【真正ユレイシア帝国】指揮(8)
――王国軍陣営内
「お頼み申し上げますっ!!どうか、どうか命だけは……」
「ふざけるな、貴様は仮にも一軍を預かる将だろう。部下たちを死地に追いやっておきながら、自分は命乞いか!?」
頭を下げて命乞いをするセントローズ卿を、ユー・ミンシェンが一喝した。
どうやら、先の戦いで逃げ切れず、王国軍に生け捕りにされたようだ。
「貴様の命の下、貴様の部下達は勇敢に戦って死んだ!その責任は感じないのか!?この体たらく、死んでいった部下達に恥ずかしいとは……」
「もうよい、ユー将軍。小物を斬っても、君の誇りにはなるまい。ああ、そこの君たち、セントローズ卿を連れて行ってくれ。ただし他の兵達と同じように扱いなさい」
「ハッ!了解しました」
「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」
「屑め……」
命が助かったことに感謝して頭を下げるセントローズ卿に、ミンシェンがはっきりと侮蔑の感情を向ける。
「よすんだ、ユー将軍」
ミンシェンを軽く窘めながら、ミンシェンとは違い感情のない目でセントローズ卿を一瞥すると、リキョウは陣内の幕下に戻った。
「――しかし、見事な戦いでした。大勝とはまさにこのこと。流石はレン将軍です」
幕下にて、リキョウに酒を注ぎながら、ミンシェンが称賛の言葉を口にする。
「ああ、自分で言うのもなんだが、ここまでうまくいくとは思わなかった。もっとも次はないだろうがな」
「ご謙遜を」
「そうでも無いさ、実際グラウディア将軍を取り逃がした。まだまだ、油断ならない戦の最中だよ」
「そうですね。しかし、それでも一杯の勝利の美酒に、酔いしれるぐらいの時間はあってもよいでしょう。どうぞ」
そして、笑顔でリキョウにグラスを差し出す。
「うむ、ありがとう。だが、一つ気になることもあってな」
「気になること……ですか?一体何です?」
「ああ、それは――」
「失礼します!レン将軍はおいでですか!?」
リキョウの言葉を遮って、突然一人の兵士が、ほうほうの体で幕下に飛び込んできた。
「なんだ貴様は!無礼であろう!レン将軍はお疲れだ、急用でないなら後に――」
「よい。要件はなんだね?」
その言葉に兵士は息を整え、リキョウに向き直った。
「つ、追撃隊が……ファン将軍率いる追撃隊が壊滅しました!!」
「なにぃ!?」
「なんだと!?」
その報告に、ミンシェンとリキョウ驚愕し、兵士に詰め寄った。
「それは確かな情報か?」
「は、はい!逃げ延びた兵によれば、追撃の途中で二万の軍勢の待ち伏せにあったとのこと。流石のファン将軍も、二倍の兵力相手にはなすすべなく……。部隊は壊滅……ファン将軍も行方不明となりました。恐らくは、敵に捕縛されたものと……」
「待ち伏せだと!?追撃隊はまんまと誘い込まれたというのか!?」
「は、はい……」
ミンシェンが更に激高して兵士に詰め寄る。
「そうか……わかった。下がって休んでくれ」
「え……?」
「レン将軍……?」
もう少し取り乱すと思っていたのだろう。だが想像以上に落ち着いてるリキョウの様子に、ミンシェンと兵士が困惑する。
「大丈夫だ。詳細は分かったから。後は任せてくれ。念の為、捜索部隊を編成する」
「は、はい」
だが、そう言われては兵士は下がるしか無い。困惑しながらも、兵士は幕下から出ていった。
「まさか、将軍の言われていた気になることとは……」
「……こうなる可能性を、考えなかったわけではない」
「はい……?」
「包囲戦略が読み切られた時点で、クラウディア将軍の後ろに何か、頭の切れる者がいるであろう可能性は考えていた。そして、その考えはやはり間違っていなかった。如何にクラウディア将軍といえど、あの状態で、このようなことを画策できる余裕があったとは思えないからな」
そして、感情の感じられない声で独り言のように呟く。
「不確定な要素がある中で、追撃になど行かせるべきではなかった。私の判断ミスだ」
「……将軍、あの状況での追撃は、決して間違いではありません。お気持ちはわかりますが、あまりご自分をお責めになられないでください。我々の勝ちは揺るがないのですから」
ミンシェンの言う通り、今更たかが一局地戦に負けた程度で、戦の趨勢は変わらない。誰がどう見ても王国軍の大勝だろう。
「誓って言えます。奴は……ファン将軍は決して貴方を恨んだりはしません」
だが、その勝利に泥を塗られてしまったのは間違いない。
「一体、何者がいるというのだ……」
「将軍……」
なにせ、帝国軍の戦略は敗走による陽動からの待ち伏せという、本気か振りかの違いこそあれ、リキョウが行ったものと全く同じものだ。
リュドミアにその気があったかどうかは不明だが、結果的にリキョウの戦略そのものを嘲笑うかのような、見事な意趣返しとなった。気に病むな、と言うほうが無理であろう。
「ユー将軍、捕らえられたファン将軍はどうすると思う?」
「……奴は敵に降ってなお、生を貪るような男ではありません。恐らくは、隙を見て自害したか、潔く処刑されたでしょう」
「だろうな、彼はそういう男だ」
リキョウが力なく椅子に座ると、酒の入ったグラスに口をつける。
「すまない。少々……苦くなってしまったようだ」
「……そうですね」
感想、批評、レビュー、ブクマ、評価、質問、待っています。
よろしくお願いいたします。




