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【真正ユレイシア帝国】討論(4)

「教育の義務化もその一環というわけだ。現状、この制度を運用するためには識字率の壁が高すぎるからな」

「はい。それに詐欺師が国を掌握するのを防ぎ切ることは出来ませんが、減らすことはできます。教養は視野を広げますから」

「だが、そう簡単に義務化など出来まい。農村部の人間が子供という貴重な労働力を手放すとは思えない。施設の問題もあろう。義務化とあれば全土に学校を建てる必要がある。現地民との揉め事は必死だろう」

「それについては論文の第五章を参照していただければ――」

「そもそも臣民がそう簡単に投票に参加してくれるかな?特定の集団が自分達に有利な候補を組織的に支持する可能性は考慮しているか?」

「む……」

「この制度はどうにも民の善性に頼りすぎる嫌いがあるからな。極論、臣民そのものが政治参加に対しての意欲を失えば、一気に破綻してしまうだろう」

「それは――」


 気がつけば論文を否定する流れから一転、制度に対して真剣な話し合いが行われていた。この彼らの討論は六時間近くも続いたという。

 言うまでもなく、このリュドミアの提案した制度は現代の間接民主制の原型とも言えるものだ。

 専制政治が当然の時代にあって、このリュドミアの考えはあまりにも先を行き過ぎていたと言える。


 そして、そんな制度について一度論文を読んだだけで、欠点を指摘できたハリー教授も紛れもない天才であろう。実際、校内で彼女とまともに討論できた人間は彼一人しかいなかったと言う。


 なお、彼女が本気でこの制度の元に国を建てようとしていたかについては、これはその後の彼女の行動から鑑みるに、その気は全く無かった、というのが多くの歴史学者の認識である。


 彼女にとっては、ハリー教授をして『国家転覆の計画書』と評す完成度を誇ったこの論文も、卒業用の課題にすぎなかった。これほどの論文を、ただの卒業用の提出用課題としてしか見ていなかった辺り、リュドミアは規格外さが伺える。


「――はぁ……仕方ない、わかった。この論文についてはなんとかしよう。他の教授からの支持は得られないだろうが、卒業には問題あるまい」


 結局、今回も折れたのはハリー教授の方だった。この手の討論でハリー教授がリュドミアに勝てたことはほぼなかったという。


「ありがとうございます、それでは」


 リュドミアが一礼をし、部屋から出ていこうとする。


「待ちたまえ」

「何でしょうか?」

「明日、同じ時間に私の部屋にくるように。ボヤ騒ぎについて詳しく聞かせてもらう」

「……覚えていらしたんですか」

「伊達に君を受け持ってはいないということだ」

「参りました……」

「うむ、よろしい。あぁ、そういえば……」


 ハリーが胸ポケットから一枚の手紙を取り出した。


「卒業前の実地訓練※1についてだが、ようやく君の受け入れ先が決まったよ」

「はい?まさか、来たんですか?女の僕に?」

「ああ、まさかな。しかも相手は『クラウディア辺境伯』※2だ」

「はいぃ!?」


 四大貴族の一角の名前が出てきてリュドミアが驚愕する。


「よかったな、我が校の首席とはいえ、これほどの大出世のチャンスはそうそうないぞ」

「本気ですか!?本気で僕をそこに送ると?」

「本気も何も、そこからしかオファーは来なかったからな。他の場所という選択肢はない。あるのは行くのか、行かないのか、それだけだ。で、どうなんだね?」

「公爵家……しかも四大貴族からのオファーなんて断れるわけないじゃないですか……。行きますよ、行かせてもらいます」

「よろしい、ではそう伝えておこう。幸運を祈る」

「はぁ……まぁ訓練は一ヶ月だけですし、適当に乗り切って帰ってきますよ」


※1 軍学校であったため首席、次席、三席の人間は卒業前に実際の戦地にて指揮官の仕事を学ぶことができた。卒業後も、そのままその軍の所属になる事も多かったようだ。今で言うところの青田買いである


※2 当時、真正ユレイシア帝国に四家あった大貴族の一角。帝国四大貴族とも。帝国建国以前から皇帝に付き従い、建国において特に多くの功績を残した一族の末裔。他三家は「サイドリッツ」「ゾンダーフェルム」「ウェスターライヒ」

感想、批評、レビュー、ブクマ、評価、待っています。

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