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魔力0の魔法使い

作者: 士口 十介

その時僕は絶体絶命の危機を迎えていた。

目の前にある暗闇の向こうから、ゆっくりと狂暴な肉食の魔獣が近づいて来る。


いったい何故こんなことになったのか。

思い出されるのは優しい父上と母上に囲まれたごく普通の穏やかな生活の記憶。


-------------------


僕は特に夜、母上が聞かせてくれる物語。

遥か昔に活躍したとされる大魔導士ウィザードの話は大好きだった。

紋章が光り輝き数多の魔物を打ち倒す。

話を何度も母にせがんだものだった。


その生活が変わったのは母上がはやり病で亡くなった時だ。

僕が八つになったばかりの頃だ。

ある日、原因不明の熱病に侵されそのまま息を引き取ってしまった。

そして母が亡くなってすぐ、それも月が変わらない内に父上は再婚した。

別に父上が他の女性に通じていたわけではない。

親族の者に押し切られたのだ。


父上は公爵家の長男、母上は男爵家の次女。

身分が違いすぎて、普通では婚姻することはない組み合わせである。

それを父上は押し通した。

大恋愛だったのだろう。

その上、側室を設けよと言う親族の者の言い分をすべて封殺した。

何時しか親族の者もそのことは言わないようになった。


だけど、母上が亡くなって事情が変わった。

公爵家の当主たる者が独り身なのは問題がある。

父上は半ば押し切られる形で後添いをもらう事を承諾したのだ。

母上が亡くなって失意の底にあった事も再婚の理由の一つだろう。


だけど知っている。

本当の理由は僕が魔法を使えない事だ。


魔法は、自分の内面に形成した魔力回路に自分の精神力を通すことで発動する。

魔力回路は魔法の規模や威力が大きくなるほど複雑になり、

何処まで大きな回路を形成できるかは内面の容量によって決まる。

僕たちはその内面の容量を魔力と呼んでいた。


僕にはその魔力が無い。

魔力回路を描く容量が無いのだ。

その代わり、精神力は極めて大きい。

一般に魔力が高ければ精神力が低く、魔力が高ければ精神力が低い。


だが、魔力に比べて精神力の低さは問題にならない。

魔力に比べて精神力は極めて上がりやすいのだ。

逆に魔力は極めて上がりにくい。

生まれ持った魔力で魔法使いソーサラーとしての実力が決まると言ってもいいだろう。


問題はそこではない。

貴族、特に身分の高い者が魔法を使えないという事実が問題なのだ。

魔法は特別なもので、貴族だけが魔法を使いこなすことが出来るとされてきた。

魔法の使えない平民は貴族が与える魔道具でしか魔法を行使することが出来ない。


だから”魔法を使えない”僕は貴族として欠陥品なのだ。

父上はそんな僕を次期当主として認めさせるために親族の言われるまま後添いを採ったのだ。


新しい母は父上より少し年下の遠縁の人らしい。

親戚の人はその人も夫と死別したばかりで丁度良いと言っていた。

だが、新しい母は僕を欠陥品として疎ましく思っていたのは子供ながらにも判った。

義母は次期当主のための教育と称して、僕が何か失敗すると体罰を行う人だ。 

家の生活はこれまでの様に明るく楽しいものではなくなった。

義母の連れ子である義弟はわがままでいろいろな問題を起こしたが、

その原因はいつの間にか僕の責任になっていた。


そして、僕が十歳になった頃、今度は父上が原因不明の熱病に侵された。

幸いなことに、治療が早かったため一命はとりとめた。

すっかり体力を消耗した父はこの日以来、寝たきりの生活になった。

日を追ってやせ衰えてゆく父上。


この頃から僕は義妹と遊ばず、勉学や武術に打ち込むようになった。

父上に安心してもらう為、欠陥品である自分を補うために必死だったと言ってもいい。

ありとあらゆる学問や武術、それこそ使えない魔力回路(覚えるだけ無駄だと言われたが)に至るまで勉強した。


だけど、僕が十二歳になる前、早春のまだ寒い日に父上は亡くなった。

亡くなる時、僕の手を握り「すまない、すまない」と、うわごとの様に繰り返していた。


父上の葬儀も終わらぬうちに義母は

「身分の低い血を入れるから、公爵家の血が穢れた。お前は欠陥品だ。」

と僕をなじり廃嫡された。

既に貴族連中に対しての根回しは完了していたのだ。

跡継ぎは義母の連れ子である義弟になっていた。


不思議な事にこの家ではこれ以上の事は起こらなかった。

後から考えると、これ以上不審死が続くと問題になると考えたのだろう。

(父上母上は死因不明の不審死である。)


そして、十二歳となった僕は貴族の子弟が通う学園、王立学園で辛酸をなめる。

同じように学園に入学した義弟が事あるごとに僕をいじめぬいた。

奴はきわめて陰湿で執念深く冷酷であり執拗に僕を狙ったのだ。


僕の休める場所は学園寮の部屋にしかなかった。

この寮には訳アリの貴族の子弟や平民が入寮していた。

彼らとささやかな親交を深めていった。


そんな生活が終わりを告げたのは十五歳になった時から始まった実習からだ。


この国に貴族には有事の際の活躍が求められる。

たとえ魔法が使えなくても武器での戦闘力が求められていた。

その為、十五歳になった時に学園の授業の一環として、ダンジョンの探索が義務付けられている。

ダンジョンの探索は寮ごとにパーティを組んで行われる。

倒した魔獣によって成績に加点が加えられるのだ。

僕も寮の気心知れた仲間たちと一緒にパーティを組んだ。


ダンジョンは貴族だけでなく平民の冒険者も活用する。

その為。貴族の先導役として冒険者が雇われることは多々あった。

僕は灯の杖、(精神力を灯に変えてくれる魔道具だ。)や低級回復の杖、解除の指輪といった魔道具を使いダンジョンを探索した。

特に灯の杖は便利なもので、辺りを照らす光源を作り出す他、しばらく光る文字や矢印を描くことができた。

この杖があると迷宮では迷う事が少なくなると、先導役の冒険者の人が購入を進めてくれたのだ。


その日は、いつもの先導役の冒険者の人は来ていなくて寮の仲間の一人、訳アリの貴族の子弟が待っていた。

何でも今日中にある魔獣を倒さないと成績が規定に足りないのだそうだ。

学園での成績である一定の規定に足りないと自動的に退学になる。

話を聞いてみると足りないのはかなりの点数だ。


だが、起死回生の策がある。

魔獣を倒した場合、その加点は倒した人数での頭割りだ。

単独で退治できれば大幅な加点を得る事が出来るが、単独では大けがのリスクがある。

そこで、パーティ内で様々な魔道具を使う僕に白羽の矢が立ったのだそうだ。


僕は頼られて悪い気はしなかった。

訳アリ子弟と一緒にダンジョンを進んでいった。

不思議な事に道中、大した敵は出なかった。


誰か大きなパーティが中に入っているのだろうか?


思案する僕をしり目に訳アリ子弟はどんどん奥へ進んでゆく。

何度か道を曲がった末、僕たちは少し大きめの部屋に出た。


そこで思いもかけない人物が待ち受けていた。

義母である。

漆黒のローブに身を包み、赤黒い紫色の鈍い光を放つ杖を持っていた。

彼女がいる部屋の床にはいくつかの模様が描かれている。

魔道具に刻まれている模様に酷似しているがいったい何の模様だろうか?

それに何故義母がこのような所にいるのだろうか?


すると同行していた訳アリ子弟が僕の前、不思議な模様が書かれている床の上に立つ。


「きちんと彼を連れてきました。約束通り宜しくお願いします。」


「ご苦労。お前の実家にちゃんと口をきいてやろう。」


「はっ、ありがとうございます。」


訳アリ子弟は深々と義母にお辞儀をした。

ここまでダンジョンを降りてきたのは彼らの罠だったのだ。


「ふふふふふ、そうだな。この度の働きは素晴らしいものだった。よってお前には褒美をやろう。受け取るがよい!」


義母がそう言うと、彼女の指先から赤黒い紫色の光が走る。


「恒久たる熱病」


妖しい光が訳アリ子弟の立つ模様を貫くと、目の前に立つ訳アリ子弟はその場にくたくたと倒れた。

訳アリ子弟は高熱にうなされ意識が無い。


「この状態は父上や母上と同じ……。」


「ふむ、さすがに気付くか。これは私が得意としている魔法でね。この様に病状を軽くしたり……」


義母が手を振ると、訳アリ子弟が薄っすら目を開けた。


「そしてこの様にしたりすると……。」


再び義母が手を振るう。


「ぐはっ!!」


訳アリ子弟は吐血し絶命した。


「この様に一度魔力回路の上に立たせれば、わずかな力でその命を握る事が出来る。」


「この方法で父上や母上を……。」


僕はぐっと義母を睨みつけた。


「くくくくく。そうだ、その通りだ。お前の父親は傑作だったな。何も知らずに妻の仇を後添いに迎えるのだからな。その上、同じ熱病にかけられるとは……。つくづく間抜けな奴よ。この事を今際の際に話してやった時の表情は傑作だったぞ。」


「!」


父上の”すまない”と言った言葉が心に浮かんだ。

義母いや、この女によって父上、母上は命を奪われたのだ。


「悪魔め!」


「くくくくく、悪魔。大いに結構。公爵にもなれるのだから悪魔にもなろうと言う物だ。」


そう言って石畳に描かれている線に手を触れた。


「この地面に描かれた魔力回路は魔法陣と言う。これは我が一族に伝わる秘術でね。物語にもなっている大魔導士ウィザードが使ったと言われる秘術さ。この塗料には私の血が塗りこめられている。つまり私の一部。こうして精神力を注いでやると……。」


女が手を触れたところから赤黒い紫色の妖しい光が走り魔法陣が形成される。

この場は大きな魔道具となったのだ。

魔法陣がけたたましく唸りを上げその中央から何かが出現した。


ミミズクの様な外見にクマのような体に鋭い嘴と爪を持つ。

オウルベアだ。

森や洞窟に住み、初級の冒険者が出会ったなら死を覚悟しなくてはならない凶暴な魔獣である。

猛禽類であるミミズクと同様、オウルベアは生肉、それも生餌を好む。

オウルベアはこちらを見るとダラダラとよだれを垂らす。


オウルベアは僕を餌と認識した様だ。


僕は奴の餌になるつもりはない。


踵を返し一目散に逃げだした。

ここで死ぬわけにはいかない。

何としても生き残って父上、母上の仇を採らなくてはならない。

だが、オウルベアの速度は早くこのままでは追いつかれそのまま奴の餌食となるだろう。

戦うにも僕の手には灯の杖しかない。


太古の大魔導士ウィザードが使ったと言う魔法陣で召喚されたオウルベアは強力で灯の杖で対抗できるとは思えなかった。


体の内側に魔力回路を描けない僕には魔道具の魔力回路に頼るほかはない。

せめてもっと強力な魔力回路の刻まれた魔道具があればなんとかなったかもしれない。

そんな僕の後ろからオウルベアの鋭い爪が襲い掛かる。

僕は無理を承知で振り向きざまに灯りの杖を使用した。

杖の魔力回路に僕の精神力が流れ込み、光が放たれる。


カッ!


放たれた光はオウルベアの眼前で強く発光した。


ギャウォウ!


オウルベアは悲鳴を上げすばやく後退した。

灯りの杖が効いた?

いや違う、目の前に灯りが出現したため驚いただけだ。

オウルベアはダメージを受けていないし、あきらめていない。


-------------------


オウルベアはミミズクの様に顔を回しながら慎重に近づいて来る。

僕はオウルベアを見ながらゆっくりと後退した。

ここで焦って走ってはすぐにオウルベアに追いつかれてしまう。

ゆっくり下がる僕の背中にドンという衝撃が伝わった。

オウルベアに追われT字路に出たのだ。

周りを見るとT字路の壁や床には進んだ方向を示す文字が見えた。


このまま元来た道を戻っても、あの女が途中に何か仕掛けをしているかもしれない。

だが見知らぬ道をたどり袋小路に追い込まれればその後の結果は見えている。

オウルベアはあの女が自分の血、自分の一部を塗り込めた塗料で紋章を描き召喚した魔獣だ。

このダンジョンでもかなり深い階層にしか出現しない強力な魔獣だ。


灯りの杖の目くらましだけではオウルベアに捕まり食い殺されるだろう。

僕はT字路でオウルベアを撃退する何かが無いか見回した。


だが何もない。


僕がダンジョンを進みながら書いた文字が浮かんで光っているだけだった。


文字が浮かんで光っている?

空中で?

この光は何だ?

精神力が魔道具によって光の文字となったものだ。


つまり僕の一部だ。


その時、僕の頭の中でバラバラになったピースが組み合わさった。


「魔力回路が内側に描けなければ、外に描けばいい!!」


あの女はオウルベアを召喚する時、自らの血、自らの一部を混ぜた塗料を使い魔力回路、魔法陣を描いた。

ならば、僕の一部である灯りの杖の光を使い魔力回路を描くことも出来る。


相手はオウルベア、肉食の魔獣、つまり獣だ。

獣に知恵は無い。

先ほど痛い目を見た灯りを警戒し近寄ってこないだろう。

それが僕に反撃のチャンスを与えてくれる。


僕には無駄だと言われたが憶えた魔力回路の知識がある。


その一つを目の前の空中に描き出した。

ギュオォォォォォォォォォ!!


光が魔力回路を追加するごとに唸りを上げ光り輝く。

そうやって書きあがった魔力回路は、まるで母に聞かされた物語の大魔導士ウィザードの紋章のように思えた。


その魔力回路に自分の精神力を通す。

大量に精神力を奪われるが問題ない。

描いた魔力回路を発動させる量の精神力は持ち合わせている。


発揮された魔力回路が唸りを上げ、魔法を撃ち出す。


爆炎風ボルカニックブラスト


中級に位置する爆発魔法だ。

その魔法が持つ高熱と爆風がオウルベアに襲い掛かる。


グギョォォ!


耳を裂くような断末魔と共にオウルベアは消し炭となった。


「で、出来た。魔法を……魔法を発動できた。」


あまりの出来事に僕は歓喜に打ち震えた。

だが、いつまでも喜んではいられない。

あの女が今の轟音を聞いてくる可能性が高い。


僕は灯りの杖使い、二つの魔力回路を描く。

やはり今度の魔法も魔力回路を重ねるごとに唸りを上げる。

何か理由があるのかもしれないが、今は検証している時間は無い。


そうして出来上がった二つの魔力回路に精神力を通す。


消音サイレント

透明化インビジブル


僕は灯りの杖ごと透明になる。

消音サイレントのおかげで歩く音もしない。

これでダンジョンを出るまでは見つかることは無いはずだ。


ダンジョンの入り口には案の定、あの女の息子がガラの悪そうな冒険者を引きつれて待ち伏せしていた。

隙をついて彼らの脇をすり抜ける。


あの魔法の威力ならあの女の息子もろとも殲滅させることは可能だろう。

だがそれは魔法が発動したらという制約付きだ。

外側に魔力回路を描く方法は内側に描く方法と比べ発動までに時間が掛かる。

接敵された上、斬られ魔法の発動に失敗する可能性が高い。


それにあの女の実力も定かでは無いし、これだけの事をやってのけるのだから後ろに誰かもっと位の高い何者かが居るはずだ。

それを掴むまで、こいつらを倒すわけにはいかない。


“だが何時か、父上母上の仇は取る。”


僕は誓いを胸にその場を後にする。



これは魔力ゼロの男が仇討ちを成し遂げ大魔導士ウィザードへ至る物語。


要望が多ければ連載用に書き直す予定です。

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[一言] 連載を希望します
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