攻略対象①はドジっ子執事
「お嬢様、今よろしいでしょうか?」
ノックと共にそんな声が聞こえてきたのは、私が帰還したのと同時だった。
あ、危なかった。
……だから、大精霊の子は別れ際ちょっと焦って早口だったのかな?
(大正解じゃ!お主がバレたくないと言っておったから、千里眼でこの未来が見えた時はちと焦った!あっ、ちなみに今は念話を使って脳内に直接語りかけておるぞ☆それと、千里眼で今の状況もお主の心情もバッチリじゃ☆)
「……うわっ」
色んな事を調べられたり、時を操れたり(これは自称だけど)、果てには千里眼に念話かぁ。
プライバシーの侵害し放題じゃん。
本当に何でもありだな、こいつ。
だからかな、もうあまり驚かなくなってきたよ。
この子が400年に一度復活する魔王を倒した事があるって言っても驚かない自信がある。
「……お嬢様?どうかなさいましたか?」
おっと、いけない。
来訪者の相手をしなくては。
「ごめんなさい。どうぞ」
そう言い、入ってきたのは私付きのメイド・ミシェルとその息子であり攻略対象の一人でもある執事見習い・シリルだった。
そうか、お前、こんな昔からフェリシアの近くにいたのか。
大変だっただろうな~、ゲーム内のシリルは。
母親は私付きのメイドで父は執事長だから、どんなにフェリシアにいびられても、ヒロインとの恋路を邪魔されまくっても、執事を辞めるに辞められなかったもんね。
───シリル・クラウディ。
『Encounter of fate』の攻略対象の一人で、ライバルキャラ・フェリシアのお付きの執事。
若葉のような鮮やかな緑色の目に、少し長い淡い灰色の髪をひと括りにしている人物だ。
また、母親似の中性的な顔立ちをしており、天然ドジっ子かつ泣き虫な性格をしている事も相まって、大変可愛らしい。
そのためか、一部の人からはシリルこそが"真のヒロインだ"とまで言われていた。
また従者ながらも、魔術学院に籍を置いており、フェリシアよりも魔術を扱うことに長けていた。
まぁ、でもそのせいで嫉妬したフェリシアにいびられまくられてたけど。
例えば、運動センスはゼロのシリルの足をわざと引っかけ転ばせて、ここぞとばかりに鈍臭いだの間抜けだの罵ったり。
ヒロインと一緒にいたシリルをわざと川に突き落とし、『まぁ、なんて汚いのかしら!でも、庶民のあなたにはそれがお似合いよ!』と貶したり。
シリルがヒロインと結ばれると、二人の仲を切り裂くためにシリルを監禁し、会わせないようにしたり。
あっ、ちなみにシリルは無事フェリシアの元から逃げ出す事に成功しますが、怒ったフェリシアがヒロインを刺そうとします。
怖いよね、私も怖い。
ハッピーエンドだと、シリルはヒロインを助ける事ができ、フェリシアが牢獄に入れられるだけで終わる。
しかし、バッドエンドだとヒロインはそのまま刺し殺され、フェリシアは怒りのあまり魔術を制御出来なくなったシリルに殺され、シリルは理由はどうあれ公爵令嬢を殺してしまったので死罪となる。
……シリル、何かめっちゃごめん。
正確には私じゃなくて、ゲーム内のフェリシアだけど。
いや、前世の記憶を思い出すのが幼少期の頃で良かった。
前世の記憶を取り戻す前のフェリシアちゃんは、少しワガママなだけだったもんね。
本当にどうしてああいう風になっちゃったんだか。
「失礼します、お嬢様」
そして、シリルの母親であるミシェル・クラウディ。
明るい橙色の髪をきっちりとまとめ上げ、シリルと同じ鮮やかな緑色の目をした美人メイドさんだ。
が、彼女は物凄くおっとりしていて、息子よりはまだましだが運動神経もあまりよくない。
それと合わせてゲーム内のフェリシアは彼女の美貌に嫉妬し、シリル程ではないが嫌い、いびっていた。
……ミシェルも何かごめん。
天然が炸裂していびられている事にまったく気づいていなかったけど。
「食堂の方で昼食の用意が出来ましたので、お呼びに参りました。今日も美味しそうな料理でしたよ」
「分かりました。教えてくれてありがとうございます」
「ふふ、行きましょうか」
そう言い、にっこりと笑うミシェル。
笑顔が眩しい。
何だろう、何かいいな、こういう癒し系。
絶対マイナスイオンとか出てるよね。
……大精霊の子と違って。
(もしかして、我輩貶されてる?)
あはは。
気のせい、気のせい。
にしても、昼時だったのか。
私的にはそれから一時間半くらい立ってるんだけど、お腹の減り具合は普通なんだよな。
どうしてだろう?
(それはじゃな!我輩の図書館はさっきも言った通り時間の概念があってないようなものだからじゃ!それは肉体の時間に伴う変化もほとんどなくなると言う事でもあるのじゃよ!)
へぇ、そうなんだ。
知れば知るほど、よく分からなくなる図書館だな。
どういう原理なんだ、それ。
(人間が理解したら、頭が爆発するぞ?それでもいいなら……)
よくないので、いいです。
理解しても、あんまり意味なさそうだし。
それに多分、魔術じゃなくて魔法の領域だよな。
魔法。
それは、古代の魔術の事だ。
今の人類では扱えるものではないと証明されており、神、もしくは力を持った大精霊しか扱う事が出来ない神秘の力でもある。
例えば、空間転移だったり、さっきの図書館みたいな謎空間(通称:亜空間)を作り出す事だったり。
大精霊の子が今使っている千里眼や念話なんかもそうだ。
え?フェリシアちゃんは6歳なのに何でこんなに詳しいのかって?
だって、この設定は色んな創作物に使い回された物であり、『Encounter of fate』にも出てきた設定だからです。
もちろん、それを使うのはヒロイン。
相手の過去の記憶を見て攻略対象のトラウマを癒したり、未来を予知して魔王軍の奇襲を防いだりしてたっけ。
あれ?大精霊の子とやってる事がほとんど同じ?
……乙女ゲーム×RPGのヒロインだから普通の人より凄いのは当たり前だよね。
だけどこう見ると、やっぱりヒロインも何者?ってなるなぁ。
まぁ、ヒロインが凄いのは"あれ"もあるからなんだけど。
と、そんな事を考えているといつの間にか食堂についていた。
辺りにはとても食欲をそそられる匂いが立ち込めている。
今日のお昼ご飯は何だろうか。
前世の記憶が戻る前も毎日食べてたけど、どの料理も凄い美味しかったんだよね。
現代の日本と引けを取らないくらいに。
やっぱり、作ってる人が一流だからかも。
「……あっ、お父様、お母様」
私が食堂のドアを開けると、既に二人とも座っていた。
二人は私と目が合うと、にっこりと笑いかけてくる。
(ほう、この二人がお主の両親か。中々の魔力を持っているようじゃな。)
まぁね。
現在この国で、『魔術師』という名誉ある勲章を持っているのは私のお父様であるルーサー・カレトヴァーとお母様であるエレン・カレトヴァーの二人だけだし。
ルーサー・カレトヴァー。
彼はフェリシアちゃんの父であり、、私とお揃いの亜麻色の髪に青空のような水色の瞳をしているイケメンである。
また、王の右腕としてこの国の宰相を勤める傍ら、宮廷魔導師団の一人としても活躍している。
……働きすぎなのでは?
そして、フェリシアちゃんの母、エレン・カレトヴァー。
綿毛のような柔らかな金髪と、私と同じカナリアのような明るい黄色の瞳が特徴的な美女だ。
元王女、現公爵夫人として社交界に大きな影響を与え続けている凄い人だ。
それに加え、この二人は貴族社会では珍しい恋愛結婚をした事でも有名だ。
その馴れ初めは書籍化され、空前絶後の大ヒット作となったらしい。
ちなみに書籍化の企画立案は本人たちだ。
……本当に何やってるんだろう?
と、とにかくそんなラブラブな二人の間に生まれた私ことフェリシアちゃんは、そりゃあもう甘やかされて育った。
その結果が『Encounter of fate』のメンヘラ・ナイフ令嬢の誕生ってわけだ。
いや、本当に前世の記憶を思い出したのが、幼少期の頃でよかった。
最近流行りの婚約破棄された後に前世の記憶を思い出すとかだったら、殺されてるか、牢獄行きのどちらかだもん。