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第4話:混血

 などと息巻いてみましたが、状況は変わりありません。


 まずはこのピンチを切り抜けないことには、結婚なんて夢のまた夢ですわ。


 彼を知り己を知れば百戦殆うからず。この状況に適することわざかはわかりませんが、生還を果たすためにも『彼』について知る必要がありそうです。


 わたくしは首を振ってよだれを払い、じっと目を凝らして巨体を観察してみます。


 よだれの主は全身をまっしろな鱗に覆われた、トカゲのような生物でした。


 頭には2本のツノが、背中には2枚の翼が生えています。


 大きなお口にはびっしりと牙が生え、大樹のような足の先端には鋭い爪がありました。


 ぱっと見はトカゲですけれど、これはドラゴンに違いありませんわ。だってここは竜の谷ですものね。


 そんなホワイトドラゴンが計5体。わたくしを取り囲み、ぼたぼたとよだれを垂らしておりました。


 ドラゴンって群れで行動するのですね。ひとつ賢くなりましたわ。


 ……さて、できる限り『彼』について知りましたが、このあとなにをすればいいのでしょうか?



『うわあ、おいしそうだね』

『たべていい? たべていい?』

『いただきますしていい?』



 頭を悩ませていたところ、やや高めの声が聞こえてきました。いまのは子ドラゴンの声でしょうか?


 ミニサイズのドラゴンが3体いますし、きっと子どもに違いありませんわ。


 ドラゴンって、しゃべれるのですね。


 意思疎通ができるなら、見逃してもらえるかもしれ……ああ、だめですわね。わたくしはツタによって、しゃべることを禁じられているのでした。


『食べてはいけません。ここはお母さんたちに任せて、あなたたちは向こうで遊んでいなさい』

『お母さんの言う通りにするのだ。お前たちは向こうで遊ぶのだ』


 ご両親と思しきドラゴンにたしなめられ、子どもたちは飛び立っていきました。突風が巻き起こり、わたくしはごろごろと転がります。このまま逃げ切れるでしょうか?


『あなたはここにいなさい』


 がしっ。


 母ドラゴンの前脚に捕まってしまいました。


 先ほどの言葉を信じるなら、捕食する気はないようですが……この爪に引き裂かれて無事に済むとは思えません。


 ぶちぶちっ。


 母ドラゴンが前脚を縦に動かし、ツタを引き裂いてくださいました。


 まあ、なんて器用なのでしょう。


 その足技に、わたくしは感謝の意を示します。


「ありがとうございます。おかげで助かりましたわ」


 助かったと安心するのはまだ早いかもしれませんけどね。


『……怯えないのね』


 母ドラゴンがほうけています。


 なにせ目の前にドラゴンが佇んでいるのです。普通は怯えるものなのでしょう。恐怖のあまり失神したっておかしくない状況です。


 けれど、わたくしは普通ではありません。


 一度死を経験したことで、精神的に強くなったのです。


 それに、相手の顔を見て怯えたり悲鳴を上げるのはとても失礼なこと。そんな反応を見せてしまえば第一印象が悪くなり、あとから好きになったとしても、結婚するのが難しくなります。


 そう考え、いついかなるときも平常心を保てるように特訓したことがありました。その経験が、ここで活きたのです。


 ぎゅるるるるるるるる。


 父ドラゴンのお腹から、凄まじい音が響きます。お腹が空いているのでしょうか?


『あなたまで……。食べてはいけませんよ。この娘は私たちの仲間なのですからね』

『面目ないのだ。ちょっとお腹が空いただけで、べつに食べようだなんて思ってないのだ』


 母ドラゴンに叱られ、父ドラゴンはしょんぼりとうなだれます。


「仲間?」


 そんな父ドラゴンの親しみがわく反応を横目に、わたくしは疑問を口にしました。


『あなたの母は、私の妹――つまり、あなたにはドラゴンの血が流れているのよ。だから私たちの言葉を理解できるってわけ』

「まあ、そうだったのですね。では伯母さまとお呼びしたほうが?」

『構わないけど……驚かないのね』

『お前の理解力に、こっちが驚いてしまったのだ』


 異世界に転生したことが一番の驚きでしたもの。転生を経験した身としては、ちょっとやそっとじゃ驚けませんわ。


 さておき、わたくしは質問を続けます。


「お母様は人間だったはずですが?」


 お顔立ちはわかりませんが、ローゼスとそういう行為に及んだということは、人間だったはずですわ。


『妹は人化魔法を使っていたのよ』


 魔法なのだと言われてしまえば納得するしかありません。


 伯母さまの話によると、人化魔法は数ある竜族のなかでも白竜族にしか使えない秘術なのだとか。


 人間にとってドラゴンはたいへんな脅威らしく、ひとたび暴れられると手のつけようがないようで。


 そこで人間は竜の谷にドラゴンをおびき寄せ、その周りに強力な結界を張り、ドラゴンを生きたまま封印してしまったのだとか。


 そのためドラゴンは竜の谷から出られなくなってしまったのですが、わたくしのお母様は人里で暮らすのが夢だったようで、人化魔法を使い、人間として生きる道を選んだのです。


 結界は魔物を封じるためのもの。人化魔法を使えば、結界は通じないということですわね。


 ですが、ひとの身はドラゴンの力に耐えることができません。よほど精神力が強くないと、すぐに魔法が解けてしまうのだとか。


 そのうえ人化魔法を使っているあいだ、ドラゴンは虚弱体質になるようで。激しい運動をしようものなら、その場で死んでもおかしくないのだとか。


 そんな身体が出産に耐えられるわけもなく、お母様はわたくしを生んですぐに息を引き取ってしまったのです。


「どうしてわたくしがお母様の娘だとわかったのですか?」

『あなたの身体から、妹に似た魔力を感じたのよ』

「魔力ですか」

『ええ。あなたの身体からは魔力が漏れているわ。だから、あなたが落ちてくる前から、近くに妹に似た魔力を持つ誰かがいることはわかっていたの』


 伯母さまいわく、最強の竜族であるホワイトドラゴンの魔力は人間1000人分に相当するのだとか。


 わけてもお母様の魔力は凄まじかったらしく、その娘であるわたくしの魔力に至っては、人間離れどころかドラゴン離れしているようなのです。


 わたくしはドラゴンと人間のハーフ。生まれつき人間の身体ですので虚弱体質になることはなく、かといってドラゴンの強さが消えることもありません。


 つまり、良いとこ取りというわけですわ。


 もっとも、魔力の使い方を知らないわたくしは、そのほとんどを体外に漏らしてしまっているらしいのですが……


 そこでふと、わたくしは新たな疑問を抱きます。


「ひとつ質問してもよろしいでしょうか?」

『構わないわ』

「わたくしは生まれつき力が強いのですが、それは魔力と関係しているのでしょうか?」

『関係しているわ。ドラゴンは力が強いの。そしてその強さの源は、筋力ではなく魔力にあるのよ』


 長年の疑問が解けました。


 わたくしの強さの源は、超人的な魔力にあったのです。


 普通の人間は魔力を筋力に変換することはできませんが、わたくしは半分ドラゴンですので、本能的に身体能力を上げることができていたのです。


 魔力の使い方を覚えれば、もっと強くなれるかもしれませんわね。


『ところで……妹はどうしているのかしら?』


 伯母さまがたずねてきました。


「わたくしを生んですぐに息を引き取ったと聞いておりますわ」


 隠し立てしてもしかたのないことですので、正直に伝えます。


 伯母さまもこうなることはわかっていたのか、取り乱すことはありませんでした。


『ここにいるということは、あなたは人間に捨てられてしまったのかしら?』

「ええ。ポイ捨てされましたわ」

『だったら、ここに住むといいわ。息子はもちろん、ご近所さんにもあなたを食べないように言っておきますからね』

「そうしていただけると助かりますわ。ところで、伯母さまにひとつお願いしたいことがあるのですが」

『なにかしら?』

「わたくし、強くなりたいんですの。よろしければ修行をつけてくださいませんこと?」


 わたくしは、いまのままでも人間離れした強さを持っております。


 ですが、その力をもってしてもローゼスの魔法には勝てませんでした。


 女の一人旅には危険がつきものです。理想の結婚相手と巡り会うまで、わたくしは死ぬわけにはいきません。


 そのためには強くなる必要があるのです。竜の谷は、修行の場としては最適なのですわ。


『あなたには凄まじいほどの魔力が――潜在能力が眠っているわ。いまはまだ使い方を知らないだけ。強くなりたいのなら、協力は惜しまないわ。だって、あなたは私の大切な家族だもの』

『惚れ直したのだ……』


 伯母さまの優しさに、伯父さまはますます惹かれたご様子。


 そうしてピンチをチャンスに変えたわたくしは、竜の谷での生活に胸を躍らせるのでした。



次話は夕方頃投稿予定です。


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