その5
ポン!と何かが破裂したような間抜けな効果音と共に、あの日の悪魔ベルゼビュートがあの日の笑顔のまま元気に飛び出してきた。
「結婚おめでとうユウジくん!キミの魂をもらいにきたよ!」
ベルゼは俺には目もくれずまっすぐユウジのところに向かった。
「結婚するまでのが僕のパートでそれも今日で終わり」
そういうとベルゼは勢い良く両手を揃えて突き出した。
「だから魂ちょうだい!」
「な、なんで俺の魂をお前にくれてやんなきゃならねーんだよ!」
ユウジは滝のように汗をかいていた。
ベルゼは呆れたと言う感じを嫌味ったらしく全身で表現しながら、目をつぶって大きくため息をつきながらこういった。
「決まってんじゃん、キミが薬を飲んだからだよ」
ユウジはガタガタと震え始めている。
「だってあの薬効かなかったじゃん」
「それはどうでもいいことなんだけど?飲んだってことが重要なんだよ。悪魔を信用するってことだからね。でも薬は効いたでしょ?イイ経験出来たでしょ?」
と、そこまで無視され続けていた俺も、この愉快なやりとりに参加することにした。
「お前何者だ」
「悪魔でーす!」
「どの類の?」
「悪魔の分類は難しいものだよ、なんせ人間の欲望が分類出来る数だけ存在するからね。」
ベルゼくんは俺の肩に飛び乗ると少しかがんで俺の頬のあたりにキスをしてきた。
「大きく分ければ先天的欲望と後天的欲望があるかな?後天的欲望ってのは人工的に作られた欲望ね」
楽しそうに話している姿がちょっとカワイイと思えた、その心を察したかのように俺の頬に体を擦り寄せるベルゼくん、悪魔は臭いと聖書に書いてあったけど、子供みたいないいニオイがしやがるコイツ。
俺の頬を突いたり耳を噛んだりいたずらし放題だ。俺も負けじとベルゼくんの半ズボンから伸びている柔らかそうなももに齧り付いたりした。
「やめてよ!」
嫌がる姿も可愛らしい。なんだかもっといじめたくなってきた訳だが、これも悪魔の仕掛けた罠のように思えてあまり思い切りよく遊べない。
「性行為による快楽の飽和状態に渦巻く欲望は、君は取り扱ってないの?」
「そういった古典的堕落は取り扱ってないよ?」
「へー、そうなんだ」
すっかり忘れ去られていたユウジくんが死にそうな顔しながら俺たちの会話に割って入ってきた。
「でもちょっと待って、お前は俺をどうする気なんだ?」
「魂をイタダイテ帰ります」
「こ、殺すのか?」
「魂をイタダイテ帰るだけなので、肉体は滅びませんよ?肉体は滅びるまであなたの人生のベルトコンベアに乗ったままですよ?」
ここでやっと悪魔らしく嫌な歪んだ嘲りの糞笑い顔を見せるベルゼくん。
「ただアナタがいなくなるだけです」
「なんで俺だけ…なんでだよ!アカルはどうなんだよ!」
「この人は薬飲んでないから!」
とベルゼくんが言ったところで俺は思わず大爆笑してしまった。多分、人間らしく嫌な歪んだ嘲りの糞笑い顔を見せていたことだろう。
「薬の瓶を取り替えて、アナタを実験台に使ったんですよ」
ここにきてユウジくんは最大級の変顔でさらに俺を笑わせてくれる。その面白い顔の想い出は俺への餞別としてありがたくイタダイテおくよ。
「つまりこの人は僕を信用しなかったので魂を抜くことが出来ないのです」
と悪魔が言ったところで、俺は上着のポケットからあの日の薬の瓶を取り出した。もちろん中身は満タンだ。
「あっと、もうお迎えが来たみたいだね!」
悪魔が見上げたその先から何十羽もの大ガラスが飛んできた。俺たち以外動くものが全くいなかったこの披露宴会場に新たな来賓客が耳障りな羽音とともに集団で登場した。
先頭のカラスの首にくくりつけられていた袋を取り、ベルゼくんはその袋の入り口をユウジに向けてこう言った。
「さぁこの袋中に入ってくださいよ」
「ちょ、ちょっと待って!」
「ハイ、ちょっと待った」
と仕事熱心な悪魔が言うや否やユウジの魂は袋に吸い込まれて、その入り口はクソ結びできつくきつく閉められた。
「あとよろしく」
ベルゼくんがそう言うと、姿おかしき親愛なるかの親分大ガラスはカアとひと鳴きして、子分のカラスたちを引き連れて会場を去って行った、ユウジの魂の入った袋を引っ提げて、地獄へ。
俺はユウジの残された肉体に近づいてデコピンをしてみた。
「あ、もぬけの殻になってる」
確かに肉体的には生きている感じがする、温かいし、だけどその目は虚ろに空を見ていてその唇はだらしなく半開きだ。
グッバイ、ユウジくん、俺は君のことが大嫌いだったよ。





