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魔ガンのアイドル  作者: 雪雷音
18/25

17話 ~偽物~

「これがあの子が魔眼の力を憎む理由だよ」


 そこまでを話し終えて、システィナは一度大きく息を吐いた。その顔には自嘲的な、だけど少しホッとしたような笑みが浮かんでいる。


 きっとホロだけではなく、システィナもずっと苦しんでいたのかもしれない。自分の罪を全て告白して、誰かに聞いてもらって、それで少しだけ肩の荷が下りたのだろう。


「そして、あの子は今の組織に誘われたんだ。魔眼関連の事件を隠蔽するのに、あの子の魔眼の力はうってつけだったからね。おまけに潜在的な魔力量は絶大。なにせ本来、成長して体内の魔力量が一定以上にならないと覚醒しないはずの魔眼が、六歳の時点で目覚めるくらいだ。身体能力も高かったし、組織としては是が非でも欲しい人材だったろうね」

「……あいつはどうして組織に入ったの? そんなことがあったなら、もう魔眼になんて関わりたくないんじゃ……」


 組織に入るということは、これからも魔眼の力を必要とされるということだ。自分から全てを奪った魔眼の力を、未だに使い続けなければいけないのに、なぜホロは組織に入る道を選んだのか。


 魅来の疑問に、システィナはなぜかクスリと笑いだして


「あの子の子どもの頃の夢ってさ……正義のヒーローになることだったんだよ」


 と言った。「小学生になる頃には、すっかり忘れてたみたいだけどね」と付け足して、さらに笑う。


 魅来はそれを笑うことなどできなかった。自分も子どもの頃、似たような夢を持っていたからだ。自分の場合は、ヒーローに助けられるヒロイン、あるいはお姫様だったが。


 それに、魅来も初めてホロに助けられたときに思ったのだ。


 あんな恐ろしい炎の魔術を使う敵の前に立ちはだかる背中が――





 ――まるでヒーローみたいだと……





「別に、組織に入ってヒーローになろうって考えたわけじゃないよ。でもどんなに自分が酷い目にあっても、あの子の芯にあった優しい部分は変わらなかった。だから願ったんだ。魔眼のせいで不幸になる人を助けたいって」


 まるで母が愛しい我が子に向けるような視線で、システィナが遠くの空を見つめた。


「それに、自分を不幸にした力だからこそ、誰かのために使いたいと思ったんじゃないかな。魔眼を……自分を憎み続けるのはとても辛いことだから」


 その話を聞いた魅来は、かつてのホロの言葉を思い出した。魅来が魔眼なんていらないと言った時、ホロは確かに魔眼の力を『呪い』と表現した。きっとホロ自身も、魔眼の力を、そして自分自身を許せていないのかもしれない。


 愛する家族を不幸に追い込んだ、自分自身を……


「だからね、あの子はキミに酷いことは何もしてないし、何もしない。だから、キミにも信じて欲しい。あの子を、信じてあげて……」


 遠くを見ていたシスティナが顔を下ろし、魅来に真剣なまなざしを向けた。その視線には、どこか懇願するような色も感じられる。


「……でも……じゃあ、どうしてこれまで隠していたの? やっぱり私に本当のことを話したら、私があんた達を拒絶すると思ったの? それって私を信じてくれなかったってことじゃないの? 私のことは信じてくれなかったのに、自分だけ信じろなんて……そんなのずるいわよ」


 こみ上げてきた感情を堪え切れず、魅来はうつむいてしまったので、最後の方はほとんど言葉にならなかった。


「それについては、本当にゴメン。ボクもこんなこと初めてだったから、どうしていいかよくわからなかったんだ……」


 申し訳なさそうにそう告白するシスティナに、魅来は少しだけ顔を上げて、その真意を問いかける。 


「だって、キミみたいにあの子の素性や性格を知って、それでも正面からぶつかってくる子はいなかったから。大抵、みんな近づかないし、離れてく。特に魔眼の所有者ホルダーは、自分の力の弊害を、まるであの子が犯人だとでも言うように責め立てた。きっと彼らには、ボク達が悪魔の使者にでも見えたんじゃないかな」


 まぁそこはあの子の方にも多少問題はあるんだけど、とシスティナが苦笑いを浮かべた。


「だからね、ホロはそんな人たちの元を去る時、必ずあることをする」


 あること? と首を傾げる魅来に、表情を消したシスティナが淡々とした口調で言った。


「ボク達の記憶を全て消すんだ。もちろん魔眼の制御なんかの必要な知識は除いてね」


 ドスンと重たいものが、胃の奥に沈んだような衝撃が魅来を襲った。


 自分達の記憶を、消す?


 どうして?

 

 言葉にできないそんな疑問を、どうにか視線でシスティナに訴える。


「こんな自分のことを覚えていたって辛いだけだから、さっさと忘れた方が幸せになれる。どうせ自分はこの世に存在しない人間なんだからって。魔眼の力を隠してた訳を、ホロがキミに伝えなかったのもそれが理由」


 今度の衝撃は、魅来の胸を強く締め付けるものだった。


 その言葉を口にした時、ホロはどんな気持ちだっただろう。


 いつものあの冷たい表情の下に、どんな感情を抱えていたのだろう。


 そしてもしも、このままホロが自分の魔眼の力を隠したままだったら、いずれは自分も彼らのことを忘れてしまっていたのだろうか。


 言葉に詰まる魅来に、システィナがさらに話を続ける。


「あの子の『ホロ』って名前さ……あれって名前がないと不便だからって、組織の人がある英単語をもじって名付けたんだけど……それって何だかわかる?」


 魅来は首を横に振る。


「『hollowホロウ』……意味は、『空虚』『空っぽ』」


 やるせなさを隠しきれない様子で、システィナがそう告げた。


 魅来も、そんな名前を付けたどこかの誰かに怒りが湧いてくる。


 そんな魅来の気持ちが伝わったのか、システィナが小さく笑みを浮かべた。


「ボクは反対したし、そりゃあもうひどく怒ったよ。でもあの子自身が気に入っちゃってね……今でも正直好きにはなれないんだけど、昔の名前で呼ぶとあの子も辛いだろうから」


 そういえば、システィナがホロを名前で呼ぶことはあまりなかった気がする。『キミ』とか『この子』とかばかりで。


 ホロはどうなんだろう? 自分を『空っぽ』と言い、関わった人の記憶を全て消す。そんな寂しい生き方を、ホロは本当に望んでいるのだろうか。


「だから、散々文句を言いながら、それでもホロと一緒にいてくれるキミに、勝手ながらボクは期待していたんだ。キミなら、寂しい生き方しか選ばないあの子を変えてくれるんじゃないかって」


 そう話すシスティナの微笑みは、どこか寂し気だった。


「それにね、さっきも言ったけど、ホロはキミには少し心を開いてたと思うんだ。キミの夢にも少し関心があったみたいだし。だから、さっきもキミの間違いを正した。さっきのホロの言葉は本当だよ。キミの夢は、偽物なんかじゃない」


 そう言いながら、システィナはベランダの外へと飛び出した。


 そして途中で一度、魅来を振り返る。


「それにさ、少しくらい偽物が混じってたっていいじゃないか……だって……」


 去っていく間際、システィナが呟いた言葉が、しばらく耳から離れなった。






 ――あの子は、そんな偽物ですら、手に入れることができなかったんだから

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