我儘な日常
いつものように朝目が覚めると俺は傍に立てかけてある青色と赤色の宝石を嵌めた剣を両手に取り外に出る。
まだ朝日は登っておらず辺りは薄暗く肌寒い。
そんな寒さをものともせずに鞘から剣を抜き放ち構えをとるとそのまま素振りを始める。
朝日がようやく登り始めて世界を照らし始める頃には俺は大量の汗をかいていた。
たった一時間ほどの素振りではあったがその集中力は生半可なものでは無かった。
「はぁ、はぁ」
木の枝にかけてあったタオルを手に取り汗を拭う。
「そろそろ行くか…」
気づけば時刻は学院に向かわなければいけないところまできている。
俺は剣を鞘に収めて自宅に戻り、軽く汗を流したあと手早く身支度を済ませて学院に向かう。
教室の扉を開けると既に何人かのクラスメイト達がそれぞれのグループになってだべっていた。
そんなグループを他所に俺は素通りして一番後ろの窓側の席に着く。
俺の存在に気づいたクラスメイト達はそんなグラウの態度に物怖じもせず近づき朝の挨拶を交わす。
「おはよう」
「おはよう」
「うん、おはよう」
そんなクラスメイトに俺は目線を外に向けたまま挨拶を返す。
それでもクラスメイトは俺の返事に笑顔を返すとまた元の席に戻って談笑を再開した。
そんなクラスメイトにまた俺は鼻息を一つして窓の外にある空を眺める。
これがまだ一年生の頃だったならこんな挨拶をクラスメイトと交わすこと等まずなかっただろう。
なにせ俺自身誰かを寄せつけないようにずっと気を張っていたからな。
もちろん、誰かと仲良くするつもりもなかった。
一人で生きていくつもりだった。
そのはずだったんだがな…。
一年生の頃に急にやってきたバカのせいか、今ではこうしてクラスに馴染んでしまった。
「おはよーっす」
噂をすれば、だな。
教室に入ってきて気軽に挨拶している白髪の少年。
そいつはクラスにいる全員に挨拶を終えると最後に俺のところまで来る。
「おはようグラウ」
「ふん」
「相変わらず朝からつれないね〜」
「朝からお前の妹の惚気を聞く気は無い」
「今日もリーナがな朝から可愛かったんだよー」
「はぁ…」
いつもの事ではあるがため息が出る。
こいつの名はライ・シュバルツ。
どこにでもいるような平々凡々としたようなやつだ。
だが見かけによらず体格はガッチリしている。
白髪とは真反対の黒曜石のような瞳にはどこか強いものを感じる。
初めて会った時から思っていたがこいつは只者ではない。
それに俺が今まで生きてきてあったことのない程の馬鹿だしな。
それでもまぁ、なんだ、こいつが人生の視野を広めてくれたっていうんだよな…。
普段は妹のことしか頭にないようなシスコンバカではあるが偶に見せる真剣なところはどんなやつよりも頼りになる。
俺としても背中を預けられるぐらいに信用している。
「それでな」
普段はこうしてウザイんだけなんだが。
「間に合ったー!」
朝のチャイムが鳴ろうとしてる頃にその少女は教室に入ってきた。
彼女はルナ・キアラーナ、このクラスの中心的ムードメーカーみたいなもんだな。
明るめな茶髪にワンポイントの星のヘアピン。
透き通る程に綺麗なブルーサファイア色の瞳。
傍から見ても美少女と言ってもいいだろう。
性格も明るく誰にでも分け隔てなく接する、いわば誰にでも好かれるタイプの優等生だな。成績もいいみたいだしな。
「おはようグラウくん!」
「あぁ」
そんな彼女はみんなと同様、俺にも挨拶をしてくれる。
「もぅ、朝から元気ないぞー」
そう言ってルナは肩を叩いてくる。
俺はそれを鬱陶しそうにそっぽを向く。
すると、朝のチャイムが鳴り始める。
そのチャイムの音を聞いてみんな自分の席へと戻り始める。
「それじゃあまた後でな」
「うんまた後でね」
「はぁ」
そう言って二人とも俺の席から離れていき自分の席へと戻る。
ちょうどみんなが座り終わった頃に教室の扉が開き教師が入ってくる。
「よぉーし、朝のホームルーム始めるぞー」
こうしていつも通りの朝が始まるのだった。
午前中の授業は難なく終わった。
お昼の休憩も終わり今度は教室ではなく実技場に集まり午後の授業に入る。
「それぞれ二十分後には今度の試験の練習やるからウォーミングアップ終わりしておけよ」
そう担任であるポルーク先生が言い終えると皆はバラバラに散って各々の練習を始める。
もちろん俺もフィールドの隅に移動して自分の練習を始める。
始める前にライとルナがこっちを見ていたが俺はそれにそっぽ向けるように反対の方に移動した。
ある程度スペースの確保が出来た俺は一人で黙々と模擬剣を振り続ける。
そうしてただひたすらに剣を振っていると雑念が過りその剣筋が大きくブレてしまった。
俺は一度手を止めて空を仰ぐ。
涼しい風が頬を凪いで片目を隠している程に長い髪を揺らす。
(俺は一体何してるんだろうな…)
周りを見ていると普段は馬鹿ばかりしているクラスメイト達だが授業受けるその姿は何よりも真剣だった。
みんなにはそれぞれの目標がありそれに向かって進んでいる。
けど俺は、なんのために剣を振るっているのか時々忘れてしまう。
最初は強くありたいと、そうでなきゃいけないと思ったからこそ剣を取った。
でもいまではそんなことさえ意味があるのかも分からなくなってきている。
そんな自分に言えるのはただ一つ。
そんな迷いさえも俺にとっては我儘な迷いなんだろうなってことだ。
大切な人も守れず、傷つけて、逃げてきた。
もう会うことすら叶わない。
失ってしまったんだ、俺の生きる意味をあの日に…。
だからこそ思ってしまうんだ。
こうしてのうのうと暮らす何不自由のない毎日に。
俺に気にかけてくれるような友達もいる。
そんな生活さえもきっと、俺の我儘なんだろうな…。