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短編

屋上の佳人

作者: 雨鴉

また鬱な話になります。

御覧になる際は注意して下さい。

 

 季節外れの転校生として、私がこの町にやって来て一ヶ月。

 未だ馴染めずにいる。



 両親の離婚によって母親の実家に身を寄せる―――ありきたりなドラマの筋書きのような体験をし、私は東京から地方都市に引っ越して来たのだ。

 高校生での転校が珍しいのか、暫くは興味の対象だったのだが、一ヶ月経った今は日常に馴染み、誰も気にしなくなった。

 しかし、当事者の私だけは未だ馴染めず、休憩時間はスマートフォンが手離せない。LINEで東京の友達と交流するのだけが私の心の支えだった。


『そろそろ友だちできた?』


 お気に入りのクマのスタンプと共に、そんなメッセージが届く。


『ムリ~・゜・(つД`)・゜・ぜんぜん話合わない~』


 クラスメイトに話し掛けもしないくせに、平気で嘘を吐く。


『同じ日本のJKだし、ウチらとしゃべっていたことを話したらいいんじゃね?』


「……簡単に言ってくれて」


 ちょうどチャイムが鳴り、グループLINEを閉じる。教室を離れて屋上に続く階段に座っていた私は、嫌々腰を上げて上を見上げた。

 視界にヒラリと白いものが翻る。



 それが男子生徒のカッターシャツの裾だと気付いた私は、無意識にそれを追い掛けるように階段を上った。

 ―――初めて授業をサボった。





 屋上は普通だったら安全面を考慮して、封鎖されているものだと思っていた。だが、錆び付いて重たい扉は、軋んだ音を立てて開いた。

 高所だからか、地上にいる時より冷たく強い風が、真新しい制服のプリーツスカートをはためかせた。


「……寒っ」


 午後の日差しは重苦しい灰色の雲に遮られ、地上には届かない。

 屋上は漫画やドラマのような綺麗な場所ではなく、複雑に張り巡らした錆びたパイプに枯れ葉が沢山絡まり山を作っていた。少しでもパイプに触れようものなら、赤茶けた錆が付きそうだ。

 点検などで上ってくる人もいるのだろう、転落防止にフェンスが張り巡らされている。


 何処もかしこも錆びてくすんでいて、死んだ世界のようだ。

 元の色が分からないくらい錆びたフェンス越しの街の風景も、煌びやかな東京とは比べものにならない。


「自殺願望あるの?」


 ぼんやりと街並みを眺めていた私の背後から、少し笑いの含んだ声がする。

 咄嗟に振り返るとその素早さに驚いたのか、薄茶色の瞳を真ん丸に見開いて驚いていた。


 その人は、私が今まで出会った中で一番美しい人だった。

 ……男に『美しい』はあまり使わないが、それしか当てはまる言葉がないくらい綺麗な人だった。

 外国の血でも入っているのか、全体的に色素が薄くて、髪や目の色は薄茶色だった。一見すると女性に見間違えられそうな繊細な顔立ちで、手足もスラリと長くモデルみたいな人だ。

 半袖のカッターシャツから伸びる腕は、透き通るくらい白い肌をしている。

 そんな完璧な美しさを持つこの男子生徒に、僅かな反発を感じてつっけんどんな返事をしてしまう。


「……別に、あんたに関係ないじゃん」


「一応、先輩として止めないとね」


 くすり、と笑って私を見る。その態度にムカムカと怒りが沸き上がる。


「その気もないくせに、そんな事言わないで!!……大体、自殺なんてバカな事、しないわよ」


 そうだ。此処には馴染む事は出来ないけど、東京の……元居た場所に戻れば、友達もたくさんいるし、お気に入りのカフェや大好きな服のブランドのある店もある。

 ……私は死を選ぶような絶望はしていない。


 私は目の前にいる男子生徒……恐らく先輩を、きつく睨み付けた。

 何かから逃れたくて屋上に来たのに、それを邪魔されたと思い、半ば八つ当たりのような感覚で、彼に反発していたのだ。


 私のそんな幼稚な考えを見透かすような綺麗な薄茶の瞳は、笑いを含んだままだった。それがまた腹立だしくて、奥歯が軋む音がする程食いしばってしまう。


「だったら早く戻った方がいいよ。……此処には十年前に自殺した生徒の霊がいるからね。だから、連れて行かれる前に早く此処から立ち去るべきだ」


「あんたは私を連れて行きたいの?」


 薄茶の瞳が驚きに見開かれる。この十二月の極寒の中で、半袖シャツの夏服のままで震えもしない人間なんて、いくらなんでもおかしいと思う。


「……怖がらないから気付いていないのかと思ったよ」


 少し時間を置いて吐き出された声は、僅かに寂しさを含んだ声音をしていた。

 ……やはり、吐き出された言葉には暖かさが無いのか、白い吐息は見当たらない。


 そりゃ驚いたけど、不思議と怖くはない。

 私は、生まれて初めて“幽霊”という存在と出会ったのだ。









 本人が言った通り、彼は十年前に立ち入り禁止であるこの屋上から飛び降り、自ら命を絶った。原因はいじめだったそうだ。


「仲の良かった友達が、ある日を境に敵となった。それに釣られるように全てが敵になった。……これ以上の絶望はなかったよ」


 学校と言う狭い世界でも、全てから否定され続ければ孤独を感じ、世界を儚む事もあるかもしれない。

 私にも覚えのある感情だ。両親の勝手で離婚して、友達と引き離されて、来たくもない母親の故郷に連れて来られた。

 父親は私の親権を放棄して、新たなパートナーと残りの人生を歩む事にした。母親はそんな父親を恨み、自分の境遇を嘆いてばかりいる。

 ……私も絶望しているのかもしれない。孤独を感じているのかもしれない。だから、彼に引き寄せられたのだろう。


「君がどんな境遇かは知らない。でも僕が見えている事は少なからず、僕と近い感情を持っているからだと思う。……悪い事は言わない、もう此処へ来ては駄目だ」


 引き摺られ、最悪命を落とすかもしれない―――。

 何処までも透き通るような美しい瞳は、彼への反発ばかりだった私の心へ、一つの波紋を作った。







「また来たの?……本当に君は聞き分けがないね」


 陰鬱な曇天の下、嘘みたいに美しい幽霊が呆れた顔をして私を見ていた。

 彼の忠告を無視して、私はあれからも屋上に来ている。相変わらず地方の女子高生とは馴染めずにいて、休憩時間は逃げるように屋上へ来ていた。

 ……馴染めない、は、嘘だ。私は馴染みたくないのだ。

 生まれてからずっと過ごした土地を、あの地で育んだもの全てを、私が子どもだったばかりに、身勝手に、何の心の準備もなく奪われたのだ。

 ……私は両親を激しく憎んでいた。

 その憎悪を誰にも吐き出す事が出来ず、こうして一人何処にも行けない彼の下へ私は通うのだ。


 吐く息が白い。この寒さだと雨ではなく雪が降りそうだ。

 擦り合わせた指先が、赤くかじかんでいて痺れるような痛みを伴う。制服の中にカイロを貼り、柔らかい肌触りのマフラーを巻いた私は、この真冬の空の下で夏の色を残す彼を静かに見た。

 温度も痛みも感じない、それはどんな世界なのだろう。


「いい加減、こんな所に来るのは止めなよ。友達を作って早くこの街に慣れるのが賢明だよ」


 此処へ来る度に繰り返される、彼の小言。

 自分は絶望に耐えられず自殺したのに、偉そうに私に説教する。

 意地悪くそれを口にすると、彼は黙り哀しそうに瞳を翳らす。

 本当は、分かっているのだ。新しく踏み出す勇気もなく、ただただ現状に不満ばかり募らせて、周囲を見下してばかりいる奴に、手を差し伸べる人はいない。

 私は、大人ぶった単なる聞き分けのない子どもだった。


「……ねぇ、成仏したいって思う?」


 子どもな私と違い、彼は容姿は私とそう変わらない年齢に見えるが、精神は大人だった。

 錆びたパイプが伝う死んだ世界に一人取り残されて、何処にも行けない、誰の目にも映らない、絶望して死を選んだ後も孤独に苛まれているのに、私のように不平不満を言う訳でもなく、静かに佇んでいる。

 だから彼に聞いてみたかった。

 朽ちる事のない絶望を抱えて、世界にしがみついているのかどうなのか。……そこまでして、何かを待っているのか。ただ単に成仏の仕方が解らないのか……。

 私が来る度に小言を言う彼の瞳には、私への呆れと僅かな安堵が滲んでいた。


「成仏かぁ……どうすれば出来るのか、見当も付かない。……恨みという感情はないし、やっぱり未練があるのかなぁ?」


 私の問い掛けに少し悩んだ彼は、言葉を探すように途切れ途切れに話す。その内容は自分の事なのに、他人事ように聞こえた。

 今にも雪が降り出しそうな空を見上げる顔には、怒りも憎しみも浮かんではいなかった。幽霊だからか、直ぐに消えてしまいそうな儚さがあるのに、十年もこの世に留まっている。


「未練……って何の?いじめた奴への復讐とか?」


「……うーん。そういうの、生きてた時から無かったなぁ……それより、どうして突然僕が嫌になったのか……十年経った今でも解らないんだ」





 昼休み、手早く昼食を済ませた私は、普段行かない校舎の最上階にある図書室へと向かった。

 あまり利用する生徒がいない所為か、室内は何処か薄暗く本独特の匂いとカビとホコリの臭いが込もっていた。

 新刊を購入していないのか、並んでいる本は殆ど日焼けして茶色掛かった褪せた色をしていて、時の流れから置いてきぼりにされた侘しさを感じた。


 そう広くない部屋の奥の本棚一つを占拠しているのが、学校の歴史……歴代の卒業生の発行した文集や卒業アルバムが並んでいる本棚だった。

 昭和と印字された色褪せた文芸部の部誌や、カラフルな色で描かれた表紙が特徴の漫研部の同人誌……主に文化部でもマイナーな部が発行したものばかりが並んでおり、その他のものは卒業アルバムくらいしかない。


 私は今から十年前……彼が自殺した年の卒業アルバムを手に取った。

 ありきたりな航空写真に金色の文字で『飛翔』と書かれた表紙で、特段変わった様子もない凡庸なアルバムだ。

 虫干しをしていない所為か、ページを開く時にペリペリと剥がれるような音がする。


 幾分色褪せた写真に写る学生たちは、十年経った私たちとあまり変わりない姿をしていた。

 体育祭、文化祭、修学旅行……行事の度に撮られた学生たちは、私のような不貞腐れた顔をした人は一人もいなくて、皆輝かんばかりの笑顔をしていた。


 ―――彼は高校三年の夏に自殺した。


 もしかしたら……との考えで開いた卒業アルバムには、やはり彼の姿は無かった。遺族の意向か学校の卒業生や保護者への配慮かは分からないが、あんなに目立つ彼の姿は不自然な程見当たらなかったのだ。


 最後にある卒業生のクラスごとの写真に、不自然な程生徒数の少ないクラスがあった。


 3-C。多分、彼が在籍していたクラスだ。

 他のクラスより五、六人少ない。恐らく、被害者の彼といじめの主犯格の生徒数人が居ないのだろう。残った生徒の顔も他のクラスに比べてどこかぎこちない。

 自分たちのクラスでいじめがあり、その被害者であるクラスメイトが命を絶ったのだから、心から笑えるわけがない。

 舞ったホコリに鼻腔を刺激されくしゃみを一つした所で、私はアルバムを閉じた。






「よく分かったね。僕がC組だったって」


 放課後、数日焦らすように曇天続きだった空から、白い結晶がちらちら舞い落ち始めた屋上に、相も変わらず夏色のままな彼が、儚い笑みを浮かべながら言った。

 鼻先をマフラーに埋めても、寒さを防げない。友達とお揃いで買ったキャラメルブラウンのコートのポケットに手を入れて、私は彼を静かに見つめた。


「多分、あんたをいじめて追い詰めた奴ら、退学か転校かなんかで卒業まではいなかったと思う」


「……そっか」


 安堵なのかそれとも一抹の寂寥(せきりょう)なのか、彼の薄い色合いの瞳が僅かに揺れる。

 十年に渡り彼をこの場所へ閉じ込める原因となった者たちの行方を、辿ることは出来なくなった。

 昨今、個人情報の管理が厳しくなった上に、不祥事である事件の関係者の情報を、縁もゆかりもない私に学校が教えてくれるはずがない。

 吐き出した溜め息に、白色が浮かぶ。日が暮れるにつれどんどん気温が下がっていく。


「……もう、いいよ」


 グラウンドに響いていた運動部の掛け声が途絶え、辺りが段々と暗くなり始める。

 ただでさえ淡い存在である彼を、この暗闇が消し去ろうとしてくる。

 彼の唇から発せられた言葉も、温度もなく消えそうな程小さく響く。


「……な、なん、で?何で!?成仏したいんでしょ?だったらあんたを自殺に追い込んだ奴らを見付けて、あんたをいじめた理由を聞けばいいじゃない!!」


 それが、この場所から動けない“未練”なんでしょ?


 私の激しい声は、静かな屋上に響き渡った。耳障りな程に響く私の声に、彼は静かに空を見るだけだ。

 その諦めに満ちた態度に私は腹が立ち、喉がグッと鳴る程怒りを溜め込んだ。

 そんな私の姿を目の端に映したのか、彼はクスリと微笑(わら)った。


「君のその怒りは、死んだ人間に向ける感情じゃないよ。そんな激しい感情は生きてる人間に向けるべきだ」


「……っ!?それは私が決める事よ!!」


「死んだ僕にそんな感情を向ける癖に、何故君はクラスメイトや家族に自分を曝け出さない?僕は死んでいるんだ。だから君の心の支えにはならないよ」


 解っている。自分の傲慢さや意気地の無さくらい。


 父親が母親と私を要らないと言った(本当は家族一緒がいい)

 母親は経済的な理由から故郷に帰ると言った(本当は友達と離れたくなかった)

 地方の高校生はダサくて話が合わない(拒絶されるのが怖い、馴染めないのが苦しい)

 屋上に佇む可哀想な幽霊を成仏させてやりたい(嫌だ、一人にしないで)


 意地っ張りで頑固で捻くれた、可愛くない性格で。

 私はずっと虚勢を張り続けていた。

 本当は悔しくて腹立たしくて悲しくて……そして恐ろしくて、新たな環境に突然放り出された理不尽さに、誰にも何も言えなくて。

 そんな行き場のない気持ちを抱えて、彼に甘えていたのだ。

 自分勝手なその感情を否定され、理不尽にも私は腹が立った。


「あんたに……あんたに私の気持ちなんか分からない!!私がどんな思いでここにいるのか、あんたに分かるわけない!!」


「分からないよ、何も話さない君の気持ちなんか分からない。僕は幽霊だけどエスパーじゃない。だから、友達の気持ちが解らず未だにここから動けない」


 悔しそうに歪んだ顔でさえ、彼は途方もなく美しかった。

 言い合って、彼を詰っている最中にも関わらず、私は彼に見惚れた。

 雪が舞い肌を刺すような冷たい風が吹く夕暮れに、真っ白な彼は妖しいまでに美しかった。


「死んだ僕に時間を費やすより、君はもっと生きた人間に関わるべきだ。……僕みたいになる前に、もっと自分の意見を他人に伝える努力をしろ」



 ……それ以来、簡単に開いていた屋上への扉は固く閉ざされ、あの美しい彼に会うことはなかった。









 結局二学期が終わっても、クラスに馴染めず年が明けた。

 母親の故郷で初めて迎える新年。

 今までは父親の実家に行き、偏屈な祖母に愚痴られていた母親は、どこか楽しそうに久々に会う親戚と話に花を咲かせていた。

 その中で、私の学校出身の従兄弟から彼の話を聞く事が出来た。

 従兄弟は彼の一つ下の学年だったらしく、当時様々な噂が飛び交い、どれが真実かは分からないが、事の顛末と彼の名前と彼の眠るお寺を教えてもらった。

 十年も前の事件を、何故私が知りたがっているのか首を傾げていた従兄弟だが、何も聞かずにいてくれて、私はほっとした。


 親戚一同新年会で騒いでいる中、私はそっと抜け出した。

 ……彼のお墓に行く為だ。

 幸い親戚からお年玉をもらい懐に余裕があるので、ここから二駅先のお寺までは、電車とバスを利用することにした。


 お正月だからか閑散とした電車内は、暑いくらいに暖房が効いていて、私は巻いていたマフラーをはずして膝に置いた。

 タタン、タタン……と規則正しいリズムを刻みながら進む電車から、窓の外に広がる雪景色を見詰める。

 雪国ではないのに例年より気温が低い日が続いた為、町は雪化粧のまま数日経っている。

 真っ白な風景を見詰めながら、私は従兄弟の語った十年前の顛末を思い出していた。


 彼が自殺して直ぐに全校集会が開かれたらしく、下級生だった従兄弟たちは何事かと驚いたらしい。

 校長のオブラートに包んだ話やクラスメイトが囁く噂話で、何となく三年生のクラスでいじめがあって、その被害者が自殺した事を知ったと言った。

 刺激の少ない地方都市の学生だった従兄弟たちは、無邪気な好奇心で、自殺した生徒やいじめをしていた生徒たちを、次々と特定して行った。

 その所為……というかお陰で、学校が必死に隠したかったいじめの主犯の生徒たちの名前を、彼の両親である遺族が知ってしまったらしい。


 ……そこからが泥沼だった。

 彼の両親がいじめの主犯の生徒たちを訴えた事から、長い法廷での争いになった。最終的には両親が泣き寝入りという理不尽な結末を迎えた。……主犯の生徒の親に権力者がいた事で、無理矢理に示談となったらしい。

 その後、心身共に疲れ果てた彼の両親は、哀しい記憶が残るこの地を離れ、毎年数回の墓参りの時だけひっそりと訪れるようになった。

 権力で優秀な弁護士を雇い、事件をうやむやにする事が出来たのだが、やはり人の口に戸は立てられないのか周囲の反応は冷たくなった為、いじめの主犯の生徒の家族たちも次々とこの地を離れて行った。


 彼は……知っているのだろうか?


 タタン、タタン……規則正しいリズムの心地よさに身体を預けていた私は、あの死んだようにくすんだ世界に一人佇む彼の、真っ白な背中を思い出した。

 両親が自分の無念を晴らすべく、奔走した事。

 しかし、学校は隠蔽しようとし、加害者である生徒たちの家族は権力を使って捩じ伏せた。……その所為で両親が傷付き、この地を離れた事。


 多分、知ってるんだろうな。


 だから、あの場所から動けないのだ。






 彼の眠るお寺は、町から少し離れた静かな場所にあった。

 駅に下り立った私は、お寺の最寄りの停留所に向かうバスを探すと、路線が少ないお陰で直ぐに見付かった。

 到着時間に余裕があったので、駅前にある商店街に行き仏花と線香を買った。


 商店街は正月でも開いている店が結構あるが、やはり閑散としていて繁盛してるようには見えない。

 去年の正月は、友達と初詣に行ったり福袋を買いに行ったりしてた。まさか一年後に寂れた商店街を一人で歩いて、赤の他人のお墓参りの為に花や線香を買うようになるとは思わなかった。

 知らず口許に笑みが浮かんだ。

 嗅ぎなれない菊の強い香りと、ほんのり薫る線香の匂いに包まれながら漸く来たバスに乗り込んだ。

 湿気の籠った臭いと効き過ぎた暖房の熱に、珍しく車酔いになりかけながら、雪の残る道路をバスはゆっくりと進む。窓に近付くと冷気が入ってきて、火照った身体を冷ましてくれた。

 昼前に家を抜け出して来たが、バスの時計を見ると午後二時を過ぎていた。電車もバスも一時間に二、三本くらいしか走っておらず、待ち時間ばかりに時間を取られていた所為だ。

 乗客数人を乗せたバスは、緩やかな坂を上り目的地に到着した。


 町から少し離れた高台にあるお寺前の停留所で降りたのは、私一人だけだった。古びた時刻表に目を通して、バスの到着時間を頭に入れた。駅方面は約一時間後、お参りするだけなら十分な時間だ。

 小さなお寺なのでお墓の数もそんなになくて、これなら直ぐに彼のお墓を見付けられそうだ。お寺で手桶と柄杓を借りて、買い忘れたマッチと蝋燭も分けて貰えた。

 そこで住職さんに彼のお墓の場所を聞き、迷わず向かう事が出来た。


 彼のお墓は回りのお墓に溶け込み、ひっそりと存在していた。

 墓石の横に刻んである『七月十八日没 享年十八』の文字は、身を切られるような痛みを感じた。……嗚呼、彼は本当に亡くなってしまった人なのだと思い知らされたからだ。

 定期的に訪れる両親のお陰で、彼のお墓は綺麗に保たれていた。

 数日前に積もった雪を被った墓石から払い、手桶に汲んだ水を柄杓で墓石の上から掛けた。持ってきた仏花を枯れた花と取り替え、それからマッチで蝋燭に火を付け、線香に火を付けた。盆や彼岸で両親がしていたのを見様見真似でやったので、作法とか間違えているかもしれないが、正式な作法を知らないので彼には我慢してもらおう。

 線香の芳しい香りが広がる。キン、と冷たく張りつめた空気の中に、線香の細い煙と私の吐き出す吐息の白さが混じった。


「……こんな所まで来るなんて、君は本当に聞き分けがないね」


 ひっそりとした墓地に漂う線香の香りが強くなったと思ったら、暫く振りに聞く声が背後から聞こえた。

 振り向いたら案の定、雪景色に不似合いな半袖のカッターシャツの彼が、白に滲むように静かに佇んでいた。

 久し振りに見るその美貌に、冷たくなった唇は中々言葉を発する事が出来ず、白い吐息を零すだけだ。

 もどかしくて顔を顰める私を、屋上では冷たく切り捨てた癖に、淡い瞳を酷く優しげに細めていた。そんな彼の態度に、凍ったように冷たくなっていた頬が、痛いくらいに熱くなる。勿論、怒りでだ。


「……、っ、嘘つき!!屋上から動けないんじゃなかったの?」


 雪を踏み締めたブーツの先が、徐々に冷たくなる。本当に気温が低くて、どんどん熱が奪われていくように感じる。

 昼間なのに厚い雲に覆われた空から、また雪が落ちて来そうだ。


 私が寒さに震えながら、彼をきつく睨み付けていても、その顔には穏やかな微笑みが浮かんでいた。

 彼の視線が私から背後にあるお墓に向けられる。


「嗚呼……本当に僕は死んだんだね。自分で選んだ癖に信じられなかった」


 何の感情も感じさせない、渇いてひび割れた声だった。


「何故だろう……今までどうやっても、あそこから動けなかった。……君のお陰なのか、それとも……」


 不意に声を途切れさせた彼は、視線を墓地の入口に向けた。彼につられ私も同じ方向に目を向けると、黒いコートを着た男がこちらに向かって歩いて来た。


「……」


 彼の唇から零れた名前は、従兄弟から聞いた彼を死に追いやった“友達”の名前だった。




 第一印象は、『とてもいじめをするような人には見えない』だった。

 ひょろりとした体躯に、青白い不健康そうな顔色。いじめの加害者と言うよりいじめられるタイプに見えて、私は驚きを隠せなかった。彼や従兄弟の話から『明るく人気者のクラスの中心人物』と勝手に思い込んでいたから、目の前にいる人物とのギャップを感じたのだ。

 相手も私の存在に驚いたようで、陰鬱そうな表情に驚きを浮かべていた。


「驚いた……正月早々に若い女の子が一人、墓参りに来てるなんて」


 掠れた声で話す姿に覇気はなく、僅かに自嘲を滲ませた口許が歪んでいる。それとも、笑みを浮かべたかったのだろうか。

 私と同じく手桶と柄杓、それから花束を持ったその人は、私を通り過ぎ彼のお墓に視線を向けた。……隣に本人が居るのはやはり見えないようだった。

 嘗て自分を死に追いやった“友人”を前に、彼は全く感情を読み取れない表情をして、静かに“友人”を見つめていた。驚きも哀しみも、怒りも憎しみも……何も浮かんでいない。


 私に構わず“友人”は手桶から柄杓で水を掬い、墓石に掛ける。二十代後半という年齢にしては、酷くかさついた手だなと思った。

 血色の悪い肌や陰鬱な雰囲気……その生気のないその姿は、人生を謳歌してる人には見えない。彼の自殺は、確実にこの人の人生に影を落としているのだろう。


 吐く息の白さが濃くなってくる。気温が氷点下に近付いているのを実感する。デニムのミニスカートと黒色のタイツじゃ寒さを防げなくて、足先の感覚が無くなってきていた。

 寒さに耐えながら、ふと思う。

 何故、彼の事を調べようと思ったのか。

 ただ、この美しくも儚い彼を成仏させてあげたかったのか、それとも単なる好奇心や暇潰しの軽い気持ちで、彼の過去が知りたかったのか……今まで明確な理由を探そうとは思わなかった。

 でも目の前には、命を絶った彼とその原因である“友人”が揃っている。

 ……聞いてみたいと思った。それが双方の傷を抉る事だとしても。


「何故、自殺するまで追い詰めたのですか?」


 痛い程冷たい空気が更に凍る。私の質問に当事者二人の顔が固まった。

 固まった表情のまま無理に笑おうとした顔は、酷く引き攣れていて、病的な白さの見た目も相俟って痛々しさが増していた。

 大人の男性のウィークポイント突いて絶句させてしまった事に、居心地の悪さを感じたが、彼が成仏するのには“友人”の言葉が必要なのは、事の顛末をよく知らない部外者の私でさえ理解していた。


 手桶の中に柄杓を落とす音が、やけに辺りに響き渡る。“友人”が動揺しているのが解ってしまう。ゆっくりと手桶の中に戻そうしたのに、手が震えてしまい思いの外大きな音を立てて落としてしまったのだ。

 深々と冷える墓地に来て、どのくらい経ったのか。時間感覚が鈍って分からなくなっていた。


「何故……いや、君はアイツの親戚かなんかなのかな?……恨まれていても当然か」


 消え入りそうな声で呟かれた言葉は、“友人”が私の事を都合良く誤解してくれたと教えてくれた。私は敢えて訂正せず、未だ黙ったままの彼と、次の言葉を待っていた。

 “友人”は、かさついた手を擦り合わせながら、空を仰いだ。濁った瞳は、空の色と酷似していた。


「何と言えばいいか……当時俺はとても自分勝手で、とても弱い人間だった。若かったと言うべきではないのだと思うけど、やっぱり若い……いや、幼稚で愚かで……孤独だった」


 私に話すというより独白のように語る内容に、無表情だった彼が反応した。僅かに眉根を寄せて、不可解と言うように。

 そんな彼が見えない“友人”は、きつく目を閉ざして泣きそうな声で、恐らく誰にも語らなかっただろう真実を、懺悔のように話し出した。


「好きだったんだ……アイツが」


「でも、言えなかった。言ってどうなるものでもないし、気まずくなるくらいなら、このまま黙っていようと思った」


 衝撃―――としか言い様がない真実に、私は言葉を失った。彼の顔を見る事が出来ない。

 確かに、彼は美しい。けど、彼も“友人”も男だった。

 衝撃を受けて絶句している私を見て、“友人”は苦く笑った。


「多感な年頃で、しかも初対面なのに、こんな話をしてごめんね。……君くらいの年齢の頃に、俺は自分が同性愛者だと自覚したんだ。皆と違う事に随分悩んだ」


 悩んだ……それは想像を絶する程の苦悩だっただろう。

 近年でさえ偏見の多い世の中で、自分がマイノリティーであることの恐怖。どんなものなのだろうか。


「自分の言動のどれでバレてしまうか、毎日が恐怖だった。両親が、友達が、離れていく事ばかり考えていた」


「その中で、アイツと友達になって毎日が楽しくて……恐怖から開放されたと思った。……俺がアイツを好きになるまでは」


 視界に白いものが過る。雪が降り出したのだ。私の、“友人”の髪に白の結晶が絡まる。だけど、彼にはない。素通りしていく。


「毎日が天国と地獄だった。すぐ側で笑い合える喜びと、決して報われない苦しみを同時に味合わされた」


 青白い痩せた頬に涙が伝う。私はその涙の意味を正確には理解できない。“友人”の苦悩は私の理解の範疇を超えていたからだ。


「……ある日、何となくを装って聞いてみたんだ。『俺がお前と付き合いたいって言ったらどうする?』って」


 私にしか聞こえない、彼が息を飲む音が聞こえた。まだ彼の顔を見れない。“友人”から目が逸らせない。

 “友人”のひび割れた唇から発せられた言葉は、当時の彼にとっては死にも等しい、残酷な言葉だった。


「『冗談でもそんな気持ち悪い事を言うな』って、言われたよ……君も知ってるだろうけど、アイツは本当に綺麗だったから、昔から同性にも変な目で見られてたんだと思う。俺と同じ年齢で、そう言う事に過敏な時期だったんだと、今なら想像がつく」


「まさか……」


「くだらないだろ?それだけの理由で、俺はアイツを否定して蔑んだ。今でも思い浮かぶよ。アイツの放った言葉と、嫌悪に歪んだ顔を……許せなかった。俺の思いを否定したアイツが」


 歪んだ愛憎が、彼を追い詰めた挙げ句に死を選ばせたのだ。

 余りにも自分勝手で、くだらない理由だった。だけど、とても切ない理由でもあった。


 くしゃっ、と顔を歪めて嗚咽する“友人”は、私からすれば矮小な人間で、犯罪者だった。打ち拉がれているが、彼は間違いなく人殺しだった。

 だけど、何故か怒り狂うでもなく、哀しくなった。

 恐らく、“友人”が性の事で真剣に悩んでいると解れば、彼は嫌悪しなかったのではないのか。気持ちを受け入れられなくても、理解はしたのではないのだろうか。

 私以上に衝撃を受けているだろう、彼の顔を漸く見た。


 怒り憎しみ哀しみ……色んな感情を孕んだ瞳にやるせない表情。

 彼の十年は、とても空虚だった。

 それは、私にも“友人”にも恐らく誰にも理解出来ないものだろう。


「ほら……解っただろう」


 泣いているように震えた声で、彼は私に囁く。


「どんなに近くにいても、言葉にしなければ解らない。……僕は解らなかった。解ろうともしなかった」


「お、お前…………」


 “友人”が声を引き攣らせる。怯えを含んだ視線はしっかりと彼を見ていた。―――彼が見えているのだ。

 腰が抜けたのか、無様に尻餅をつく“友人”を、彼は静かに見下ろした。その顔は驚いているようにも、苦悩しているようにも見えた。私はそんな彼を見ることしか出来ない。


「俺を……俺を恨んで化けて出たのか?」


 震える声が、凍えるほどに冷たい空気に溶ける。雪はどんどん降り積もって行く。かじかんだ手足の先の感覚が遠くなる。

 酷いことを言う口を塞ぎたかった。だけど、手足どころか言葉も出なかった。今此処では、私は異分子だった。


「恨んでるだろうなぁ……それだけの事をしたもんなぁ……嫌われてるのも解っているけど……」


 会えて嬉しい―――。

 大の大人がボロボロと涙を溢しながら笑っている。その滑稽な姿に私も彼も唖然とした。てっきり怯えて逃げるかと思ったからだ。


「謝って許してもらおうなんて思わない。……なぁ、俺を殺してくれよ。もう生きるのがしんどいんだ。あの時、お前じゃなくて俺が死んでれば良かったのになぁ……」


 ぐずぐずと鼻水をすすりながら、自分勝手な理由で死を願う。さっき少し同情したのがバカらしくなるくらいだ。

 彼の唇が震え、噛み締められる。悔しさで美しい顔が歪んでいた。


「な、に言ってんだよ……!!そんな……そんなに簡単に投げ出すくらいなら、その命くれよ!!僕はずっとずっと後悔してたんだ!!もっと生きれば良かったって……それなのに、僕に命を諦めさせたお前が、何言ってんだよ!!」


 私の前では始終落ち着いていて、優しげな態度を崩さなかった彼の、初めて聞く罵倒……慟哭だった。

 喉の奥から絞り出された言葉は私だけではなく、無様に泣き崩れていた“友人”の動きを止めた。


「生きているのがしんどい?当たり前だよ!!生きてるんだから!!……悩みのない人間なんていないし、満たされないから足掻くんだよ」


「お前に何が分かるんだ!!家族に愛され友人に恵まれて、俺みたいに性について悩む事もなかったくせに!!気持ち悪いって……簡単に切り捨てられるくせに!!」


 “友人”と私の頭とコートにうっすらと雪が積もる。十年越しで生死が隔たった状態での罵り合い。

 第三者である私は、十年前にこうしてぶつかり合えたなら、彼は死ななかったのではなかったのかと思う。

 突然の友人の変貌に、戸惑い傷ついて何も言えずに死を選んだ彼。

 多感な次期に自分がマイノリティーだと気付き、誰にも相談出来ずに彼に八つ当たりをした“友人”。


 ふと、私はどうなのだろうかと考える。

 離婚して故郷に戻った母も、別のパートナーを選んだ父も、何を考えていたのか、私は知らない。知らされず、知ろうともしなかった。

『言葉にしなければ解らない』

 すとん。と彼の言葉が胸に落ちてきた。

 彼らのように手遅れになる前に、私は両親と話さなければいけない。


「ああ、気持ち悪いね!!男に欲情するなんて吐き気がする!!そんな気持ち悪いホモ野郎は惨めに這いつくばりながら生きてろよ!!」


 冷たく吐き捨てた彼の言葉に、怒りに血走っていた“友人”の目からコロコロと涙が落ちた。あまりに酷い差別発言に、彼に向かって口を開こうとして、止めた。


「自分が楽になる手段に僕を使うな!!僕を殺したんだ!!生き地獄を味わってから死ねよ!!」


 白い頬に流れる雫が、音もなく落ちる。

 生きる事を諦めた後悔。

 両親より先に逝ってしまった後悔。

 彼の心は、今の情景のように雪が降り積もって凍てついているのだろう。


「行けよ……。二度と此処に来るな」


「お、俺……」


「早く行け!!」


 彼の鋭い声に手桶はそのままに、“友人”は逃げるように墓地を走り去った。私は完全に空気だった。


「あれで……良かったの?」


 吹雪いている中で、半袖姿で空を仰いでいる彼に尋ねた。最後の方の罵倒は彼らしくないような気がした。

 バスの到着時刻は過ぎているだろう、辺りが薄暗くなり始めていた。


「本当はあんな事、思ってないんじゃないの?……生きていて欲しいからあんな事言ったんでしょ?」


「君は僕が聖人君子か何かだと思ってる?……あの時に真剣に相談をされても、僕は受け入れてなかったよ。多分、嫌悪感であいつを避けるようになってたと思う」


「当時は本当にそういうのに敏感で、よく電車で痴漢に遭ったり、ストーカーされたりして……うんざりしていた。もしかしたら……あいつと僕の立場が逆だったかもしれない。今此処にいたのはあいつかもしれない」


 抑揚なく淡々と紡がれる彼の独白。

 十年越しで知った事実はあまりにも衝撃的で、彼は混乱と戸惑いと……罪悪感でいっぱいなんだと思う。

 だけど、


「ならないよ。絶対にならない」


 迷子のような不安な瞳に私が映る。瞳に映る私は、彼をしっかり見据えていた。

 私にしては不思議と捻くれた考えではなく、純粋な気持ちで話せていた。


「だってあんた、見ず知らずの私にずっと寄り添ってくれてたじゃん。そりゃ最後は突き放されたけど、私の卑屈な所や我儘な所、全部見せてたのに、屋上に行ったらいつも会ってくれたじゃん!!」


 多分、慣れない環境に背を向けて、何かに抵抗してる私を見守ってくれていた。


「だからさ……もう自分を許してあげなよ。成仏して生まれ変わって、幸せになったら……ご両親も救われると思うよ」


 確かに、身に覚えがなくいきなりいじめられた事に戸惑い、ずっと疑問だったのだろう。

 だけどそれ以上に、両親に告げずに死を選び、長い間苦しめている事をこそ、彼が心残りで成仏出来ない本当の理由なんだと思う。


「私ね……あんたが言った通りに、両親と話してみようと思う。怖くて聞けなかった事や、私の気持ち……そして新学期になったら、クラスの子に話し掛けて、一歩踏み出したい」


 彼に手を伸ばすけれど掴めない。触れる事が出来ない絶対的な隔たりがもどかしい。


「ありがとう。私を受け入れてくれて。もう大丈夫だから、二人で踏み出そうよ」







 あの後、バスの到着時刻を大幅に過ぎた私は、住職さんの好意で車で駅まで送ってもらった。

 幸い電車は動いており、無事に家まで帰れた。

 何も言わずに外出していた私を、母は酷く叱り泣きながら抱き締めてくれた。暫く感じていなかった母の温もりに、涙が零れた。

 その晩、長時間吹雪の中に立ち尽くしていた私は、当然熱を出してしまい、この後の冬休み丸々寝たきりになってしまった。


 その間、母と色んな事を話して父にも電話したりした。

 両親の離婚の原因は擦れ違いから始まっていた。もっと早くに話し合えたら良かったのにと、後から二人は語っていた。

 崩れて修復不可能になっても、生きていればまた違う形を成す事が出来る。

 思い切って私が両親に聞いた事で、母は父の愚痴を言わなくなり、父から定期的に連絡が来るようになった。


 新学期になったら、宣言通りにクラス女子たちに挨拶をしてみた。

 すると、最初は不思議そうにしていたけど、繰り返す内に次第に会話になって行った。

 後に彼女たちに聞いてみたら、『親の都合で見ず知らずの所に来て、受け入れられないのは当然だし、アンタから話し掛けてくるまで、ちょっとだけそっとしとこ、って話になってた』って言われた。私から話し掛けなかったら、自分たちから話し掛けに行こうと思っていたらしい。

 東京の友達にも今までの事を正直に話した。当然、こっぴどく怒られた。

『ウチらにまで遠慮したら、何の為の友達なん!?』と言われ、春休みに東京に行った時に皆にケーキを奢る事で、溜飲を下げてもらった。


 確かに私は人より少し不幸なのかもしれない。

 けど、決して孤独ではない。


 あれから一度だけ屋上に行ってみた。当然、扉は鍵が掛かっていて開かなかった。

 彼は―――まだそこにいるのだろうか。

 クラスの友達と下校途中、ふと振り返り屋上を見つめる。


「何してんのー?」


「あっ、ゴメン!!今いく~」


 友達に呼ばれて屋上から目を逸らした時に、白いものが視界に入ったような気がするけど、振り返らない。


 あの時、

 吹雪の中で美しく微笑む彼が、漸く自分を許せたのだと信じているからだ。

 きっと、もう屋上にはいない。



 ―――END――――

当初は“幽霊とJKのハートフルストーリー”でした。全然違うものになりました…(´・ω・`)


キーワードに『同性愛』を入れるべきか悩んだんですが、メインテーマではないしネタバレになるのでいれませんでした。

差別発言共々、不快になられましたら申し訳ありません。


いじめの加害者についてですが、当初は幽霊の彼が許して終わりだったんですが、いやいや人殺しなのに許してたまるか!!って事で、友人には一生後悔と苦悩に打ちひしがれながら生きて行くように仕向けました。


タイトルの『佳人』ですが、本来は美しい女性の意味なんですが、美人という意味もあるので、幽霊くんを指した言葉にしました。日本語って綺麗ですよね。


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― 新着の感想 ―
[一言] ボーイ ミーツ ガール。魂の形が似ている異性に出逢って救われる。理屈じゃ無いよね。
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