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邂逅の森  作者: 天竜風雅
本編
15/21

ルディオール

 森を渡る風がさらに冷気を増していく。

 触れただけで気力が萎えてしまうような――澱んだ気を伴っている。

 やがてそれらは、森の木々の影から姿を現わした。

 風に漆黒のマントをはためかせ、見覚えのある白い儀礼用の式服を纏った者達だ。その数、ざっと二十名ほど。

「神殿騎士……何故ここに」

 リセルは森を踏み越え、こちらへ歩いてくる騎士達の姿を凝視した。

 けれど彼等の様子は違和感を感じるほど不自然でおかしい。

 歩き方はどこかぎこちなく、顔色も青ざめ生気を感じられない。

 まるで人形が歩いているみたいだった。

「リセル、気をつけろ。奴らは……」

 隣でルーグが銀の剣を抜き放った。白銀の刃が日光に反射して、先頭を歩く騎士の顔を明るく照らす。それを見てリセルははっと我に返った。

 長い金髪の騎士は額を割る大きな傷跡があった。眼孔は落ち窪み、そこから血の涙が滴り落ちていた。

 その隣を歩く痩身の騎士は、右腕がありえない方向へ捻れていた。肩を脱臼しているのか、腕の長さが左右違う。

 そして、今にもつまずくのではないかと思うほど、不安定な歩き方をする騎士達の首には光るものがぶら下がっていた。

 それはルーグも身につけている、あの銀の剣を象った小さな首飾りだ。

「まさか……この騎士達……」

 リセルは奥歯を噛みしめ、ぐっと両手を握りしめた。あまりのおぞましさに吐き気が込み上げ、同時に怒りで体が震えるのがわかる。

 彼等は六日前、大神殿の崩落に巻き込まれて死んだ『神殿騎士』達であることに間違いない。

 彼等はリセルが焼いた森を通り抜け、真直ぐにこちらへ歩いてくる。森が焼けたせいで聖なる森の結界は、ひびが入った硝子のように脆くなってしまったのだろう。

 死した『神殿騎士』達は、ねじまがった手に折れた剣を握りしめ、ルーグとリセルの方へ歩いてくる。

 ひやりとした風に乗って、濃厚な血の臭いが漂ってきた。

「わざわざ迎えに来てくれたようだぞ。リセル」

「……それは、不要だ」

 リセルは右手を上げて炎の王ギムレーの力が宿る業火を喚び出していた。

 死してなおまだ安息を与えられない騎士達の魂を憐れむからこそ――。

『全てを灰に。肉体の檻から今魂を解き放つ……!』

 リセルはギムレーに願った。

 彼等の身体を跡形もなく燃やし尽くすようにと。

 浄化の炎で焼き尽くさなければ、彼等は永遠に安息を得られない。

 リセルは躊躇いなく右手に宿った炎の力を騎士達に向けて放った。一瞬の内にそれらは騎士達を包み込んで炎上する。金と緋の入り交じった光の中で、炎に包まれたまま騎士達は歩き続けていたが、やがてそれも激しい熱に身体が灰となり、崩れ落ちていった。

「……」

 生き物の焼かれる臭いと煙にリセルは口元を覆った。

 ギムレーの炎に死者を愚弄するルディオールへの怒りがこめられたのは否定しない。

 ルディオールの力で偽りの生を与えられた、神殿騎士たちの骸は灰燼と化した。今は靄のように立ちのぼる煙だけが、彼等の存在を唯一示しているばかりだ。

 けれどリセルとルーグはその靄の向こうに、大きな力を持った何かがたたずんでいることに気がついた。

「何者だ」

 ルーグの誰何に答えるように、再び吹いた冷たい風が、騎士達を焼いた煙を吹き流す。

「……折角お前を迎えに来たのに、その騎士達を焼くとは何事です。リセル」

「なっ……」

 靄の向こうには白い馬に乗った金髪の女性が佇んでいた。女性は緋と金糸をあしらった豪勢な神官の長衣を身に纏い、肩から真紅の布を羽織っていた。エルウエストディアスのすべての神官を統率する者――『大神官』(アーチビショップ)にしか纏う事を許されない真紅の肩掛けを靡かせて、女性はリセルに向かって妖艶な笑みを浮かべた。その肌の色はおよそ生者とはほど遠く、大理石のように青ざめていた。

「……」

 リセルは馬に乗った女性を見つめたまま愕然と立ち尽くしていた。

 そして、自分が今見ているものが、幻であることを切に願った。

「リスティス=アーチビショップ」

 その名をつぶやいたルーグの声に、リセルは両手を握りしめて絶叫した。

 ルーグの声は僅かなリセルの希望をあっさりと打ち砕いたのだ。

「嘘だ! こんなの……嘘だ」

 リセルを見つめる母リスティスの目は、纏う神官服より鮮やかな紅に光っていた。それはあきらかに彼女もまた騎士達と同じように命を失い、ルディオールに身体を支配されている証だった。

 リスティスは静かに馬を降りて、こちらへと歩いてきた。肩掛けの上でゆるやかに波打つ金色の髪が、生前の彼女を思い出させるかのように神々しく輝いている。

 リセルはその場から動けなかった。

 両目を見開いたまま、リスティスが近付いてくるのを見ているだけだ。

「リセル、しっかりしろ」

 ルーグがリセルの肩を掴んで正気付かせようとした。

 だがリセルは開いた口から何も言葉が出ず、死してなお自分の手駒として母を差し向けたルディオールへの怒りよりも、深い悲しみに突き落とされるのを感じていた。

 見開かれたリセルの瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。

 母リスティスはもうここにはいない。

 あれは母の姿をしているが、母ではない――。

 頭ではわかっている。

 もたもたするな。

 騎士達と同じように、彼女もまた聖なる炎で焼き清めなければ、いつまでも彼女の魂は肉体から解放されず苦しむことになる。

「リセル。どうしたの。そんなに辛そうな顔をして」

 リスティスは両手を広げ、リセルの顔を覗き込むように首を傾けた。

「私と一緒に来なさい。リセル。そしてあの方に仕えるのです。アルヴィーズさえいなければ、私達は普通の暮らしに戻る事ができる。ルディオール様がアルヴィーズを神界から引きずり下ろせば、わざわざ民の為に召喚を行わずとも、あの方がこの地をずっと守って下さるのよ」

 リスティスの言葉は毒の入った蜜酒のようだった。

 リスティスはまた一歩、リセルの方へ近付いた。

「リセル! 何をしている。早く魔法で彼女を解放してやれ」

 ルーグが銀の剣を構えリセルの肩を揺さぶった。

「母さん。わたしは……」

 リセルはかろうじて上げた右手をだらりと下ろした。

 死んだのならもう眠っていて欲しかった。話しかけないで欲しかった。

 目の前に現れないで欲しかった。生きている時と同じ姿と声色で。

 リスティスはもう手を伸ばせば触れられるほど間近に近付いていた。

 ルディオールと同じ真紅の瞳が、リセルを捕らえるために妖しい光を帯びる。

 リスティスの青白い手がリセルの喉元に向かって伸びたその時。

「わたしには……できない! ルーグ!」

 ルーグはリセルの身体を後方へ突き飛ばし、手にしていた銀の剣でリスティスの首を刎ねた。

 が、リスティスの首は地面に落ちるどころか、赤い筋が一瞬付いたかと思うと、すっと傷が消え失せた。

「何……!」

 リスティスは白い指を首に当てながら、赤い唇に笑みを浮かべた。

「生憎だったな。神殿騎士」

 ルーグの右手から銀の剣が滑り落ちて足元の地面に突き立った。

 ルーグに突き飛ばされたリセルは身を起こし、自分を庇うように立つルーグの背中を見て呆然とした。

 翻った漆黒のマントから、血濡れたリスティスの左手が突き出ていた。それはルーグの胸を深々と貫いていたのだった。

 けれどルーグはリスティスを睨み付けていた。その瞳の奥――彼女を操る者へ自分は屈しないといわんばかりに。

 リスティスは興味深気に目を細めた。

「……貴様……どこかで」

「ルーグ!」

 リスティスはルーグの肩に右手を回し、抱き寄せるような格好で、ルーグの胸から左手を抜いた。

 支えを失ったルーグは膝を付き、地面にそのまま倒れ臥した。

「ルーグ! ルーグ!」

 リセルは倒れたルーグの所に駆け寄ろうと立ち上がった。

 だがリセルの視界には、いつか見た黒い稲妻が迫っていた。

 それはルーグを巻き込むほどの質量で避ける暇などない。

 リセルは右手を伸ばし、ルーグの背に覆い被さりながら、アルヴィーズより託された剣が宿る掌でそれを受け止めた。

 心臓の鼓動が止まりそうなほどの冷たい衝撃がリセルを襲う。黒い稲妻はそれを防ごうとしたリセルの力と相克していたが、やがて勢いを弱め消失した。

「……くっ……」

 リセルは痺れて感覚を失った右手をだらりと落とした。

 アルヴィーズは自分の力を剣に変えて、ルディオールを封じるためにリセルに託してくれたはずだが、何故か今はその力を引き出す事ができなかった。

「どうして……」

 未だぴくりとも動かないルーグの肩を抱きながら、リセルは右手の痺れが全身に広がっていくのを感じた。

 雪山で遭難したかのように体中が凍えて冷えきっている。

 指一本動かすのも相当な意志の力を必要とした。

「私の力が、いつまでもアルヴィーズと同等であると思わぬ方がいい。いや、ここにいる分だけ、私の方があの女より遥かに大きな力を地上に及ぼせる」

「……」

 いつのまにか近付いてきたリスティスが、リセルの長いセピア色の髪をつかみ上げ、その顔を覗き込んでいた。

 瞳が真紅であることを除けば、リセルを見つめるのは優しかった母リスティスそのものだ。

 いや、違う。

 リセルは瞬きを繰り返し、その顔が別の女のものへ変わっていくのを見た。

「……ルディオール……」

 闇夜に浮かぶ銀月のように白く輝く髪を揺らし、太陽神の『半身』であった女は、六日前より若々しく、そして圧倒されるような禍々しい気に満ちていた。

「リセル。お前には一つ借りがあったな」

 リセルはルディオールを拒絶するかのように目を閉じた。

「……わたしもお前に助けられた。だから借りなどない。しかし、わたしはあの時、禁忌を犯した罰を受け入れ死ぬべきだった」

 リセルの髪を掴むルディオールの手に力が込められた。

 ルディオールはさらに自分の方へリセルの顔を引き寄せた。

「そう急くな。お前だけは……私を解放したお前だけは、何の苦しみも感じない死を与えてやるのだから。身体が冷えきって冷たいだろう? 手足の感覚も痺れて何も感じないだろう?」

「……」

 リセルは答えなかったが、ルディオールの言う通り、身体は凍え手足の感覚もなくなっているのはわかっていた。

「お前は間もなく死ぬ。だが、その命の鼓動をいつ止めるかは、私次第だ」

 リセルはぎりと歯を噛みしめた。

 ルディオールが自分をまだ生かす理由が不意にわかった。

 アルヴィーズだ。

 ルディオールはアルヴィーズをこの地上に喚ぶつもりなのだ。

 そして、リセルに今度はアルヴィーズを封じさせるつもりなのだ。

「私の思考を読んだか」

 小さくルディオールが笑い声を立てた。

「そうだな。お前の考えも読めるぞ。お前はアルヴィーズを喚ぶくらいならこのまま死を選ぶ。けれどお前の『監視者』としての役目は果たされない。エレディーンも草葉の陰で泣いていよう。神格を捨ててこの地に降りた愚か者。常命の身になれば死を免れぬというのに、どうやって私の監視を続けることができるというのだ? エレディーン。あれから幾千幾万の夜がこの地上を訪れた? お前の魂は欠片すらこの世界に残ってはいまい」

 ルディオールはリセルの髪から手を放し空に、向かって高らかに笑い声を上げた。

 支えを失ったリセルの頭は未だ倒れているルーグの肩の上に落ちた。

 ルーグ。

 リセルは感覚を失った指を懸命に動かして、その肩を握りしめた。

 まだ彼のぬくもりが感じられるようだった。

『すまない、ルーグ』

 リセルはただルーグに詫びた。

『わたしに出会わなければ。この森でわたしに会わなかったら、あんたは死なずに済んだ。許してくれ、ルーグ……』



『馬鹿』



 朧げな意識の中で、はっきりと声が聞こえた。

『ルーグ?』

 身体は冷えきって微動だにしない。それを動かそうとする意志も萎えている。けれどその声を聞いただけで、リセルは再び自分の中に力が湧くのを感じた。

『私はお前に会わなければならなかった。リセル。この森で……いや、お前に会うために、私は待っていたのかもしれない』

『ルーグ?』

『その名は私のものであって私のものに有らず。我が名はエレディーンと呼ばれていた』

 リセルははっと目を見開いた。

 氷よりも冷たいルディオールの手が、リセルの髪を再び掴み引っ張り上げたのだ。

「さあリセル。アルヴィーズを喚ぶのだ!」

 ルディオールはリセルを睨み付けながら、周りを気にするように、白銀の髪を大きく乱しながら紅の瞳を油断なく見回した。

「あの女に救いを求めろ! さもなくば、あの傲慢な女が私にした同じ仕打ちをお前にしてやる。あの闇の中へ……魂の嘆きすら届かぬ地の底へこの私が送ってやる。喚べ! 叫べ! 私から助けて欲しいとあの女に願え!」

『ルディオールを……救ってくれ』

 再びルーグの――いや、エレディーンの声が響いた。

 リセルは誰かが自分の右手を握りしめているのを感じた。

 始めは暖炉の前の炎のように暖かかったそれが急速に熱を帯び、そこから全く感じられなかったアルヴィーズの力が全身に流れ込んできた。まるで灼熱の太陽が落ちてきたみたいに身体が火照って熱くなる。

 それに伴い、ルディオールの冷たい憎しみに満ちた力がリセルの中から消えていった。

 雪が解け春を告げる風が吹き、森の木々が青々とした葉を芽吹かせる光景がふと脳裏に浮かんだ。

「ルディオール。もう……やめないか」

 リセルは右手を伸ばし、自分の髪の毛を掴むルディオールの青白い手首に指を絡ませた。

「リセル、お前……!」

 ルディオールの手首を掴み、リセルはゆっくりと上半身を起こした。その身体は青白く輝くやわらかな微光が縁取っている。

 ルディオールはリセルの顔を見て怯えたように真紅の瞳を見開いた。

「貴様は……! 嫌よ……嫌っ! 私に触れるな。手を放せ!」

 ルディオールは自由な左手を振り上げ、憎悪と孤独の思念に満ちた黒い稲妻の力を収束させた。

「私の力を見くびるな! 私はアルヴィーズの『半身』だ!」

「わたしを信じてくれ。今度はお前を傷つけたりはしない」

 リセルはもう一方の手を伸ばした。即座に凍り付いてしまいそうな冷気を放つルディオールの稲妻を包み込む。それはリセルが触れた途端霧のように四散した。

「嫌っ! 私はあそこへ……あの中には戻りたくない!」

 ルディオールが身体を仰け反らせ絶叫した。

 リセルはその両手を掴みながら、彼女が目にしている同じ光景を見ていた。

 息詰まるような静寂に満ちた、暗黒の霧が立ち込める空間。

 その中で一人、小さな少女が座り込んで泣いていた。

 肩に届くぐらいの真直ぐな金髪に白いゆったりとした衣を纏っている。


『私の何がいけないというの?』

『あの小さな箱庭を、愛することが何故いけないの?』

『あなただって泣いていたじゃない』

『あの箱庭を失う事が何よりもこわくて、悲しくて……』

『その気持ちを捨ててしまうなんて。こんな所に閉じ込めるなんて』

『私を、閉じ込めるなんて』

『私は、あなたなのよ』


「アルヴィーズ」

 リセルは闇の中で泣き続ける少女に呼びかけた。

 少女の肩がぴくりと震えた。金色の髪がさらりと揺れて少女がおずおずと振り返る。

 リセルは彼女に近付き、膝を付くと両手を広げてその小さな肩を抱きしめた。

「わたしの所においで。あなたの怒りや苦しみ……悲しみや寂しさ。封じなければならなかったあなたの心。わたしがすべて受け止める」

『そんなこと、できっこないわ』

 リセルの腕の中で少女の声は震えていた。

「大丈夫。わたしがここに留まった理由はただ一つ」

 リセルはここにはいない、けれど側にいる、もう一つの思いを感じながらつぶやいた。

「あなたを独りにしないためだ」


 ――エレディーン。

  私の心を封じて。

  戦いに必要のない、私の『弱き心』を愛しいこの地に。



 リセルを取り巻く闇の霧が晴れていく。

 色を失っていた『聖なる森』に、明るい陽の光が降り注いでいた。

 リセルは両手に淡い金色の光を抱えていた。まるで磨かれた水晶球のように透明な輝きを放つその光は、かつて『ルディオール』と呼ばれた、アルヴィーズが自分にとって不必要だと思った『心』そのものだった。光は小さな明滅を繰り返しながら、すっと、リセルの胸の中に入って消えた。


「それでいいのか?」

 リセルの背後で、聞き覚えのある懐かしい声がした。

 リセルは小さく息をついて、森を渡る風に靡く髪を押さえながら振り返った。

 そこにはリセルによく似た面差しの青年が立っていた。

 恐らく五才ほど年上だろうか。

 腰まで伸びたセピア色の髪が太陽の光に当って金茶色に輝いている。

 くっきりとした眉の下で、淡い青とも濃い青にもみえる湖水のような瞳がリセルをじっと見つめていた。

 けれどよくみれば彼の姿は薄い。

「これがわたしの選んだ方法です。エレディーン」

 リセルの前に立つ青年――いまは魂のみで存在しているかつての『監視者』は、リセルの良く知った者と同じ穏やかな微笑を浮かべていたが、申し訳なさそうに眉間を曇らせた。

「あの者の心を救ってくれた事には大変感謝している。けれど、ルディオールを抱えて生きるお前は、常命の者より遥かに永い時を生きなければならない存在となってしまった」

「ええ」

 リセルは言葉少なげに返事をした。

 かつて神族だったエレディーンがこの地に降りた時のように、神の力を抱えたリセルもまた、普通の人間より永い時を生きる事になる。

 それは決して幸いな事とはいえない。

「でも、彼女と約束してしまいましたから。わたしがすべてを受け止めると。いつか、アルヴィーズが自ら封じた己の心を再び受け入れて下さる時まで、わたしがあの方の心を守ります」

 リセルは右手を胸に押し当てた。

「一つだけ教えて下さい」

 リセルは目を閉じ、小さく頭を振ってから、足元に倒れている黒髪の神殿騎士の遺体の側に膝をついた。

「あなたが、ルーグだったんですか?」

「そうだ……でも、正確にはそうではない」

「えっ」

「ルーグと共に、私が在った」

 エレディーンが静かにリセルの側にやってきた。そして騎士の側に跪いた。

 瞳を伏せ、そっと労るように物言わぬ騎士の黒髪を撫でた。

「ルーグは真の『神殿騎士』だった。彼がいなければ、私とお前の母……リスティスの願いを叶える事はできなかった」

「願い?」

「彼に触れてやってくれ。その思いを知るためにも」

 リセルはルーグの肩に手を置いた。

 誰かの――これはルーグが生きていた時の記憶だ。

 それが一気にリセルの脳裏に流れ込んできた。

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