引き篭もり少女と押しかけ神様
……はて?
アシュヴィトを目覚めさせてから、早いものでもう一週間になる。
目標であった弟のアシュヴィトの石化が解けたからには、そのうち兄の方が何か言ってくるだろう、と戦々恐々としている間に気が付けば一週間が過ぎていた。
そう、戦々恐々だ。
実のところアシュヴィトからの連絡を待たずとも、兄弟どちらのアシュヴィトへも私は香炉を使って会いにいける。
この一週間それをしなかったのは、アシュヴィトに会うのが怖かったからだ。
……昔のゲームであったもんね。話しかけるとエンディングスタート、って。
アシュヴィトの願いが叶えられたのだから、私の役目は終わった。
ゲームで言えば、エンディングの条件が揃ってしまったのだ。
このネクベデーヴァでの気楽な暮らしも、アシュヴィトにとってはこれ以上続けさせる必要のないことになってしまった。
となれば、私は原本の元に戻るか、用の済んだ複写など必要ないと廃棄されるかもしれない。
……ヴィー様を助けたあとの複写の扱いなんて、考えたこともなかった……っ!
これは誤算もいいところである。
何も考えず、馬鹿正直に『早くアシュヴィトを石化から解放しなければ』と突き進んだ結果だ。
廃棄処分の場合には、せめて今期のアニメ最終回までは待ってくれ、とお願いしてみよう。
駄目だと言われたら、さすがに一矢報いるしかない。
仮にも神に弓引こうというのだから、裏ボス戦突入というやつだ。
……理想としては、このままネクベデーヴァでまったり暮らしたいんだけど。
アシュヴィトが整えてくれたネクベデーヴァでの暮らしは快適すぎた。
インフラの設備が整った快適な家と、アニメが見れ、ネット通販のできる環境。
適度に仕事があり、その仕事も自分のペースで行えるというところがまた最高である。
ネクベデーヴァでの友人知人も増えてきたし、日本の家族とも会いたい時に会いにいけるのだ。
なによりも、私の存在は複写だった。
原本が元の世界にいるため、複写がいなくとも誰も気付かないし、心配もしないと判っていることが大きい。
……アシュ様が何か言ってくるまで、とぼけててもいいよね……?
急ぐ必要はなくなったのだし、とアシュヴィトへは連絡をいれず、まったりとした暮らしを続ける。
魔力補助具に頼らない『調合』に挑んで魔力の扱いを練習し、時々ルズベリーの街へと魔法薬を売りに出かけ、必要になれば護衛を雇って自分の足で素材採取へと向かう。
こんな気ままな生活を、アシュヴィトから呼び出されないことをいいことに、さらにひと月ほど続けた。
「……あれ?」
薬を売りに行っていた街から転移で門へ戻ると、家の外観が変わっていた。
見て判る一番の変化は、単純な大きさだ。
元々私とコットン、メイド妖精の二人と一匹(?)で住むには広すぎる家だったのだが、今は倍近い大きさに変化している。
一部屋一部屋が広くなったのか、部屋数が増えたのかは外から見ただけでは判らない。
外からでも判る事実としては、この家は必要に応じて自動で大きくなったり、部屋を増やしたりとしてくれる不思議な家だ。
ということは、必要に応じた結果として大きさを変えたということになる。
「少し出かけている間にいったい何が……?」
「このみ、あれ!」
あれ、とコットンに促されて玄関へと視線を向けた。
少し装飾が増えて豪華になった印象のある玄関扉が開くと、中からメイの他に顔の同じ七人のメイドが姿を現す。
「メイ、これって……」
「はい。私と同じメイド妖精です」
右から順番にムラタ、スズキ、メグロ、フルタ、ササキ、ホリカワ、セタです、と紹介されているうちに、ひとつ不自然な点に気が付いた。
メイの名前は私が付けた。
では、このムラタたちの名前は誰がつけたのだろうか、と。
……メイじゃないよね? メイだったら、アニメから名前を取ってくる気がするし。
微妙に日本の苗字としか思えない名前、というところも気になった。
私以外で日本語の名前をつけそうな人物なんて、と考えているうちに家の中からもう一人姿を現す。
見慣れた少年神と同じ顔をしているのだが、受ける印象の違うその人物ならぬ神物は、アシュヴィトだ。
ただし、弟の方のアシュヴィトである。
「えっと……ヴィー様、ですよね?」
以前の姿と印象が違う。
その理由は、考えるまでもない。
最後に会った時には古代ギリシャ人のように長い布を巻きつけた衣装を着ていたのだが、今は洋装だ。
兄の方は少女漫画の王子さまのような少し奇抜な衣装を着ていたが、弟の方は乙女ゲームの騎士風と言ったところか。
隠しキャラとか特殊ルートでようやく攻略の道筋が開く系統の、少し影のあるキャラが着ていそうなおとなしい色合いの衣装だ。
髪の色とあいまって闇に溶け込めそうな色だったが、兄と揃いの白を貴重としたマントも着けているため、本当に闇へ溶け込むことは不可能だろう。
「兄神からこんなものを渡されてな」
こんなもの、と言って差し出された紙を受け取る。
何が書かれているのかと優美な文字へと目を走らせると、書かれているものは私が世界樹とアシュヴィトを癒すために使った金額の一覧だ。
細々とした材料費や護衛を雇った費用まではまだ判るのだが、誰が決めたのか判らない最低賃金から算出された私への月給、魔法薬師という専門職への手当てなど、実に細かい金額がつらづらと記載されている。
後半の項目はほとんど嫌がらせのような細かい事柄ばかりが続き、横に書かれた金額も無駄に大きい。
中でも一番大きな金額の項目名は『慰謝料』だ。
続いて『危険手当』もなかなかの金額だったが、『慰謝料』に比べるとやはり数字が優しい。
「……とりあえず、『危険手当』と『慰謝料』は二重取りじゃありませんか?」
大丈夫ですか、お兄さんに騙されていませんか? とアシュヴィトへと指摘する。
『おそらくは』と付けたいのだが、この『危険手当』と『慰謝料』は、目覚めたばかりのアシュヴィトが私を攻撃したことに対してだろう。
むしろ、これ以外で危険な目にあった覚えなどほぼない。
私は常に加護の【愛し子】で守られているようなものなので、獣も魔物もドラゴンですらも私を敵とは認識しないのだ。
「『危険手当』と『慰謝料』は違うものだ。別に兄神に騙されてなどいない」
むしろ『慰謝料』について追記したのは自分である、というアシュヴィトの主張に、改めて一覧の書かれた紙へと視線を落とす。
兄から渡されたという言葉と優美な筆跡から、兄の方のアシュヴィトが書いたのだろうと思っていたのだが、よく見ると文字にはそれぞれの癖が出ていた。
前半の材料費や護衛費といった項目は同じ人物の筆跡だったが、後半の嫌がらせを通り越して難癖にしか見えない項目には別の人物と思われる筆跡が混ざっている。
後半については、兄と弟の二人で『思いついたままに』『思いついただけ』追加したのだろう。
「俺のために用意させた薬代をしっかり働いて返して来い、と兄神に追い出された。……今日から俺もここに住むぞ」
「薬代なんて……元々わたしの役割はヴィー様の石化を解くことでしたし、ネクベデーヴァに来てからというもの、いい暮らしをさせてもらっていますから、気にしなくてもいいですよ」
何か聞き捨てならない言葉が混ざっていた気がするが、とりあえずは薬代など必要ない、とアシュヴィトの私に対する支払い義務を否定しておく。
兄の方のアシュヴィトが私のために用意した生活は、実のところ日本で暮らしていた時よりも快適で申し訳ないぐらいだ。
それに、もしも本当に薬代を払う必要があるのだとすれば、私に弟の救出を依頼した兄のアシュヴィトが支払うべきだろう。
石化を解くという行動を決定し、私に依頼したのは兄のアシュヴィトなのだ。
弟は「助けてくれ」などと最初から一言もいっていない。
それなのに、支払いだけ弟へと押し付けるのは少々どころではなくおかしな話だ。
「おまえの生活環境については必要経費だ。それこそ別の話だな」
これだけあるのだから、絶対に二重請求されている項目があるだろう、とアシュヴィトの借金リストを睨む。
一つひとつ潰していくしかないか、と精査しようとしたところ、紙は綺麗に折りたたまれてアシュヴィトの懐へとしまわれてしまった。
「ヴィー様、もう一度じっくりとリストを調べてみましょう。難癖のような項目もありましたし、もしかしたら半分ぐらいは金額を減らせるかもしれません」
「そんなことよりも、兄神や小人たちが淋しがっていたぞ。最近おまえが顔を見せない、と」
何かあったのか、とアシュヴィトに静かな瞳で問われ、そっと目を逸らす。
何かは『ない』が、『あった』ら嫌だと避けていたのだ。
「……世界樹や小人たちは元気ですか?」
アシュヴィトに会うことを避けていたこのひと月の間、植物栄養剤等を持ち込まなくなったが、世界樹は大丈夫だったのだろうか。
そこはやはり気になったので、一番に聞いておく。
兄の方のアシュヴィトと接触することを避けたいのであって、世界樹の復興を投げ出したいわけではない。
「世界樹はあそこまで回復すれば、あとは自力でなんとかなる。小人たちは……淋しがっているが、いつもどおりだな」
兄神は――と続くはずの言葉が止まる。
私の聞いた範囲が世界樹と小人たちのことであったため、アシュヴィトのことまで答える必要はない、と気が付いたのかもしれない。
というよりも、故意に兄のアシュヴィトの名を除外したと気が付いたのだろう。
「……兄神と何かあったのか?」
「何もありませんよ。ヴィー様を目覚めさせる前に会ったっきりで、そのあとは会っていませんし」
「ということは……ひと月以上か。本当に、何もなかったのか?」
「むしろ、何かあったら嫌だなって、怖くて会いにいけないといいますか……?」
「怖い?」
何が怖いのか、とアシュヴィトに顔を覗きこまれ、思わず身を引く。
相変わらず好みのど真ん中にいる美貌に、知った顔ではあったが心臓がバクバクと煩い。
美人は三日で飽きるというが、美神も三日で飽きてくれるだろうか。
……や、飽きないな。この顔は一生見ていられる。
美しすぎる好みの顔が眼前にあれば、誰だってうろたえるだろう。
思わず体を離し、少し落ち着きたいとも思うはずだ。
それでなくとも、一度なんの前振りもなしに――
……今思いだすのは自殺行為だよ、私っ!
一番近くでアシュヴィトの金色の瞳を見た瞬間を思いだし、頬に熱が集まるのを感じる。
前回キスをされたのは、本当になんの前振りもなかった。
アシュヴィトからの突然の行動すぎて、乙女らしい反応など返せていない。
奇声としか思えない奇妙な悲鳴をあげて、無様に逃げ帰って来てしまっていた。
「ヴィー様、どうして腰に手を回すんですか?」
「おまえが逃げるからだな」
思わず身を引いた私に、アシュヴィトの行動は驚くほど早い。
気が付いた時には腰へと手が添えられていて、離れたはずの体が密着している。
顔も近いが、勘違いのしようもないレベルで密着してしまった体に、ここはもう前向きに考えるしかないだろう。
私の顔が赤くなっているのは、前回の別れ際のキスを思いだしてしまったからではない。
アシュヴィトの手によって作られた密着体勢のせいだ。
「……好みすぎる顔が目の前にあったら、誰だって思わず逃げると思います」
そして少し離れた物陰から、そっとその好みすぎる顔を見守っていたい。
さすがにここまであからさまな言葉では答えなかったが、密着しすぎである、という私の抗議は伝わったようだ。
アシュヴィトはわずかに目を眇めた。
「しかし、俺はおまえを逃がすわけにはいかない」
「さようでございますか」
私がまた世界樹の麓へと顔を出すようにならなければ、世界樹と小人が淋しがる、と言ってアシュヴィトの拘束は弱まるどころか強まる。
せめて拳一つ分ぐらいは距離を保ちたいのだが、体を離そうとすればするだけ拘束の手が強まるため、早々に諦めた。
心臓ばバクバクと煩いが、逃げ出した前科はあるのでおとなしくしておく。
ここは夢の中ではないため、驚いて目が覚めるなんてこともできない。
「それで、兄神を避ける理由はなんだ?」
場合によっては俺が兄神を締め上げてくる、と続く洒落にならない言葉に、慌ててアシュヴィトの無実を訴える。
うっかりエンディングに突入したくないのだ、などというくだらなさすぎる理由で神々の戦い勃発だとか、笑い話にもならない。
「わたしがアシュ様と顔を合わせづらいのは……当初の目的を果たしたから、でしょうか」
弟のアシュヴィトの石化を解く、という当初の目的は達成している。
そのため、用のなくなった私が元の世界へ戻るように、と言われることが怖くて会いにいけないのだ、と馬鹿正直にアシュヴィトへと話してしまう。
変に誤魔化そうとすると兄の方のアシュヴィトが冤罪で弟から恨まれそうなので、そのぐらいなら私が『このお馬鹿』と呆れられる方が良い。
「……日本に戻りたくないから、兄神に会いたくない、と?」
「まったく戻りたくないわけではありませんけど、ネクベデーヴァでの暮らしにも慣れちゃったから、離れがたいというか……」
できれば、これまでどおりの暮らしを続けさせてほしい。
時々は両親や日本の友人たちに会いに帰りたいが、ネクベデーヴァでできた友人たちと二度と会えないことにはなりたくないのだ。
友人知人でなくとも、私の作る薬を待ってくれている人たちだっている。
「それならそれを、そのまま兄神に伝えればいい。俺の命を救ったのだから、その程度の褒美は望むままに叶えられるだろう」
「御褒美……とか、おねだりしても良かったんでしょうか? わたし、ここでかなりいい暮らしをさせてもらってるんですけど……」
「神にとって人間の命など瞬きにも似た短い時間だ。おまえが生きる時間ぐらい、兄神にしてみればなんということはない」
仮に兄のアシュヴィトが「帰れ」と言ったところで、自分でも同じことができるから安心していい、とアシュヴィトは笑う。
私をネクベデーヴァに留めることも、気晴らしに日本へ連れて行くことも、日本とネクベデーヴァ間でインターネット回線を繋ぐことも、兄にできることは弟の自分にもできる、と。
「俺がおまえの望むように生かしてやる。ネクベデーヴァに留まりたいのなら、兄神になど頼まなくとも、俺が叶えよう」
他に何か望みはあるか? と言いながら、アシュヴィトの唇が降りてきた。
わざとじゃない。
兄と弟は対照的な色にしよう、って最初から決めていたんだ。
ただ、冷静に考えると頭から足の先まで真っ黒ってどうよ!? となって、ならばと兄神と揃いの白いマントを追加しただけなんだっ!
故意に黒の騎士服+白マントにしたわけじゃない……っ!
あ、7人のメイド妖精の名前は故意です。
なぞなぞ的な遊びが潜んでいます。




