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【真正ユレイシア帝国】指揮(1)

「――聞こえますか?ルシエス様」

「うん?」


 セントローズ卿、ドルニーゴ卿と共に敗走する王国軍を追うルシエスの元に、突然連絡が入った。


「その声はリュドミア軍務官か。悪いが今は敵の追撃中だ。すまないが急を要する用件でなければ、後にしてくれ」

「はい、急を要する用件です。ですので、単刀直入にお尋ねします。敵はどのように敗走していますか?」

「……なんだって?」


 リュドミアの質問の意味がわからず、ルシエスが首を傾げる。


「防衛陣地を我々に破られて、撤退せざるを得なくなった王国軍はどのよう逃げているでしょうか?それ確認していただきたいのです」

「どのようにってそれは……むっ?」


 そこで、ルシエスが一つの違和感に気がつく。


(これは一体……どういうことだ?)


 陣を突破したとき、王国軍はそれこそ隊列も何もなく、蜘蛛の子を散らすように我先にと逃げ出していた。防御を突破された上で、急な撤退命令をされたのだからそうなるのは至極当然だ。だからこそ、自分たちはこうして迷うことなく追撃を行っている。


 だが、いま前方に見えるものは、そうではなかった。散り散りになっていた兵隊たちは徐々に一つに集まっていき、いつの間にか見事な隊列を組んで撤退している。とても不慮の事態から、撤退している軍団には見えなかった。


「……隊列を組んで撤退している。いつの間にか、組み直していたらしい」


 その報告を聞いたリュドミアが投声符の向こうで息を呑む。


「お願いします!ルシエス様、追撃を一旦止めてください!」

「何?どういうことだ?分かるように説明してくれ」

「敵は敗走の振りをして、我々を誘導しているかもしれないのです」


 そして、慌ててルシエスに状況の説明を行う。


「場所は恐らく、ルシエス様が持っている地図で縦六六五、横四八九の地点。その周辺にはなだらかな丘が二つあります。もし敵軍がその二つ丘の間を通るように撤退をしているなら――」

「――その二つの丘、今ちょうど到着したぞ」


 ルシエスがゆっくりと足を止めた。そこはまさにリュドミアが言っていたのと同じ地形。

 そして敗走していた王国軍は、その二つの丘の間を、ちょうど通り抜けたところだった。


「いけません!今すぐそこから――」

「射てぇ!!」


 その瞬間、リュドミアの声をかき消すような大声が、ヴィンターヒルド平原に響き渡った。そして同時に数千の矢が雨となって帝国軍に降り注ぐ。


「ぎゃあ!?」

「ぐああ!?」


 王国軍分隊長ユー・ミンシェンの声だ。拡声符にて叫ばれたその声に呼応して、両丘の向こう側より、それぞれ王国軍が現れた。その数、合計約四万。


「全軍、槍を構えろ!奴らの側面より突撃し、敵兵を斬獲する!」


 怒号とともに王国軍が帝国軍の両側面を目掛けて突っ込んできた。


「いかん!このままでは挟み撃ちに――」

「今だ、全軍反転!槍を構えよ!」

「なっ!?」 


 その突撃に呼応して、それまで逃げ続けていた前方の王国軍が反転した。


「突撃!」


 そして槍を構え、六万の部隊が怒号とともに突撃してきた。


(挟み撃ちどころではない……これは……) 


 気がつけば一瞬の内に、前方左右を敵軍によって塞がれていた。


(まずい!このままでは包囲殲滅されるぞ!?)

「ルシエス様!ルシエス様!聞こえますか?」


 状況を察したのか、リュドミアから即座に連絡が入る。


「リュドミアか、すまん!警告してもらったのに、まんまとしてやられたようだ」

「とにかく。こうなってはもう時間がありません。包囲が完成しきってしまえばおしまいです。僕を信じて、僕の言う通りに部隊を動かしてくれますか?」

「なんだか分からないが、この状況を打開できる方策が、君にはあるんだな!?」

「打開できる『可能性』ですが……」

「十分だ。検討している時間はない!すぐに――」


 そこまで言い掛けて、ルシエスが口をつぐんだ。

 一瞬、再考を行う。だが、出た結論は変わらなかった。


「いや――」


 そして、覚悟を決め、一つの命令を下した。


「――リュドミア軍務官、君が我々に命令しろ」

「……はい?」

「君が全軍の指揮を取るんだ」

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