【真正ユレイシア帝国】頭角(2)
「とにかく……その名前はもう捨てたの。私のことはリュドミアと呼んで。ここではみんな私のことはそう呼ぶから……」
「畏まりました。ではリュドミア様お呼びします」
女性が恭しく頭を下げた。
『テレシア・フローレンス』――リュドミアに幼少期から仕え、その身の回りの世話を行っていた、側仕えの女性である。また、その実力が発揮される場面は少なかったが、徒手での護身術に加え、投げナイフと弓の達人でもあり、リュドミアのボディーガード役でもあった。
公私に渡りリュドミアを補佐し続けた、いわば『赤髪の魔女』の使い魔であり、彼女自身、リュドミアに負けず劣らずの、非常に優秀な女性であった。※1
もっとも幼少期からの仲かつお互い歳が近かった為、主と従者というよりは、気の置けない友人同士といった感じだったようだが。
「それで?テレシア、どうして貴方がここにいるの?」
「……今まで一ヶ月に一度欠かすことなく、定期的に寄越していた手紙が当然途切れたのに、心配をしない従者がおりますか?」
「あ……」
大量の仕事を抱えていたのと、戦地に居たせいでこのところずっと手紙を出しそびれていたことを、リュドミアはようやく思い出した。
「聞き出すのに苦労しました。旦那様はとても口が堅いので、何を聞いても知らぬ存ぜぬと。ようやく貴方が今ユレイシア帝国総合軍事学校に在籍していると聞いて訪れてみたら、今度はリューテシアなんて生徒はいないと言われ……」
「う……」
テレシアに恨みがましい目つきで睨まれ、流石のリュドミアも気まずそうに目を背ける。
「途方に暮れていたところ、見かねたハリー様より恐らくその生徒ならクラウディア公爵様のところに実地訓練に行ったと言われ……。でもそれも既に半年は連絡がない、と……」
「それでルシエス様が出ている戦のことを調べて、駄目元でここまで来たと……」
「なんて行動力……」とリュドミアが呆れ気味に感心した。
「いずれはリュドミア様の元に馳せ参じるつもりで、ずっと準備しておりましたから。この程度のことは」
「私はいいきっかけを与えてしまったという訳ね……。と、言うことはテレシア。貴方別にあの男「お父様ですよ、リュドミア様」から何か指示を受けたわけではないのね?」
テレシアの言葉は無視してリュドミアが尋ねた。
「ええ、勿論です。これが純然たる私個人の意思です」
「というかまぁ、今更あの男「お父様ですよ」が私に何かしてくる筈もないか。動向だけは追っていたみたいだけど、考え過ぎだったわね」
「むしろ、リュドミア様に会いに行くことを邪魔されたぐらいです。屋敷を抜け出すのには苦労しました」
「そりゃまぁ貴方は側仕えの中では一番優秀だったし、邪魔ぐらいはするでしょうね。それに家に仕えているはずの一人娘が勝手に外に出ていったなんて事になったら、フローレンス家との関係も悪くなるし」
「恐れ入ります。ですが私の実家の事はご心配なく、理解は得られておりますので。しかし、まさか渡された手切れ金を使って軍学校に通っているとは思いませんでした。何故、わざわざそのようなことを?学校になど行かずとも、生きるに困らぬ十分な額の手切れ金だったではないですか」
「ま、一言で言えば趣味ね。三席以上になれば、研究の名目で蔵書院の本が読み放題って聞いたから。あんな高価なもの、イチイチ買ってたら生きるに困らぬ財産すら、あっという間になくなっちゃうわ。軍学校だったのはまぁ、卒業後の兵役義務の代わりに学費が安く、全寮制だったからってだけよ」
「趣味のために、女の身一つで軍学校に飛び込むとは、恐れ入ります。度胸があるというか、思い切りがいいというか……。その眼鏡も本を読みすぎた結果ですか」
「ええ、まぁ。軽いものだから、別に掛けなくても問題ないけどね。ちゃんと人前では外してるから安心して※1」
「はぁ……そうですか」
「とはいえ、その度胸(?)のおかげでこうして手に職をつけられたわけだし、いいじゃない?いや、まぁつけられすぎて逆に不本意にことにはなっているんだけども……。卒業式出られなかったし、学校は事実上休学中だし。別に未練があるわけではないけどさ」
「私としてはリュドミア様が息災であられる事が確認できれば、後の詳細など、どうでもいい事です。それでは……」
テレシアがカバンから何やら道具を大量に取り出した。
「待って、テレシア。ティーポット取り出して何をする気?」
「決まっています。側仕えとしての仕事ですよ。これからは、全力でリュドミア様のお世話させていただきますので」
「いや、いただきますのでって……。ここ後方の陣とはいえ、戦場だし。そんな勝手な事、出来るわけが……」
※1 リュドミアの側仕えをする以上、優秀な人間にならざるを得なかった、という側面もある
※2 当時眼鏡を掛けている人間は本をよく読むインテリ層に多かった。眼鏡を掛けて人前に出るという事は、自分は勤勉博学なのだ、と周囲にひけらかしているのと同じであったため、人前では外すのが礼儀だった
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