【真正ユレイシア帝国】頭角(4)
「――というのが、今の戦況だ」
「成程」
机の上に地図と駒を広げながら、リュドミアとルシエスが語り合う。
「見ての通り、現状、我が軍が優勢だ」
先程までの冗談を言っていた空気は欠片も感じられない、真剣な雰囲気の中で二人が話し合う。
「凄いですね、ここまでガチガチに防衛陣地を固めた相手に、よくぞこれだけ攻められたものです。……八ヶ月という期間を考えなければですが」
「耳が痛いな。流石は歴戦の老将リキョウ将軍、見事な指揮だよ。塹壕一つを超えるだけでも一苦労だ」
「でしょうね。あちらはいわば防衛戦、我々を待ち構えているだけでいいんですから。兵数はこちらの方が多い分、消費も多い。持久戦に持ち込んで、兵糧が尽きるのを待つ腹積もりでしょう」
「ああ、しかも厄介なことに前線に出て、防衛に当たっている兵は精々六万ほど、全軍で防衛に当たっている訳じゃない。残り四万は後方支援として、ローテーションでも組んでいるか、待機でもしているのだろう」
「六万で防衛……戦力差を考慮すれば妥当なところですね。※1しかし何故、ここまで戦いが長期化しているのですか?失礼を承知で言わせていただくなら、この戦力差で防衛戦に持ち込まれた時点で、作戦を練り直すか撤退すべきだったと思います」
「それもまた耳が痛い。私一人の意思で軍を動かして良いなら、とっくに引いているんだがな。今回の戦いはセントローズ卿、ドルニーゴ卿との共同戦線だ。彼らは少々猪突猛……いや、血気盛……あーいや、うん、勇猛果敢でな?」
(最大限言葉を選ぼうと頑張ったのは伝わってくるわね。結果として逆効果だけど……)
「彼らは有利な状態での撤退など選択しないさ。何より、上の連中が許可をしてくれない」
「中央議会※2の決定ですか……」
「うむ。元々主戦派のサイドリッツとゾンダーフェルム陣営は言わずもがな。他の貴族達も、今や撤退は支持していない。なにせ我が国はこのところ戦という戦、ずっと負け続けだからな。こっちから仕掛けた戦いということもあって、臣民には少なくない不満が溜まってる」
「つまり、臣民のガス抜きの為にはとりあえず勝利が必要で、ようやく巡ってきたこの勝てそうな戦を逃すわけにはいかないと……。僕の仕事が増える一方なわけだ……」
リュドミアが頭に手を置き、ため息をついた。
「理解が早くて助かる。つまりそういうことだ。まぁ今更、引くに引けないというのもあるのだろうがな」
(それまでに掛けた投資が無駄になることを恐れ、引き際を見失っていると……。これは典型的なやつね……)
「言わんでくれ、そろそろ痛みで耳がちぎれる」
「いえ、言ってないです。心を読まないでください」
顔に出ていたのであろうか。リュドミアからツッコミを受けながら、勘弁してくれと言わんばかりにルシエスが自分の耳を塞ぐ。
「……だがまぁ、もう少しで彼らの陣地を攻略できるのは事実だ。流石のリキョウ将軍もここまで粘られるとは思っていなかったようだ。それに、そろそろ援軍も到着するのだろう?」
「依頼されていたものは滞りなく。間もなくマクフォール将軍が二万の軍勢を引き連れてこちらの陣に来る予定です」
「マクフォールが来るなら百人力だ。ようやく、戦の終わりが見えてきたな」
「そう願いたいです」
入れられた紅茶は手つかずのまま、すっかり冷めてしまっていた。
※1 防衛態勢をとっている相手に攻撃を仕掛ける場合、攻撃側は防衛側より数倍多く兵力を揃えておくのが戦いの基本とされる。逆を言えば、強固な陣地さえ築けているのならば、防衛側は数倍の兵力差がある相手であっても互角以上に戦うことができる
※2 真正ユレイシア帝国の帝都ヴィルヘイムに存在した当時の最高立法機関。貴族達による多数決によって国家の方針を決定し、その上で皇帝がそれを承認する。裁判所としての権能も保持していた為、司法機関でもある
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