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魔ガンのアイドル  作者: 雪雷音
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3話 ~魔眼~

「それで? あんた達は何者で、何で私の部屋に我が物顔で居座ってるのかしら?」


 先ほどの騒動の後、部屋着に着替えた魅来が一人掛けのソファーにドカッと腰を下ろした。家主を差し置いて、悠々と二人掛けソファーを占有する不法侵入者を鋭く睨みつける。


 現在、淡いピンクのキャミソールの上に、もこもこ素材のパーカーとショートパンツというスタイルだ。年頃の女の子らしく、部屋着にも可愛さを求めている。


 もっとも、そんな乙女心は、目の前のバカ野郎には何一つ通じないらしい。そんな魅来の姿に酷く冷めた視線を向けたあと、小さくため息を吐く。


「……どうやら気を失う前のことは何も覚えてないようだな」

「はぁ? 私が気を失ったって、いったい何のことを――」


 そこまで言いかけた瞬間、まるでフラッシュバックのように、魅来の脳裏に数時間前の光景が蘇った。


 自分に襲い掛かる見知らぬ男。


 狂気と獣欲に染まった目。


 抵抗も許されぬまま弄ばれる屈辱、恐怖、絶望。


 それらの感情が一気に襲ってきて、魅来は自分の体を抱きしめるように身を縮めた。


「わ、わたし……」

「やっと思い出したか」


 震える魅来を前に、少年がやれやれとでも言うように肩を竦める。


「ま、あんなショッキングな出来事の後じゃ、仕方ないよね~」


 少年の左肩に座る妖精が、少年と同じように肩を竦めてそう言った。


「…………あんたが助けてくれたの?」


 震える瞳で、魅来は少年の顔をじっと見つめた。


 今ならはっきりと思い出せる。


 魅来が意識を失う直前、襲撃者を追い払い、魅来の前に現れた後ろ姿を。


 あれは目の前にいる少年のものだった。気を失った魅来を部屋まで運んでくれたのも彼なのだろう。そう考えれば、この不愛想で失礼な少年は、紛れもなく魅来の恩人だ。感謝してしかるべき相手なのだろう。


 「だからって女の子の部屋のお風呂を勝手に使うのはどうなのよ」とか、「人の裸見といて何だあの態度は」とか、色々思うところはあったので、素直にお礼を言うのは、やはりためらわれた。


 魅来の視線を受けた黒ずくめの少年は、ぷいっと顔を逸らし、「こっちの都合だ」と呟いた。照れている……のかもしれないが、表情には変化がない。出会ったばかりの魅来には、この不愛想な少年の感情を読み取ることはできなかった。


「都合って?」

「それを今から説明する」


 そう言うと、少年は今までソファーに投げ出していた足を下ろした。体を魅来の方に向けて座りなおす。


 少年が醸し出す空気が少し重くなった気がする。これから真剣な話をするというのがよくわかった。


 それにつられて魅来も背筋を伸ばし、少年と真っ直ぐに向かい合う。


 だが……


「お前、『魔眼』ってわかるか?」

「………………は?」


 まったく予想もしていなかった質問に、魅来の口から間の抜けた声が漏れた。この少年はいきなり何を言い出すのだろう。


「魔眼……って、アニメとかゲームにたまに出てくるアレ? 相手の眼を見るだけで魔法をかけるっていう」

「アニメだとかゲームについては知らないが、その認識で大体合っている」

「その魔眼がどうしたっていうのよ?」


 訝しむ様子を隠しもせずに問う魅来。そんな魅来の目を真っ直ぐに見つめ返しながら、少年はおもむろに口を開いた。


「お前の目がその魔眼だ」

「………………あんた、頭大丈夫?」


 魅来の返答に、目の前の少年は眉をピクリと動かした。小さくため息を吐く。


「この状況で、この発言……バカかお前は」


 今日一番の冷たい視線を向けられて、わずかに気圧される魅来。だが、ここで引いたら負けだ、とばかりに目に力を込め、少年の黒い瞳を睨み返す。


「バカとは何よ! バカとは! だいたい、私の目が魔眼だとか、そんなファンタジーな話されて、納得できるわけないでしょ!?」

「何がファンタジーだ。シスが見えてるくせに」

「シスって何よ?」

「はいは~い。ボクだよ」


 少年の左肩で、ポニーテールの妖精が元気よく挙手をした。


「ボクの名前はシスティナ。花と風の妖精だよ。よろしくね」


ニッといたずらっぽい笑顔で自己紹介をする妖精システィナ。シスというのは愛称らしい。


「……本物なの?」

「本物じゃなければ何だというんだ?」

「……携帯会社の新作ロボットとか」

「ボクをあんな微妙な顔のロボの進化形にしないでほしいなぁ」


 膝に両肘を突き、両手に顎を置いて、システィナという名の妖精が頬を膨らませた。


 先ほどからコロコロと変わる表情。人間のように流麗な動きと、違和感のない会話。とてもロボットや少年の腹話術での人形劇とは考えられない。にわかには信じがたいが、システィナは本物の妖精で間違いないようだ。


「……仮に、この子が本物の妖精で、世界が私の思っているよりずっとファンタジーにあふれているとしても、そんなの私とは関係ないでしょ。そもそも私の目がその魔眼だって、何でわかるのよ?」

「妖精の姿を見ることができる人間は二種類だけだ。俺のように魔力を操る訓練をした魔術師。あとは魔眼を持つ者……『所有者ホルダー』だけだ」


 妖精に魔眼ときて、次は魔力に魔術師というワードまで飛び出した。いつから自分はアニメやゲームの世界に迷い込んでしまったのだろう。


「昼に会った時、お前以外にシスに反応を示した奴がいるか?」

「それは……」


 魅来は言葉に詰まった。


 正直、少年の話は信じられないことばかりだ。だが、たしかに昼間のイベントでの周りの反応はおかしかった。


 あの時、システィナは今と変わらず少年の左肩にいた。笑顔で手を振り、言葉を話し、空を飛んだのだ。あの位置では、ファンやスタッフからも目撃されていただろう。たとえ本物の妖精だとは思わないとしても、ノーリアクションで済ませられるはずがない。


 特にあの場にいたのは、アニメ声優でもある魅来のファン。いわゆるオタクと呼ばれる人々がほとんどだ。そんな彼らが反応しなかったということは、やはり他の人の目には見えていなかったのだろう。


 次々と繰り出される事実に打ちのめされたように、魅来はソファーの背もたれに寄りかかった。革張りのソファーと魅来の体に挟まれたクッションから、バフッという気の抜けるような音が漏れる。頭痛を覚えた魅来は、天井を仰ぎ見るように、背もたれの上部に後頭部を乗せ、右手で目元を覆った。


「もしも……もしも本当に、私がその魔眼の持ち主だとして、だからどうだって言うの?」


 天井を仰ぎ見る姿勢のまま、右手を下ろし、横目で少年に問いかける。


「その魔眼の力を狙う奴らがいる」

「……それって、さっき私を襲った男のこと?」

「奴から直接聞いたわけではないが、おそらくな」

「あの男はどうなったの?」


 体を起こした魅来が、声を低くして訊ねる。


「……逃げられた」


 わずかに悔しさの滲む声で、少年がそう呟いた。鉄の仮面でも被ったかのように表情のほとんど変わらない少年が、初めて感情らしい感情が見えたような気がする。


「警察には通報してないでしょうね?」


 アイドルが、未遂とはいえ男に襲われかけた。なんてことが知られれば大問題だ。魅来のイメージに傷が付くだろうし、すでに決まっている仕事にも支障が出るかもしれない。


 不安を堪えるように胸に当てた右手に力がこもる。


「まさか。そんなことをすればあとの処理が面倒になる」


 だが、そんな魅来の不安をよそに、少年は軽く肩を竦めてそれを否定した。


「あとの処理?」

「俺が所属する組織の目的は、魔眼所有者の保護と監視、それと魔眼や魔術の存在とそれに関連した事件の隠蔽だ。当然、警察にも知られるわけにはいかない」


 少年が所属する組織が少し気になったが、とりあえず警察沙汰にならなかったことには、正直ホッとした。


 だが、続いた少年の言葉が、撫で下ろしたはずの魅来の胸に、さらなる不安と恐怖を植え付ける。


「そもそも警察になど言っても無駄だ。無駄に死体の山が積み上がるだけだ」


 そこで一度言葉を切り、少年はわずかに考える素振りを見せた。「いや……」と自身の言葉を自ら否定するように一度首を左右に振る。


「奴の力なら、死体など残らず灰になるかもしれないな」


 あまりに現実離れした少年の発言に、魅来の背筋を冷たい汗が流れた。喉が張り付いたように言葉が出てこない。唾を飲み込んだ音が、やけに大きく聞こえた。


 不意に、魅来は気を失う前の光景を思い出した。


 自分を襲った暴漢の手が何もない空間を切った瞬間、その軌道に合わせて紅蓮の炎が奔ったのを確かに魅来は見ている。てっきり何かの見間違いか、記憶が混乱しているだけだと思っていたのだが、あれがあの男の魔術ということだろう。


「何でそんな力を持った魔術師が、わざわざ魔眼なんてものを狙うのよ? そんな凄い魔術師なら、魔眼なんてなくても何でもできるんじゃないの?」


 少し上ずった声を張り上げて、魅来が少年に問いかける。


「魔眼の力と魔術は、人の魔力を使うという点では同じだが、効力の対象が根本的に異なる。魔術は命無き物体を対象とするが、魔眼は生命体を直接対象とできる。魔術師が魔眼の所有者を狙うのも、それが原因だ」


 抽象的な説明に、頭にハテナマークを浮かべた魅来が眉根を寄せた。


 そんな魅来の反応と、少年の不明瞭な説明を聞いていたシスティナが、やれやれとばかりに補足説明をしてくれる。


「魔術っていうのは、動物には直接効力を発揮できないんだ。さっきの魔術師が手から炎を出したのは覚えてる? あの炎を使えば、人を焼き殺すことはできる。だけど魔術で直接人間の体を発火させることはできない。重たい岩を手も触れずに動かしたりはできるけど、人は動かせない。それがどんな小さな子どもであってもね」

「でも、魔術で強い風を起こせば、人を吹き飛ばしたり浮かせたりはできる、と」

「そ~ゆ~こと」


 よくできました、とでも言うように、ボールペンの芯のように細い人差し指を、システィナがピンと立てた。


「じゃあ逆に、魔眼の力を使えば……」

「人に直接危害を加えることも可能だ」


 言いよどんだ魅来の代わりに、少年の抑揚のない声がその事実を告げた。


 まるで少年の冷え切った声が、部屋の温度を十度くらい下げてしまったみたいに酷い寒気を感じた。喉に重い何かが詰まっているように、少しの間、魅来は声を出せなかった。


「そんな眼を私が持ってるって言うの?」


 喉からどうにか絞り出した声は、かすかに震えていた。


 魅来の揺れる視線の先で、少年が静かに首を縦に振る。


 思わず魅来は少年から視線を逸らしてしまった。正直、とても信じられるような話ではないし、信じたくもなかった。それでも、万が一、今の話が本当だったら、自分の視線一つで目の前の二人が怪我をしたり、死んでしまうかもしれない。いつ暴発するとも知れない、壊れた銃のように。


「大丈夫だよ、キミの魔眼は、そこまで恐ろしい種類の物じゃない。そもそもいくら魔眼でも、見ただけで人を殺せるような類の力は無いしね~」


 魅来の心の内を読んだかのように、システィナの軽い声が届いた。少年の肩を離れ、魅来の視線の先に飛んでくる。


「魔眼の力って、基本的に相手の精神に作用する者がほとんどなんだ。どんな命令でも従わせる『服従(オーダー)』、ありもしない幻を見せる『幻惑(ビジョン)』、相手の考えを見抜く『読心(リーディング)』。他にもたくさんの力がある。だけどその力は一人に一つだけなんだ」

「そうなの?」

「そうだよ。キミの魔眼は確かに使い方を間違えれば、とんでもない力を発揮するけど、とりあえず今はボク達に何か危害が及ぶことはないから安心してよ」


 恐る恐る顔を上げる魅来。少年は相変わらずのポーカーフェイスだったが、小さく頷いてシスティナの言葉を肯定した。


 まだ不安が消えたわけではないが、それでも魅来は姿勢を正して、少年とその肩に戻った妖精少女を真っ直ぐに見つめる。魅来は、二人の口から告げられる事実に揺らいでしまわないように、すうっと息を吸い、お腹に力を入れた。


「じゃあ、私の魔眼の力って、何?」


 ゆっくりと一つ一つの言葉を口にする魅来。


 そんな魅来の問いに少年が短く答えた。


「ファッシネイション……『魅了』だ」


 その言葉の意味を理解するのに、魅来は数秒の時間を要した。


 いや、言葉の意味はわかる。その魔眼の力も、ファンタジーでは割とよく出てくる魔法や能力の一つだ。


 ――人の心を、その意思を無視して自分の虜にする。そんなえげつない能力。


 ゲームなどでは、チャームという名の魔法、あるいは『毒』や『混乱』などの状態異常の一つに分類されることもある。


 人の心を踏みにじるような力を自分が持っている。そんな事実を、魅来の心は受け入れることができなかった。心の準備をしてなければ、魅来は自身の体を支えられず、ソファーの上から崩れ落ちてしまっていたかもしれない。


「って、説明を端折り過ぎ。もう少し詳しく説明しないと、この子混乱してるよ?」


 何も言わない魅来を見兼ねたのか、要点しか言わない相方に呆れたのか、システィナが少年の頬をペシと叩く。もっとも、差し渡し一センチ程度しかない手の平では、そのような効果音は聞こえないのだが。


「魅了って言っても、そこまで強制力があるわけじゃないよ。誰であろうと虜にする力は、『魅了ファッシネイション』じゃなくて『崇拝カリスマ』だから」

「どういうこと?」

「魅了の魔眼はね、相手の自分に対する好意的な感情を増幅させるだけ。だから相手が少なからず所有者に好意的な感情を持っていないと効果が無いんだ」

「じゃあ相手が自分を嫌いだったり、関心がなければ、魔眼の力は使えないってこと?」

「そ~ゆ~こと」


 システィナが再び人差し指を立てた。今度はウインク付きだ。問題に正解した生徒を褒める先生みたいだ。


「もっとも、お前の場合、ほとんど『崇拝』と変わらないがな」

「どういう意味?」


 肩を竦めて、そんなことを言う少年に、魅来が問いかける。


 しかし、その問いに答えたのはシスティナの方だった。


「要するに、この子が言いたいのは……『お前みたいな可愛い子に、好意を抱かない奴がいるわけないだろ?』ってことかなぁ」


 少年の声マネだろうか。アンバランスな抑揚のない声でそんなことを言ったあと、システィナがいたずらっぽい笑みを浮かべる。


 システィナの方を振り返った少年が、剣呑さを乗せた視線でシスティナを睨みつけた


「……誰がそんなことを言った」

「間違ったことは言ってないよ?」

「全く違う。俺が言ったのは、あんな仕事ができる以上、この女に好意的な感情を抱く奴は多いだろう、という意味だ。それ以外の意図はない」

「言ってる事は同じでしょ?」

「人の主観を勝手に付け加えただろうが」

「だって、この子を見て、可愛くないなんて言うのは、この子に嫉妬する女の子くらいじゃない?」

「知らん、そんなこと」


 からかうような笑みを浮かべる妖精少女。


 対する少年は冷たい態度ながらもどこか角が取れているような気がする。


 不思議なコンビだが、目の前の二人からは本当の親子や姉弟のような空気が感じられた。


「それで? もし本当にあんた達の言う通り、私がその魔眼の、ホルダー? だったとしたら、どうなるの? 連れ去って、どこかに隔離でもするの?」


 二人の漫才が収束した辺りで、魅来は話を本題へと戻した。


 さっきよりも不安や警戒心は薄れてはいるが、それでも二人に心を許したわけではない。何より、少年は昼間、魅来に『アイドルを辞めろ』と言った。彼らの目的が何であれ、魅来はその言葉を、絶対に受け入れるわけにはいかないのだ。


「お前次第だ」

「それは抵抗するなら、力尽くでも連れていくってこと?」


 相変わらず言葉少ない少年の返答に、魅来は視線に不退転の意志を込める。


 そんな魅来の真意を確かめるように、少年の漆黒の瞳が魅来の眼を射抜くように見つめてきた。少年の怜悧な視線と、魅来の視線がせめぎ合う。


 だが、それもほんのわずかの間だけだった。


 感情の読めない表情はそのままに、少年がふぅと小さく息を吐いて、目を閉じた。


「もし強引に連れ去るつもりなら、気を失ったお前をこの部屋まで運んだりしない」


 再び開いた少年の目は変わらぬ冷たさを湛えていたが、一瞬前までの緊張感は消えてなくなっていた。


「いいの? あんたは、私にアイドルも声優も辞めさせたいんじゃないの?」

「当然だ。魔眼の所有者があんな目立つ仕事をするなんて、サバンナを血の滴る生肉抱えて歩き回ってるようなものだ。飢えた猛獣(まじゅつし)共が集まってくる前に、とっとと辞めてくれるとありがたい」

「じゃあ何で?」


 無理やりにでも従わせようとしないのか。あの魔術師を追い払うだけの強さを持っているのならば、女の子一人連れ去るくらい簡単なはずだ。


 言外にそう問いかける魅来に、少年は軽く肩を竦めて答える。


「わざわざ手荒な真似をしなくても、結果は変わらない。そのうちに嫌でも理解する」

「私がアイドルを辞めて、あんた達に付いて行くようになるとでも?」

「そうだ。これまでにも同じように魔眼所有者に警告を促してきた。そいつらも最初は、今のお前のように俺達の話を信じず、否定し、拒絶した。だが、結果は同じ。最後は自分の力を自覚し、恐怖し、自ら俺達の庇護下に入れてくれと頼みに来る」


 感情の読めない表情でも、魅来にはっきりとわかった。少年が、自分の言葉に絶対の確信を持っているということが。


 そんな少年の態度が、魅来の心に火を着けた。


「私は!」


 魅来は、そんな少年の言葉を跳ね除けるように、勢いよく立ち上がった。言外のプレッシャーに負けないように、少年を見下ろす。


「私は、絶対にアイドルも声優も辞めない! 夢を諦めたりしない!」


 胸に右手を当てて、強くそう宣言する。


 負けてたまるものか!


 アイドル声優、音峰魅来はこんなことで折れたりはしない!


 そんな魅来の宣戦布告にも近い発言を受けた少年は、やはり眉一つ動かさないまま「そうか」とだけ呟いた。そしてそのまま、魅来に興味を失くしたように、視線を逸らし、二人掛けのソファーにゴロンと寝転がった。


 システィナも少年と同意見なのだろう。何も言わず、ただ少年を見て軽く苦笑するだけだった。


 魅来はそんな様子を前に、ただ立ち尽くしていた。


 少年が再び目を開く様子はない。話はこれで終わりらしい。


 火を着けておいて、あとはほったらかしだ。この行き場のない怒りは一体どうすればいいと言うのか。


(こ・い・つうううう! 絶対私のことバカにしてる!)


 仰向けになり目を閉じた少年のキレイな顔を、親の敵のように睨み付ける魅来。


 自分の夢がコケにされた。お前の想いなど、大したことはないとバカにされたのだ。


 何も知らないくせに!


 私が、これまでどれだけ頑張ってきたかも知らないくせに! 


 そう叫び出したいのを、魅来はグッと堪えた。


 どれだけの想いを込めた言葉も、この冷血漢には通じないだろう。この男にとっては、魅来の宣言など、幼い子どもの戯言と変わらない、取るに足らないものなのだ。


 ――なら、そこで諦める?


(それだけは絶対イヤ!)


 ――ならどうする?


(こいつに認めさせてやる! 私のアイドルへの情熱も、夢も全部!)


 自分が魔眼だか何だかの所有者だろうと、どうでもいい。


 ただ、誰であろうと自分の夢をバカにされるのだけは、絶対に許せない。


(ぜぇっったい、負けないんだから!)


 魅来の決意も知らず――知っても気にも留めないだろうが――我が物顔でソファーを専有する小憎たらしい男を前に、魅来は改めて宣戦布告をするのだった。


 そうして、魅来は寝室へと向かおうと踵を返して――


「って、何でさも当然のように人の家で寝てんのよあんたはあああああ!?」


 そのまま一回転した。


「少しは静かにできないのか、お前は」

「寝るときくらい静かにしてよ……」


 うっすらと目を開けた少年が、魅来に冷ややかな視線を向ける。


 いつのまにか少年のお腹の上でうつぶせになっていた妖精は、早くも睡眠モードらしい。眠たそうにまぶたをクシクシとこすりながら、顔をこちらに向けている。


 どちらも迷惑千万と言った感じで苦言を呈しているのは変わらない。


「だから、何で人の家のソファーで勝手に寝ようとしてんのよ!?」

「客ならソファーじゃなくてベッドを使えということか」

「誰が招かれざる客をもてなすか! さっさと帰れって言ってんの!」

「帰る家などない。仕事上、世界を飛び回ることがほとんどだからな」


 それだけ言って、再び目を閉じようとする少年。


 だが、年頃の乙女はそれを許さない。


「だったら、カプセルホテルでもネカフェでも行けばいいでしょ!」

「バカか、お前は。こんな時間から子どもがそんなところに入れるはずないだろう。常識で考えろ」

「年頃の男女が一つ屋根の下で寝ることの方がよっぽど常識外でしょうが! さっさと出ていって!」

「うわぁ、この子鬼畜だよ……こんな時間に、幼気な少年と可愛い妖精さんを、寒空の下に放り出そうとするなんて……」


 さっきまでの軽い様子とは打って変わって儚げな雰囲気を醸し出す自称・可愛い妖精さん。詐欺だとは思うが、そう言われてしまったら、魅来も強くは出れない。ぐぬっ、と呻くような声をあげて、押し黙ってしまう。


 その後、ヨヨヨとわざとらしく泣きマネをするシスティナに魅来は根負けした。寝室には絶対に入らないことを条件に、渋々二人の宿泊を許可したのだった。


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