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魔ガンのアイドル  作者: 雪雷音
12/25

11話 ~余暇~

「そういえば魅来ちゃん、もうすぐライブなんだって~?」


 都内アニメーション会社の会議室。


 近々作成が決まったアニメ映画の打ち合わせ終わり。「お疲れさまでした~!」という挨拶とともに部屋を辞そうとした魅来を、アニメのプロデューサーが呼び止めてきた。


 プロデューサーの見た目は四十歳前後。ちょっとチャラそうな感じのおじさんというのが魅来の印象だ。悪い人ではないと思うが、少し粘っこいしゃべり方をするのと、視線が少しいやらしいので、正直少し苦手だ。


「あ、はい、そうなんです! 明日からリハーサルなんです!」


 当然、そんな本音は胸の奥にしまい、魅来はいつも通りのアイドルスマイルを浮かべて元気よく返事をする。どこの世界にもこんな感じのおっさんはいるので、いちいち気にしていたら負けだ。


 そんな魅来の笑顔に気を良くしたのか、プロデューサーは魅来のすぐ傍まで近づくと、いきなり魅来の手を取り、両手で握ってきた。


「僕も応援してるから、頑張ってね~」


 そんな応援の言葉とともに、魅来の手をにぎにぎスリスリとするおっさんプロデューサー。妙にいやらしい握り方に、魅来の背中に寒気が奔る。


「はい! ありがとうございます!」


 とはいえ、ファンとの握手会などで、こういったことには慣れている。手汗びっしょりとかじゃないだけ、まだマシだ。どうせ社交辞令、というか女子高生と触れ合いたいだけだろ、エロオヤジ! と思っていても、魅来の笑顔は崩れないのだ。


 そうしてエロオヤ……プロデューサーはしっかり十秒間も魅来の手をにぎにぎしたあと、「じゃ、またね~」とニヤニヤしながら去って行った。

 







 魅来はまり恵と一緒に会社を離れるまで我慢して、さっきまで握られていた手をハンカチで拭った。


「うぅ~、やっぱり私あの人苦手~」

「まぁ気持ちはわかるけど……でもプロデューサーとしての腕は確かだし、本気で酷いセクハラするようなタイプでもないから」

「わかってますよ~」


 ハンカチをバッグの中にしまいながら、魅来は少し拗ねたように口を尖らせた。


「今日はこの打ち合わせだけだから、ここで解散しましょう。明日からはアリーナライブのリハーサルが始まるから、今日は少し羽を伸ばすといいわ」


 ただし、羽目を外し過ぎないこと、と付け足して、まり恵はタクシーを捕まえる。魅来はオフになっても、まり恵はまだ仕事があるのだろう。「じゃあね」と魅来に手を振って、まり恵は足早にタクシーに乗り込んでいった。


「さてと……羽を伸ばせと言われてもな~。何しようかな」


 まり恵が乗ったタクシーを見送った魅来は、街中を当てもなくブラブラしながら、久しぶりのオフをどう充実させるかを思案する。


(アリーナライブ前でここんとこ歌ってばっかだから、一人カラオケって気分でもないし、アニメショップはちょっとした空き時間にたまに行ったりしてるし、ショッピングするにもお気に入りの店はここからちょっと遠いし、遠出するには時間が中途半端だしな~)


 思い浮かぶ案はどれもパッとしないものばかり。もう少し前から予定を考えておけば良かったとも思ったが、ここ数日は仕事後も魔眼の制御の仕方や魔術の勉強で忙しかった。スケジュールは知っていたが、ぶっちゃけ、そんなこと考えている余裕がなかったのだ。


(こんなタイミングじゃ友達も呼べないし、かといって他に一人でやりたいことも思い付かないしなぁ…………あ、そうだ!)


 不意に浮かんだアイディアに、魅来はニヤリと笑みを浮かべると、立ち並ぶビル群を見上げるように顔を上げ、辺りを見渡す。


「ホロ~、いるんでしょ~? ちょっと出てきなさ~い」


 周囲に聞こえないように、小さな声でホロを呼ぶ。何かペットの鳥を呼んでるみたいだ。


 現在、なし崩し的に生活を共にしている二人だが、基本的に外では別行動だ。別行動と言っても、ホロは魅来を監視のため、常に近くにいるとのこと。その姿を見たことはないが、何かあれば呼べと言われているので、試しに呼んでみたのだ。


 それから約十秒後、どこからともなく現れたホロが魅来の背後から声をかけてきた。


「何か用か?」


 いつもと違い、少しいぶかしむような表情を浮かべるホロ。魅来の方から呼び出されるなど初めてのことなので、色々と勘ぐっているのかもしれない。システィナの方は、逆に好奇心でワクワクといった感じだ。


 そんなホロの鼻先にビシッと指を突き付け、魅来がこう宣告した。


「あんた、これからちょっと私に付き合いなさい」








「何だここは?」


 数分後。魅来に連れられてきた建物の看板を見上げながら、ホロが不審そうに呟いた。


「何って、ゲーセンよ、ゲ・エ・セ・ン」

「げー、せん?」


 たどたどしい口調でそう呟き、ホロが首を傾げる。


「何あんた、ゲーセンも知らないの?」


 魅来の驚きを含んだ問いに、ホロが「知らん」と短く答えた。世間知らず、常識知らずだとは思っていたが、正直ここまでとは思わなかった。


「ボクこういう所ってまだ入ったことないんだよね~」


 システィナの方はゲーセンについて知っているようだ。ホロの左肩の上で足をパタパタ、羽をウズウズさせている。扉が開いた瞬間に飛んで行きそうだ。


「まぁ入ればわかるわよ。それじゃ遊ぶぞ~!」

「おぉ~!」


 魅来の掛け声に、システィナが右手を上げて応える。


 ホロはそんな二人の様子に肩を竦めながらも、特に文句も言わずに魅来の後を付いて来た。







「邪魔よ~! どいたどいた~!」

「行け行け~! ぶっ飛ばせ~!」


 ハンドルを右に左にとせわしなく回しながら、満面の笑みで叫び声をあげる魅来。


 その顔の横で画面をのぞき込むシスティナが、両手を振り回して魅来をあおる。


 画面の中では、アクセルを全開にした真っ赤なスポーツカーがハイウェイを疾走――いや、爆走する。


 ホロとシスティナを連れてゲームセンターに入った魅来が真っ先に選んだのは、このレースゲーム。一般車が普通に行きかうハイウェイを舞台に、クラッシュ必至の危険なレースを繰り広げ、道路交通法に真っ向からケンカを売るようなゲームだ。


「おらおら~! 道を開けろ~!」


 そんなキラキラの衣装を着て踊るアイドルとは正反対の野蛮なゲームを、魅来は暴走族のようなノリで満喫していた。


 やがてタイムアップ。表示された順位は一位だった。


「まぁまぁね」

「凄いねぇキミ」


 ハンドルから手を放し一息つく魅来に、システィナが素直な称賛を送る。


「まぁ慣れてるからね」


 生粋のゲーマーではないが、ゲーセンには割とよく来る方だ。次の仕事までの空いた時間を潰すためだったり、仕事終わりのちょっとしたストレス発散だったり。ファンも結構ゲーム好きがいるので、ラジオなどでそういう話をすると受けが良かったりもするのだ。


「で、ホロの方はどうだった?」

「あ~、それが……」


 システィナを挟んで反対側。魅来と同じレースゲームの筐体に座るホロのゲーム画面をのぞき込む。


「うわっ、最下位」


 画面ど真ん中に表示されていたのは14/14。ぶっちぎりの最下位である。


「反応速度は悪くなかったんだけどねぇ。思ったよりも車が曲がっちゃうから、もうクラッシュしまくりで」

「まぁ慣れないうちはそんなもんよね」


 システィナの分析に相槌を打って、魅来はホロへと視線を向ける。


 ホロは未だにハンドルを固く握ったままだ。すでにスタート画面に切り替わった画面をずっと睨んでいる。


「あんた、もしかして結構悔しかったりする?」

「…………別に」


 ゲームの音にかき消されるくらいの声でホロがそう呟いた。魅来の視線から逃れるように顔を背け、シートから立ち上がる。


「何回かやればすぐにコツがわかるわよ。また一緒にやってあげるから、元気出しなさい」


 ホロの肩にポンと手を置いて、魅来が励ましの言葉をかける。システィナはいつもの定位置に戻り、ホロの左頬を撫でた。ホロ自身は「……別に気にしてない」と言っているが、どう見ても負けて拗ねているようにしか見えない。何か小さな子どもみたいだ。


「ほら、次はアレやるわよ、アレ!」


 そんなホロの腕を引っ張って、魅来は別のゲームを目指した。







 それから三人は、センター内の様々なゲームをプレイした。


 クイズゲームでは、アニメ・ゲームと芸能以外の全ジャンルに幅広い知識を示したシスティナと逆にアニメ・ゲームと芸能には詳しい魅来が協力した結果、オンライントーナメントで三度の優勝を果たした。


 一方、ホロは全ジャンルで全滅。何一つ答えられないまま予選敗退した。あまりにも悲惨な結果に「あんた何ならわかるのよ?」と訊ねたら、「魔術と銃格闘術」という何とも物騒な答えが返ってきた。とりあえず頭引っ叩いておいた。


 麻雀ゲームは魅来もホロもルールがわからなかったのでスルーしようとしたら、システィナがやりたいと言った。試しにやらせてみたら、これがもう強い強い。百円玉一枚でずっと連勝され、放っておいたらずっと麻雀から離れなくなりそうなので、問答無用で打ち切った。


 リズムゲームはかなり白熱した戦いになった。経験と天性のリズム感でスコアを伸ばす魅来。戦いで培った反射神経のみで追随するホロ。結果、いくつかのゲームで魅来がムキになり、五回ほど同じゲームを繰り返すことになった。


 UFOキャッチャーで魅来が取った猫のぬいぐるみを、試しにホロの頭に乗っけてみた。システィナが笑い過ぎて死にそうになっていた。


 さらに、襲い来るゾンビやモンスターを倒すガンシューティングではこんな一幕が……


「これは画面の中の敵を銃で倒して進んでいくゲームよ」

「なるほど」

「って、何本物抜いてんのよ!? ゲーム壊す気か! こっちのゲーム用のを使うの!」

「この銃、弾を入れる場所が無いぞ?」

「銃口を画面外に向けたら勝手に弾補充してくれるから」

「魔術式も無いのにか?」

「だから、これはそういうゲームなの! ……って、もう始まってるから! ゾンビ来てるからぁ!」

「ふん、この程度……」

「…………上手いわね、あんた」

「そうか?」

「やっぱり魔術とはいえ、普段から本物使ってると違うわねぇ。あ、左のドラム缶撃ったら回復できるわよ」

「……何故、こんなところに救急箱が?」

「ゲームの設定に深くツッコまない。ほら、ボスが来たわよ! あの光る丸の中が弱点だから!」

「……自ら弱点を教えるなんて、こいつバカなのか?」

「だから、ゲームに真顔でツッコむな!」


 そんなじゃれ合いをしつつも、危なげなくゲームクリア。


「いやーあんたのお陰で楽だったわ。一人プレイじゃこんな簡単にクリアできないもの」

「まぁこれくらいはな」

「これくらいって……ゲームに慣れた後半なんて、私に向かってきた奴までほとんど撃ち殺してたじゃない」

「守るって約束だからな」

「っ! た、たかがゲームで何言ってんのよ! バッカじゃないの!?」

「? 何を怒ってるんだ?」

「うっさい、バカ!」


 システィナがニヤニヤしていた。イラッとしたので、今日の晩のおやつは抜きと言った。「妖精イジメだ!」と言われたが無視してやった。


 そうして最後にプリントシール機で記念撮影をして、ゲーセンを後にした。もちろん、全ての写真を無表情で通したホロに、システィナと二人で盛大に落書きをしたのは言うまでもない。出来上がったシールに笑い転げる二人に、ホロが顔をしかめたのも言うまでもない。







「あ~、遊んだ遊んだ~」


 ゲーセンを出た時には、すでに日も暮れかかっていた。魅来は心地よい疲れを感じる体を、う~んと伸ばす。そして後ろを振り返り、少し後ろを付いてくるホロに声をかける。


「今日は付き合ってくれてありがと。良いストレス発散になったわ」

「それは構わないが……なぜわざわざ俺を?」

「だって、どうせ遊ぶなら三人の方が楽しいでしょ? ゲーセンには結構来るけど、ほとんど一人だったし。東京に出てきてからは地元の友達とはほとんど会えてないし、事務所の声優仲間はなかなか時間合わないしね~」


 軽い口調で、そう答える魅来。


 その態度に少し思うところがあったのか、システィナが気遣わし気な声で訊ねてきた。


「寂しくないの?」

「う~ん、まぁ全く寂しくないわけじゃないけど、今の仕事を続けるためだと思えば我慢できるわよ」


 もっとも、この一か月程はずいぶんと賑やかになったけど、と心の中でそう呟いて、魅来は二人に笑顔を向ける。もの凄い落ち込んだり、頭にくることも多かったけど、何だかんだで、自分は今の生活を気に入ってるのかもしれない。


「そんなに今の仕事が楽しいのか?」


 そんなホロの問いに、魅来が即答する。


「ええ、もちろん」

「発散しないとならないほどストレスになってるのにか?」

「そりゃあ、どんな仕事だって楽しいことばっかりじゃないわよ。苦手な人と一緒に仕事しなきゃいけないことだってあるし、忙しくて体調最悪のときだってある。でも、それ以上に嬉しいことや楽しいことがいっぱいあるのよ。ファンの声援と笑顔に囲まれてアイドルとして歌うこと。自分以外のキャラクターに命を吹き込む瞬間。そしてそれがまた誰かの笑顔になる……それってとっても素敵なことだと思わない?」


 少し考えるそぶりを見せたホロだったが、結局「……俺にはわからない」と小さく呟いて、首を横に振った。


 そんなホロの顔を眺めていた魅来は、ふとあることを思いついて、ホロの腕をつかんだ。


「ねぇ、もう一個付き合って欲しい場所があるんだけど」


 怪訝そうに首を傾げるホロを少し強引に引っ張って、魅来は近くの駅に向かって走り出した。







 それから電車を乗り継いで三十分後。


 目的の場所に到着した魅来とホロは、二人並んで目の前の巨大な建物を見上げた。


「ここは?」


 ホロが首を傾げて、魅来の方へ顔を向けた。


「明々後日、私がライブをやるアリーナ」


 魅来は誇らしげに胸を張って、ホロの問いに答えた。


 ホロはわずかに眉を持ち上げ、目の前の巨大な建築物を見回した。システィナが「おっきいねぇ~」と口を半開きにしていた。


 エントランスがある前面部は、ほとんどがガラス張りになっている。完全に日が落ちているというのに、中から漏れる明かりによって辺りはかなり明るい。今日は何かのイベントが開かれているようだが、周囲にはそれほど人はいない。おそらく開演時間が過ぎているからだろう。三日後の同じ時間には、魅来もこの中で大勢のファンを前に歌っている。


「このおっきなアリーナに、約一万五千人の観客が入るの。しかもそれが二日間。合わせて三万人のファンが、私の歌を聞きに来てくれるってこと」

「すごいねぇ~」


 システィナが感心したようにそう呟いた。


 さすがのホロも、その規模の大きさに面食らったようだ。「三万……」という声が口から漏れたのを魅来は聞き逃さなかった。


「別に自惚れるわけでもないし、いずれはドームもって思ってはいるけど、今はやっぱりここまで来れたってことがすごく嬉しい。絶対ライブを成功させて、ファンのみんなに私の歌を楽しんでもらいたいの」


 だから、と前置きをして、魅来はアリーナを見上げたままのホロの前に回り込んだ。


「はい、これ」


 ホロの正面に立って、魅来はある物を差し出した。


「これは?」

「見ればわかるでしょ? ライブのチケットよ、チケット」


 二枚のチケットを受け取り、首を傾げるホロ。その鼻先に魅来が指を突きつける


「あんた、前のイベントの時、ライブ見てなかったでしょ? ステージからちゃんと見てたんだからね」


 魅来の指摘に、ホロが顔を背けた。


「今度こそ、あんたに私のライブ見せつけてやるんだから。絶対あんたも楽しませてあげるから、逃げるんじゃないわよ?」


 以前と同じ宣戦布告。だけどあの時とは違い、目の前の少年に対する敵意などはない。ただ理解してもらいたいだけだ。


 少年が守ると言ってくれた魅来の夢が、どれだけの人を笑顔に出来るのかということを。


 それともう一つ。


 自分の歌で、この無表情でクールな少年の笑顔も引き出すことができたなら……


「さぁ、そろそろ帰ろっか」


 未だにチケットを見つめたままのホロの肩をポンと叩いて、魅来は駅に向かって歩き出す。


 ホロは何も言わなかった。持っていたチケットをジャケットのポケットに入れて、魅来のあとを付いて来た。


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