はじまりという名の設定集
「え?嘘、でしょ……」
どこか唖然とした様子で目の前の鏡を見つめるあどけない顔立ちの少女、いや幼女。
そんな彼女が見つめる鏡には、絹のような滑らかな亜麻色の髪をした見た目麗しい幼女が映っている。
幼女の名前はフェリシア・カレトヴァー。
ぴちぴちの6歳。
王家に次ぐ権力を持つとされる三大公爵家の内の一つ、カレトヴァー家の一人娘で由緒正しき令嬢だ。
また、乙女ゲーム『Encounter of fate』に主人公のライバルキャラとして出てくる人物でもある。
まぁこれ全部、今の私のことなんだけどね。
いや、わかってるよ。
今、自分がどれほどおかしい事を言っているのか。
客観的に見ると、ただの頭イカれてる奴だよね。
わかってるよ。
わかってるけど、これが現実なんだよ。
夢でも妄想でもない現実なんだよ。
あっ、ちなみに現実は英語でrealityだよ。(byとあるテクノロジー企業の先生)
って、違う!
今はリアリティー逃避、じゃなくて現実逃避してる場合ではない!
何この状況!?
私、あの『フェリシア』になってるんだけど!?
「何で!?どういうこと!?」
あまりの突然な出来事に私は驚き、そう叫ぶ。
しかし、それが良くなかった。
私があんまりに大きな声を出すもんだから、外で待機していたカレトヴァー家の使用人がすっ飛んで来たのだ。
何とか誤魔化す事が出来たが、本当に大変だった。
とりあえず、一回落ち着いて状況を整理しよう。
焦ると良いことなんて一つもない。
ついさっき、それを身をもって体験したばかりだ。
まず私の名前は、フェリシア・カレトヴァー。
ついさっき前世の記憶を思い出した6歳の美少女ならぬ美幼女。
前世は普通の女子高校生で、今はファンタジー世界にあるリルトスって国の公爵令嬢、つまり大金持ちのお嬢様やってる。
父は宰相で、母はこの国の王女だった人だ。
そして、『Encounter of fate』という乙女ゲームの登場人物でもある。
ちなみに、さきほどから何かと出てくるこのゲーム『Encounter of fate』は前世の私が好きだったファンタジー世界が舞台の乙女ゲーである。
パッケージには、【平民の女の子として孤児院で暮らしてきた主人公。が、ある日、15年前から行方不明だった公爵家の令嬢だということが判明し、貴族しかいない『王立ロベルト魔術学院』に通うことに。そこで、ひょんな事から出会った6人の男子生徒の過去と思いが織り成す恋物語に巻き込まれていく……】みたいな事が書かれてた気がする。
とまぁ、ストーリーはわりかし王道な乙女ゲーだった訳だけだが、同時に結構人気が高かったゲームでもある。
いつの時代の女子もシンデレラストーリーが大好物だからね。
それに加え、攻略対象者達は乙女ゲーのキャラだけあって、とても見た目麗しい人ばかりなので、腐ってるお姉様方にも人気が高かった。
ただ人気の理由はそれだけではない。
その人気の一つには、システムや設定が一風変わっているという事も上げられるだろう。
その一風変わったシステムや設定というのは、乙女ゲームなのに約400年ぶりに復活した魔王やその眷属達を倒すイベントがあるという事だったり、「知力」「容姿」「流行」「魅力」といった乙女ゲームにありがちなパラメーターだけではなく、「体力」「攻撃力(物理)」「攻撃力(魔術)」「防御力」などといったRPGにありがちなパラメーターも上げなくてはいけないというものだ。
しかも、上げなくてはいけないパラメーターの中には一部、攻略対象者のものもある。
もちろん、普通に攻略対象者の好感度を上げるっていう乙女ゲーム特有の要素もあるよ。
ただ、魔王やその眷属達を倒さなければ国が滅ぶのでちょっと難易度は高いけど。
しかも、やたらと選択肢が多く一つ間違えると即ゲームオーバーなんて事もざらだ。
ゲーム内の時間で1日最低15個以上。
そのためセーブ&ロードが大事になってくるはずなんだけれど、このゲームのセーブは自動セーブで頻度が3ヶ月に一回という鬼畜仕様となっています、はい。
まぁ、これはあくまでヒロイン側の事柄だから今の私にはあまり関係ないだろし、ひとまず置いておこう。
ただ、私が転生したらしいフェリシアには結構色々とある。
それは、フェリシアが『Encounter of fate』内で最後には必ずといっていいほど死ぬ悪役キャラだということ。
フェリシアは3つのルートにそれぞれ、攻略対象者の婚約者として、義姉として、主人として登場する。
そして、ヒロインがフェリシアの婚約者、義弟、従者と仲を深めると、フェリシアはついこの間まで平民だったヒロインを馬鹿にし、いじめまくるのだ。
あと、ハッピーエンドだろうがバッドエンドだろうがお構い無しに死ぬ。
まぁ、自業自得なんだけどね。
具体的には、ハッピーエンドだとヒロインをナイフで刺そうとするも結局失敗し、殺人未遂の罪に問われ、実家からは勘当され平民に降格したため死刑。
平民が貴族を殺そうとするのは御法度なのだ。
加えてバッドエンドだと、ヒロインをナイフで刺し殺し、怒り狂った攻略対象者に殺される。
こんな調子だから、ついたあだ名が『メンヘラ・ナイフ令嬢』。
ちなみに、魔王を倒すはずのヒロインが死ぬと国どころか世界が滅びます。
とにかく結論を言うと、フェリシアにだけは転生したくなかった。
いくら将来美少女になりそうな顔立ちしてようが、両親が社会的地位のある大金持ちだろうが、傍から見たら人生勝ち組だろうが、フェリシアにだけは転生したくなかった。
本当に何でフェリシア?
そこは、普通にヒロインでいいじゃん。
もしくは、ヒロインと和解するバッドエンドでもハッピーエンドでも死なないライバルキャラの子でもいいじゃん。
何ならモブでもいいし、いっそのこと塵でもいい。
だから本当にフェリシアにだけは転生したくなかった。
「はぁ、どうしよう……」
そんな大きいため息を付きつつ、今後の事を考える。
よくある創作物みたいに、ゲームの強制力や運命とやらによって私もゲーム内のフェリシアと同じような結末を辿るのだろうか。
メンヘラ・ナイフ令嬢になってしまうのだろうか。
そんな未来は絶対に嫌だ。
でも、フェリシアにはゲームの強制力や運命といった類いの物に打ち勝つ力なんてないはず。
というのも『Encounter of fate』には王家の血が濃ければ濃いほどより強力な魔術を使えるという設定があるのだが、ゲーム内のフェリシアは初歩的な魔術しか使えなかったし、周りは6種類ある魔術の属性のうち3種類以上使える者が多い中1種類しか使えなかった。
エリアス国王家の元王女であった母の血を継いでいるにも関わらずだ。
そもそも魔術を扱うにはマナと呼ばれる魔術の源を体内に取り込み、呪文を唱える必要があるのだが、マナは無限大に取り込める訳ではなく、取り込める量に限りがあり、それは人それぞれである。
また、マナを取り込める量の事を魔力値と呼び、一般的には魔力値が高ければ高いほど威力の高い魔法も使える事ができるとされている。
しかし、フェリシアは魔力値が非常に低い。
ヒロイン編入時の初期魔力値が平均の500に対し、フェリシアの魔力値は200。
平均の半分もないのだ。
まぁ、努力もせずにいたのだから当たり前といえば当たり前なのだが。
他にも魔術を使うための手段として、精霊と契約をし、力を借りるという方法もあるが、精霊はマナと違い、意思を持っておりとても気まぐれであるため、この方法は精霊に本当に気に入られた者にしか使えない。
それに加え、精霊は心が汚れている者を嫌う傾向があるので、当然ヒロインをイジメまくってたフェリシアは使う事が出来なかった。
心が清らかな優しいヒロインは可愛らしい精霊と契約を結んでいましたけど。
ともあれ、魔力値は鍛練を重ねれば重ねるほど上がるものだし、フェリシアも努力をしなかったというだけで生まれ持った初期基礎魔力値事態は高かったはず。
だから、今の私の頑張り次第では平均の半分以下から人並み程度にはなれるだろう。