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サブカル 0

 未熟者ですがよろしくお願いします!


 午前八時四十分、花丸町タウレコ前。天気は晴れ、体調良好、髪型良し。

 オープン前の室内を覗くついでに身だしなみを整え、口角を上げる。


 ついにこの日がやって来た。


 目の前には数人が並んでおり、それに連なるようにして長蛇の列ができて居る。

 それを流し目で確認し、やはり早く来て正解だったなと思う。


 耳に流れてくる音楽を口ずさみながら、ポケットまで伸びているイヤフォンの線を指で巻いて弄ぶ。そうするだけでここまで何時間も潰すことが出来たのだ。後二十分程度直ぐに過ぎるだろう。

 そう思っていても、待ち遠しい時間というものはゴールが見えてくると、一気に減速してしまうのは誰もが感じる事だろう。


 俺、藤田涼介は、このタウンレコード花丸店(通称タウレコ)に並ぶ列に加わり始めて、早くも十時間を過ぎようとしている。

 深夜零時なら一番乗りだろうとロードバイクで飛んできたが、もっと早くに並んでいる強者が居たとは。まだまだ精進せねばならんな。


 独り腕を組み、コクコクと肯いている姿は傍から見ると少し可笑しいだろうか。しかし、今はそんなことを気にしている暇は無い!

 先程も言ったが、ついにこの日がやって来たのだ!! 母国のみならず、世界中で爆発的な人気を誇るロックバンド“|Blizzaraブリザラ Karumaカルマ”、通称ブリカル! 高い若干ハスキーなボーカルから始まり、中毒性の高いバスの効いたドラム、スパイスのように要所要所掻き鳴らされるギター、そしてそれらを綺麗に一つにまとめるメロディアスなベース。今までのTha Rockと言えるようなサウンドとは少し違い、どちらかというとポストロックに近い感じはするのにも関わらず、万人受けするという快挙。

 今日はそのブリカルの最新アルバム発売日なのだ!!


 今流している曲もブリカルのモノであり、インディーズ時代のファーストシングルであるのにも関わらず一千五百万枚強も売り上げたという伝説の四曲を、到着してからずっとヘビロテしている。


 既に心の準備はバッチリ。後は時間を待つのみである。


「・・・・・・」


 一度頭に上った血を降下させ落ち着きを取り戻し、凄まじい速さでポケットからスマホを取り出す。時間の確認だ。

 俺の体感では既に五分を切っているはず・・・・!!


「・・・・・・」


 確認を済ませ、先程とは違い緩やかで洗練された無駄のない動きの中、ポケットにスマホをしまい込む。

 俺の瞳は遥か彼方を見据え、伸びた背筋をふわりと柔らかい風が撫でる。


 それから一度瞳を閉じ、深く、それでいてゆっくりと息を吸い込む。


(なんでえええええ!?)


 心の中で盛大に叫び、勢いよく瞼を開く。身体の至る所から汗が吹き出し、現実を直視することを拒絶しているかのようだ。

 震える手でもう一度スマホを顔の前に寄越し、虚ろな瞳に光子を突き刺す。


『08:41』

(なんでえええええ!?)


 さっきから一分しか変わらないってどういうこと?! 俺結構長い説明してたよね!! 分かりやすいよう音の事とか話してたよね!! 何でなのおおお!


 俺の表情を見てか、道行く人の顔が引きつっている。心の声が漏れてしまっていたか、表情に。スマートな紳士としては有るまじき行為だったな。

 一瞬で爽やかな元の表情に戻し、脳内で議論を進めていく。


 恐らく、ブリカルに対する熱のせいで凄まじい速さで思考を巡らせていたのだろう。

 なにせブリカルがインディーズ前から好きで、中学の時に態々イギリスまで足を運んだことがあるのだ。家族からの猛抗議を押し切り、一人で観光したのは懐かしい思い出であり、今の自分を作り上げたきっかけの一つと言えるだろう。

そもそもブリカルを知る事になったのは、イギリスのとある音楽スタジオが開催した若手発掘ライブである。実際に見に行ったわけではなく、某動画サイトでライブ配信されていたのを偶々見かけたのだ。


 その時の衝撃は凄まじいものだった。

 基本的に邦ロックしか聞かなかった俺は、開いた時に演奏していたバンドを聴いて直ぐに視聴を止めようとした。しかし、次のバンドと丁度入れ替わるタイミングだったこともあり、気まぐれでそのまま見ていたのだ。

 そして、次に出てきたのがブリカルだった。最初の自己紹介のようなMCも無く、消灯されたスタジオにバスの音が響き渡り、一度聞くと忘れられない妖艶で何かが掻き立てられそうな息遣いの掠れたような声が鼓膜を刺激する。

 ギターとベースが徐々に存在感を増していき、それに合わせて照明が仕事を始める。

 

 最初の興味無さ気な観客たちの雰囲気は一瞬で消え去り、その場にいる全てが響き渡る音に釘付けにされていた。

 気が付けば冷め切った会場は熱気で満たされ、最前列の観客に至っては気が狂ったかのように踊り出していた。


 そのライブでブリカルが披露したのはたった一曲のみ。しかしそれを聴いた者は、まるで麻薬にでも侵されたかのようにブリカルの虜になっていた。

自主制作されたCDは百枚しか用意されてなく、一曲しか収録されてないのにも関わらず配布は五分も経たずに終わってしまったそうだ。


 しかも、未だにその時の曲はシングル、アルバム共に収録されることは無く、幻のCDとして有名だ。

 一度だけオークションに出された事があったが、ブリカルの所属するレーベルの圧力により強制終了されられていた。終了直前の金額が日本円で約六百三十万円。残り三日もあったのにも関わらず。


 そしてそしてそしてっ!! 現在まで表に出なかった幻の曲が、今回発売される最新アルバムのボーナストラックとして収録されることが決まったのだ!!


 何たる幸せっ!! 上がっていた動画を保存しようとも何かしらのバグで保存が出来なくなっていたし、その音源は公開五分で削除された為、耳にするのは約二年ぶり!!


 考えると二年でここまで有名になるとは思いもしなかった。確かに素晴らしい楽曲達ではあるが、最初に言ったようにジャンルが少々偏屈である。

 ここ最近では結構有名な方ではあるものの、その代表がブリカルであるのがまた何とも・・・・。

 

 まぁ、なんにせよ古参である俺からすると有名になってくれるのは嬉し――


「すいません、進んでもらっても・・・・?」

「へ?」


 突然かけられた声に閉じていた瞼を開け、驚きの声を上げる。


 正面には困り顔のタウレコ店員が立っており、俺の前を並んでいた人々が消えていた。

 まさかと思い更に前を見据えると、


「お客様、後ろが閊えてますのでお早めに」


 既にオープン時間を過ぎていたようだ。前に居た五人はご満悦そうに袋を持って扉から出てくる。

 先程の店員は困り顔から少しイラついた表情に変わり、再度忠告してくる。


「しっ失敬!! 今行きます!」


 思考の海にどっぷり浸かってしまっていたようだ。

 慌てて店内に駆け込み、レジを目指す。


 この日の為に準備は万端だ。しっかり半年前には予約しており、無くしそうな引換券は無くてもいいようにスマホで手続き済みである。

 

 ここで簡単にタウレコ内の説明をしておこう。ここ花丸町のタウレコはテナントなどでは無く、タウレコが建てた四階建ての黄色い外壁をしている。

 一階はJ-POPとアイドル等、二階は邦ロック専門、三階は洋楽全般、四階が海外バンド専門となっており、UKロックに分類されているブリカルも四階にコーナーが展開されているのだ。

 そして、この花丸店では従業員専用エレベーターは設置されているものの、お客用は設置されていない。このことから出される答えは、


「階段地獄ですね。分かります」


 あれだけ長時間待たされてこの仕打ち。試合は始まったばかりということか。

 いくら予約していたとしても、早く手に取りたいのは誰もが思うことである。

 外ではタウレコ従業員達により不正出来ないよう見張られていたが、この階段は無法地帯。監視カメラは付いているが、こういう忙しい時に逐一確認している従業員は居ないはずだ。


 と、言うことはだ、


「どけええええ!!」

「邪魔じゃあああああ!!」

「しばくぞぉおおおおお!!」


 戦争である。


 背後から迫りくる怒号に顔が引きつる。

 まず、お店の入り口からこの階段までは五十メートル弱離れており、一本道だ。道幅は六メートル程で、一回に通れる人数は五人程度だろう。それ以上多くては陳列された商品を落としてしまう恐れがある。

 常識的に考えれば、そんな狭い道を大勢で来るはずがない!


 しかし、常識が無いのは俺のようだった。

恐怖に震える身体を無理やり動かし、後方に目をやる。


 ドドドドドド


 周りの商品は関係ないとばかりに鬼の形相達が迫ってくる。店内にも関わらず、周囲には砂煙が立ち上り、我先にと隣同士が服を掴み合いながら走っている。

 その先頭に立つ者共の容姿は、俗に言うDQN。他にはパリピと言われる人種だろうか。


 余りの惨劇に更に恐怖が募り、俺は捕まらまいと必死に階段を駆け上がる。


 先程も言ったように、ブリカルは世界的に爆発的な人気を誇っているバンドだ。

 ファンの層も厚く、様々な年齢性別の方が居る訳だが、その結果起こってしまったのが現在のような悲劇なのである。


 治安が悪い。


 最初の方は決してそんなことは無く、逆にブリカルに迷惑が掛かると皆ルールを守り、常識的な人たちが多かった。

 言われずとも列を成し、割り込みなど以ての外。仮にした人が発見されると、その日のうちにSNSで晒され次回からのライブ、物販には参加できなくなる。これは運営側がやっている事では無く、ファン側が勝手にやっている事だ。


 初期の頃は問題にはならなかったものの、次第に晒された人々から抗議が上がり、ブリカル本人たちが仲介に入ることによって収まったという、ちょっとした事件にも発展した。


 それ程までに古参ファンは真面目な人が多かったのだ。

 だがその事件以降、ルールを破った者達の取り締まりも無くなり、徐々に素行の悪いファンたちが頭角を現すようになっていったのだ。


 ブリカルもこれに関してはどうにかすると豪語しているので、今後どうなっていくのかが見物である。もしも収まらないのであれば解散も視野に入れていると先日の雑誌で話題になっていたので、時間の問題だと信じたい。



「だはっ!!」


 死に物狂いで階段を駆け上がり、終に辿り着いた四階。そこにはでかでかとブリカルの三人が写されたポスターが掲げられており、その下に特設コーナーが展開されている。

 ファンにとっては涎モノだろう。なにせそのポスターは去年発売された数量限定シングルの特典として付いてくる非売品。現在は生産中止されており、オークションにも出品されていない為、所持しているのは世界で一万人弱だ。


 そんなものを置いている花丸店には本当に度肝を抜かされる。

 しかし、それに見入っていては他のファンに追い付かれてしまう。


 多少の名残惜しさを胸にレジへと最後の力を振り絞っていく。



「ありがとうございましたー」


 早く家に帰らねば。


 呼んで頂きありがとうございます!

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