第8話:山賊
「いままでの人生で最高のお風呂でしたわ」
ゆったりとした入浴を満喫でき、わたくしは大満足でした。
できることなら毎日こうしてお風呂に入りたいものですわ。
「そんなに気に入ったのかい? 嬉しいこと言ってくれるねぇ」
「なんだったら毎日うちの風呂に通うといいよっ!」
「あんたねぇ……。もうちょっと下心を隠す努力をしたらどうなんだい?」
「い、いまのは親切心から言ったんだよっ。うちなんかの風呂でこんなに喜んでくれたんだ。嬉しいじゃないか!」
わたくしに親切にしてくださったご夫婦――クリフ・カミラ夫妻は仲睦まじいやり取りを繰り広げております。
あぁ、羨ましい。わたくしも、いつかはこうやって素敵な方とイチャイチャしたいですわ。
そんな未来を掴み取るためにも、婚活の旅を続けなければならないのです。
「わたくしとしても毎日通いたいくらいですわ。ですが、わたくしは旅の途中。いまはほかにやるべきことがありますの。それを成し遂げるまで、定住することはできませんわ」
「やるべきことってなんだい?」
「結婚ですわ」
「結婚……ってことは、フェリシアちゃんは未婚なのか。くそぅ、あと10年早ければ……」
「なんか言ったかい?」
ぎろりと目つきを鋭くさせるカミラさんに、クリフさんはぶんぶんと首を振りました。
「な、なんでもないさ。……けど、それくらい美人だと相手は選り取り見取りだろう? 旅なんてすぐに終わるんじゃないの?」
「そうなってほしいのですけれど……わたくしの理想は『わたくしより強い方』ですので、誰でもいいというわけではありませんの」
「フェリシアちゃんは見かけによらず強いからねぇ。難しいかもしれないけど、根気強く探せばそのうち見つかるさね」
カミラさんが励ましてくださいました。お風呂といい、激励といい……見ず知らずのわたくしにここまで親切にしてくださって、本当に感謝しております。
そのお礼というわけではありませんが、キメラは無償でお譲りすることにしております。
味のわからないお肉ですので受け取っていただけないかもと思いましたが、この村の方々にとってお肉はご馳走なのだとか。
森に行けば獣肉を調達できますが、魔物に襲われるかもしれませんものね。
「ところで、先ほどおっしゃっていた『あいつら』とは何者なのでしょう?」
お風呂に入っているときも、そのことが気になっておりました。
退治という表現を使ったということは、近くに恐ろしいなにかが潜んでいるということでしょうか。
「この村から街道に沿って5時間くらい歩いた先に、山砦があってね。そこに山賊が棲みついてるのさ」
きっとこの村の方々にとって、山賊は魔物以上に恐ろしい存在なのでしょう。
集落や街道には魔物除けの結界が張られておりますが、山賊は人間ですので、結界内に立ち入ることができるのです。
「山賊が棲みついたのは1年くらい前になるかねぇ。幸い村を襲われたことはないけど、街道を通りがかったら身ぐるみを剥がされちまうらしいのさ」
この村から街へ向かうには街道を通らなければなりません。だというのに街道沿いの山砦に山賊が棲みついてしまったため、この村の方々は街へ行けなくなってしまったのだとか。
決まりですわね。
わたくしは山賊の頭領さんを結婚相手候補にすると決めました。
もちろん結婚後は山賊稼業から足を洗っていただきます。最初は嫌がるかもしれませんが、愛の力で必ずや改心させてみせますわ。
「それでは、さっそく山賊の根城へ行ってまいります」
わたくしが婚活宣言をしたところ、おふたりが慌てて引き止めてきました。
「あたしが言うのもなんだけど、やめといたほうが身のためだよ」
「フェリシアちゃんは美人だからね。捕まったら死ぬより酷い目に遭わされてしまうよ」
不安げなおふたりに、わたくしは笑みを向けました。
「ご心配には及びませんわ。危険を振り払うために強くなったんですもの。絶対に捕まらないとお約束いたしますわ」
「そうかい……止めても無駄なんだろうね」
「で、でも出発は日が昇ってからにしたほうがいいよ。こう暗いと迷子になるかもしれないからね。今日はうちに泊まるといい!」
わたくしは夜目が利きますので迷子にはならないと思いますが……しかし、こんな夜分に訪問すれば、頭領さんのわたくしに対する第一印象が悪くなってしまいます。
非常識な女だと嫌われてしまうかもしれません。
「では、お言葉に甘えさせていただきますわ」
わたくしは明日に控えた山砦訪問に胸を躍らせつつ、おふたりのお言葉に甘えさせていただくことにしたのでした。