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第25話:港町

 王都を発って3日目の昼下がり。


「いやぁ~、いつ見ても海はでっかいっすね!」


 わたくしたちは港町フランコへとやってまいりました。


 列車を乗り継いでばかりで退屈だったのでしょう。移動中は眠たそうにしていたシエルさんは、水を得た魚のように生き生きとしております。


「ほんと、綺麗なところですわね」


 快晴の青空の下、清涼感のある白塗りの家々が建ち並び、その向こうには透き通るような海がどこまでも広がっております。


 日差しは強く、生温かい風が身体にまとわりつき……ともすれば不快感を覚えそうなものですが、爽やかな街並みを見ていると気持ちが和らぎます。


「せっかく海があるんすから、遠泳とかしたいっすね! 大陸まで泳ぎ切れたらめちゃくちゃ強くなれそうっす!」


 汗でおでこに張りついた前髪をそのままに、シエルさんが提案します。


 遊泳ではなく遠泳というところがシエルさんらしいですわね。


「修行するのは構いませんが、まずは水着を買いませんとね」


「下着じゃだめっすか? 洗濯もできるし、一石二鳥っすよ!」


「下着だと透けてしまいますわ。わたくしが買って差し上げますので、修行はそれから行いましょう」


「了解っす! だけど水着のことはよくわからないっすから、姉御に選んでほしいっす!」


「わたくしが選んでもいいのですか?」


「もちろんっす! だって姉御が選んだ水着を着れば強くなれそうな気がするっすもん!」


「そういうことなら、わたくしが選んで差し上げますわ」


「よろしくお願いするっす!!」


 などと元気よくお返事をしたところ、シエルさんのお腹から可愛らしい音が聞こえてきました。


「いっぱい声を出したらお腹が空いちゃったっす」


「わたくしもですわ。時間も時間ですし、どこかでお昼にしましょう」


「大賛成っす! 海の幸をたらふく食べて修行に備えるっすよ!」


 よほど楽しみなのでしょう。シエルさんはさらにお腹を鳴らしたのでした。



     ◆



「ここっす!」


 シエルさんに連れてこられた先は、海沿いにある小さなお店でした。


「前に来たときは金がなかったっすから3軒しか食べ歩きできなかったんすけど、そのなかじゃ一番美味しかったんすよ! もちろんほかの店が不味いってわけじゃないっすけどね!」


「まあっ、それは楽しみですわねっ」


 世界中を旅することで鍛えられたシエルさんの舌は信用できます。


 さっそく入店したところ、涼しい風が火照った身体を癒してくださいました。


 詳しいことはわかりませんが、この世界には魔具と呼ばれるものが電化製品の代用品になっているのだとか。


 魔具に内蔵された魔力回路に魔力を流すことで、あらかじめ決められた効力を発揮するのです。


 シエルさんの持っていた剣や列車なんかも、同じような仕組みになっているのでしょう。


「ふあぁ~……涼しいっすねぇ。汗が消えていくのがわかるっすよ……」


 エアコン型魔具の近くに座り、胸元をパタパタさせるシエルさん。


「おや、嬢ちゃんじゃないかい。ひさしぶりだねぇ」


 そんなシエルさんを見て、おじいさんがほほ笑ましそうに話しかけてきます。


 店主さんでしょうか? メニュー表とお水をテーブルに置いたおじいさんに、シエルさんは嬉しそうな笑みを向けます。


「あたしのこと覚えててくれたんすか!」


「もちろんだとも。あんなに美味しそうに食べてくれるお客さんを忘れられるわけがないよ。確か、修行をするために海を渡って来たんだったね。その後、修行は上手くいってるのかい?」


「順調っす! でも世界最強への道はほど遠いっすからね! 今日もご飯を食べたら修行するっす!」


「そうかい。楽しそうでなによりだねぇ。ところで、このべっぴんさんは嬢ちゃんのお友達かい?」


「姉御はあたしの師匠っす! 御前試合で優勝するくらい強いんすよ! 姉御みたいな強いひとが師匠になってくれて、めちゃくちゃラッキーっす!」


 べた褒めでした。


 ここまで慕われると、さすがに照れてしまいます。


 だからというわけではありませんが、シエルさんには美味しいものをお腹いっぱい召し上がっていただきましょう。


「ほぉ、御前試合で優勝したのかい。それはよかったねぇ」


「ま、姉御が優勝するのは当然なんすけどね! で、この町に御前試合で3連覇した奴がいるって聞いたんすけど、心当たりはないっすか?」


 シエルさんが代弁してくださいました。


 唐突とも思える質問に、おじいさんは落ち着いてうなずきます。


「もちろん知っているよ。ひょっとして、きみたちもリンクスちゃんと戦いに来たのかい?」


「わたくしたち以外にも戦いに来た方がいらっしゃるのですか?」


「リンクスちゃんは有名人だからねぇ。挑戦者があとを絶たないのさ。ついこないだも大柄の男が同じことを聞いてきたよ」


 きっとアルザスさんですわね。


 わたくしより先にリンクスさんの情報を掴み、海を渡る前に力試しをしようと思ったのでしょう。


「勝敗はどうなったのですか?」


 アルザスさんより強いかどうかで、わたくしの婚活計画が変わってくるのですが……。


「彼と会ったのはそれっきりだからわからないけど……ほかの挑戦者と同じように断られたかもしれないねぇ」


 リンクスさんは勝負の誘いを断り続けているようです。


 御前試合で3連覇を成し遂げたくらいですし、戦うのが嫌いというわけではないはずです。


 となると、なにか心境に変化があったのでしょう。


 あるいは、戦えない身体になってしまったのかもしれません。



 たとえば――妊娠とか。



 いくら戦うのが好きでも、さすがに赤ちゃんを身ごもっている状態で戦おうとは思わないでしょう。


「リンクスさんは、恋人はいらっしゃるのですか?」


 おじいさんは首を横に振りました。


「そんな話は聞いたことがないねぇ」


「そうですか……」


 だとすると、ほかに理由があるのかもしれませんわね。


 まあ、それに関しては実際にお会いしてから確かめるとしましょう。


「ところで、リンクスさんのお住まいを教えていただくことはできますか?」


「リンクスちゃんなら、海岸沿いの家に住んでるよ。ほら、あそこの大きな樹が生えているところさ」


 おじいさんは窓の向こうを指さします。


「……ああ、あそこですわね。見えましたわ」


 ここから歩いて15分ほどのところに、リンクスさんはいらっしゃるようです。


 結婚相手候補が間近に迫り、わくわくしてまいりました。


「なんだかんだ、リンクスちゃんは戦うのが好きな娘だからね。御前試合で優勝したきみなら、きっとリンクスちゃんのお眼鏡にかなうはずだよ」


 と、おじいさんが励ましてくださったところで、シエルさんの声が響き渡ります。


「なにを食べるか決めたっす!」


 急におとなしくなったと思っていましたが、真剣にメニューを選んでいたようです。


 シエルさんの舌を信じ、同じものを注文するとしましょうかね。


 そうして注文を終えたわたくしは、海の幸が運ばれてくるのを心待ちにしつつ、国内最強の魔法使いであるリンクスさんに思いをはせるのでした。


国内最強の魔法使い編スタートです!


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