、できる。
「そういうことだ。」
『だからどういうことだ!』
自分の理解力が足りないのか?
「仮にお前が小説家になる映画を見たいとしよう。」
…
「ならば自分でお金を稼いで、自分の足で映画館に行って映画を見ればいい。」
「小説家になる映画の特典付き前売り券を持った人間でもそれに興味が無ければ見に行かないだろう。」
…
「席は十分余っているぞ。」
…言いたいことがやっと分かってきた。
「お前の思う才能は、先天的な才能に過ぎないのだ。」
「ほとんどの抽選が外れた人間は自分の努力で映画を見に行く。」
「先天的な才能が無いのであれば、後天的な努力という才能で映画を見に行くんだ。」
「もちろん、特典は付いてないから特等席には座れないし、お金も自分で用意しなければいけないがな。」
なるほどな。
「理解できたか。鈍感め。」
『あぁ。理解できたよ。痛いほどにね。』
『僕には後天的に誰にでも手に入れることのできる努力という才能が欠落している。』
『だから後天性才能欠落症候群ってことね。』
「そうだ。」
『映画が見たいなら見に行けばいい。確かにその通りだ。』
「そうだろう。」
『その選択肢が確かに一番大変な道だってことも理解できた。というか、思い出したよ。』
「ふむ。」
『小説家の映画、見に行ってみようかな。自分でチケット買って。』
「ほう。面白い映画だといいな。」
『そうだな。』
「では、私は夜ご飯の時間が近いので帰るとしよう。」
そういうと彼女は振り返り、お手本のような姿勢で歩き出した。
一瞬の間の出来事だが、衝撃的な経験過ぎて別れ際が寂しく感じる。
思わず足が前へと出そうになるが、動かない。自分の意志とは反して。
まるで金縛りのような非科学的な何かの強い力によって押さえつけられているかのように。
しかし、身体が動かないなら、声を出せばいい。
『ありがとな!』
彼女は振り返らなかったが、はっきりと聞こえた。
「どういたしまして。」
明らかに空気を伝って聞こえた声ではない。心に直接、聞こえた。
『いつか僕が映画を作ったら観に来いよ!』
「それは断る。」
なんでだよ。今の流れは仮に観に行く気が無くても「あぁ。気が向いたらな。」ぐらいの気の利いた返しをする流れだっただろ。
「黙れ。最後まで頭の中では威勢のいいやつだな。」
…そうだな。悪いか?
「悪くない。」
彼女の姿が小さく、地平線の先へと吸い込まれていく。もうすぐ、見えなくなってしまう。
まだ体は動かない。動くなら今からでも追いかて行きたいのに。
「では、またどこかで会おう。」
姿が見えなくなる直前、そう聞こえた。
『じゃあな!』
そう言うと、身体が急に動くようになった。というより、膝から崩れ落ちた。
疲労で立っていられない感覚。
気付くと夕暮れ時。かなり時間が経ったようだ。
不思議な経験をした。大事なことに気づかされたが、何が起こったかは結局理解できなかった。
あいつは、何もかも知っていた。
心の声も読まれていたし、心の中も見えていたし、自分でも忘れかけていた記憶まで知っていた。
もしかして昔の僕の記憶が引き起こした幻覚だったとか。
信じられない話だが、その可能性を信じる事が一番現実的だ。
『小説家になる…か。』
懐かしくてくだらない過去だ。もうとっくに諦めた。はずだった。
あの頃は何も知らないのに、未来が輝いて見えていた。
頭の中の自分の世界を文字に起こすことによって形として残せることにワクワクしていた。
それを誰かに読んで貰えて楽しんでもらえるなんてウキウキしていた。
それでお金を稼いで好きな事で生きていけるんじゃないかとドキドキしていた。
『懐かしいなぁ…』
目頭が熱くなり、眉間にしわが寄り、唇が弧を描く。
何で自分は泣いているんだ。
嬉しい事じゃないか。また毎日が輝くんだ。
辛いかもしれない、努力が実らないかもしれない、バカにされるかもしれない。
けれども絶対的に充実した日々が待っている。
胸を張って、「生きている!」と言えるようになるんだ。
それに、あいつとも約束したし。
『待ってろよ!僕の才能を見せつけてやるよ!』
そう言って僕は立ち上がり、ぬるくなった缶コーヒーを一口飲み、大きなスクリーンに向かって歩き出した
初投稿でした❗
読んでくださった方々。
本当にありがとうございます。
このような日常と非日常を織り交ぜて
書く小説が好きです。