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魔ガンのアイドル  作者: 雪雷音
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4話 ~朝食~

「あんた、今日どうするの?」


 電気ケトルのスイッチを入れた魅来が、対面キッチン越しにリビングへと声を掛けた。


 時刻は朝の六時。


 魅来は朝食の準備中だ。アイドルは体調管理も仕事の内なので、朝昼晩の三食は欠かさない。仕事で地方に行った時以外は、ちゃんと自炊している。

 

 魅来の問いかけの相手は、昨夜と同じく二人掛けのソファーに座っていた。テレビをつけ、のんきに朝のニュースを眺めている。


 彼の相棒は、定位置の左肩でまだ眠たそうにあくびをしている。


「俺の今の仕事は、お前の監視と保護だ。当然、お前についていく」

「……拒否権は?」


 ダメ元の質問への答えは、冷めた目の一瞥と沈黙だった。


「だいたい、保護はわかるけど、監視って何よ?」


 魅来を襲撃者から守るためというならわかる。だが、監視などと言われると、まるで魅来が何か良くないことをしでかすとでも思われているようだ。


 そんな魅来の問いに対する、少年の答えはこうだ。


 魅来が魔眼に覚醒したのはつい最近らしい。魔眼に目覚めてすぐというのは力が不安定で、何をきっかけに暴走するかわからない。ゆえに、魔眼の力が暴走しないように監視は必須。その方が、いざ暴走が起こった時にも対処がしやすいとのことだ。


「つくづくめんどくさいわね。その魔眼って」


 そんな少年の説明に、他人事のように言葉を返す魅来。実際に目にしている魔術だとか妖精は信じても、自分がそのような力を持っているとはどうしても信じられなかった。


「でも、そんな風に魔眼が暴走? するとしたら、あんた達も巻き込まれたりしないの?」

「その心配はない」


 魅来のちょっとした疑問に、少年が即答する。


「何か対処法とかあるの? それともあんたも魔術師だから効かないとか?」

「確かに、自身の魔力を操れる魔術師や妖精なら、魔眼の魔力に抵抗することは可能だ。俺やシスに魔眼を使いたければ、薬か何かで意識を混濁させ、魔力のコントロールを奪うしかないだろうな」


 ふ~ん、と魅来が適当な返事を返す。


 正直、それほど真剣な気持ちで訊ねたわけではない。朝食を作っている間の暇つぶしだ。


 少年の方も、ただ訊かれたから答えた、程度の感覚なのだろう。現に一度もこちらを振り返ることなく、テレビのリモコンを弄っている。


 話はこれで終わりだろう、と冷凍庫から保存しておいたご飯を取り出したところで、リビングから少年の声が聞こえた。


「まぁもっとも、そんなことに関係なく、俺がお前の魔眼にかかることはないがな」

「何でよ?」


 何の気なしに聞き返した魅来に、少年が先ほどまでと同じように淡々とした口調で答えを返す。


「昨日も説明しただろう? お前の魔眼の力は、他者がお前に抱く好意的な感情を増幅させるだけだと」


 魅来の頬がピクピクと痙攣した。少年の今の言葉が暗に示す内容に気付いてしまったからだ。正直、これ以上は聞くべきではないとわかっている。しかし、アイドルとしてのプライドが、暗い声で「つまり?」と先を促してしまう。


 そんな魅来の胸の中で燃え始めた暗い炎に気付くこともないまま、無神経男がちらりとこちらを振り返って告げる。


「俺はお前を可愛いとも何とも思っていない。だからお前が魔眼の暴走の影響を心配する必要もない」


 相も変らぬ冷たい眼差しで、少年が魅来の心に盛大に油をぶっかけた。


 キッチン台に冷凍ご飯をそっと置き、魅来は幽霊のような足取りでリビングを目指す。途中の壁に立てかけてあったフローリング用のモップ(シート付け替え式)を引っ掴み、憎いあんちくしょうの背後へと忍び寄る。


「この……」


 魅来の気配を感じ取った少年が、「ん?」と振り返る。


 その頭頂部目掛けて――


「バカアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 魅来の怒りのエクスカリバー(モップ)が振り下ろされた。


 剣道の名人ばりの見事な唐竹割。


 だが敵を仕留めるには至らない。


 少年は猫を思わせるような機敏な動きで、これを回避。


 叩いたソファーの背もたれが、バフンッと大きな音を立てた。


「何をする」

「逃げるな! この!」


 ソファーの奥から顔を出した少年に、再び魅来が攻撃をする。少年が再びかわす。


 そんなもぐら叩きのような攻防は、魅来の息が切れるまで続いた。







「お前は、『アイドルの自分は、誰からも可愛いと思われて当然』とでも思っているのか?」


 魅来の怒り大爆発の理由を、システィナに説明された少年の最初の一言がこれだった。


 淡々と油を追加する相棒に、さすがのシスティナも少し苦笑いだ。


「あんな風に面と向かって言われたら誰だって腹立つわ! こっちにも女やアイドルとしてのプライドってもんがあるのよ!」

「よくわからんが、めんどくさい奴だ」


 肩を竦めて、少年は再びソファーに座った。


 そんな少年の後ろ姿を睨んだ後、魅来はキッチンへと戻る。ケトルの水はとっくに沸騰し、スイッチはオフになっていた。


(絶対に許さないんだから!)


 朝食の準備に戻る魅来。


(ぜぇったいに私の事、あいつに可愛いって言わせてやる! 見てろよ~、あいつ……)


 だが、その胸の内では、傷つけられたアイドルとしてプライドと闘志に火が付き、メラメラと激しく燃えあがっていた。


(……って、あれ?)


 そんなことを考えていると、魅来はふとある事実に気付いた。


(……あいつの名前、何だっけ?)


 敵と定めた相手の名前を聞いていないことに。


「そういえば……あんた名前は?」


 声に若干の刺々しさを滲ませながら、魅来が少年に訊ねる。


 だが、少年は返事をすることなく、テレビを眺めていた。


 ムッとした魅来は、冷凍保存していた魚の切り身を入れたグリルを、ガステーブルにガシャンと押し込んだ。


「ねぇ、聞いてんの? 名前よ、な・ま・え!」


 顔を上げて、魅来はリビングを覗き込む。テレビの音量はそこまで大きくないので、聞こえなかったということはないだろう。


「…………ホロ」


 アナウンサーがニュースを読み上げる声に紛れて、小さく声が聞こえた。


「え、何?」

「……ホロ、と言ったんだ」


 さっきよりも大きめの声で、少年がそう口にした。


 それが少年の名前だと理解するのに、魅来は数秒の時間を要した。


「あんた日本人でしょ?」

「……生まれは日本だ」

「じゃあ何よ、その犬か猫みたいな名前は。絶対本名じゃないでしょ」

「それ以外に名はない」

「じゃあ苗字は?」


 少年からの返答はなかった。ただ無言でテレビのチャンネルを変えただけだ。これ以上の質問に答えるつもりはないのだろう。


(何よ、もう!)


 少年の態度にイラ立ちを覚える魅来。


 別に少年と馴れあうつもりは全くない。だが、あからさまに本名を隠されるのはあまり面白くはなかった。


(……まぁ、私も本名名乗ってないから、お互い様か)


 しかし、すぐに魅来はその事実を思い出して、怒りを収める。


 音峰おとみね魅来みらいは芸名だ。事務所の方針――つまり仕事の都合――で、魅来は本名を一切公表していない。


 先程、ホロと名乗ったこの少年は、魅来と一緒にいることを『仕事』と言った。一般人には知られていない、魔術だとか魔眼に関わる仕事。昨日の魔術師のような危ない連中とも関わる仕事だ。きっと、魅来にはわからない、本名を明かせない理由があるのだろう。


 そんなことを考えている間にも、魅来は着々と朝食の準備を整えていく。冷蔵庫から取り出した保存容器を電子レンジに入れる。中身は一昨日作り置きした根菜の煮物だ。レンジから漏れ出た醤油の匂いが食欲をそそる。みそ汁の匂いも漂ってきた。


(あとは、魚が焼ければ――)


 焼き加減を確認しようと、魅来がグリルの中を覗こうとしたところで――





 きゅううう……





 テレビの音に混じって、そんな気の抜けた音が聞こえてきた。


 魅来はリビングに目を向ける。


 ホロは相変わらずテレビの方を向いているので、真っ黒な後頭部しか見えない。


 だが、肩の上のシスティナが、笑いを堪えるようにお腹を押さえて震えていた。


 間違いない。今のは、ホロのお腹の虫だろう。


 今すぐにリビングに行って少年の表情を確かめたい。魅来は、そんな衝動に駆られた。あの能面のように表情の動かない少年の顔に変化はあるのか……


 だが、魚が焦げるかもしれないので、ぐっと我慢した。


「……あんた、朝ご飯は?」

「……後で適当に済ませる」きゅううう……


 今度の空腹を告げる音は、返事と同時だった。


 システィナが堪え切れずに吹き出す。


 お腹を抱えて笑う相棒の頭を、ホロが指でペシペシ叩く。顔はテレビを向いたままだ。


 叩かれるシスティナが、指のリズムに合わせて、「あう、あう」と声を上げた。


「まぁ昨日の昼から何も食べてないもんね~」


 ペシペシ攻撃が止んだ後、頭を押さえたシスティナが苦笑いを浮かべる。


 そんなシスティナの言葉にも、やはり少年が腹の虫で返事をした。


 そんなリビングの様子を見ていた魅来は、はぁと大きくため息を零す。仕方ない……と胸中で呟きながら、朝食の準備に戻った。





 二十分後。


「はい、これ」


 魅来はダイニングテーブルにお盆を置いた。


 少し前に呼びつけたホロは既に席に着いている。


 お盆の上には、ご飯、みそ汁、煮物、こんがり焼かれた鯛の切り身が半分、それとほうれん草のお浸しが完璧な配置で並べられている。日本家庭における朝食の模範のような献立だ。


「何だ、これは?」

「朝ご飯に決まってるでしょ?」


 素っ気なく答えて、魅来は自分の席にも同じものを用意する。


「そういえば、妖精って何食べるの? 魚以外なら、同じの用意できるけど」


 多分食べないだろうなぁ、とは思いつつも、一応システィナにも声をかける。この小さな妖精が、焼き魚や煮物を食べる姿は想像が付かない。


「ボクは甘~いお菓子があると嬉しいなぁ」


 甘えるような声色でおねだりしながら、システィナが魅来の周りを飛び回る。


「何それ? そんなんで良いの?」


 朝から不健康そうだなぁ、と思いながらも、魅来は戸棚からクッキーの缶を取り出した。仕事の付き合いでいただいた有名店のやつだ。


 魅来が缶の蓋を開けると、システィナが歓声を上げて飛んできた。


「妖精さんは~、花の蜜とか甘いお菓子があればそれで十分なのだよ~」


 上機嫌にそんなことを言う小さな妖精さん。日々、自身の体重とスタイル維持に勤しむ十七歳乙女が、その発言に恨めし気に眉を顰めた。


 そんな視線に気づかぬまま、システィナは缶の中から体の三分の一近い大きさのココアクッキーを取り出した。そしてテーブルの上にちょこんと女の子座りをすると、小さくて可愛い口を広げて、パクリとクッキーにかじりついた。


「ん~、ふふふ♪」


 クッキーの甘さに、システィナが幸せそうに頬を緩める。


 そんなシスティナの様子を、羨ましくも微笑ましい気持ちで眺めながら、魅来も食卓に着いた。


「何してんの? 早く食べないと冷めるわよ?」


 向かいに座ったホロは、まだ朝食に箸をつけてなかった。真顔のまま、ご飯と魅来の顔を交互に見つめるのを繰り返している。


「……食べていいのか?」

「当たり前でしょ?」


 この期に及んで何を言ってるんだ、とばかりに魅来が肩を竦める。


「さっきまで、あんなに怒ってただろ?」

「今だって十分ムカついてるわよ。でも、食事中にあんなひもじそうなお腹の音聞かされたら、落ち着いてご飯も食べられないわ」


 こちらの様子を窺うホロの顔に、魅来はジト目を向けた。


 今の発言は決して嘘ではない。が、それ以外にも理由はある。


 ホロが昨夜ご飯を食べられなかったのは、多分、自分を助けるために動いていたからだろう。つまり、これは魅来からのお詫びとお礼も兼ねているわけだ。


 まぁ素直にそれを口にする気はないが。


「ほら、あんまりのんびりしてる時間もないんだから、さっさと食べちゃってよね」


 素っ気なくそう告げると、魅来は愛用の箸を持って「いただきます」と言った。


 ホロはそのあとも数秒間、じぃっと目の前に並んだご飯を見つめていた。やがて、箸を取ると、みそ汁のお椀を左手で持ち上げた。くんくんと匂いを嗅ぎ、お椀の中身を箸で恐る恐る突く。その姿はまるで、初めて見る食べ物を警戒する小動物のようだ。


「言っとくけど、毒なんて入ってないからね」


 そこまで警戒することないじゃない、としかめ面で呟く魅来。


 そんな魅来を一瞥した後、ようやくホロがお椀の端に口をつけ、みそ汁をすすった。


「…………美味い」


 ポツリと、ホロの口からそんな言葉が零れた。初めて見る呆けたような表情で、今度はみそ汁の具であるワカメを口にする。再び、美味いと呟いた。


「べ、別にそこまでのもんじゃないでしょ? 市販の出汁とみそと乾燥ワカメで作っただけなんだから」


 まさかあの偏屈な少年から、素直な賛辞がもらえるとは思っていなかった魅来は、早口でそんなことを捲し立てる。


 そんな魅来の動揺に気付かないまま、ホロは次々とご飯やおかずに箸を伸ばしていく。


 表情は相変わらず読めない。それでも、その姿を見れば、魅来の作った食事に本気で夢中になっているのはよく分かった。


 ふと、テーブルの上を見る。システィナがクッキーを食べるのを止め、食事を続けるホロを微笑ましそうに見つめていた。


 その後は、黙々と三人は食事を続けた。特に会話はなかったが、不思議と穏やかな空気が流れていた。


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