23話 ~終演~
「ぐはっ!」
花火に撃たれた魔術師が、苦悶の声を上げて、体をのけ反らせた。
魅来が高らかに歌声を響かせると同時に放たれた、魔法のような光の砲撃。観客からは、まるで魅来の歌声が奇跡を起こしたかのように見えただろう。邪悪な敵を吹き飛ばした魅来の歌声と、その演出に、客席から歓喜の声が上がる。
そんな魅来の罠にハマった魔術師は、何が起こったのかわからなかったらしい。苦痛に歪む顔には、たしかな困惑の色が見える。
顔の辺りに加わった衝撃に脳を揺さぶられ、視界も定まらないのか、澱んだ瞳が宙を泳ぐ。
そうして空を仰ぐその視線の先。天井から降り注ぐ眩い光の中に――
流星のように飛ぶ、ヒーローの姿が。
「くぅ……こんなことで、この私がぁっ!」
魔術師はダメージに震える手をなんとか天にかざし、魔術を発動させる。
だが、至近距離で起こった爆音で平衡感覚も失ったらしい。ホロに向けて放たれたはずの炎は、わずかにホロの体を逸れていった。おそらく猛り狂う怒りのみで、態勢を立て直しているのだろう。
コントロールの定まらない中、それでも魔術師はがむしゃらに炎弾を飛ばす。
紅蓮の炎が弾幕となって、ホロとシスに迫る。
だが、そんな闇雲な攻撃を食らう二人ではない。
シスが魔法でホロの体を巧みにコントロールし、避けられない攻撃はホロが二丁の銃剣で切り裂いた。ホロの背後には天井しかないので、観客が巻き添えを食らう心配もない。魔術師への最短距離を、真っ直ぐに突き進む。
そして、魔術師との距離がわずか二、三メートルほどまで近づいたところで、ホロは銃剣を解除。二つの銃口を死に体の敵に突きつける。
「終わりだ、狂人。お前にあいつの夢は奪わせない」
数発の銃声が鳴り響いた。
と、同時に魔術師の体が、車にはねられたかのように弾け飛ぶ。
勢いよく吹き飛んだ敵の体は、ステージ後方の床に激しく打ち付けられた。そのままの勢いで床を転がり、最後は城のモニュメントの下部に衝突して止まった。
ホロはそのまま飛翔を続けてステージに着地し、床に転がる魔術師の元へと歩み寄る。
「あれだけの銃弾を食らって、まだ意識があるのか……意外に頑丈なんだな」
冷たい目で魔術師を見下ろすホロ。
魔術師は焦点の定まらない目で、そんなホロを見上げていた。
「……なぜ、今の……攻撃で、私を殺さなかった……?」
途切れ途切れの言葉は、魅来の歌声にかき消されてほとんど聞き取れない。だが何を言いたいのかはわかった。
ホロの放った銃弾が、魔術師の体を貫くことなく弾き飛ばしたのは、ホロが魔弾の性質を貫通力ではなく衝撃重視のものに変えたからだ。その理由が理解できないのだろう。
そんな魔術師に向けて魔銃を構えるホロが、一瞬だけ、歌い続ける魅来の後ろ姿を振り返ってこう言った。
「あいつの大事なステージを、お前の汚い血で汚す訳にはいかないからな」
その言葉に魔術師が何かを口にする前に、ホロは銃の引き金を引く。
風の魔弾を胸に食らった魔術師は、そこでようやく意識を失った。
ちょうど魅来の歌も終わったらしい。
伸びやかな魅来の歌声が、ホロの勝利を祝福するように高らかと響き渡った。
「ホロッ!」
MY HERO’S SOULの曲が終わると、魅来はすぐさま後ろを振り返り、ホロの元へと駆け寄った。
ホロの足元では魔術師が力なく横たわっている。どうやら気を失っているようだ。戦いはホロの勝利で終わったのだ。
だが、それを素直に祝福することはできなかった。
なぜなら、こちらを振り返るホロの姿は、誰の目から見ても傷だらけだったからだ。真っ黒な服はあちこちに穴が開き、左腕の袖などもはやほとんど千切れてしまっている。男の子にしては少し細身の肩が、乱れた呼吸を整えるように激しく上下していた。
そんなホロのすぐ傍に駆け寄った魅来は、恐る恐るホロの方へと手を伸ばす。
しかし、そんな魅来を、ホロが首を横に振って制止した。
「どうして……?」
真意がわからず困惑する魅来から、ホロはゆっくりと視線を外した。その目は魅来の後ろへ向いている。
その視線を追いかけるように、魅来が後ろを振り返った。
そこには魅来の歌に、そして手に汗握るリアルなバトルショー――だと思っている――に大歓声を送るファンの姿が。誰もがその顔に、楽し気な笑みを浮かべている。
その笑顔は、ホロとシスティナ、そして魅来が守ったかけがえのない笑顔だ。
そしてまだライブは続いている。
ならば、アイドル音峰魅来は今ここで何をすべきなのか。
それをホロは教えてくれたのだろう。
(まったく……いつもはそんな気遣いしないくせに……)
こぼれそうになる涙を必死にこらえて、魅来は自分の立ち位置を少し横にずらす。自分の表情と、勇敢なヒーロー姿が客席に見えるように。
「ありがとう、私のヒーロー……みんなを、そしてこのライブを守ってくれて……」
ショーで演技をするように、両手を胸の前で抱いた魅来が自分の想いを言葉にする。
ホロは何も言わず、ただ小さく頷いただけだ。ショーとして考えるなら、最後にヒーローから一言くらいあってもいいのだが。
「……あんたも一言くらい何か言いなさいよね」
苦笑いを浮かべた魅来が、観客に気付かれないよう、小声でそう呟く。
もちろんホロの性格を考えれば、そんなことは期待できない。魅来としても本気で言ったつもりもないし、満身創痍のホロを引き留めるつもりもなかった。
案の定、そんな言葉を受けたホロは、気絶した魔術師の首根っこを掴んでこの場を立ち去ろうとした。
まぁそうなるだろうなぁ、と思っていたので、魅来も特に気にしなかったのだが……意外なことにホロは一度だけ振り返ると、マイクを握る魅来に向かって
「……ライブ、頑張れよ」
とだけ呟いた。
高性能なマイクはそんな小さな言葉も拾って、観客へと届ける。客席から笑い声と声援と「もっと何か言え~」というヤジが飛んだ。
予想外の行動に一瞬だけキョトンとした魅来だったが、観客の反応ですぐに我に返った。
最初は魅来のことになんて興味もなく、アイドルも辞めさせようとしていたはずのホロ。そのホロが、こうしてライブのために協力してくれるようになった理由はわからない。
(もしかしたら……少しは私にも心を開いてくれたのかな……?)
そんな淡い期待に胸がフワッとなったが、すぐに恥ずかしくなって頭を振ってそれをかき消した。
そうして、少し長い魅来の沈黙に静まりかけた会場を振り返る。
「ヒーローは強くてカッコ良かったけど、残念ながら少し愛想がないみたいです」
とっさにそうとぼけると、客席からドッと笑いが起こる。
その笑い声が静まったところで、魅来がライブの再会を宣言した。
「それではヒーローが守ってくれたこのアリーナライブ! みんな、最後まで飛ばしていきましょ~!」
その日のアリーナでは、最後までファンの笑顔が絶えることはなかった。