新しい友人たち
今回挿絵はありません。
後日こっそり追加するかもしれません。
もともとの性格というのか、日本人の性と言うべきか、なんにしてもコツコツと極めていくのが好きだ。
パーティキャラが複数いるゲームなど、クリアレベルも無視してコツコツと全キャラのレベルを最大まであげてしまう。
……そんな私が調合だなんて面白そうな玩具を与えられて、極めないわけが無いよね。
ちょいちょいっとアシュヴィト印の私専用魔力補助具を操作し、今日も温室で採取できただけ全ての薬草を傷薬へと変えていく。
あまり実感のないこの『調合』という作業だったが、やはり熟練度のようなものはあるようだ。
最初のうちは薬草一つにつき一つの傷薬が出来ていたのだが、慣れ始めた頃にあるだけ全部を一度に調合したところ、八つの薬草から九つの傷薬ができた。
今は三つの薬草から四つの傷薬ができる。
乳鉢を用意して調合するようになってからは、効能の高い傷薬は三つに一つの割合で混ざるようになっていた。
……そろそろ違うものも調合したいかも?
人間、何ごとにも慣れると欲が出てくるものだ。
効能の高い傷薬を避け、普通の傷薬を使って以前は失敗してしまった『秘薬』の調合に挑戦する。
『秘薬』の材料は『傷薬』で、道具は『遠心分離機』が必要らしい。
以前は私のレベルが低い上に道具も無しで挑んだが、今回は私のレベルも少し上がっている。
前回のように惨敗することはないはずだ、と『秘薬』の調合に挑んだところ、効能の高いものは一つもできなかったが、五回に一度は成功してくれた。
「このみ、えんしんぶんりき、つうはん、する?」
傷薬の成れの果てである灰を片付けていると、秘薬の匂いを嗅いでいたコットンが長い尻尾を揺らして振り返る。
コットンの言う『通販』は、アシュヴィトを経由するネット通販のことだ。
どういう仕組みか、パソコンを使ったネット通販で地球から物を買うことが出来ている。
代金はどこから支払われているのだろうか、と私としては様々なことが気になるのだが、メイはまったく気にならないようだ。
ネクベデーヴァで手に入らない食材は遠慮なく通販で取り寄せ、昨夜の夕食はどんぶりの中にハヤシライスとタコさんウインナーが入っていた。
ウインナー自体は腸詰肉としてネクベデーヴァでも売られているのだが、わざわざ赤く染めたウインナーは地球から取り寄せないと手に入らないらしい。
「ネット通販で買える遠心分離機って、最新式過ぎて……使えるのかどうかちょっと疑問なんだよね」
「きゅん?」
思ったままを口にしてみたのだが、コットンには意味がわからなかったようだ。
言葉ではなく「きゅん」と鳴き声で答えた。
「どう見ても……『調合』アプリの要求する『遠心分離機』と、通販画面に並ぶ最新式の銀色メタリックな機械のイメージが一致してくれない」
これもアシュヴィトがドットを打ったのだろうか、と考えてしまうのだが、『調合』アプリが表示する『遠心分離機』のアイコンは古式ゆかしいハンドルのついたどう見ても手動とわかる一品だ。
対して、ネットショップの画面に表示される地球の遠心分離機たちは、銀色メタリックのスイッチひとつで動く電動式ばかりである。
電気については魔力を変換してくれるだろう、と心配はしていないが、魔力を使っているらしい『調合』に、果たして現代技術の粋を集めた機械が道具として受け入れられるのだろうか。
「……まあ、ボタン一つで薬草が傷薬になるような謎の『調合』で、こんなことを気にすること自体いまさらかもしれないけど?」
とはいえ、新しい調合には興味があるが、どうしても極めたいわけでもない。
縁があったら出会えるだろう、というぐらいの気持ちで、街に行った時にでも道具を探すのが良さそうだ。
……それに、薬草の種類次第で違う調合もできるみたいだしね?
それなりの収益になるはず、とアシュヴィトから傷薬の調合を教わった。
【異世界図書館】によると、傷薬は一番簡単な処方箋だったらしい。
材料としては『薬草』のみ、必要な道具としては『乳鉢』があれば作ることができる。
そして、作るだけなら失敗覚悟で『乳鉢』は省略できるぐらいの緩さだ。
材料が『薬草』のみ、ということで、その葉の種類を変えるだけで他にも様々な薬が【異世界図書館】によると作れるらしい。
「水虫の薬なんかは、どこの世界でも需要があると思うんだよね……」
あとは毛生え薬だろうか、と【異世界図書館】を調べる。
道具は必要ない、もしくはすでにある物で作れる他の薬はないだろうか、と探しているうちに心が浮き足立ってきた。
毎日ちまちまと傷薬を調合していたため、そろそろまた売りに行ってもいいかもしれない。
そのついでに街を歩き、調合に求められる道具を探してくるのだ。
……よし、明日は街に行こう。
普通の傷薬はまた『秘薬』の材料にするために残し、効能の高い『傷薬』と新たな商品として『栄養剤』を鞄に詰めて街道脇へと転移する。
今回は二度目ということもあってか、コットンは場所の確認もせずに前回と同じ場所に転移してくれた。
「あれ? オレクさん?」
藪を抜けて街道へ合流すると、まず真っ先に目に入ったのは見覚えのある赤毛の冒険者だ。
どこか疲れた顔をして折りたたみ式の椅子に座るオレクは、私と目が合うとよほど驚いたのか銜えていたパンをポロリと落とした。
「……ホントに出てきた」
「えっと? ……こんなところで何かのお仕事中ですか?」
「仕事じゃねーよ。いや、似たようなものか? とにかく、仕事ってほど見返りのあることじゃないけど、気になって放置もできないというか……」
「気になる、ですか?」
街道脇で何をしているのだろう、と改めてオレクを観察する。
オレクは落としたパンの埃を払うと、もう一度それを口へと運んだ。
日本ではさすがに地面に落ちたパンを食べるのはどうかと思うが、ここは地球とは異なる世界ネクベデーヴァである。
ネクベデーヴァの三秒ルールは、地面でも適用されるのだろう。
お腹を壊さないだろうか、とオレクの胃腸をこっそり心配していると、オレクは私の視線をどう思ったのか、街道脇で食事をしていた理由を聞かせてくれた。
どうやらオレクは、前回の別れ際に私が藪の中へ消えたことから、本当に家へ帰れたのかと気にしてくれていたらしい。
やはり送って行くとすぐに藪へ飛び込んだのだが、その時には私の姿はすでに消えていて、余計な心配をさせてしまったようだ。
予定のない日には、こうして私がまた姿を現さないかと待っていてくれたらしい。
「それはなんというか……少しわたしの説明が足りなかったみたいですね」
私を心配したオレクが街道脇で待つことになると知っていれば、転移で移動するから大丈夫だ、ともう少し詳しい説明ぐらいはしたかもしれない。
家までついて来られては困るが、転移という方法があると知っていればオレクだって無事に帰れたかと何日も心配することはなかったはずだ。
「心配してくれてありがとうございます。なんと言えばいいのか……詳しい話はできませんが、このあたりにはお師匠様の用意した転移の仕掛けがあるので、森の中まで行きも帰りも一瞬なんです」
前回話した『偏屈なお師匠様』設定を全面に押し出して、心配はいらないのだと言ってみる。
危険があるとしたら街からここまでの街道ぐらいで、それだって街からそれほど離れていないので危険は少ない。
ついでに言えば、アシュヴィトの加護である【愛し子】の効果か、人間はもちろんドラゴンでさえも庇護欲を刺激され、私を襲うことは無いとの話だ。
私に危険が及ぶとすれば、人間の同行者がいた場合だろう。
同行者が襲われるついでに、私が襲われる恐れがある。
……加護については話していいのか判らないから、とりあえず内緒で。
とにかく心配をする必要はないのだ、と重ねて言うと、オレクはまだ何か言いたげな顔をしていたが、一応の納得はしてくれたようだ。
無事に家へ帰れたのならいい、と。
「森から出てきたってことは、また薬を売りに?」
「それもありますけど、そろそろ違う薬にも挑戦したくなってきたので、道具や材料を街で買えないかなって思いまして」
「となると……冒険者ギルドと雑貨屋だな」
私がちゃんと家に帰れたのかを心配してくれていたオレクは、どうやらこのまま私を街まで護衛してくれるつもりらしい。
急いで食べかけのパンを飲み込むと、座っていた椅子を折りたたんでひょいっと背負った。
前回と同じように城門前で並んでいると、門番は私の顔を覚えていたようだ。
どうやら冒険者ギルドで売れた傷薬の値段をどこかで聞いたようで、銅貨三枚だなんて安く買いすぎた、と謝られてしまった。
つくづく、ルズベリーの街の住民は善人ばかりである。
傷薬の差額として十回はその日限りの行商許可証を出してやろう、と提案された。
それだと銅貨八枚分門番が損をするのではないか、と指摘したところ、冒険者ギルドで売られている傷薬を見て来い、と言われた。
そういえば、私が冒険者ギルドで受け取った傷薬の値段は、所謂『卸値』だ。
冒険者ギルドで販売する時には、少し値が上がっているはずである。
その差額が、銅貨八枚分のおまけなのだろう。
門番に礼を言って今回の分の行商許可証を受け取る。
一度行ったことがあるので大丈夫だ、とオレクの案内を断って冒険者ギルドを目指すと、何故か商店が並ぶ大通りに出てしまう。
あれ? と困惑して周囲を見渡すと、黙って背後を歩いていたオレクに笑われた。
ルズベリーの街は道が複雑なので、一度や二度来たぐらいで道を覚えられるはずがない、というのがオレクの言だ。
オレクは最初から私が迷子になると判っていたのだろう。
それを見越して、私の道案内としてついて来てくれていたのだ。
「ああ、おまえさんか。確かこのみと言ったな? おまえさんの薬は古い傷跡も消えると、大好評じゃったぞ」
また薬を売りに来てくれたのか、と鷲鼻の老人が機嫌よく片眼鏡を棚から取り出してきたので、カウンターの上へと傷薬を並べる。
片眼鏡を覗き込んだ老人は、効能の高いものばかりが並ぶ傷薬に、目を軽く見開いて驚いた。
「この短期間に品質をこれほど揃えてくるとは……、腕をあげたの」
「そうだったらすごいんですけどね。今回は出来が良かったものだけを持って来たんです」
並べた傷薬がすべて効能の高い物であったため、腕をあげたと驚かれたようだ。
残念ながら効能の高い物ばかりを持って来たのは、私の腕が上がったからではない。
出来が普通のものは他の調合の材料としたため、結果として効能の高い物が手元に残っただけだ。
「……そうか。ということは、普通の出来のものはない、と。あれはあれであって困らないものだったんじゃが……」
「より効能の高いものがあるのに、ですか?」
「効能が高ければ、それだけ値も上がるからの」
「あ、そうですね。わかりました。次は普通の出来のものも持ってきます」
「そうしてくれるとありがたい」
つまりは、効能が高いものはそれだけ値が上がる。
私が作る薬は魔法薬らしいので、普通に売られている薬と比べてはっきりと効果の現れる品物だ。
効果のある薬は確かにほしいが、効能は高すぎる必要はない。
むしろ値段的な意味で手が出せなくなってしまうので、効能は普通の方が良いぐらいだ。
値段と懐事情を相談すると、どうしてもワンランク下がったものの方が買いやすいという層の方が多い。
これを考えれば、効能の高いものより普通の出来の傷薬の方が需要は多い、ということになる。
……アシュ様、やっぱり傷薬の調合は『ちょっとした小遣い稼ぎ』とは言えない気がしますっ!
普通の効能であっても単価が高く、需要もある。
作れば作るだけ売れるような状況なので、小遣いと呼べるような小さな稼ぎではおさまりそうになかった。
効能の高い傷薬ばかり持ち込んでも、買い取る側が大変だろう。
そう考えて半分は持ち帰ろうかと思ったのだが、これは引き止められた。
冒険者が気軽に買える値段ではないが、ならば効能の高い傷薬を買える層に売れば良いのだ、と。
冒険者には手が出しづらい値段の傷薬は、富裕層の女性たちに美容クリームとして人気が出つつあるようだ。
古い傷跡も消えるというあたりが、女性の心を掴んだらしい。
……あれ? 古傷が消える?
どこかで聞いた話だな、とオレクへと視線を向けると、軽くウインクをされた。
どうやら試供品として前回置いて行った傷薬は、無事にオレクが傷薬を試したかった娘さんに使われたようだ。
顔の傷跡を消してやりたい、とオレクが言っていた気がしたので、この『古い傷跡も消える』という謳い文句は、リナという娘に現れた効果なのだろう。
前回より一割上がった買い取り価格に、銀貨と銅貨の数をかぞえて財布へと移す。
最初の目的を果たしたということで、次の用事は買い物だ。
「ギルドでは薬の材料も買えると聞いたんですけど……」
「ここにあるような物でおまえさんの薬が作れるのか? 普通の草や木の根しかないがな……」
今すぐ売れるものの在庫一覧だ、と言って鷲鼻の老人が一抱えもある塗板を二枚見せてくれる。
品物の名前の他に在庫数と値段の書かれた一覧だ。
日本のように棚いっぱいに品物が詰められ、客が店の中に入って好きに品物を手にとって買い物をするスタイルではないらしい。
ほしいものを一覧の中から探し出し、鷲鼻の老人に言って商品を持って来てもらい、対面で品物の良し悪しを見て購入を決定するスタイルだ。
日本では見かけない買い物スタイルだったが、治安の悪い外国ではこういったスタイルの店がある、とテレビで見たことがある。
「……あ、イスムジム草がある。あと、ヒタヒタ草と鷹の目? 鷹の爪なら解るんだけど……」
「鷹の爪は聞いたことがねぇな。何かまた不思議な薬の材料かい?」
「いえ、鷹の爪は香辛料です」
漢方薬にも数えられていた気がするが、私の印象としては鷹の爪こと唐辛子は食べ物だ。
【異世界図書館】を調べればなんらかの薬の処方箋が出てくるかもしれないが、まず頭に浮かぶのは料理のレシピである。
「イスムジム草とカラカラの実があれば水虫の薬が作れるんですが……」
「カラカラの実は、今の季節じゃちょっと難しいな。雑貨屋なら、去年のやつが残ってるかもしれんが……」
一覧にないものが欲しいのなら採取依頼を出してはどうか、と販売と買い取りカウンターとは薄い壁で区切られた隣の窓口を示される。
私は最初から冒険者ギルドへは薬を売りに来ていたため、冒険者としての登録は必要がなかった。
そのため、買い取りカウンター以外の窓口へと声をかけたことはない。
促されて依頼の受付窓口へと視線を向けると、丁度窓口の女性と話しをしていた冒険者と思われる少女と目が合う。
グレタと名乗る短い金髪の少女は、オレクの幼馴染であったらしい。
紫の瞳を好奇心で輝かせながら自己紹介をしてくれると、にこりと笑った。
「なになに? 何か依頼があるの? だったら依頼受付はこっちの窓口だよ」
「いえ、まだ依頼を出すと決まったわけじゃ……。そういう方法もある、と教わっていたところです」
何か欲しい物があったらお願いするかもしれない、と返すと、グレタは採取依頼の出し方を教えてくれる。
これは本来窓口の女性の仕事らしく、カウンターのむこうで女性が苦笑いを浮かべていた。
グレタという少女が世話焼きな性分をしているのか、私が幼く見える外見にプラスして【愛し子】という加護を持っているからかは、たぶん両方だ。
ルズベリーの街の住民たちは、少なくとも私が出会った範囲の住民たちは、みんな親切で優しい。
「どんなに難しい物だって頑張って取りに行くから、このグレタお姉さんに任せなさい」
「お姉さんって……このみはおまえと同い年だぞ」
「へっ!? そうなの?」
こんなに小さいのに、という言葉をグレタが飲み込むのがわかった。
やはり日本人の身長から、アシュヴィトの設定した十五歳という年齢よりも下に見えるのだろう。
十六歳と聞いているオレクとは一つしか違わないのだが、彼からも妹や年少者的な構われ方をしている気がした。
「張り切るのは良いことじゃが、実力に見合わん仕事は請けんようにな。おまえさん、この間もヘマをして相棒を泣かせていたじゃろ」
「リナが心配性なだけだよー。リナったらすぐ泣くんだから」
鷲鼻の老人がグレタとオレクの会話に入り込み、懇々としたお説教を開始する。
傍から聞いている分には、グレタのことを思った気遣いが溢れるお説教だったのだが、言われる側のグレタからしてみれば耳にタコができる程に何度も聞かされているお説教だったようだ。
両手で耳を塞いで「聞こえなーい」とおどけているのだが、どこか嬉しそうな顔をしていた。
……とりあえず、オレクさんが気にしていた顔に傷の残っていた『リナ』さんの傷が消えて、グレタさんの相棒が『リナ』さん、と。
リナという人物はオレクより一つ年上と聞いているので十七歳だ。
オレク、グレタ、リナの年齢が近いことを考えれば、この三人は幼馴染なのだろう。
幼馴染で、揃って冒険者だ。
「冒険者ギルドといえば、護衛の依頼なんかも引き受けてくれるんでしょうか?」
「なになに? どっか行くの? 護衛のお仕事だって、グレタお姉さんにお任せよ」
お姉さんじゃないだろう、というオレクのツッコミを無視して、グレタが今度は護衛依頼の出し方を教えてくれる。
採取依頼も、護衛依頼も、少し書類の内容が違うだけで、書類を書いて報酬と共に提出する、という手順は同じだ。
報酬が冒険者ギルドへと前払いなのは、依頼者が報酬を踏み倒すことを防止しているらしい。
依頼達成に不備があったり、逆に追加報酬を出したくなるほどの成果があったりした時には冒険者ギルドが間に入って調整してくれるそうだ。
自分で採取したい薬草があったら、護衛を依頼することもあるかもしれない。
その時はお世話になります、とグレタと窓口の女性に挨拶をして会話を切り上げる。
せっかく商品の一覧を見せてもらったので、イスムジム草を二束と、他にも目についた素材をいくつか購入して冒険者ギルドを出た。
「……オレクさん、ついて来てくれなくても大丈夫ですよ?」
「さっきもそう言って一人で行かせたら、見事に迷子になっていたからなぁ……」
初めて会った日も迷子になっていただろう、と指摘をされると反論はできない。
あの日も私は屋台で道を聞いてから行動していたというのに、曲がる角を間違えて予定外の路地に出ている。
今日だって一度来たことがあるから、とオレクの案内を断って進んだのだが、冒険者ギルドのある通りではなく大通りに出ていた。
「でも、雑貨屋は前回教えてもらいましたから、場所は知っていますよ」
「じゃあ、今回も口を挟まず付いて行くから、迷わず雑貨屋に行ってみよう」
「判りました。オレクさんが安心してお仕事に戻れるよう、わたしがばっちり道を覚えていることを証明してみせます」
これはもう仕方がないだろう、と諦めてオレクの親切を受け入れる。
オレクの前では道に迷ってばかりいる私だ。
親切な人ばかりのルズベリーの街の住民であるオレクに、すぐ迷子になる私から目を離せ、というのは難しいのだろう。
……これはたぶんアレです。親切には素直に甘えて、道を覚えた方が逆に早くオレクさんを解放できる、って奴です。
そう開き直ってオレクに甘える。
甘えるといっても、道はしっかり覚えていると証明して安心してもらうことが目的だったので、それほど罪悪感もない。
「……あれ?」
この角を曲がれば雑貨屋のある商店通りだ、と意気揚々と曲がった先に商店はない。
あるのは井戸を中心としたちょっとした広場と、そこで駆け回って遊ぶ子どもたちの姿だけだ。
「慣れるまで案内は必要だ、って言っただろ?」
「……笑わなくたっていいじゃないですか」
またも迷子になった私に、オレクが笑いを噛み殺しながら話しかけてくる。
悔しいが、さすがに三回も目の前で迷子になれば、オレクの申し出はありがたく受け取るしかないだろう。
「あー、オレクとお薬のおねえちゃんだ!」
オレクとセットで続いた『お薬のお姉ちゃん』という言葉に、私も誰かに呼ばれているらしい、と判る。
いったい誰だろう、と甲高い声の主を探すと、女の子が私を指差して子どもたちの輪から抜け出して来た。
「えっと……?」
誰だろう、と首を傾げると、オレクが小さな声で「この間薬を塗ってあげた子だよ」と教えてくれる。
私は一度しか会っていない女の子の顔を覚えていなかったが、女の子の方は私の顔を覚えていてくれたようだ。
「怪我は治った?」
「うん。あとも残ってないよ」
ほら、と片足立ちで女の子が膝を見せてくれようとするので、両脇へと手を入れて支える。
至近距離にある女の子の顔がニパッと可愛らしく笑うと、背後から訝しげな声をかけられた。
「俺の妹になんの用だ?」
「……はい?」
今度は誰だろう、と女の子を支えたまま顔だけ振り返ると、見るからに不審そうな顔をした黒髪の青年が立っている。
長い黒髪をポニーテールと呼ぶには少し低い位置で纏めた、スラリとした細身の青年だ。
年齢としてはオレクに近く見えるのだが、とオレクへと視線を向けると、オレクは青年にむかって片手をあげていた。
どうやら細身の青年はオレクの友人だったらしい。
……ということは、グレタさんとも幼馴染なのかな?
そういえば、とオレクと初めて会った時のことを思いだす。
あの時オレクは、女の子と自分の関係性を、友人の妹だと言っていたはずだ。
つまりは、目の前でオレクと軽口を叩き合うイサークと言う青年が、あの時オレクが言っていた友人なのだろう。
「イサーク、この子はこのみだ。ほら、リナの傷を消した薬を作った……」
「ああっ!?」
リナの傷を消した薬の製作者である。
それまでは訝しげながらも攻撃性を感じなかったのだが、『薬の製作者』と聞いた途端にイサークの目が細められた。
なまじ整った顔をしているだけに、睨まれると怖い。
「……あの?」
なにかイサークに睨まれるようなことをしただろうか。
心覚えがないので、困惑してしまう。
兄に睨まれて萎縮する私に、女の子はぷくっと頬を膨らませてイサークの足を踏んだ。
「お薬のおねえちゃんいじめちゃダメなのっ!」
「いじめてねーぞ」
「いや、いじめてはいないけど、睨んでるから。超目つき悪いから」
「この目つきは生まれつきだっ!」
女の子とオレクが間に入り、イサークとの間に生じた距離にホッと息をはく。
見るからに安堵の溜息をはいた私に、イサークは自分の鋭すぎる眼光に気がついたようだ。
ばつが悪そうな顔をして前髪を掻きあげると、私から目を逸らした。
……あ、なんだか拗ねたっぽい。
拗ねた顔が可愛い、と思える青年だ。
一瞬前までは息が詰まるほど鋭い眼光で睨まれていたのだが、オレクと女の子の追撃に拗ねて顔を逸らす仕草は年相応で警戒が緩む。
「……怖がらせたんなら悪い。謝る。それから、いじめても、睨んでもいねぇからな。そんなつもりじゃなくて……」
「そうそう。イサークはこのみを睨むために探してたんじゃないよ」
「お兄ちゃん、お薬のおねえちゃん探してたの?」
もごもごと小さな声でイサークが呟くのだが、間にオレクと女の子の合いの手が入って聞き取れない。
何か伝えたいことがあるらしい、ということは判ったのでしばらく耳を澄ましているのだが、聞き取れた言葉はもごもごとした要領を得ない音だけだ。
イサークも私に伝えたいことがまるで伝わっていないと判ったのだろう。
一度深呼吸をすると、意を決したように顔をあげた。
「リナの傷は俺がつけたんだ! だから、その……ありがとうな。リナの傷を消してくれて。あいつも一応年頃の女だからさ、やっぱ顔に傷とか嫌だろ。ずっと気にしてたみたいだしな」
ありがとう、と重ねられたお礼の最後に、イサークがふわりと微笑む。
出会って早々睨みつけられるという貴重な体験をさせてくれたイサークは、リナという少女を大切に思っているらしい。
それが一瞬でわかる微笑みだった。
「……そんなわけで、リナに使った薬代を受け取ってほしいんだが」
妹にも薬を使ってくれたそうなので、傷薬二つ分の代金を払いたい、とイサークは言う。
私に礼を言うことよりも、イサークは代金を払いたかったようだ。
妹については兄として、リナという少女については、昔自分がつけた傷の責任として、薬の代金を気にしているのだろう。
「あの薬は宣伝目的の試供品として置かせてもらったものですから、代金なんていりません。それに、元々は妹さんに塗るために開けてしまった薬だったので……」
仮にイサークに代金を払ってもらうとしても、それは傷薬一つ分だ。
二つ分受け取る必要はない。
「いや、でもあんなにまともな効果のある魔法薬を……」
「お金が気になるようでしたら、私の代わりに薬の宣伝でもしてください。さっき冒険者ギルドに傷薬をいっぱい売ってきたから、売れ残ったら冒険者ギルドが大赤字です」
赤字で冒険者ギルドが潰れたらどうしよう、とおどけてみせると、イサークはようやく苦笑いを浮かべた。
「あんたの薬なら、売れ残りの心配なんていらねぇだろ。この間の薬だって、リナの傷が嘘みたいに消えたあと馬鹿売れだったしな」
「なるほど、つまりはリナさんが生きた広告塔として私の薬を宣伝してくれたんですね」
私の方こそ今度お礼を言わなければ、と続けると、イサークはついに笑い始めてしまう。
別におかしなことを言っているつもりはないのだが、イサーク的にはどこかツボをつかれたようだ。
「……そーいや、おまえはしばらく外に出れないって言ってた用件は済んだのか?」
「終わったよ。目の前から突然消えた女の子の無事を確認した」
「んじゃ、明日からは山に入れるな?」
「おうよ」
私への用件が済んだらしいイサークが、オレクへと話かける。
どうやら仕事の相談をしているようなのだが、『消えた女の子の無事を確認』という言葉が引っ掛かった。
どうやらオレクは、前回転移であっという間に姿を消した私を心配し、しばらく街の外に出る仕事をしていなかったようだ。
……なにそれ。申し訳なさ過ぎる。
……やっぱり、この街の人って親切だよね。
そもそも、薬を冒険者ギルドに売りに来た人間が何故路地にいたのか、というイサークの疑問に対し、オレクが正直に私の迷子を暴露してしまった。
それに対してイサークは、ルズベリーの街を歩くコツのようなものを教えてくれている。
さすがにオレクのように私について回るほどの超親切は発揮しなかったが、大通りや中央通、職人通りや商店通りまでの簡単な行き方を教えてくれた。
そのおかげとすでに三回迷子になった成果か、なんとなく商店通りへと自力でたどり着くことに成功する。
ようやくたどり着いた雑貨屋で、目に付いた薬の材料になるものを少量ずつ買い込む。
そんな少量でいいのか、とオレクには聞かれたが、大量に買っても運ぶのは私一人だ。
私の持てる量しか買うことはできない、と答えると、マジックバッグなる道具について教えられた。
マジックバッグとは、ようはそのまま魔法の鞄だ。
入れられる物の量は決まっているのだが、見た目より多くの物を入れることができ、重さも軽減される冒険者には必須の道具らしい。
冒険者がお金を貯めてまず真っ先に買うのがこの道具なのだとか。
……ゲームのアイテムボックスみたいなもの?
ゲームの、特にRPGの主人公たちは、世界中を旅しているというのに物持ちなことが多い。
商人キャラが馬車で移動するという設定なら鎧を十個持っていようが気にならないが、徒歩で世界中を旅する主人公が鎧を十個持ち歩いていたら色々とおかしい。
絵的にも物理的にもまず不可能だ。
システム的になんの説明もなかったが、ゲームの主人公たちもこういった道具を持っていたのだろう。
……さすがは魔法も存在する世界だね。地球では考えられない不思議道具だ。
雑貨屋でも金物屋でも遠心分離機は見つからず、それではと薬屋を覗いてみても無駄足に終わる。
オレクに何を探しているのか、と聞かれたので答えてみたところ、案内された古道具屋でようやく壊れかけた遠心分離機を見つけることができた。
私は店に行けば新しい道具が買えると思っていたのだが、そもそも物に溢れた現代の地球とネクベデーヴァでは様々な条件が違ってくる。
乳鉢を見つけた時に『日本なら百円均一で買えるかもしれない』と思ったが、実際にネクベデーヴァで売られていた乳鉢は銅貨五枚した。
百円均一に並ぶ商品にはそれなりの理由があるが、一番判りやすい安さの理由に『工場生産で一度に大量の商品を作ることができる』というものがある。
そして、ネクベデーヴァで作られる道具は基本的に一つひとつが職人による手作りだ。
高さの理由も、店に在庫が並んでいない理由も、ここにある。
新品の遠心分離機がほしいのなら、職人に注文して一から作ってもらう必要があるのだ。
私が「遠心分離機がほしい」と言って店を覗いても、すぐに買える商品が棚に並んでいることはまずありえない。
生活必需品でも消耗品でもない、いつ売れるかも判らない道具に棚を占拠されることを良しとする店はまずないからだ。
「新しい物がほしかったら、職人に相談するしかないんですね」
「職人を紹介してほしかったら、今度は商人ギルドだな。冒険者ギルドとは勝手が違うけど……どうする? 遠心分離機、欲しいんだろ?」
今日買っておかなければ、次に来た時には売れてしまっているかもしれない、というオレクの言葉に逡巡する。
現代日本とは違うネクベデーヴァの生産環境を考えれば、オレクの言葉は正しい。
買い逃してしまえば、次に遠心分離機を手に入れる方法としては職人へと注文して新しく作ってもらうしかないだろう。
資金的には薬が売れたお金があるので心配ないが、腕力的な意味では本日の購入は難しい。
「……マジックバッグを買ってから、後日買いに来るか、職人に注文します」
今日はもう少量ずつとはいえ薬の材料をいくつも買っているので、遠心分離機を買って帰ることは不可能だ。
まず間違いなく、持ち運びに苦労する。
「……俺がこのみの家まで運んでやろうか?」
「そこまでお世話にはなれません」
ただでさえずっと道案内をさせてしまっているのだ。
これ以上オレクの世話になるのは、申し訳なさ過ぎる。
買い物を終えて城門を出ると、オレクに礼を言って別れを告げる。
結局一日連れまわしてしまった、と詫びると、何故かオレクまで門から出てきた。
「街道の途中まで送るよ」
「前回も言いましたけど、大丈夫ですよ。一人で帰れます」
「そうは言っても、心配だからな」
転移の仕掛けの近くまで送るよ、と声を潜められたのは、門番がまだ近くにいたからだろう。
さすがにここまで懇切丁寧な対応をされると、この親切には裏がありそうだと気づいてしまった。
ルズベリーの街で出会った住民たちはみな親切で善良な人たちだったが、オレクの親切は『行き過ぎ』だ。
出会った全ての人間に私と同じ対応をしていたら、働きに出ることも出来なくなってしまうだろう。
「……オレクさんって、本当はなんなんですか? さすがにまだ二回しか会ったことのないわたしに対して、親切すぎます」
これはさすがにおかしい、と少し距離を取りつつ街道を歩くと、オレクは困ったように眉を寄せる。
自分の行動が行き過ぎているという自覚は、オレクにもあったのだろう。
「……このみが売った傷薬が好評だった、ってのは聞いたよな? ちょっと非常識なぐらい効く薬だったから……冒険者ギルドとしてはこのみと長く付き合って行きたいみたいだ」
さし当たっては、子どもにしか見えない私の一人歩きは危険だろう、と言うことで前回私を城門の外まで送ったオレクが冒険者ギルドからの依頼を受け、私が街道に現れるのを待っていたらしい。
なんということはない。
前回の別れ際に私の姿が消えたのを心配して、というところからしてオレクの嘘だ。
私に薬を売りに来てほしい冒険者ギルドが、私の動向を探るためオレクに街道を見張らせていたというところだろう。
「そうやって待ち伏せされていた、って聞くと、ちょっと怖いです」
「そんなつもりじゃ……」
「え? どこからどう聞いても待ち伏せですよね? 少し言い方を変えるのなら、付き纏い行為?」
ストーカーという言葉は通じない気がしたので飲み込んでおく。
いくら親切な人間とはいえ、下心がなかったとしても出待ちされていたなんて事実は気持ちが悪い。
それも、言い出したのは冒険者ギルドという断りは入るが、下心もしっかり隠されていたのだ。
これで怖がるなという方が、無理がある。
「怖がらせるつもりはなかったんだ。ごめん」
「親切はありがたいと思いますが、押し売りは止めてください」
「そんなつもりはなかったんだけど……まあ、確かにこのみを怖がらせたら駄目だよな」
ごめん、ともう一度謝られたので、一応謝罪は受け入れておく。
オレクの道案内で助かっていたのも事実なのだ。
何日も出待ちをされていたと聞けば不気味で恐怖も感じるが、悪気がなかったというのも本当なのだろう。
「……もう待ち伏せるのは止めてくださいね。わたしは薬がある程度できた時に、気が向いたら街まで売りに行く、って感じのまったりした暮らしをしたいんですから」
待っていられると思うと、急かされている気がして嫌だ、と少しだけ言葉をオブラートに包む。
本心としては、理由はどうあれ『待ち伏せをされている』という事実が嫌だ。
「いや、でも……城門までの短い距離とはいえ、女の子の一人歩きは危険だろう」
「そうですね。実際に待ち伏せをされている、って事案もあったようですし」
「うぐ……それを言われると……」
どちらが危険なのか、とツッコミ返させてもらう。
時々街道に現れる私が目撃されるのと、毎日のように街道脇で私の出待ちをしているオレクが目撃されるのとでは、その場所に対して他者の関心を引くのはオレクの待ち伏せだ。
そこに何かあるのか、と私が転移場所として使っている街道脇がまったく関係のない人間の視線を集めるようになる、というのはどう考えても悪手である。
これは私の安全を図るどころか、逆に危険を呼び込みかねない。
「とりあえず、気が向いたらまた薬を売りに来ますから、待ち伏せは止めてください」
最初だって一人で街まで行けたのだ。
城門から街道脇までの護衛など必要ない。
「……まあ、ギルドとしては、このみと良い関係を築いていきたいらしいからな。そこまで嫌だって言うんなら、止めるようギルマスに言っておくよ」
『次に待ち伏せがあったら薬は別の街に売りに行きます』という伝言は、オレクによって冒険者ギルドのギルドマスターへと伝えられたようだ。
念のため転移した先に人間がいるかとコットンへ確認をするようになったが、街道を歩く旅人以外がコットンの探知能力に引っ掛かることはなかった。
これに気を良くして冒険者ギルドへと薬を売りに行くと、奥から出てきたギルドマスターに謝罪される。
下心があったとはいえ親切心からの護衛だったが、護衛対象を怯えさせて街から足が遠のかれては意味がない、と。
護衛は外すが、これからも街に薬を売りに来てくれると嬉しい、とあくまで私の自主性に任せるとギルドマスターは言ってくれた。
やはり、薬を売りに来てほしいという下心はあったが、大本の動機は親切心であったようだ。
ルズベリーの街は治安の良さから来訪を決めた街だったが、街の住人たちが親切すぎる街でもある。
……親切の押し売りはちょっと困るけど、いいところだなぁ。
私がマジックバッグをほしがっていた、とオレクから情報が漏れたらしい。
名前だけ聞いていたリナという赤毛の少女が、手製のマジックバッグをくれた。
マジックバッグは素材や製作者の魔力、技術力で出来が変わってくるらしく、市販の物より容量は少ないがとリナは申し訳なさそうにしていたのだが、私としては問題がない。
普通の鞄より多く入って、重さもほとんど感じないという素敵機能がほしかったのだ。
リナからの贈り物をありがたく受け取り、その足で古道具屋へと遠心分離機を迎えに行った。
アシュヴィト「古いゲームって制限が多くて逆におもしろいよね。薬の材料だけで道具袋が埋まりそうだ。あ、卵が虫になっちゃった……っ!」