永き時の始まり(1)
「まったくもうー限界だわ。黙ってきいてたけど、あの女の高慢ちきな態度、全然変わってなくてもう許せない~!」
青い青い空を眺めていたリセルは、突如響いた声に我に返った。
「だ、誰だ?」
辺りを慌てて見回すが、そこには人の姿も気配もない。
もとより誰もいないはずである。
「あら、あんた私を探してるの? ここよ、ここ」
「ここって言われても……」
リセルは戸惑いがちに周囲を見回した。けれど辺りはさわさわと森を茂らせる木の葉や草が揺れているだけである。
「どこみてんのよ。あんた、私を抱えている事を忘れちゃったの?」
「!」
リセルはどきりとした胸に右手を当てた。
脳裏に長くつややかな金髪を伸ばした少女の姿が浮かんできた。
年の頃は、今やすっかり忘れていたが、丁度リセルが少女に姿を変えられた時と同じ十三才ぐらい。意志の強そうなきりっとした青い瞳に、形の良い桃色の唇が小憎たらしげな笑みを浮かべていた。
「ルディオール……いや、アルヴィーズ?」
リセルは己の身体に封じ込めた太陽神の『半身』を、どう呼ぼうか一瞬迷った。
「どっちで呼ぼうがあんたの好きにするがいいわ。でも、私はあの女の所に戻る気は、幾億の朝と夜が過ぎて、あんたがついに死ぬ時が来ても来ないから。あんたも私を抱えた以上、その覚悟はできてるんでしょうね? リーちゃん」
「……えっ?」
リセルは思わず叫んだ。急に目眩がしてその場に倒れそうになる。
「なっ、何だその呼び方は! わたしは……!」
「リセルだから『リーちゃん』。いいでしょ、可愛くて?」
少女は純真で無垢な笑みを浮かべ小首を傾げた。
リセルは髪を振り乱して地団駄を踏んだ。
「可愛いって……別にわたしは、可愛く呼ばれなくていい!」
「いーじゃない、リーちゃん。呼びやすくて気に入っちゃった」
少女は両手を合わせ、思案顔になった。
「あんたがリーちゃんなら、そうだ! 私は『ルー』にしようかしら。もしくは『ルディ』。アルヴィって呼ばれるのはあの女を思い出してすっごく抵抗があるし、『ルディオール』なんてちっとも可愛くないんだもの。ねえ、リーちゃん、どっちがいい?」
「……どっちでも。好きにしろ」
リセルは頭の中で響く少女の声を閉め出そうと意識を集中した。
彼女のおしゃべりを聞いていたら気が狂うかもしれない。
もしくは、これからの長い時を彼女とすごすことに悲観して、自殺願望を抱くかもしれない。
「ちょ、ちょっとリーちゃん! あんた、私を無視する気?」
「無視はしないが、一人になりたいだけだ」
「じゃあ、私の名前を決めてからにして頂戴。『ルー』はアルヴィーズの『半身』とか、適当に呼ばれるのは嫌!」
「……」
リセルは大きく溜息をついた。
名前を決めろと言われたって、もう自分で言ってるじゃないか。
リセルは苦笑いを浮かべながらつぶやいた。
「後で相手をするから、今は眠ってくれ。『ルー』」
「あ、やっぱり『ルー』にするのね! ……わかったわよ、リーちゃん」
少女は機嫌悪そうに、けれど笑みを浮かべて返事をした。
「ねえ、リーちゃん」
リセルは小さく舌打ちした。
名前を決めたら一人にさせてくれるんじゃなかったのか。
「これからどうするの?」
リセルの顔はますますしかめっ面になった。
「……それを決めるために、一人になりたいんだ」
「あ、王都に行く時は気をつけた方がいいわよ。私、国王の意識を操って、リーちゃんの手配書をばらまいちゃったから。きゃ、私って優しい~」
「……なん……だって……?」
少女――いや、ルーは、ちょっとすねたように口を尖らせた。
「だって、リーちゃんったらこんな『安全地帯』に逃げ込んで、ちっとも私の所に帰ってこないんですもの! でも、大神殿を崩したのも、その床に闇の世界へ通じる穴を開けたのも、みーんなリーちゃんのやったことでしょ?」
リセルは頭を抱えた。
それだけは違う。絶対に違う。
床の穴は自分のせいかもしれないが、大神殿だけは絶対に違う……(と思いたい)。
「でも、ルー。さっきアルヴィーズが、大神殿の崩壊は地震のせいだと人々に思わせてくれるようにしてくれたんだ」
「それがなんだっていうの?」
リセルはぎょっとしてルーに問いかけた。
「だから……わたしが王都に行っても、その件で捕えられることは……」
「さあねぇ~。あの女が『手配書』まで燃やしてくれたかどうか、私にはわからないわ。王都に行って捕まったって、私のせいじゃないわよ?」
「……うう」
リセルは目を閉じて呻いた。
これからの永い人生、一生お尋ね者として生きていかねばならないのか。
「仕方ないじゃない。これも自業自得よ」
「ううう」
それを言われたらぐうの音も出ない。
リセルは深く深く溜息をついた。エレディーンじゃないが、自分もこの森に縛り付けられる定めなのだろうか。
物思いに沈むリセルとは対照的に、ルーのおしゃべりはとめどなく続く。今までずっと一人きりでいた反動なのかもしれない。
「王都でもどこでも行くのはあんたの勝手だから好きにしなさいよ。でもリーちゃんって、どっか行きたい所があったんじゃなかったっけ? 感じるわよ。心の奥底に深く沈んだ思いがある……これは……誰? 黒い髪の……きゃっ!」
ルーは床に這わせた手のひらに、青白い光がほとばしったのを見て叫び声を上げた。
「何するの! リーちゃん。危ないじゃない!」
「……それ以上、わたしの心に触れるな。お前を傷つける気はないが、わたしがわたしでいられなくなる」
リセルは胸を押さえ、その場に膝を付いた。
ルーに触れられた時、耐え難い痛みが走った。今はまだ癒えない傷がそこにある。
忘れたくない人の記憶がそこにある。
「リーちゃん……?」
ルーが小声で囁いた。具合を案じるかのように。
「ごめんね。痛かったの?」
「……なんでもない」
「わざとじゃないの。ただ、リーちゃんが、そうしたかったような気がしただけなの。誰かと約束してたみたいに」
リセルは顔を上げた。
ふと、振り返る。
そこには頂きにうっすらと雪を冠る『神の山』がそびえ立っていた。
『ルディオールを封じ込める事ができたら――ルーグ、わたしは……』
『まあ、焦る事はない。いつか、自分の目で壁画を見に行ったらどうだ。神殿を管理しているアルディシスなら場所を知っているだろうから、落ち着いたら案内してもらうといい』
リセルは山を見上げたまま立ち上がった。
天に向かって伸びる金色の柱のように、傾き出した夕日が裾野を照らしている。
一瞬、頷くアルヴィーズの横顔が見えたような気がした。
「ルー、行く所が決まったよ」
「えっ、何処にするの?」
心なしかわくわくしているような口調。
無理もない。彼女はリセルが想像するよりずっと長い間、あの暗い空間に封じられていたのだから。
「取りあえず、『神の山』のアルヴィーズの神殿だ」
はっとルーが真っ青な両目を見開いて絶句した。
「どうしてあの女の本拠地に、私が行かなくちゃならないのよー!」
リセルはにやりと笑みを浮かべた。
「大丈夫。今はわたしの中にいるんだから。もっとも、出たくてもお前はわたしの中から出る事はできない。わたし自身が封印そのものだからな。アルヴィーズだってお前を無理矢理ここから出す事はできないよ。現にさっきアルヴィーズが来た時、そうしなかっただろう?」
「なっ、なによ! 人の弱味につけこむなんて、リーちゃん、最低!」
「ルー、お前は人ではなくて『神』だろう?」
「『神』ってなによ。私はあんたの中にいる限り、何もできないの。ふーんだ。もうリーちゃんなんて知らない!」
行く先が気にくわないせいか、ようやくルーは大人しくなった。
「やれやれ。これから大変だな」
ルーがふて寝をはじめたので、やっと一人きりになれることをリセルは喜んだ。
「さて、『神の山』まで魔法を使うか、それとも自分の足で歩こうか。どっちがいいと思う、ルー?」
「……」
「返事なし、か。そうだな……」
リセルは空を見上げた。太陽はちょうど頭上に差しかかろうかというくらいだから、そろそろ正午を過ぎた頃だろうか。
◆
黒髪の神殿騎士は腕を組み、飄々とした顔を珍しく不機嫌そうに歪めていた。
『まだ正午を少しすぎた頃だ』
『だから?』
リセルに追いついたルーグはちらりとその顔を眺め、何かを憂えるように溜息を吐くと立ち止まった。
『あの巫女さんと一緒に、昼ご飯を食べてから出立したって構わないだろう? 今までいろいろ世話になったんだし、そんなに急がなくても『彼奴』は現世から消えたりしない』
◆
リセルは振り返り、懐かし気に「神の山」の麓を――正確には昨日ルーグと共に下ってきた山道を見つめた。自然と足がそちらに向かって歩く。
絨毯のように生える緑の下草を踏みしめながら、今度はひとり、神殿に向かうために黙って山道を登る。
一時間ぐらい登ったある場所で、リセルはふと足を止めた。
考え事に耽っていたせいで、危うく崖から転落しかけたのをルーグに助けてもらった所だ。ここは相変わらず緑の木々の葉が生い茂り、その下が絶壁になっていることを微塵も感じさせない。そして道の傍らに生い茂る長細い葉の薬草をみて、リセルは苦笑いを浮かべた。
サキキュロック。
ルーグが『さわやかな臭い』といって、傷口に塗布するのを嫌がった薬草だ。
見る景色すべてにルーグの存在を思い出してしまう。彼と過ごした日は一週間にも満たなかったというのに。思い出に浸りながら、リセルはついに「神の山」の神殿に入る北側の通用口の前にたどり着いた。ここにもリセルが初めて神殿を訪れた時のように、複雑な幾何学模様が刻み込まれた二本の水晶柱が門のようにそびえ立っている。
ルディオールの呪いをかけられていたときは、この水晶柱のそばまで行く事がとても辛かった。今はつぶやきひとつ聞こえて来ない。リセルはそれに安堵しながら、通用口の弧を描いた鉄の扉まで近付いた。
扉の隣には小さなくぼみがあり、一本の赤い紐が垂れ下がっている。呼び鈴の紐だ。
リセルはそれを握りしめて、ふと思った。
アルディシスに訊ねられるだろうか。ルディオールを無事に封じ込めた事を。そしてルーグはもうこの世に存在しない事を。
リセルは呼び鈴の紐を引っ張った。隠しても仕方ない。訊ねられたら答えるまでだ。
紐を引いて暫くしてから、通用口の扉が開いた。懐かしいアルディシスの顔がそこにあった。
「神の山の神殿に何の御用ですか。旅の方」
「ええっ?」
リセルは信じられない面持ちでアルディシスの顔を凝視した。
「ア、アルディシスさん。私です。二日前、ここを出立した……」
金髪の巫女は白い法衣の袖をさばいて腕を組んだ。
「申し訳ありませんが、あなた、勘違いなさってない? 私の名前を何故知っているのかはわかりませんが、この二日、こちらに客人は来てませんし、私もあなたを存じ上げません」
「……」
リセルは絶句しながら、これはどういうことか考えた。
『あの女の仕業よ』
リセルは脳裏に響いたルーの声に思わず右手を胸に当てた。
『言ってたでしょ? あの女は私の存在を無視して、人々の記憶から私のことを消し去ったって。闇の世界に通じる穴もしっかりふさいだけど、壊れた王都の大神殿は直す事ができないから、地震で崩壊したことにしておくって』
「……」
「それで、こちらには何か御用ですか?」
リセルは我に返った。
初対面の時のように、どことなく冷たいアルディシスの態度に懐かしさを覚えながら。
「これは失礼いたしました。私の名はリセル・ルースフィア。「神の山」の神殿の壁画に興味があって訪ねたのです」
「……まあ……」
アルディシスは明るい水色の瞳を見開いて、両手を胸の前で組んだ。そして感動に震えているのか、目をキラキラさせながらリセルを見つめた。
「嘘みたい。夢の通りだわ」
「夢?」
アルディシスはリセルの手を掴んだ。
「とにかくお入りになって。日も暮れてきましたし。大したもてなしはできないけど、お茶でも煎れますわ」
「あ、アルディシスさん……」
リセルはアルディシスに手を掴まれたまま、自分の用件を伝えようとした。
「あの……」
前を歩くアルディシスが、肩で切りそろえた金色の髪を揺らしながら振り返った。
「『神々の系譜の間』に多分、あなたの探しているものがあると思うのだけれど」
リセルはぎくりとして足を止めた。
「ど、どうしてそれを」
アルディシスはじっとリセルの顔を覗き込んだ。
「アルヴィーズ様が昨晩私の夢に現れたの。リセルと名乗る人がいつか神殿を訪れたら、『神々の系譜の間』に案内するようにって。あなたは一枚の壁画を探しているはずだからって。本当に本当なの?」
リセルは神の采配に舌を巻きながらうなずいた。アルヴィーズは地上の出来事をひょっとしたら逐一見ているのかもしれない。
「ああ、そうなんだ。どうしても見たい壁画があって……」
アルディシスは困ったように眉間を寄せて、口元にほっそりとした手を当てた。
「神々の系譜の間には案内いたしますわ。でもね、リセルさん」
リセルは急に口籠ったアルディシスの様子に訝しんだ。
「どうしたんですか? 何か、都合が悪い事でも?」
アルディシスは慌てて首を横に振った。
「ごめんなさい。実は私もこの神殿の管理を任されたのが半年前で、神殿内部のことを全部知っているわけではないの。だから……」
アルディシスはリセルの腕を取り、自分の隣に引っ張った。
「ここから通路が二股になっているのがわかります?」
「はい」
リセルは岩を削って作られた通路を覗き込んだ。どちらも人一人が通れるぐらいの狭い幅しかなく、明かりは側面につけられた蝋燭のみが、弱々しい光を放っている。
「私が知っているのは、神々の系譜の間というのは、この「神の山」の神殿全体を示していて、そこに描かれている壁画は、歴史の古い順になっているということ」
「つまり?」
リセルはぞっとしながらアルディシスに訊ねた。
アルディシスは瞳を細め、同意を求めるかのように微笑した。
「左の道は地下へと通じてます。地下は三階まで。右の道はこの神殿の最上階まで続いてます。約十階まであるそうです」
「……ということは?」
アルディシスは両手に腰を当ててむっとした。
「あなた、わざとそう言ってるの? 要は地下三階から地上十階まで壁画は描かれていて、その順番は歴史の古い順に並べられているって言ったの」
リセルは肩に流れたセピア色の髪を払った。
「どの年代がどの階にあるかは?」
「ごめんなさい。自分で行って確認して下さる? 実はそれ、先代の巫女も調査していたんだけど、あまりにも膨大な数に挫折してしまって、ついに身体を壊して亡くなってしまいましたの」
アルディシスは美しい顔を青ざめさせ、ひしと我が身を抱きしめた。
「私も神々の系譜や歴史には興味があって、ぜひ先代が成し遂げられなかったこの仕事をしたいと思って……それでここの管理を申し出たんですけど……はや挫折しそうですわ」
「ちなみに、調査はどこまで進んでます?」
リセルはあてにしているわけではないが、一縷の望みを抱いてアルディシスに聞いた。リセルが見たい壁画はたった一枚だけ。人々に殆ど知られていない、かつて神から人となった唯一の存在である『エレディーン』の壁画。
残念ながらリセルはエレディーンがいつの時代から存在したのか全く知らない。
手がかりがあるとすれば、それはアルヴィーズが神界の戦を鎮めるために、己の弱い心を地上に封じた頃だろう。
その年代を探れば、リセルが探す壁画がどこにあるのか、場所を絞れるかもしれない。
「ごめんなさい。今、やっと地下三階が終わった所なの。壁画の数は大小合わせて千五百枚。ちなみにこれ、先代が十年かけて調査したわ。目録は書物室の棚に収めてますけど、それを一通り目を通すだけでも多分三日ぐらいかかるんじゃないかしら」
「……」
「ねっ、大変でしょ?」
半ばヤケといった表情でアルディシスが引きつった笑みを浮かべた。
リセルも俯いたまま、両手で拳を作りながら唇を震わせた。
「ルーグの……嘘つき」
アルディシスに聞いたらすぐ見られると、彼は気軽なことを言っていた。
こんなに大変だとは思わなかった。
リセルはもっと詳しい場所を何故ルーグに聞いておかなかったのか今更悔いた。
「ちなみに何の壁画をお探しですの? 有名どころなら『アルヴィーズの創造』とか、一度海底にエルウエストディアスの国土を沈めた『ノルンの魔風』とか、海神ストラーシアの悲恋で知られる『水晶の塔』の詩の一場面を描いたものとかなら、私もすぐにご案内ができるんですけれど」
リセルは首を振った。
エレディーンの存在は恐らく神殿の教典にも載っていない。ひょっとしたらほとんど口伝という形で、知る人ぞ知る神だったのかもしれない。
リセルは三ヵ月前に『大神殿』に呼ばれた時から、それなりに神学の勉強を始めていた。リスティスの後を継ぐ以上知識は必要だし、魔法使いというせいで偏見の目でみる神官達に馬鹿にされたくなかったのである。
「ありがとう。アルディシスさん。壁画が見つかるまでしばらくやっかいになりたいんですが、いいですか?」
アルディシスの美しい顔が困惑に歪むのをリセルは見た。
「め、迷惑はかけませんし、それなりに仕事があれば手伝わせてもらいますし。壁画の調査とか調査とか……」
「あらリセルさん、私、あなたがここにいることを迷惑だなんて思いませんわ。むしろそうして下さったらすごく助かりますもの。ただね……」
「ただ……?」
「何年いるつもりかしらと思って」
アルディシスは真顔でそう言った。
「は……はは。そうですね。希望としては一週間ぐらいで見つけたいなぁって……」
アルディシスの懸念を知ってリセルは再び引きつった笑みを浮かべた。
そう。エレディーンの壁画を『いつ』見つけられるか。これによってここへの滞在期間は変わってくる。
「ちなみに私は、来年の春に王都に戻りますの。あと半年。その時までまだリセルさんがいらっしゃったら、ちゃんと次の方に引き継ぎいたしますわね。じゃ、私、夕課のおつとめをしなければならないので、一旦失礼いたしますわ。夕食のご用意ができたら鐘を六つ鳴らしますので、この二股の通路まで来て頂けます? それからお部屋にご案内いたしますわ」
「急にお邪魔したのに、ありがとうございます」
「構いませんわ。あなたの来訪はアルヴィーズ様の思し召しでしたし。すぐ壁画が見つかるといいですわね」
リセルは自分の仕事をしに戻るアルディシスの小柄な背中を見送った。
「ふっ……こうなればここに骨を埋めるつもりで、壁画を探そうじゃないか。私には人が羨む程の永い永い時がある!」
これもアルヴィーズの采配ならば、意地でも壁画を探してやる。
妙な気合いを込めリセルは二股になった通路を睨み付けた。
どっちから攻めようか。地下三階と地上十階。アルディシスは年代の古い順に壁画が並んでいると言っていた。つまり、地下の方が古いわけだ。ここは順当に歴史を追うべきだろう。リセルは左の下る通路に向かって歩き出した。