【ユレイシア貴族連合王国】旅路(3)
「――北の賢者については現在、全力で捜索をしております故、どうかお許しください」
「……そうか」
「報告は以上です」
「分かった。引き続き……ゴホッ!君に任せる。下がれ」
「何か疑問などありましたら……」
「ゲホッゴホッ!……何もない。下がれ」
報告が終わるや否やヴァルマは、『普段どおり』にべもなく退出を命じられる。
もう何回目かの定期報告かも分からないが、ヴェルマールがその内容に興味を示したことはただの一度もなかった。そして、恐らくこれからもないのだろう。
それでも定期報告を聞くだけ聞くのは、それが彼にとって、王としての最後の一線、と考えていたからだろうか。
「……老婆心ながら陛下、もうお若くはないのですから。そろそろお世継ぎについて、真剣に考えられたらどうですか?皆の者もそれを……」
お世辞にも体調が良いとは言えないヴェルマールに、ヴァルマが恐る恐る尋ねる。この問いかけも、もう何度目かもわからない。そして、この問いかけを行った時に返ってくる答えもまた、毎回同じだった。
「下がれ」
机の引き出しから、次に作る錠前をの部品を取り出しながら、ヴェルマールは答えた。
こうなってしまったら最後、もう何を問いかけても返事が返ってくることはない。
「……失礼します」
再び錠前作りに没頭し始めた王に頭を下げて、ヴァルマが静かに退出した。
「――タイミングが悪かったみたいですね」
「うん?」
帰りの廊下で、お供の男がヴァルマを励ますように、声をかけた。
「どうもヴェルマール王は虫の居所が悪かったようですね。お疲れ様でした」
「ああ、そうか。ビスワス、お前が王と会うのはこれが始めてか」
「はい?」
「別に、王は不機嫌ではない。いや、不機嫌ではあるかも知れないが、別に気にすることではない。これは、いつものことだ」
「いつものこと……ですか……」
その言葉に、ビスワスが露骨に失望の表情を見せる。
「当世の王は公務に興味が薄い、とは常々聞いておりましたが、まさかここまでとは……」
「『薄い』ではなく『皆無』だな。それでも、私はまだマシな方だ。これが他の貴族ならば、たとえ四大貴族の当主※1であっても、会うことすら叶わん」
「そこまでですか……。王の貴族嫌いも筋金入りですね」
「そうだな。まぁ……ヴェルマール様が、王座に座った経緯を考えれば、そうなっても仕方ないところはあるがな」
「経緯……ですか?」
「現王が、前王とその王妃の間に生まれた長男でありながら、継承争いに殆ど関われなかったことは知っているな?」
「ええ、勿論です。とても優秀な弟君が二人もいらしたからと」
「当時、ヴェルマール様の王位継承権は第一位。順当に行けば、その王位継承は何の問題もなかった。だが、天は皮肉にも王座を競い合う、弟君達に類まれなる才能を授けてしまった。そして、ヴェルマール様には、授けてはくださらなかった。その結果、王位継承権第一位でありながら、ヴェルマール様はほぼ誰からも、担ぎ上げられることはなかった。本人でさえも、自分が王になることの期待は捨てていたことだろう」
「ご兄弟が流行り病で急死なされるまでは、ですね……」
「ああ、本当に、天運とは度し難いものだよ」
当時、前王である『エーメリヒ・イーシェン・フォム・ユレイシア』が危篤状態になったとき、貴族達はいよいよ本格的に、後継者の擁立に動き出し、二つの勢力が生まれた。
次男『シェイリス・イーシェン・フォム・ユレイシア』を担ぎ上げる武官主体の勢力と、三男『ブリューネ・イーシェン・フォム・ユレイシア』を担ぎ上げる文官主体の勢力だ。
二人はその才能の方向が、片や武官、片や文官と真逆であったが、共に非凡なるものを持っていた。両者はその才を遺憾なく発揮し、周囲を巻き込んで激しく争ったという。※2
だが、そんな争いも次男シェイリスが流行り病に罹り急死したことで、唐突に終わりを迎えた。突然の降って湧いた幸運に、ブリューネ陣営は大いに喜んだだろうが、それもつかの間、ブリューネもまた流行病に罹り、早々に逝去してしまう。※3
共に神輿を失った両陣営が、次に目を付けたのは、当然、それまで見向きもしなかった、第一王子であるヴェルマールであった。
両陣営はとりあえずの和議を結び、やがてエーメリヒが崩御するとすぐさま、ヴェルマールを擁立した。
これまでと違い、対立する者は皆無であった為、問題らしい問題も起きず、あれよこれよという間にヴェルマールは八代目ユレイシア王となった。
※1 王国四大貴族。『ワン』『ツァオ』『ミシュラ』『シャルマ』の四家。約百年前、後のユレイシア貴族連合王国初代王『ルクレシア・イーシェン・フォム・ユレイシア』を真っ先に擁立し、後の世で言う『ユレイシアの大政変』を引き起こした
※2 両者の才能の高さが、結果として、継者争いをより熾烈極まるものに変えてしてしまったのは、皮肉としか言いようがない。その凄惨さは、当時の記録に『血の流れぬ日はなく、宮廷内の廊下は常に朱に染まる。昨日は一人が事故に合い、今日は一人が行方不明に、明日は一人が病(毒)に倒れることだろう。次は私か』と記される程だった
※3 双方共にタイミングがあまりにも都合が良いため、毒による暗殺が疑われている
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