【ユレイシア貴族連合王国】邂逅(4)
「よく聞いてほしい、今から彼らを君の背中の傷口にあてがう」
「……う、うん。うん?」
当時、というより現在でもそうではあるが、蛆といえばどこからともなく大量に現れ、死体や腐った傷に集り、食らい尽くす不潔かつ不吉な生き物というイメージがあった。
その様から地域や宗教によっては古来よりある種「死」や「穢れ」といったモノの象徴として扱われ、これが身体に湧くということは、すなわち死へのカウントダウンだった。
それをあえて自分から湧かせようというのは、当時の人間からすれば狂気の沙汰に思えたことだろう。むしろ場合によっては、相手の死を望んでいるとも受け取られかねない。
「率直に言おう。この蛆に君の腐った肉を食べてもらう」
「な、なんとのう、そうじゃなかとは思うたが……」
「腐肉はそのままにしておけば、新たな毒の温床となるだけでなく、それそのものが傷の治癒を妨げる障害になる。だから早急に除去しなければならない。これは分かるね?」
「お、おう……」
「蛆は君も知っての通り、腐肉を食らう生き物だ。逆に言えば、蛆達は腐っていない肉は食べない。いや、体の作りからそもそも食べることができない。だから、彼らを腐った傷口にあてがえば、彼らは君の腐肉だけを選択的に食し、除去してくれる。死体や腐肉に湧くということから、蛆は不潔な生物のように思えるが、実際、彼らはとても綺麗好きな生物なんだ。常に自分の体を自身の体液を使って清潔に保っている。この体液は当然傷口の方にも効果があるから、腐肉の除去と同時に傷口の消毒も行える。この状況で試してみない手はない」
「??」
突然のサトルによる蛆虫についての熱弁に、ヘイキチがポカンと口を開ける。
「処置は早いに越したことはない。だが傷口を蛆が這い回るのは不快だろうし、恐らく蛆が発する悪臭に悩まされることにもなるだろう。いや、そもそも蛆虫を身体に這わさせようとするなんて、どうかしてると、君は思ったかもしれない。だがどうか僕を信じて、我慢してくれないだろうか?」
サトルが何を言っているのか、ヘイキチにはほとんど分からなかったことだろう。
「……難しいこたぁ、ワシはようわからん。じゃが、つまりワシが我慢すりゃ……怪我が治るかもってことじゃろう?」
だが、自分を助けようとしているその熱意は確かにヘイキチに伝わった。だからこそ、今やろうとしている事が効果的な処置であることも理解できた。
「なら、遠慮はいらん。どんどんやってくれ」
ヘイキチは強い言葉で、一切の迷いなくサトルの言葉に頷いた。
「……ありがとう」
その言葉を聞いたサトルが安心して、治療に取り掛かる。
「じゃあ、始めるよ」
サトルはまず太い縄のようなもので輪を作ると、それでヘイキチの傷口を囲った。そして、その内側に選別した蛆虫達を流し込んだ。
流し込まれた蛆虫達は活発に動き出し、先を争うようにしてヘイキチの腐肉に飛びついた。
「気分はどうだい?」
「どうもくすぐっとうて変な感じじゃ。けど……どうってことねえ……。そりょり、すまんがちいと眠うなってきた……。寝てもええか……?」
「ああ、蛆虫達が腐肉を食べ尽くすまでまだ時間がかかる。うつ伏せのままで申し訳ないけど、ゆっくり休んでくれ」
「ほう……か。なら、休……む……」
ヘイキチがまた眠りについた。
(外傷について、今の僕に出来ることはもう殆どやった。後は君が体内の毒に勝てるかどうかだ。負けるな、ヘイキチ殿)
眠るヘイキチの顔を見ながら、サトルは心の中でエールを送った。
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