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榊このみ

今回のみ弟神視点です。

 ……本当に、もう大丈夫そうだ。


 まだまだ充分な力を取り戻したとは言えないようだが、世界樹の幹へ触れると内部で循環する大樹の生気を感じることができた。

 三千年前には人間に傷つけられ、そこから生気が漏れ出ていたのだが、傷口はすっかり塞がったようだ。

 触れた手からぬくもりと共に伝わってくるのは、世界樹を癒したというあの娘へのいつくしみと感謝の心。

 それから、彼女へと殺意を向けた俺への苦言といったところか。

 世界樹は随分とあの娘を気に入っているようだ。


 ……そうだな。やはり詫びは必要だろう。


 感謝をこめて口付けたところ、娘は盛大に驚いていた。

 驚きすぎて、そのまま夢から覚めてしまったようだ。

 引きとめる間もなく姿を消した様子を思いだせば、あの娘にとって口付けは礼にならなかったのだろう。

 時代が変われば常識が変わる。

 今度はもう少し今の世について調べてから行動に移した方がいいだろう。


 ……今度、か。


 次に会う約束をしたわけではないが、なんとなく心が弾む。

 今回は驚かせてしまったが、驚かせたくてしたことではない。


 さて、どう詫びるべきか。

 そう考え始めたところで、懐かしい気配を感じた。

 三千年ほど眠っていたようなもので、実のところ懐かしいもなにもないのだが。


「少しは落ち着いたみたいだね。良かった、よかった」


「……その姿はなんだ?」


少年姿これはこのみちゃん用だよ。女の子を口説くのに、大人の男の姿で会いに行ったら警戒されるからね」


 見慣れぬ衣を纏い、姿を見せた兄神アシュヴィトがその場でくるりと回る。

 どうやら三千年前とは随分と服飾の傾向が変わったようだ。

 以前は一枚の長い布にひだをつけて纏っていたが、現代は布を裁ち、縫製して纏っているらしい。

 思い返してみれば、あの娘の衣も俺とはまるで違うもので、兄神が纏っているものと近い形をしていた気がする。


「……こんなものか」


 なんとなく兄神とあの娘のふくが似ているということが気にかかり、時代が変わったようなので、と自分の衣を改める。

 兄神とあの娘の衣を参考に弄ってみたのだが、ひだがなくなった分だけ動きやすい気がした。


「そこは僕に合わせて少年こどもになろうよ。双子の兄弟みたいなものなんだから」


「……少年の姿をとるつもりはない」


「まあ、そうだよね。このみちゃんの隣に立とうと思ったら、少年こどもより青年おとなだよねぇ」


 口の端をあげて、兄神が底意地の悪い笑みを浮かべる。

 こういった顔は、あの娘へは見せていないのだろう。

 あの馬鹿正直な娘が、兄神の本質を見抜けるはずもない。


「……兄神おまえのことだ。どうせどこかから見ていたのだろう。何故すぐに止めに来なかった」


 下手をすればあの娘を殺していた、と睨むと、兄神はそんな心配はない、と答える。

 あの娘はステータスがカンストしており、俺の大振りの攻撃など「ちょっと痛かった」程度にしか感じないはずだ、と。


「すて……かんすと……? しばらく会わないうちに、兄神おまえの言葉が難解になっているのだが」


「そこは……うん。このみちゃんを知ろうと思ったら勉強する範囲だから。そのうち勝手に理解すると思うよ」


 あとで一緒にビデオゲームをしよう、と誘われて返答に困る。

 本当に、しばらく石化していただけのつもりだったが、随分と時代が変わったようだ。

 兄神の口から出てくる言葉が、本当に理解できない。

 理解できないのだが、あの娘を知るためには必要な知識らしい。


 ならば仕方がない、と付き合わされた『兄弟で殴りあう』というような物騒な名前のビデオゲームで対戦したところ、一度も勝てなかった。







 兄神と対戦ゲームをしながらこの三千年の変化と『さかきこのみ』についてを簡単に聞かされる。


 俺が滅ぼしたあとに生き残った人間がまた地上に増え、さらに一度滅びてまた国を作るまでに増えている、という話には驚かされた。

 本当に、人間という種は個々の力は他の種より弱いというのに、知恵があるせいかしぶとい。

 弱い力を補うために道具を作り、他者と繋がりあって社会を形成し、数を頼りに力を増していつか他の種を凌駕し、支配する。

 そこで満足していれば良いのだが、他の種を敵ではなく家畜と見做し当初の脅威が取り払われると、今度は人間は人間同士で争いを始めるのだ。

 そこからはあっという間に滅びへと進む。

 戦が技術の進歩を助け、たった一人の間違いが伝染し、大きな間違いへと育つ。

 あとはその大きな間違いと、止まれなくなってしまった進歩の足とで、人間は自滅をくりかえす種だ。


 見ていて飽きない種ではあるが、たまに洒落にならない事態を引き起こす困った種でもある。


 ……あれは、このみの声だったのだな。


 ネクベデーヴァの人間が引き起こした暴挙の中に、あろうことか世界を支える世界樹を傷つけた、というものがある。

 俺は倒れそうになった世界樹を支えるためにこの身を石に変えたのだが、榊このみは石となった俺を元に戻すために兄神が用意した人間だったらしい。

 人間だったらしいのだが、榊このみを『人間』と呼ぶのは、少し語弊がある。


 正確に言うのなら、兄神が最初に接触した原本オリジナルと呼ばれている異世界の『榊このみ』が人間で、ネクベデーヴァにいる複写コピーされた『榊このみ』は人間ではない。

 兄神が複写したのは『榊このみ』の魂や記憶といった形のない内面的な部分だけで、体はネクベデーヴァに存在した素材で作られている。


 上手く出来ているというよりは、兄神がわざわざそういう存在を見つけてきたのだろう。

 『榊このみ』の生まれた世界では、『榊』という文字は『木』と『神』が寄り添いあっているいるらしい。

 そして『このみ』は『木の実』と書くのだとか。


 兄神の用意した『榊このみ』という娘は、ネクベデーヴァにおいて神の寄り添う木の実――世界樹の子――として存在している。

 人間離れした頑丈さも、魔力量も、世界樹からの親愛も、すべては榊このみが世界樹でもあるからだ。


 正体を知ってしまえば、最初から俺が怒りを向けるべき存在ではなかったということが解る。

 榊このみは俺のために用意され、ネクベデーヴァへと連れてこられた。

 そして、自分の意思で世界樹を癒し、大地を甦らせた。

 知れば知るほどに、愛しさしか湧いてこない存在だ。


 石化をして世界樹を支えている間に、時折少女の声が聞こえた。

 今思い返せば、あの声は榊このみのものだ。

 他愛ない話の中に時折混ざる感謝の言葉。

 それから、もう少し頑張ってくれというような励ましの言葉だったはずだ。


「今すぐこの首切り落としたい」


「真顔で何を言っているんだ、この弟は」


 せっかく榊このみが頑張って戻した体を無駄にするな、と兄神が顔を顰める。

 首の一つや二つ落としても神は死なないのだが、そんなことをしても榊このみは喜ばない、と。


「あれに怪我を負わせた自分の短気が許せん」


「怪我って……擦り傷程度だよ。それも世界樹がすぐに治してたし」


「この顔は榊このみの好みのど真ん中らしい」


「だからといって、このみちゃんに一日中謝罪しか口にしない生首を自室に飾る趣味はないと思うよ」


「どう詫びればいいのか」


「普通に「ごめんなさい」すればいいんじゃないかな」


「真面目に聞け」


「これ以上ないぐらい真面目に答えているよ」


 真面目に答えている、と言いながら、先ほどから少しも役に立つ情報を吐き出さない兄神を睨む。

 なんとなく、兄神が榊このみを『このみちゃん』と親しげに呼ぶことが気になったし、榊このみの好みを把握しているらしい言動も癇に障った。

 榊このみにとって兄神はどんな存在なのだ、と。


「……何を笑っている」


「いや、想定どおりの反応だけど、予想以上に面白いことになったな、って」


 惚れ薬の効果なんて、とっくに切れているはずなのにね、と兄神が笑う。

 『惚れ薬』という単語が出てきて思いだしたのは、榊このみの抱き心地だ。

 榊このみは心臓を動かすために『惚れ薬』を使ったと言っていたが、真実は違う。

 俺を目覚めさせたのは、榊このみの中にある世界樹の生気だ。

 巨大な生気を口移しで叩き込まれ、ほとんど強制的に起こされている。


 もう少し優しい起こし方はできなかったのか、とひとこと文句を言ってやろうと開いた視界に飛び込んで来たのは――


「……榊このみのあの姿も、兄神おまえが作った物か?」


 そうでなけれは、あれほど自分好みの姿をした者など、そうはいまい。

 榊このみは俺の顔を『好みのど真ん中』と言っていたが、俺の方こそ榊このみは『好みのど真ん中』だ。

 腕の中の娘は『人間』だと自分に言い聞かせなければ、『惚れ薬』の効果から抜け出すことが出来なかったぐらいに、榊このみという娘は好みすぎた。

 少なくとも、容姿については非の打ちどころがない。


「僕が弄ったのは年齢ぐらいかな? このみちゃんは顔も弄ったと思ってるみたいだけど、人間の顔つきなんて環境に引っ張られるからね」


 今の『榊このみ』の体を作る時に素材とした世界樹の種子は、引っ張られるべき環境そのものが存在しなかった。

 ある意味で生まれたばかりの赤子と同じ条件に作られた自分の顔を見て、榊このみは『顔も可愛く弄られた』と思い込んだだけだ。

 花のように美しく咲くのも、醜く歪ませるのも、すべて榊このみが感じ取るこれからの環境に左右される。


「年齢を弄ったということは……やはりあれは子どもか」


 こちらが心配になるほど馬鹿正直で、考えていることがすべて表情おもてへと出ていた。

 本来はもっと幼い子どもを、世界樹の世話をさせるために兄神が手足の伸び始める年齢へと引き上げたのだろう。

 そう納得しかけたところへ、兄神は逆である、と言いはじめた。

 榊このみの弄られた年齢は、大人から子どもへと若返らせたのだ、と。


「……何故そのような余計な真似をした」


「いや……僕もこのぐらいで丁度いいんじゃないかな? って年齢にしたつもりなんだけどね?」


 大人と子どもの中間ぐらいの年齢まで若返らせ、十年ぐらいかけて俺の石化を解かせるつもりでいたらしい。

 予定通りなら、俺が目覚めるころには榊このみは俺とつり合う年齢になっていたはずだ。


 ところが、兄神が見つけ出した『榊このみ』という娘は俺が見て感じたとおりの馬鹿正直さと勤勉さをもって、十年どころかネクベデーヴァへ来てたった数年で俺を目覚めさせてしまった。

 俺と丁度つり合う年齢で出会えるよう調整したことが、かえって仇となってしまったのだ。


 ……いや、かえってよかったのか? 中身は実年齢よりも幼いことだし。


 いったいどのような環境で育てば、あのように内面の幼い大人が育つのか。

 ネクベデーヴァの同じ年の人間と比べ、恐ろしく警戒心が薄く、性格も穏やかだ。

 俺が殺すつもりで攻撃を加えていたというのに、榊このみからの反撃は怒鳴りつつも頭から水を被せるだけ、といった殺傷力のないものだった。

 榊このみであれば、大地を割って俺を底へ落とし込むこともできたのに、だ。


 ……そんな攻撃方法、考え付きもしないのだろうな、あの娘は。


 あののん気な少女が、心身ともに大人になるのを待つのも、いいかもしれない。

 なにしろ、榊このみについて判っていることは、容姿がこれ以上ないほど俺の好みということだけだ。

 内面は少し話した程度しか知らない。


「まあ、数年かけてこのみちゃんの中身を確認したらいいんじゃないかな? 彼女は僕が三千年かけて見つけ出した、千二百五十一万千二百八十五の条件が当てはまる子だから」


 さすがの僕もびっくりだ、と言いながら兄神は千二百五十一万千二百八十五の条件を一つひとつ挙げ始める。

 酒の席で兄神と冗談で挙げた、理想の伴侶の条件だ。

 なにぶん酒の席での戯言だったので、似たような条件もゴロゴロと混ざっていた。


「いやぁ……あんな馬鹿みたいな条件に嵌る子が本当にいるとは思わなかったよ」


「さも俺の好みのように言っているが、半分は兄神おまえの好みだろう」


 好みとしては兄神も同じ女性を好むはずなのだが、兄神は俺へと榊このみを推していた。

 伴侶とする者を兄神と共有するつもりのない俺としては、そこが不審すぎる。

 兄神は何故榊このみを俺に、と推せるのか。


「そこは問題ないよ。『榊このみ』は二人いるから」


「……原本オリジナルか」


「そ。だから……弟思いのぼくが堂々とこのみちゃんのところへ転がり込める大義名分を用意しておいたよ」


 はいこれ、と兄神が差し出してきた紙にはズラリと薬の名前とその材料、材料を集めるために榊このみが使った金額が書かれている。

 項目の多さもすごいが、金額もすごい。


「このみちゃんは全然気が付いてないみたいなんだけど、ヴィーを目覚めさせるのにかなりの数の薬やお金を使ってくれてるんだよ。薬に関しては、売れば軽くひと財産なんて金額じゃないし」


「……なるほど、この金額分働くとでも言って榊このみのところへ、か」


「このみちゃんに用意した家は勝手に成長するから、部屋数には困らないしね」


「……最初からそこまで計算のうちか」


「すっかり人間嫌いになった弟のための矯正プログラムだよ」


 兄の愛だと思って、榊このみの近くで現在いまの人間を良く見てくるがいい、と兄神は言う。

 世界樹を傷つけようなどと考える馬鹿は極一部で、現在には存在していない、と。


「今さら人間を好きになれるとは思わないが……」


「なれるよ。だって……」


 榊このみがその『人間』なのだから、と続けながら、ひねくれ者の兄神にしては珍しく本心からの笑みを浮かべた。

たぬきの親戚。

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