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新生活のチュートリアル

「それじゃあ、さかきさんの了承も取れたことだし、早速キャラメイクを始めようか」


「え? キャラメイク……ですか? あのゲームとかを始める時の、自キャラを作る……?」


「うん、そのキャラメイク」


 いったい何を始めるのか、と私が見守る目の前でアシュヴィトは右手を横にはらう。

 まるでタッチパネルの操作をするような動作だな、と思ったところでアシュヴィトの目の前へと半透明な画面が現れた。


「えっと……これからは原本オリジナルを榊さん、複製コピーをこのみさんと呼び分けるけど、いいかな?」


「はい。大丈夫です」


 神様といえども、男の子から下の名前で呼ばれるというのは、少しくすぐったいものがある。

 とはいえ、ちゃんと『さん』とつけられているおかげで適切な距離感が保たれており、それほど抵抗はなかった。


「人格は榊さんのまま転写させてもらうけど、これからこのみさんが行くのは地球とは違う世界ネクベデーヴァだ。ネクベデーヴァの気候にあった体が必要になってくる。一番判りやすく説明するのなら……このみさんはネクベデーヴァで魔法を使える体になるんだ」


「え? 魔法が使えるようになるんですか?」


「地球は魔法のない世界だったから、このみさんが魔法を使うためには少し練習をする必要があるけど……もちろん使えるよ。それで、体質はネクベデーヴァにあったものを用意するけど、他になにか希望はあるかな?」


「希望、ですか?」


「榊さんとまったく同じにもできるけど、いくつか生きやすいように能力を補正しているから、何か希望があるのなら今のうちに調整しておこう」


 たとえばいくら食べても太らない体質にしたり、目の色を変えたりなんかもできる、とアシュヴィトが言うので、遠慮なく憧れのチートをつけていただいた。

 いくら食べても太らない体質チートというのは、女の子の永遠の夢だ。


「それだけでいいの? もっとない? このみさんには無理をお願いしている側だから、出来る限りの希望は聞くよ」


「えっと……じゃあ、少し欲張ってみてもいいですか? できれば、体が軽かった学生時代の体力が……ほしいかもしれません」


「ああ、日本の社会人って、ほとんど体を動かさないからね。学生時代のような体力は大人にはないか。じゃあ、年齢設定を少し下げよう」


 つーっとアシュヴィトの指が画面を撫でると、後ろ側からなんとなく見えていた人影のようなものが小さくなる。

 年齢設定を下げると言って操作した結果、人影が小さくなったのだ。

 あれはもしかしなくとも、ネクベデーヴァ仕様に作り変えられている私のアバターなのだろう。


 ……ちょっと気になるかも。


 覗きこむのはさすがに行儀が悪いかな、とは思うのだが、どうにも気になる。

 アシュヴィトが行っているのは、私のキャラメイクだ。

 私からは見えていないのだが、アシュヴィトからはネクベデーヴァでの私がすでに見えているのだろう。


「年齢は十六……か十五歳にしようかな。こうなると、このみ『さん』じゃなくてこのみ『ちゃん』かな? 大人と子どもの境界ぐらいに設定しておこう。このぐらいだと、他からの庇護が期待できるしね」


 私がうずうずと画面を気にしていると、アシュヴィトはそれに気がついてくれたようだ。

 くるりと画面を裏返し、私からも画面が見えるようにしてくれた。


「気のせいか、胸が大きいような……?」


「え? 女の子って、ダイエットで胸から小さくなる、って嘆くものだよね?」


 だから年齢を下げた時に体重や身長は減らしたのだが、胸だけは大人サイズのままにしてくれたらしい。

 ありがたい気遣いではあるのだが、中高生という年齢設定としてはいささか胸が大きい気がする。

 画面越しに見るせいか、自分の体のはずなのだが、アニメや漫画キャラのようなメリハリボディだ。

 これで顔が平凡な私でなければ、ヒロインにでもなれていただろう。


「ご希望なら、顔も弄れるけど……?」


「そこまでは……っ! 平凡でいいです、平凡で」


「平凡ね。任せてよ」


「え? 平凡そのままだったら、弄る必要はないですよね?」


「平凡にも色々あるんだよ、このみ『ちゃん』」


 あれ? なんで『ちゃん』付け? と気がついた時には少し目線が低くなっていた。

 着ている服も『榊このみ』が着ていた地味な部屋着ではなく、淡いパステルカラーのワンピースだ。

 ついでに言えば、アニメのヒロインが着ていそうなやや奇抜なデザインでもある。


「うん、可愛い感じだね。太らない体質と一番体力のあった十代の体、平凡な顔立ちと希望通りになっているはずだよ」


「このパステルカラーの服は……? こんなヒロインが着そうな色、平凡なわたしには分不相応ですよ」

挿絵(By みてみん)

 ひらりと二重になっているスカートを摘む。

 まるでコスプレをしているような高揚感はあるのだが、着ているのが平凡な私だと思うと、服に申し訳無い気がした。


「このみちゃんは漫画とアニメの他に、ゲームも嗜んでいたよね? それでなくても、少女漫画のヒロインだって同じ特徴をしていたと思うよ」


「少女漫画や乙女ゲームのヒロインの特徴、ですか? えっと……ライバルキャラならみんな美人でお嬢様なんだけど、ヒロインの特徴というと……」


 と、ここまで口にして気がついた。

 漫画やアニメのヒロインの特徴といえば、設定としてほぼ必ずといっていいほどに書かれている一文がある。

 それは『どこにでもいる平凡な女の子』といったような内容だ。

 近年は数も多いので必ずとは言えないのだが、たしかに特徴と言える頻度では見かける一文である。


「……つまり、平凡という名のヒロイン顔に?」


「少し平均値に近づけただけだから、顔はそれほど触っていないよ。このみちゃんが可愛いのは、元からだしね」


 魔法が使えるようになったついでに、物理で戦う力もつけておいた、とヒロイン顔に衝撃を受けている私を置いてアシュヴィトが画面の説明を続ける。

 アシュヴィトは画面に書かれた数値の説明をしてくれているのだが、私としては数値の横に表示されているアバターの方が気になった。

 先ほどまでは私の年齢が引き下げられた程度の平凡なアバターだったはずなのだが、今は絶妙なラインで可愛らしい。

 これを『少し平均に近づけただけ』というのは嘘だと思う。


「基本的には加護の【いとし子】で獣にも魔物にも攻撃はされないはずだけど……遠出をする際には護衛を雇うことをお勧めするよ」


「魔物がいるんですか?」


「魔法がある世界だからね。魔物も魔獣もいるよ。自称以外の魔王はいないけど」


 獣と魔物の違いは何か、と聞いたら大雑把には知恵のあるなしらしい。

 あとは食べられるか、食べられたものではないかの差もあるようだ。


「さて、キャラメイクも終わったことだし、早速このみちゃんの住むことになる家に案内するよ」


 こちらへどうぞ、と畏まった仕草でアシュヴィトが促すと、そこに光る扉が現れた。

 扉を開けてみると、こちらは真っ白な空間なのだが、扉のむこうには地面や下草が生えているのが見える。

 魔獣や魔物がいると聞いたあとでは危険はないのかと不安になったが、アシュヴィトの案内だ。

 きっと大丈夫なのだろう、と信じて一歩足を踏み出した。







「可愛い家……」


 扉を抜けた先には、森に囲まれた広い原っぱと二階建ての家があった。

 二階建ての家といっても、日本の住宅とはまるで違って可愛らしい。

 石造りというのか、レンガ造りというのか、とにかく写真でしか見たことがないような洋風の家だ。

 大きなサンルームがあるようにも見えるのだが、あそこは温室らしい。

 温室の中では様々なハーブや薬草が育てられていて、好きに使っていいのだとか。

 あとで覗くのが楽しみである。


「ここは普通の人間には近づけない結界が張ってある、ちょっと特別な森なんだ。人里からはかなり離れているけど……門扉に転移の仕掛けを施してあるから、このみちゃんが出かけるぶんには不自由ないはずだよ」


 そのかわり、外から人間を呼ぶ時には大変らしい。

 私かアシュヴィトが許可した人間ならば来ることができるが、それ以外の人間がこの場所へ辿りつくためには迷路のような森を何週間も歩き続ける必要があるのだとか。

 そして、森の中には獣も魔物もいる。

 ただの旅人が、偶然に迷い込めるような場所ではないとのことだった。


「家は生きているから、必要があれば勝手に増築するよ。部屋の広さも自由自在だから……逆に広げすぎないように気をつけてね。迷子になっちゃうから」


 地球の家電を持ち込めることから判るように、この家には電気や水道が通っているらしい。

 と言っても、正確には先に聞いていたように、電気も水道も魔力を変換して生みだす仕組みが用意されているとのことだった。


「家の管理には妖精ブラウニーを付けておくよ。洗濯機や掃除機も使えるからそれほど不自由はないと思うけど、家事に時間を取られすぎて一日が終わっても僕が困るからね」


 妖精として紹介されたのは、深緑色のメイド服を着た美女だ。

 妖精と言われても、いまいちピンと来ない。

 どこからどう見ても、ただの美人メイドだ。


「なんというか……本当に至れり尽くせりですね」


「お願いをしている側なんだから、このぐらいのフォローは当然だよ。衣食住については本当に心配いらない。ああ、でも……こっちの世界にも慣れてほしいから、ここで買い物をする時のお金は、自分で稼いでみようか」


 もちろん最初はいくらか持たせてくれるし、食費等は考えなくていい。

 あくまでこちらの世界に慣れることの一助として、お金を稼ぐことを提案されているだけのようだ。

 稼いだお金は当然のことかもしれないが、私が好きに使って良いとまで言ってくれた。


「お金はやっぱり……冒険者ギルドでモンスター討伐、ですか?」


「確かに冒険者ギルドはあるし、害獣討伐なんかの仕事もあるけど……このみちゃんが危険な仕事をする必要はないよ。危険が少なくて、そこそこのやりがいと収入になる仕事といえば、薬師くすしかな?」


 丁度薬草を育てることができる温室もあることだし、と言いながらアシュヴィトは見覚えのある機械を取り出す。

 見覚えがあるのは、私の持ち物だからだ。

 いったいいつからアシュヴィトが持っていたのか、私の携帯端末スマフォがアシュヴィトの手に握られていた。


「これを、こうして……ちょちょいの、ちょーいっと?」


 できたよ、と手渡されたのは、どこからどう見ても普通の携帯端末だ。

 最後に見た時はシンプルなカバーがつけてあったのだが、今は可愛らしいパステルカラーのカバーに変わっていた。


「……あれ? なんですか、このアイコン。【異世界図書館】?」


「いきなり薬を調合しろ、って言われても、処方箋レシピもなしには無理でしょ? だから、このみちゃんにはいつでも好きな時に好きなだけ、ありとあらゆる世界の本を閲覧できる【異世界図書館】をアプリとしてプレゼントしちゃうよ」


 つまりは【異世界図書館これ】もチートらしい。

 少し触ってみただけなのだが、薬の処方箋はもちろんのこと、料理のレシピや植物の育て方、動物図鑑、異世界の歴史書や魔術書といった様々なものが日本語で閲覧できるようだ。

 異世界転生モノを読んでいてつい浮かんでしまう『よくそんな物の正確な作り方を知っていましたね』というツッコミが、この能力アプリ一つで解決してしまう。

 調べたいことが地球の図書館どころか、無数にある異世界の図書館から調べることができるらしいのだ。

 前世知識で俺スゲェなんてものではない。


「……なんていうか、ゲームみたいですね」


 簡単、調合と検索すると、いくつかの傷薬のレシピが表示された。

 その中の一つを選択すると、必要な素材の一覧が表示される。

 表示されている素材には、手に入る場所までが丁寧に記載されていた。

 今見ている傷薬は薬草だけで作れるそうなのだが、薬草がないためか隅にあるアイコンの『調合する』という文字が灰色をしている。

 これはきっと、薬草があれば色がついて調合ができるようになるのだろう。


 本当に、ゲームのような仕様だ。


「ゲームか……そうだ。せっかくだから【ステータス】も作ろう。このみちゃんに判りやすいように、ある程度の目安があった方がやる気もわくだろうしね。とりあえずはレベル1で、今【異世界図書館】で傷薬の作り方を知ったから経験値が入ってレベルアップ」


 アシュヴィトが「レベルアップ」と口にした瞬間に、どこからか電子音が聞こえてきた。

 国民的RPGのレベルアップ音の方が判りやすいと思うのだが、これはレトロでどちらかと言うとマイナーなゲームのレベルアップ音だ。

 こんなマニアックな音をアシュヴィトはどこから調べてきたのだろうか。


 ……あ、【異世界図書館】?


 異世界のありとあらゆる書物が見られるというのだから、地球のゲームの歴史書ぐらいあるだろう。

 あの会社のゲームはBGMが素晴らしいことでも有名だ。

 そこからこの選曲をしてきたのかもしれない。


「うーん? こんなところかな?」


 確認してみてよ、と携帯端末の画面に増えた『ステータス』アイコンを示される。

 この一瞬で作ったらしいアイコンは、私のステータスということでか、私がドット絵で描かれていた。


「えっと、榊このみ(15)、レベル2……加護チート【愛し子】【異世界図書館】【ステータス】……ここまで来ると本当にゲームですね」


 強さや守りといった項目もあるが、他と比べられるわけでもないので自分がどのぐらいの強さなのかはわからない。

 ただ、レベル2の数値なので、どう考えても過信はしない方がいいだろう。

 命を大事に、無茶はしない。


「……あれ? またアイコンが増えましたけど?」


「もう一つ贈り物。今度はチート能力ってわけじゃないけどね」


 可愛い仔猫のアイコンが表示されているのだが、名前はない。

 アシュヴィトに促されるままにアプリを起動してみたのだが、どうやら生き物の飼い方のチュートリアルのようだ。


「さて、これで相棒ペットの飼い方は解ったはずだし、薬の調合もやってみよう。薬草も温室にあるはずだから、場所を変えようか」







 場所を変えよう、といってやって来たのは、外からも見えたサンルームだ。

 温室だと説明されていたが、温度は外とあまり変わらない。

 少し温かいかな、といった程度だ。


「うわ……なんですか? 蕾が光ってる……」


 アシュヴィトに案内された温室の中央に、一抱えはありそうな大きな花の蕾があった。

 茎に蕾がついているのではなく、土から直接蕾が出てきているような、少し変わった花だ。

 単純な形だけでも十分に変わった花なのだが、何故だか光っている。


 どう考えても、普通の花のわけがなかった。


「もっと近くに来て見てごらんよ。光っているから、中がうっすら見えるんだ」


「本当だ……これは、猫? あ、でも猫が花から生まれるわけはないし……」


「役割としては、このみちゃんと僕との連絡役、かな? このみちゃんの助けになればいいなと思って用意したんだ」


 誘われるままに蕾へ近づき、蕾の中を透かし見る。

 蕾が閉じているためにはっきりとした姿は見えないのだが、なんとなくアイコンの猫が生まれるのだと確信できた。


 ……きっと、すごくふわふわな毛並みの子。綿飴みたいな……。


 綿飴のような毛並み、と思ったら私の中でもう名前は決まってしまう。

 蕾から生まれる猫のような生き物の名は、『コットン』だ。

 コットン・キャンディではさすがにあんまりだと思うので、コットンだけを採用する。


「コットン」


 自然に口から漏れた名前に、蕾が一瞬だけ大きく輝いた。

 その直後、頭の中で懐かしいゲームの、宝箱を開いた時の電子音が響く。


 ……色々台無しですっ!


 脳内に響く電子音にツッコミを入れているそばで、光の収まった蕾がゆっくりと開き始める。

 大きな白い花の中央で丸くなって眠っていたのは、想像したように綿飴のようなふわふわとした毛並みの猫だ。


 否。猫に似た別の生き物だった。


 見た目は完全に仔猫なのだが、尻尾の長さが生物としておかしい。

 あと少し長ければ、襟巻きにでもなりそうな長さだ。


「それじゃあ、このみちゃん。早速『調合』を試してみよう」


「え? あ、はい。……え?」


 この状況で何故突然調合、と考えて、先ほど読んだ猫のアイコンをしたアプリの内容を思いだす。

 あのアプリには生き物の飼い方が書いてあったはずだ、と確認のために携帯端末を見ると、先ほどは名前のついていなかったアイコンに『コットン』とつけたばかりの名前が表示されていた。


「まず、生まれたばかりのコットンが食べられるものは?」


「えっと……光華のミルク、ですね。光華は……この花ですか?」


「うん。その通り! コットンはまだ赤ちゃんだからね。成長のために必要なものは最初から一箇所に用意してある親切設計だよ。次に、光華のミルクに必要な素材はなにかな?」


「光華の花びら×1って書いてあります。1ということは、七枚あるうちの一枚だけでいいってことでしょうか?」


「そうだよ。一日一枚、七日でミルクから卒業だ」


 早速調合をしてみよう、とアシュヴィトの指示に従って光華の花びらを一枚ちぎる。

 すると、灰色で表示されていた『光華の花びら×1』という文字が白くなり、隅に表示されていた『調合する』という文字が赤くなった。


「……もしかして、このボタンを押すと調合ができる……なんてことは無いですよね、さすがに」


「うん。その通りだよ」


「え? でも、調合っていったら、もっとこう……薬研やげんでゴリゴリ何かを潰したり、天秤で重さを量って混ぜ合わせたりするものなんじゃあ……」


「いずれはそういう本格的なのもいいけど、今日はチュートリアルみたいなものだからね。ついでに言うと、これはこのみちゃんが魔法を使うための練習でもある」


「魔法、ですか?」


「画面をよく見て。必要魔力って書いてあるはずだよ」


「あ、本当だ……」


 条件として足りているのか、必要魔力と表示されている文字は白い。

 これが足りていない時は灰色にでもなるのだろう。


「簡単に言うとね、このみちゃんのこのスマフォはもう普通のスマフォじゃないというか……イメージ的には魔法の杖みたいなものかな」


 地球生まれ、地球育ちの私に、これまでなかった魔法を使うことは難しい。

 慣れれば使えるようになるはずだけど、それまで魔法が使えないというのも不便である。

 そこでアシュヴィトがアプリを介して魔力を扱えるようにと補助してくれるらしい。

 魔力が必要な作業は、すべてアプリを操作することで携帯端末が私から魔力を引き出して実行してくれるそうだ。


「なにからなにまで、ありがとうございます」


「お礼なんていいよ。このみちゃんには無理を言って来てもらっているからね。生きるための力を与えて、あとはお任せってわけにはいかないよ」


 じゃあ早速調合してみよう、と先ほどから『調合する』と赤い文字で表示されるようになったアイコンに指を重ねる。

 どうでもいいのだが、このアプリは総ドット仕様だ。

 『光華の花びら』という名前の横に、ドット絵で描かれた『光華の花びら』が表示されている。


 ……アシュ様って、レトロゲームが好きなのかな?


 そんなことを考えながら、調合アイコンを押す。

 これが魔力を引き出すということなのか、一瞬だけ指先がひやりとした。


「わ、すごい……」


 『調合する』と書かれたアイコンを押すと、変化はすぐに起きた。

 光華の花びらは先ほど同様に光り輝き、ふわりと宙に浮かび上がったかと思ったらクルクルとその場で回り始める。

 やがて解けるように形が変わって光の玉になったかと思うと、カッと一際輝き、光が収まる頃には小さな哺乳瓶が目の前に浮かんでいた。


「えっと……これが『光華のミルク』?」


 まさか哺乳瓶に入った状態で完成するとは思わなかった。

 材料は花びらと魔力だけのはずなのだが、瓶の素材はどこから来たのだろう。


「この『光華のミルク』をコットンにあげればいいんで……ひゃわっ!?」


 宙に浮いた哺乳瓶を手にした途端に、頭の中でレベルアップを知らせる電子音が響く。

 疑いようも無く、初めての調合で経験値が入り、レベルが上がったのだろう。

 慣れるまでは心臓に悪そうな音だ。


「システム音はステータス画面から変更することができるよ」


「アシュ様、絶対ゲーム好きですよね」


「このみちゃんが馴染みやすいように、って身近なものに変換してみただけだよ?」


「……確かに馴染みやすくはあります」


 変更することができるとアシュヴィトが言うので、ステータス画面を開いてシステム音のボリュームを下げる。

 さらりと聞こえるぐらいなら、慣れていなくても驚くことはないと思うのだ。


「ミルクをあげたいけど、コットン眠ってますね。起こすのは可哀想かも……」


「生まれたばかりでお腹が空いているはずだから、ミルクを鼻先に近づければ目覚めると思うよ」


「……やってみます」


 言われるままに哺乳瓶をコットンの鼻先へと近づける。

 最初はなんの反応も無かったのだが、少しするとひくひくとピンクの鼻がひくつき始め、やがて金色の目がゆっくりと開かれた。


 ……やっぱり猫みたい。可愛い。


 金色の目に、まっしろな毛並みの仔猫だ。

 尻尾の長さはちょっと猫とは言いがたいが、それ以外は猫である。


 チュートリアルに従って、コットンを手のひらに乗せて『光華のミルク』を飲ませた。

 体は手のひらサイズなのだが、食欲はすごい。

 ぐぴぐぴと音を立てて哺乳瓶に吸い付いたかと思うと、あっという間に哺乳瓶は空になった。


「えっと……チュートリアルには『光華のミルク』は一日に一回って書いてあったんですけど?」


 この食欲で、本当に一日一回のミルクで良いのだろうか。

 そう不安に思ってアシュヴィトを見ると、普通の生き物ではないので一日一回のミルクだけで良い、と太鼓判を押されてしまった。

 ミルクを卒業したら私と同じものを食べることができるが、極端な話としては食事の必要すらないらしい。

 私の魔力を使って調合した『光華のミルク』を飲んで育つコットンは、魔力的に私の支配下にある。

 そのため、食事代わりに私の魔力を取り入れることになるので、元々食事は必要ないのだそうだ。


「そのうち言葉を話すようになるから、早く言葉を覚えるようにいっぱい話しかけてあげてね」


 コットンの食事はコットンのアイコンから調合をしたが、普段の調合は【異世界図書館】でレシピを開いた画面からおこなうことができるらしい。

 試しに、と言われるままに【異世界図書館】を起動し、素材が『薬草』だけというお手軽な傷薬を作ってみる。

 必要な道具として『乳鉢』が表示されていたのだが、これはなくても作れるらしい。

 成功率が下がるだけで、調合自体はできるというのがなんともゲームっぽい。


 ……もう気にならなくなってきてるけどね。


 ポチっとな、と『調合する』と赤い文字で表示されたアイコンを押すと、指先が一瞬だけ冷える。

 『光華のミルク』を作った時と同様に『薬草』が光輝いたかと思ったら、小瓶に詰まった軟膏が完成した。


「本当に簡単に調合できました。あと、またレベルアップが……」


「レベルアップが頻繁なのは今だけだよ。最初のうちは必要な経験値が少ないからね。傷薬の品質を上げたかったら、他の本を調べてみたり、自分でレシピを調整してみたりしたらいい。道具を揃えるっていうのも、方法としてはありかな」


 とにかく、温室で取れる薬草を使った傷薬だけでも、お小遣い程度には稼げるらしい。

 ここでの生活に慣れるまではコットンの世話をしながら家で大人しく傷薬を調合し、ある程度数が出来たら町へ売りに行って、その時にでも友人や知人を作ればいい、とアシュヴィトにはお勧めされた。

 こちらでの生活に慣れるためには、少しぐらいは知人を作った方がいいだろう、と。







 今なら何があっても自分がフォローできるので、と戦闘も経験しておくか、とアシュヴィトに誘われる。

 戦闘なんてとんでもない、と辞退したい気はするのだが、何かの拍子にモンスターと遭遇して痛い目を見るよりは、アシュヴィトに見守られて一度経験をしておいた方がいいだろう。

 気は進まないながらも家の敷地外へと出ると、小高い丘といったサイズ感のドラゴンが鎮座していた。


「……アシュ様、まさかこのドラゴンと戦えとか言いませんよね? 絶対素人向けの相手じゃないですよ。ダンジョンのボスとか、中ボスじゃないですか!」


「このみちゃんなら加護の【愛し子】があるから、大丈夫だよ。いきなり後ろからがぶりなんて、絶対にないから」


 ちなみにアシュヴィトが私につけた加護の【愛し子】というのは、『なんとなく庇護欲をかき立てられる』というものらしい。

 人間どころか動物や魔物にまで影響があるようで、『なんとなく』私を庇護し、『なんとなく』攻撃を与えてはいけない存在だと認識してくれるそうだ。

 遠出の際には護衛を雇うようにと言われはしたが、この加護のおかげで野党や山賊に襲われる危険はほぼないだろう。


「こちらが攻撃される心配がないとしても、わたしにドラゴンが倒せるとは思えないんですが……」


「うん。だから倒さなくてもいい相手を選んだんだよ。人間の、それも素人の渾身の一撃ぐらいじゃどうにもならないほど丈夫な相手を」


 弱点は僕が教えてあげるから大丈夫、とアシュヴィトが言うと、ドラゴンの尻尾の一部が赤く光る。

 どうやら尻尾が弱点らしい。


「あのドラゴンは先日五十年ぶりの脱皮をしたんだけど、少し失敗したみたいでね。尻尾の先に前の皮が残っていて、気持ち悪いんだって」


 それを取ってほしいドラゴンと、私に戦闘経験をつませたいアシュヴィトとの間で利害が一致したようだ。

 なるほど、双方納得ずくであれば、私が攻撃を返されることもないだろう。

 倒す必要がないというのも、もっともだ。

 私はドラゴンに対して力いっぱい攻撃をして経験を積み、ドラゴンは脱皮に失敗した以前の皮を取ることができる。


 片手剣をアシュヴィトが用意してくれていたのだが、私には重すぎて持つことができなかった。

 これまで剣を持って戦ったことなどないし、体力を求めて年齢が下がった時に筋力も少し減ったようだ。

 アシュヴィトの言うことには、物理攻撃もそれなりにできるステータスにしてくれたようなのだが、武器を持つための筋力がほとんどないのだから、どうにもならない。


 私にも持つことができる武器を、ということでアシュヴィトが新たに用意してくれたのは万能包丁だった。

 包丁というとあまり格好良くないので、ナイフということにしておく。

 錆びない、折れない、刃こぼれしない、素敵な万能包丁ナイフだ。


 ナイフで日が暮れるまでドラゴンの尻尾に攻撃を続けた結果、綺麗に皮の取れたドラゴンは上機嫌で森の向こうへと帰っていった。

 後に残されたのは、一枚一枚が私の手のひらぐらいの大きさがあるドラゴンの鱗だ。

 すべて拾いあげると、例の宝箱を開いた時の電子音とともに携帯端末へと『ドラゴンの鱗×36』を手に入れた、と表示される。

 ついでにどのぐらいレベルが上がったかと【ステータス】を見てみたら、レベル1からスタートしたはずの私のステータスは、今日一日で15に上がっていた。


 ……たぶん職業としては薬師的なものだと思うんだけど、戦士系のレベルが一番高いや。


 ステータスのレベル表記は、いくつかある。

 【異世界図書館】でレシピを調べた時や傷薬を調合した時にあがったレベルの他に、物理と魔法のレベルが別々に存在していた。

 総合的なレベルは『ドラゴンの鱗』を大量の手に入れたことでまた経験値が入ったらしく、レベル4だ。

 魔法はまったく触っていないためレベル0で、物理はひたすらドラゴンの鱗をはがしていたおかげか15もあった。


 ……あれ? そもそも【愛し子】なんて加護チートのある私が戦闘する必要なんてあるんだっけ?


 こんな初歩的な疑問が浮かんだのは、夕食を食べてベッドに入ってからだ。

なお、作者はスマフォを触ったことも無いので、タッチパネル操作の『携帯電話(ネットも見れる)』ぐらいの認識です。

ゲームも出来るってことぐらいは知っています(ドヤァ

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