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第7話:集落

 婚活の旅の第一歩を踏み出したわたくしは、そのまま二歩三歩と歩を進めていき、森のなかへと踏みこみました。


 落ち葉の絨毯が敷かれ、木々の根っこが血管のように浮き出た獣道は、歩きにくいことこの上ありません。


 バッタのようにジャンプすれば一気に森を抜けられますが、わたくしの目的は結婚相手と巡り会うこと。どこに出会いが潜んでいるかわからない以上、徒歩移動が最適なのです。


 山籠もり中の方を見落としてしまわないよう、わたくしは注意深くあたりを見まわしながら歩いていきます。


 3時間ほどそうしていると、しだいに身体が火照ってきました。


 どこかで水浴びをして汗を流したいですが……11年間水浴びばかりでしたし、せっかくの人里です。できることならお風呂に入りたいですわ。


 街についたら宿を借り、まずはお風呂に入りましょうか。……ああでも、宿代がありませんわね。


 日払いの仕事があればいいのですが、そんな簡単にお仕事が見つかるとは思えません。


「なにか売るという手もありますわね」


 森は食料の宝庫です。お金の代わりに食べ物をお渡しすれば、宿代として認めていただけるかもしれません。



 がさがさ。



 ちょうどそのとき、近くの茂みが揺れました。そして、まっしろなウサギが茂みから顔を覗かせます。


「あら、かわいい」


 その場にしゃがみこみ、じっとウサギを見つめます。ウサギは鼻をひくひくさせ、潤んだ瞳でわたくしを見つめ返してきました。


 見ているだけで癒されます。ぜひともふわふわの毛並みを堪能させていただきたいのですが、触るとひとの匂いが移り、仲間外れにされてしまうかもしれません。


 撫でたい気持ちをぐっと抑え、わたくしは立ち上がります。



 ……目の前に、鬼のような形相をした魔物が佇んでおりました。



『ガアァァァァァァッ!!』


 いつの間にかわたくしに接近していた魔物は威嚇するように叫び、鋭い牙で噛みつこうとしてきます。


 わたくしは唇をすぼめ、ふぅっと息を吹きかけました。



 ボンッ!!!!



 魔物の眉間に風穴があきます。


 わたくしの吐息は貫通力を秘めているのです。


「まったく、紛らわしいお姿ですわね。まんまと騙されてしまいましたわ」


 この魔物はウサギとグルだったのです。というより、一心同体ですわね。


 茂みの奥に隠されていたウサギの胴体はヘビのように長く、鳥のような胴体につながっていたのです。そして胴体の首から上には、ライオンのような顔がありました。


 ウサギのしっぽで餌をおびき寄せ、気を引いている隙に噛み殺す――という魔物なのでしょう。


「これは売れそうですわね」


 鳥のような胴体ですし、きっと食用肉ですわ。買い取り価格はわかりませんが、ライオンほどの大きさですし、入浴代にはなるでしょう。


 わたくしは服が血で汚れないように魔物を担ぎ、先へ進むのでした。



     ◆



 木々が夕日に染まる頃、わたくしは山間の集落にたどりつきました。


 藁葺きの家がぽつぽつと建つ、穏やかな雰囲気の村です。家屋数からして人口は少なそうですが、住居がある以上は住人もいらっしゃるはず。


 この魔物を買い取ってくださるかはわかりませんが……旅費を稼ぐため、訪問販売に挑戦してみましょう。


 近くの民家へ向かい、足もとに魔物を置いたあと、ドアをノックしてみます。


「旅の者ですが、どなたかいらっしゃいませんか?」


 待つことしばし。がらがらと引き戸が開かれ、30代くらいの男性が現れました。


「はいはい。どちらさ……」


 わたくしと目があった途端、彼はぽかんと口を開けて黙りこんでしまいます。


 わたくしの顔になにかついているのでしょうか? もしかすると魔物を倒した際、顔に返り血がついてしまったのかもしれませんが、鏡がないので確かめることはできません。


 身だしなみが気になりますが、このまま話を進めさせていただきましょう。


「あの、わたくしは旅の者ですが……」

「……」

「もし?」

「……あ、ああ、どうしたんだい?」 


 ぼんやりしていた村人さんは、キリッとしたお顔で応えてくださいました。


「あの、実は――」

「って、キメラじゃないか!!」


 突然悲鳴を上げ、村人さんがあとずさります。この魔物はキメラという名称なのですね。


「ご安心ください。すでに事切れておりますので」

「そ、そのキメラは……きみが倒したのかい?」


 わたくしが肯定すると、村人さんは感心したようにため息をつきました。


「はえ~……そんなに美人なのにキメラを倒すなんて、ひとって見た目によらないねぇ。それで、うちになにか用かい?」

「はい。わたくし、お風呂に入りたいんですの。ですがお金を持ってなくて……これって、どのくらいの価値があるのでしょうか?」

「キメラかい? うーん、どうだろうねぇ……」


 村人さんの反応は、あまり芳しくありませんでした。


「キメラのお肉って、美味しくないのでしょうか?」

「というか、キメラなんて食べたことがないからねぇ。味の想像はつかないし……街まで行けばもっと高く買い取ってもらえるだろうけど、この村で売るつもりなら、3000コルくらいにしかならないんじゃないかなぁ?」


 コルとはこの世界の通貨です。


 確か、1コル=1円ほどの価値だったはず。


 つまりキメラの買い取り価格は3000円ということですわね。


 3000コルで買い取っていただけるなら万々歳です。宿代には満たないかもしれませんが、入浴代にはなるでしょう。


「もしよろしければ買い取っていただきたいのですが……だめ、でしょうか?」


 じっと見つめてお願いすると、村人さんは頬を緩ませたあと、力強くうなずきました。


「ほかの奴らは3000コルしか出さないだろうけど、俺は30000コル出すよ! それに入浴したいなら、うちの風呂を使うといい! もちろんお金はいらないよ!」

「まあっ、お優しいんですのね」

「困っている女の子を見過ごすわけにはいかないからね! すぐに金を用意するから、きみは風呂に――」



「……あんた、なにやってんだい?」



 屋内から恰幅のいい女性が現れました。その途端、村人さんはお顔を真っ青にして、おそるおそるといった様子でうしろを振り向きます。


「な、なにって……人助けさ」

「人助け? そんなに鼻の下を伸ばして……下心があるんじゃないのかい? あんた、うちの亭主に変なことされなかったかい?」


 ふたりはご夫婦だったようです。


「いいえ。とても親切にしていただきましたわ。こちらの魔物を30000コルで買い取ってくださるのだとか」

「30000コル!? あんた、そんな約束したのかい!?」

「だ、だって困ってるようだったから……そ、それに買い取ったらうちの風呂に入ってもらえるし」

「やっぱり下心があるんじゃないかい!」


 まさか一日に二度も鬼の形相を目にするとは思いませんでした。


 そうして旦那様を叱りつけた奥様は、わたくしに笑みを向けてきます。


「さすがに30000コルは出せないけど、お風呂に入りたいなら自由に使ってくれて構わないよ」

「助かりますわっ」

「困ったときはお互い様さね。……ところで、その魔物はどうしたんだい? 死体を拾ったのかい?」

「いえ。森のなかで襲われたので倒したのですわ」


 奥様は驚いたように目を見開きます。


「あんたが倒したのかい!? おとなしそうな見た目をしてるのに……まったく、とんでもない娘だね」

「そんなに恐ろしい魔物だったのですか、このキメラは?」

「あたしにとっちゃ魔物全般恐ろしいさね。そりゃ鎖で繋がれてるってんなら魔法で倒せるだろうけど……普通はルーンを描いてるあいだに殺されちまうよ」


 魔法を使うには杖でルーンを描かなければなりません。わたくしは吐息で倒しましたが、あそこまでの接近を許したのです。わたくしが普通の魔法使いだったら、ルーンを描く間もなく噛み殺されていたでしょう。


「とにかく、キメラはあんたが倒したんだね?」


 わたくしはうなずきました。魔法で倒したわけではありませんが、吐息で倒したと言っても信じてはいただけないでしょう。


「そうかい。そんなに強いんだったら……あんたなら、あいつらを退治してくれるかもしれないね」

「あいつら?」


 って、誰のことでしょう?


「まあ、立ち話もなんだ。まずは風呂に入って疲れを落とすといいさね」


 そうして、わたくしは親切な村人夫婦のご厚意に甘えることにしたのでした。


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