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やすらぎの香炉

「……あれはさすがに意外でした。絶対にヴィーテク君が玉砕して終わりだって思ったのに」


 これまでの嫌がらせの数々から、女の子は絶対にヴィーテクの謝罪を受け入れないだろうと思っていたのだが。

 ヴィーテクの真摯な謝罪が終わると、意外すぎることに女の子はヴィーテクの謝罪を受け入れた。

 もしかしたら、うっかり絆されたのかもしれない。

 もちろん、謝罪を受け入れただけでそこから交際へ発展するようなことはなかったが、ヴィーテクはそれだけで満足そうだった。

 また女の子に話しかけることを許されたのだ、と。


「またしつこくして怒らせなきゃいいんですけどね」


 これは時間の問題かもしれない、と言って話を結ぶ。

 他に近況として、『惚れ薬』と『素直になれる薬』の顛末を語った。


 『素直になれる薬』をイサークが、『惚れ薬』をグレタが欲しがっていたため、二人にこれを渡している。

 ただし、イサークへは効果の見えなかった『惚れ薬』を。

 グレタへは、『惚れ薬』で相手の心を掴むのはどうかと思ったので『素直になれる薬』を。


 『素直になれる薬』だと信じて『惚れ薬』を飲んだイサークは、薬のせいにして素直な気持ちをリナへと打ち明け、恋人同士となった。

 思い返してみれば、イサークは初めて会った時から「リナ、リナ」と言っていた気がする。

 ネクベデーヴァには交際期間という考え方がないのか、二人はあっという間に結婚した。

 ほとんど恋人=夫婦である。


 このイサークの成功を見て勢いづいたのか、グレタは『惚れ薬』をオレクに飲ませようとして、『素直になれる薬』を自分で飲んでしまった。

 どう考えてもオレクへ盛った薬をグレタが飲むことになる流れが理解できないのだが、薬の効果で素直になったグレタはオレクへと思いをぶつけ、こちらもカップルが成立している。

 イサークはそれとなくリナを意識した行動を取っていたように思うのだが、グレタからオレクへ出ていた矢印にはまるで気が付かなかった。

 私はこういう話には鈍いのかもしれない。


「リナとグレタが遊びに来てくれる回数が減ってちょっと寂しいですけど、こういう寂しさなら仕方がありませんね」


 また何か面白そうな話があったら持ってきます、と壁にしか見えない弟のアシュヴィトの足から手を離す。

 アシュヴィトが退屈しているかもしれない、と時々話しかけていたのだが、今では世界樹へ来るたびに話しかけている。

 どれだけ暇でも、さすがに他者ひと恋話コイバナなどアシュヴィトも迷惑に思っているかもしれないとは思うのだが、私の会話の種は少ない。

 まさかアニメや漫画の感想を伝えるのもどうかと思ったので、ネクベデーヴァでの友人関係を中心に話していた。

 ついでに、少しでもいいから人間嫌いが緩和されないだろうか、なんて下心もある。


 ……まあ、友人のコイバナを神様に聞かせるのもどうかとは思うけどね。


 やはりアシュヴィトへ話しかけるようになった小人たちの会話を聞いたことがあるが、こちらも内容としては同じようなものだ。

 今日は天気が良かった、温かい。

 今日は雨が降った、水遣りの必要がない。

 今日は西の森から土精霊ノームが大量に移住して来た、歓迎の宴会をしよう。

 だいたいこんな感じで、小人の話題は平和そのものである。







 ネルオー草を集め、植物栄養剤を作る。

 作った植物栄養剤を運んで世界樹を癒し、小人たちと一緒に周辺の大地も癒す。


 こんな生活をさらに半年ほど続けると、世界樹周辺の大地は息を吹き返した。

 枯れた池は甦り、緑の絨毯もすでに池の周りだけではなく広範囲に広がっている。

 一面に野花が咲いている、とまでは言えないが、花が咲いていることもすでに珍しいことではなくなった。


 大地が力を取り戻すほどに小人や精霊が集まり、また復興の手が増える。

 私だけで世界樹を癒すことなどできるのだろうか、と途方に暮れていたことが嘘のようだ。

 戻って来た小人や精霊という多くの手が加わったおかげで、アシュヴィトもびっくりなスピードで復興は進む。

 あまり早く復興が終わると困ったことになる、とアシュヴィトが言っていたように思うのだが、最近ではその『困ったこと』になるのが楽しみなようで、アシュヴィトも苦笑いを浮かべていた。


「……これだけ賑やかになれば、ヴィー様も寂しくないよね」


 歌いながら土を起こす小人を眺めていると、ふと頭上に違和感を覚える。

 何か軽いものが頭に触れた気がして、手で探ってみるとキラキラと輝く金色の花びらが載っていた。


「わ。すごい。金色の花びら? こんな花、見たことないんだけど……?」


 いったいどこから、と最初に違和感を覚えた頭上へと視線を向ける。

 これまた壁が続いているようにしか見えないのだが、世界樹の幹の上の、ずっと上の方で、キラキラと輝いているものが見えた。


「何か、キラキラしてるんだけど……?」


 なんだろう、と首を傾げると、まるで私が顔をあげるのを待っていたかのように、キラキラとした輝きが一つ世界樹から舞い降りてくる。

 ゆったりとしたその動きに、受け止めようと手を伸ばすと、世界樹から舞い降りた輝きは弧を描いて私の手のひらに載った。


「金色の花? あ、もしかして……世界樹の花?」


 世界樹が花をつけたのだろうか、と手のひらの花を観察する。

 丸みを帯びたひし形の花びらが五枚、なんとも不思議な色合いの珠から生えていた。

 がくではなく珠であることを考えると、花ではなく実という可能性もある。

 花びらと思っているものが葉で、珠がその実、あるいは中に小さな花が詰まっている場合もあるだろう。


「それは世界樹の『宝石花』だよ」


 見たまま花びらは金で、珠は宝石で出来ている、と解説してくれたのはアシュヴィトだ。

 世界樹周辺の復興が進んだ近頃は、アシュヴィトも頻繁にここを訪れていた。

 植物栄養剤を撒いたあと、魔法で土をひっくり返したりしていると突然姿を現しては魔法を使うコツなどを伝授してくれている。

 おかげで私の魔法関係のレベルは、また一段と人間から離れてしまった。


「まだ『宝石花』を咲かせるには早いはずなんだけど……」


 世界樹からの私へのお礼ではないか、とアシュヴィトは言う。

 世界樹は何種類かの花を咲かせ、そのうち『宝石花』とは、世界樹が健康な状態で栄養が溢れている時に咲かせる花らしい。

 大地を健康に保っていることへの感謝だとか、御褒美だとか、世界樹が何を思って宝石を咲かせるのかはわからない。

 他にも栄養価の高い蜜を含む『糖蜜花』や、空気を清め周囲へと爽やかな香りを運ぶ『芳香花』、絹のような手触りの花びらをした『繻子花』と、話を聞くだけでも普通の植物ではないことがよく判る。

 綿花ならわかる気がするが、繻子サテンといえばすでに織られた布だ。

 自然の状態で布が生る、というのがまず理解できない。


「でも、そんなに色々な種類があるのなら、いつか全部見れるといいな」


「そんなことを言ってると、このみちゃんの場合は『いつか』が『今日』になるよ」


 ほら、とアシュヴィトに促されて世界樹を見上げる。

 いつか全部見たい、と言った効果は覿面だった。

 これも世界樹からのお礼なのか、加護の【愛し子】の効果なのか、キラキラとした光を纏う花が六輪、私の手の中へと落ちてくる。


「……こんなに気を使われて、世界樹は大丈夫なんでしょうか?」


「世界樹だからね。このみちゃんの常識は通じない木だよ」


 世界樹があげたいと思っての行動だろうから、そのまま受け取るといいよ、と言いながらアシュヴィトが手を伸ばす。

 その手の平へと薄緑色の花びらを纏った『芳香花』が降りてきた。


「はい、このみちゃん」


「ありがとうございます。あれ? せっかく世界樹がアシュ様にくれた物を……わたしが貰ってしまってもいいんでしょうか?」


「違うよ、これは世界樹がこのみちゃんに、ってくれたものだよ」


「え? でも……アシュ様が手を伸ばしたら落ちてきた花ですよね?」


「このみちゃんが『芳香花』を気に入ったみたいだったから、もう少し欲しいなって僕は手を伸ばしただけかな?」


 世界樹が『芳香花』を降らしたのは私へで、アシュヴィトは追加を要求しただけらしい。

 世界樹が自分の意思で花を与える人間を選んだので、私は気にする必要がないそうだ。


「……いい匂い」


 ほのかに香る『芳香花』へと鼻を近づけ、その匂いを嗅ぐ。

 柑橘系だとか、一般的な花の匂いだとか、種類は判らないが、とにかく心が安らぐ不思議な香りだ。

 嬉しくなって世界樹へ礼を言うと、『芳香花』がまた降りてきた。

 これは相当気に入ったと受け取られたようだ。

 せっかく植物栄養剤を与えているのだから、栄養は私へ花を贈るより自身の回復のために使ってほしい。


「世界樹が花を咲かせるってことは……そのぐらい元気になったってことですよね?」


 そろそろ弟のアシュヴィトの石化を解除することを考えても良いだろうか、と兄のアシュヴィトが目の前にいたので相談をする。

 以前は私の力が足りず、アシュヴィトから提供される素材を扱えないだろうということで、石化の解除については後回しにされたのだ。

 その間に、アシュヴィトは三千年ほど石化している弟の心臓を動かす方法を考えてみる、とも言っていた。


「心臓を動かすとなると、気付け薬とか、蘇生薬でしょうか?」


「このみちゃん、僕は何度も『ゆとりプランで』って言ってるんだけど……」


「でも、わたしをこのお役目に選んだのって、アシュ様ですよね?」


 私が目標に向かって突き進むことは想定の範囲内では? という指摘ができるのは、一年以上の付き合いですっかりアシュヴィトという神様に打ち解けてしまった結果だ。

 ある程度なら、言いたいことを言えるぐらいには気安い。

 アシュヴィトが『芳香花』を世界樹から追加で貰ってくれたのだって、私が『芳香花これ』でまた何か調合できるだろうか? とちょっと考えてしまうことが判っていたからだろう。

 遠慮なく、この『芳香花』で何か作るつもりだ。


 気付け薬か蘇生薬か、と見当をつけて【異世界図書館】を開いてみる。

 気付け薬はともかくとして、蘇生薬には惚れ薬同様に浪漫が詰まっていたようだ。

 多くの薬は気付け薬と大差ないものだったが、極一部の薬には本当に死者を生き返らせる効果のあるものがあった。

 効能としては魔法で一定時間心臓を強引に動かすもの、霊的な何かを遺体に留めるためのもの、と実に様々である。


「色々ありますね。ヴィー様だったら、魔法で一定時間心臓を動かす薬でしょうか? あれ? 心臓を動かすって、しばらくの話で? それとも、最初のきっかけだけ必要?」


 動かすきっかけがほしいだけというのなら、わざわざ魔法薬など用意する必要もない気がする。

 心臓マッサージやAEDによる心臓への電気ショックでも、条件は満たせるのではなかろうか。

 思いついたままをアシュヴィトへ伝えると、アシュヴィトは困り顔で「お手柔らかにお願いします」と言う。

 さすがに神様相手に心臓マッサージや電気ショックは荒業すぎるようだ。


「蘇生薬については……このみちゃんが興味ある、って言うんなら作ってもいいけど、売ったり広めたりはしないようにね?」


「え? 処方箋があるのに、ですか?」


「処方箋があっても、だよ。……死ぬべき人間が生き返ったりすると、色々バランスが崩れるからね」


「困ったことになる、って最初から教えておいてくれれば、わたしだって作りませんよ」


 売ったり、広めたりしないように、ということは、アシュヴィトは本当のところ蘇生薬を作ることについて反対なのだろう。

 私が馴染みやすいように、と様々なことをアシュヴィトがゲーム風に整えてくれたが、異世界とはいえここは現実であって、ゲームの世界ではない。

 死者が生き返れば、それだけで混乱の元になるだろう。

 そのぐらいは私にだって考えなくとも判る。


「……あ、でもやっぱりヴィー様には必要? 心臓を動かしたいわけですし」


「弟の場合は心臓を動かすきっかけがほしいだけだから、蘇生薬まではいらないかな」


 私が作ったことのある薬の中でなら、惚れ薬でいいのではないか、と言うのがアシュヴィトの案だ。

 もちろん、神であるアシュヴィトに効果のあるものを用意しようと思えば魔力を普通よりも多く込める必要があったし、素材も厳選しなければならないのだが、今はそれは横へ置いておく。


「惚れ薬で心臓って動くんですか?」


「今のこのみちゃんだったら、一瞬ドキッとさせるぐらいの薬は作れるかもしれない」


 その胸のときめきで弟の心臓を動かそう、とアシュヴィトは気楽に言ってくれるのだが、惚れ薬を使った方法では一つ問題点がある。


「……薬を飲ませる時、たぶん周りにわたししかいないと思うのですが」


 うっかりしたら弟のアシュヴィトが薬の力で私に惚れてしまうことになるのだが、アシュヴィト的にそれはどうなのだろうか。

 できれば、薬を飲ませる時にはアシュヴィトに同席してもらい、薬を飲ませるのも、弟のアシュヴィトの胸をときめかせる役も、アシュヴィトに引き受けてもらいたい。


「人間が作った薬だよ? それぐらい、弟なら自力で解けるよ」


 普段は『このみちゃん』と私を呼ぶのだが、わざわざ『人間』と呼ぶところに作為を感じる。

 なんだったら本気で魔力を込めて、解けない惚れ薬を作ってくれてもいいよ、言うのはアシュヴィトなりの冗談なのか、本気なのか、もしかしたら弟への悪戯心なのかもしれない。

 私は一応人間は人間なのだが、一般の人間とは大きく外れてきているという自覚がある。

 普通の人間が作った薬のつもりで油断をしたら、神であっても本当に解けない薬が完成してしまっていることだってあるだろう。


 ……そもそも、アシュヴィトを素材に、神に効く薬を作ろうって目標を立ててレベル上げしてるぐらいだしね?


 惚れ薬ではなく石化解除薬の話になるが、神に効く薬を作ることが目標として設定されているのだ。

 いくら人間の作った薬だからといって、私の作る薬は油断できないだろう。


「……作るとしたら、一瞬か極短時間の物を、ですね」


「一生ものでもいいよ。弟に恋人ができる」


「薬で誰かの心をどうこうするのはどうかと思います」


「つまり、自分で弟の心を掴みたい、と」


「言ってませんよね? そんなこと、一言も」


 弟への悪戯かと思ったのだが、どうやら私をからかって遊んでいるだけのようだ。

 軽くアシュヴィトを睨んでやると、アシュヴィトは小さく肩を竦めた。


「……冗談はともかくとして、これを渡しておくよ」


「アシュ様の髪の毛……ですか?」


 はい、と気軽な仕草でアシュヴィトは髪を抜き、それを私へと差し出す。

 金色の細い髪をほんの一本受け取っただけなのだが、手のひらが感じる重さはおかしい。

 ずしっとした確かな重みがある。

 どう考えても髪一筋の重さではない。


「髪の毛……ですよね? どうしてこんなに重いんですか?」


「そりゃ、髪一筋とはいえ、実際の大きさはアレだからね。見たとおりの重さじゃないよ」


 アレ、と言ってアシュヴィトは石化している弟を指差す。

 見上げても顔の輪郭すらわからない巨大な石像は、弟のアシュヴィトだ。

 初めて見た時は『弟の方は大きいのだな』と思ったが、アシュヴィトのこの口ぶりからすると、実際のアシュヴィトも大きいようだ。

 ためしに本当は大きいのかとアシュヴィトに聞いてみたところ、私の知っているアシュヴィトの姿は、私に会うために調整した姿だったらしい。


「本当の僕は、弟と同じぐらい大きいし、力ももっと……それこそ桁違いに大きいよ。ただ、このみちゃんと会うのにあのサイズにプラスして神オーラ全開で行ったら、『お願い』じゃなくて『命令』にしかならないからね」


 私を怯えさせないように、とアシュヴィトは人間の形をとることにしたようだ。

 確かに、目の前に大迫力な弟のアシュヴィトがいるため判りやすい。

 このサイズで現れられていたら、たとえ嫌なお願いであっても嫌だとは言えなかっただろう。

 結果として、私はアシュヴィトの『お願い』を聞き入れているが、『お願い』されるのと『命令』されたのとでは、私の受けた心象も違うはずだ。

 心象如何によっては、仕事との向き合い方も違っていたはずである。


「……ちなみに、アシュ様が少年の姿をしているのは?」


 体の大きさが変えられるのなら、姿も変えられるのではないか、と遅れて気が付いた。

 少なくとも、アシュヴィトはネクベデーヴァの気候に合う体を作る、といって私の年齢をすでに操作している。

 私の年齢を操作できるぐらいなのだから、自分の見た目を弄るぐらいはできるのだろう。


「大人の姿で会いにいったらこのみちゃんが緊張しちゃうと思ったから、子どもの姿にはしたかな?」


「それ、大人の姿だと警戒されるのが判っていたから少年の姿をとった、って言っていますよね?」


「言い方を変えるとそうなることは認めるよ。少し騙したように聞こえるけど」


 ちなみに本当の姿は目の前にあるよ、と言ってアシュヴィトは再び石化している弟を示す。

 巨大すぎて顔の判別も付かないのだが、アシュヴィトと弟は同じ顔をしているらしい。

 兄弟というぐらいだから似ているかとは思っていたのだが、そのまま同じ顔をしているようだ。

 いずれにせよ、石化を解くまでは本当に顔がわからない。







「アシュ様って、まだ何か隠していそうだよね」


 気の良い少年に見えたのだが、アシュヴィトは意外に天邪鬼で、計算高い神だ。

 大人の男性の姿で現れるより少年の姿の方が警戒されないだろう、と最初から本来とは違う姿をとっているとは思わなかった。


「これが神様の髪の毛か……」


 世界樹から夢を通じて持ち帰った『アシュヴィトの髪』は、どうやら本来の姿に戻ってしまったらしい。

 感触としては、太めの針金だろうか。

 巨大な神サイズの髪の毛と考えればしなやかな細い髪なのだろうが、そもそもが大きすぎるので人間の私が持つにはやはり太い針金だ。

 しなやかに曲がるのだが、私の髪と同じようには扱えない。


「この髪に負けない素材を集めないといけないのか……」


 神に負けない素材、となると探すのも一苦労ありそうな代物だ。

 とはいえ、狙ったわけではないが植物栄養剤を作る際にネルオー草の採取依頼を出そう、と私の行動範囲も広がっていたため、まるで現実味のない話ではない。


 【異世界図書館】を開いて素材にあたりをつけ、各地の冒険者ギルドへと採取依頼を出して様々な素材を集める。

 そろそろ数が揃った植物栄養剤の材料は不要になるので、出していた採取依頼の取り下げもおこなった。

 新たな素材を得て調合を試し、またレベルを上げ、さらなる素材はないかと護衛を雇って自分の足でも採取へと出かける。


 そんな生活を半年ほど続けると、ようやくアシュヴィト用の石化解除薬が完成した。


「これでようやくヴィー様が助けられる……」


 出来上がった石化解除薬と一瞬だけ効果のある惚れ薬とを机に並べ、手順の確認をする。

 まず石化解除薬でアシュヴィトの石化を解き、それから惚れ薬を飲ませる。

 一瞬だけ効果があれば、アシュヴィトの心臓は動き始めるはずだ。

 そもそもが神という未知の存在の体なのだから、人間と同じに考える必要はない。

 神である兄のアシュヴィトがこれで十分だと言うのだから、これで十分なのだろう。


 ……そうだ。『芳香花』で何か作ってみようかな?


 アシュヴィトの石化を解く見通しが付き、生まれた心の余裕でそんなことを考えた。

 世界樹から貰った香りの良い花で、何かアシュヴィトに贈り物をしてみようか、と。


 思いついてから作業に移るまでの時間は短かった。

 そもそもが神にも通じるレベルに力をつけなければ、とレベル上げに励んでいた私だ。

 大概のものは処方箋さえあればすぐに作れるレベルに達していた。


「えっと……『安らぎの香炉』? 効果がすごいね」


 レベル上げの過程で作り出した『鑑定鏡』は、冒険者ギルドで買い取りをしている鷲鼻のお爺さんが使っている片眼鏡モノクルと同じものだ。

 残念ながら、顔の作り的に私が片眼鏡を付けることはできなかったので、手で持って使っている。


 『鑑定鏡』で鑑定をした『安らぎの香炉』の効果は凄まじい。

 最強のリラックス効果を誇る香炉で、怒れる竜をも静められるようだ。


「……人間に怒っているはずのヴィー様には、ちょうどいいかもね?」


 人間が世界樹を切り倒そうとしたのは三千年も前の話なので、いい加減アシュヴィトの怒りも解けているかもしれないが。

 人間に怒りながらも世界を守っている神だ。

 とても優しい神なのだろう。


 ……ヴィー様お目覚めが、心穏やかだといいよね。


 優しい神が、優しい気持ちで目覚めればいい。

 そう願いを込めて、『安らぎの香炉』をマジックバッグへと詰めた。

AEDは別に止まっている心臓を動かす機械じゃない、ってテレビでやってた。

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