子供の前で賭け事って、どうなの?
「あっ、そうだわ!フェリちゃん、昼食食べ終わったら神殿と教会に行きましょうね!」
「いやぁ、楽しみだ!私たちのフェリシアはきっと、いや絶対素晴らしい結果を出すぞ!」
私が美味しいご飯に舌鼓を打っていると、何の前触れもなく二人はそんな事を言ってきた。
しかも、何か勝手にすっごい盛り上がってるし。
神殿と教会って、何しに行くんだろう?
祈りでも捧げるのか?
いや、うちの国は日本と同じ無宗教国家だし、二人が神に祈りに行くほど敬虔な信者ではなかったはず。
まぁ、行けば分かるか。
周りの人たちの顔色も悪くなっている様子もないから、ヤバい所に行くわけでもなさそうだし。
「ミシェル、悪いけど他の人たちにも言って、支度の準備を頼めるかしら?」
「はい、エレン様。かしこまりました」
私付きのメイドであるミシェルはそうおっとりとした口調でお母様に返す。
そういえば、ミシェルは元々お母様付きのメイドとして王宮に勤めていたんだっけ。
だからか、お母様とミシェルは主従を越えて仲が良い。
お母様の嫁ぎ先に着いていく事も、フェリシアちゃんの乳母になる事も、ミシェルが自ら申し出たとか。
「シリル、クロードに伝えてくれる?」
クロードって、確か執事長でシリルの父親の人だ。
先祖代々から、カレトヴァー公爵家に仕えてくれている一家の人間でもあり、お父様とは悪友らしい。
何か、お母様たちといい、お父様たちといい、屋敷全体の者が一つの家族みたいな雰囲気だよね。
恐らく、お父様とお母様が良くも悪くも貴族らしくないからだろうけど。
ほとんどの貴族は選民思考を持っているが、二人にはそれがないし。
……じゃあ、何でゲーム内のフェリシアはあんなになっちゃったの、って話になるけど。
とりあえず、ゲーム内のフェリシアのようにならないためにも皆とは仲良くしよう。
「はっ、はい!わかりました!」
何だろう。
ゲーム内のシリルを知っているからか、凄く不安になる。
そんなに急いで向かったら転ぶんじゃ……?
「わっ!!」
あぁ、うん。
やっぱり、シリルは期待を裏切らないなぁ。
というか、結構鈍い音したけど平気なのか?
そんな私の心配をよそに、慣れているのかミシェルとお母様は談笑を続ける。
「あら、今ので今日の転んだ回数が20回を越えたようです」
……シリル?お前どんだけ転んでるだよ。
私が足かけてるわけじゃないんだよ?
そんなにドジっ子だったの?
「新記録達成しそうね!」
「はい、この調子だと恐らく。秘蔵のワインを賭けてもいいくらいです」
「じゃあ、私も秘蔵のワインを賭けようかしら。シリルが新記録を達成する方に!」
私がシリルのドジ具合に絶句していると、お母様たちはさらに話を進める。
だが、それでいいのだろうか。
賭けになってないよ?
いや、それ以前にシリルを賭けの対象にするのもどうかと思うけど。
「なら、私も新記録を達成する方に秘蔵のワインをかけるとしよう!他の皆はどうする?」
お父様はそう宣言すると、給仕をしていた人たちも巻き込み始めた。
でも、そうか。
お父様もそっちに賭けちゃうのか~。
まぁ、確かにシリルは新記録を達成しそうだけど。
「じゃあ、自分も新記録達成の方に秘蔵のワインを賭ける事にします」
「私もそっちに秘蔵のワインを賭けます」
「僕もそうします」
「俺も!」
皆、ノリがいいな。
そして、全員同じ方に賭けてるから賭けになってないっていうね。
……シリル、何というか、強く生きろよ。
「フェリシアは?どっちにするかい?」
父よ、娘を賭けに誘うってどうなの?
うーん、面倒くさい。
実に面倒くさい。
そこで、私は今まで大人しく食事をしていた手を止め、この場をどうにか切り抜けるために頭を回転させる。
「……私は賭けられるワインを持ち合わせていないので、やめておきます」
にしても、皆ワインを秘蔵しすぎじゃない?
どこに隠してたんだろう。
「あら、じゃあ頬っぺたにちゅーでいいわよ!」
お、お母様……。
それ、"でいい"じゃなくて、"してほしい"の間違いじゃ。
本当にフェリシアちゃんの事好きなんだね。
でも、今それを発揮しないで欲しかった。
「何!?フェリシアの!?」
ほら、もう何か火がついちゃった。
お父様もお母様も基本的に親バカだからな。
「……シリルには悪いけど」
「……えぇ、犠牲になってもらいましょう」
……まじか。
ミシェルと給仕係の人たちも火がついちゃったみたいだ。
「……はぁ、分かりました。私はシリルが転ばない方に賭けます」
私は逃げに走ることを諦め、そう宣言すると、周りの人たちは大歓声を上げた。
嬉しそうで何よりです、はい。
まぁ、フェリシアちゃんは空気が読める子ですから。
これくらいは造作もありません。
……周りの圧に耐えきれなかったという理由もあるけど。
でも、ここにいる全員、いや下手したら賭けの事を知った屋敷の人たち全員の頬っぺたにキスをしないといけなくなるのかな?
いや、なるね。
フェリシアちゃんの体がそう訴えてる。
顔が可愛いから仕方ないのかもしれないけど、フェリシアちゃんはこの屋敷のアイドル的存在だからなぁ。
いや、自意識過剰とかでは決してない。
客観的に見て、フェリシアちゃんは可愛い。
上には上がいるけど。
(ふむ、お困りのようじゃな?なら、我輩に任せるが良い!)
私が現実逃避をしているのを見かねたのか、はたまたこの状況を面白がっているのか、大精霊の子は助け船を出してくれた。
えー、どうにかしてくれるのなら、どうにかして欲しいけど。
どうやって切り抜けるの?この状況。
(簡単じゃよ!お主に与えた"あいてむ"の中には、持っているだけで運気上昇の効果があるものが入っているはずじゃ!それをお主と例の小僧が身につければ、自分にとって都合の良い未来に行けるはずじゃよ!)
なるほど。
それは確かに一理あるかも。
(そうと決まれば、早速"めにゅー画面、おーぷん"じゃ!)
大精霊の子がそう言うと、私の目の前に見覚えのある半透明の画面が現れる。
確かゲーム内で運気上昇の効果があるアイテムは、恋愛イベントでは攻略対象の遭遇率や好感度が通常よりも上がって、戦闘イベントでは攻撃する時にクリティカルが出やすくなったり、受けるダメージが減ったりするんだよね。
……あれ?これ、装備しても望むような効果が出るのか怪しくない?
まぁ、上手くいったらラッキー程度に思っておこう。
大勢の頬っぺたにキスするのは面倒だけど、死ぬわけじゃないんだし。
面倒だけど。
(あっ、これとかどうじゃ?)
そう言い、大精霊の子が選んだのは大剣だった。
うん、それも運気上昇の効果あるけど多分発揮されるのは戦闘面でだけじゃないかな?
というか、公爵令嬢が大剣持って出歩くのも、執事見習いが持って仕事するのも、ちょっと無理があると思う。
あと、邪魔だし、執事見習いに至っては仕事に支障をきたすレベルだし。
だから他の物でお願いします、切実に。
(む、ならこの盾とかならどうじゃ?さっきのより小振りじゃよ?あと、手裏剣なんかも良さそうじゃ!)
……何故、勧めてくる物が全部戦いに使う道具なのか。
そして何故、中世ヨーロッパの雰囲気な世界にバリバリ日本生まれの手裏剣があるのか。
えっ?私の記憶にあって面白そうだったから?
さいですか。
もう、いいや。
自分で選ぼう。