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第23話:美醜

 一夜が明け、御前試合当日の朝。


 時間をかけて身なりを整えたわたくしは、シエルさんたちと闘技場へやってきました。


「姉御の戦いぶりを目に焼きつけるっす!」

「フェリシアさんなら優勝できるって、私信じてるからね!」

「貴様は俺の目標なのだ。無様な試合は見せるなよ」


 入口前で激励をいただき、わたくしはひとりで裏口へ向かいます。


 そこには運営さんが立っておりました。



「あっ、よかった……」



 そわそわしていた運営さんは、わたくしの顔を見て安堵の表情を浮かべます。


「ちょうど迎えを出したところだったんですよ。行き違いになったみたいですね」


 もしもの事態に備え、本戦出場選手は運営側に宿泊先を申告しなければならなかったのです。


 時間ぎりぎりになってしまいましたし、運営さんはさぞかし焦ったことでしょう。


「遅くなってしまい、申し訳ありませんわ」


「いえ、遅刻せずに来てくださっただけで大助かりですよ!」


 運営さんは切実そうにそう言って、通路の奥を指さします。


「この通路をまっすぐ行った先に選手控え室がありますので、しばらくそこでお待ちください」


 運営さんの指示を受け、わたくしは控え室へ身を移します。


 そこで、運営さんが『大助かり』と言った意味がわかりました。


 控え室にはヴィオラさんしかいらっしゃらなかったのです。



「あら、遅かったわね。てっきり私の不戦勝になるんじゃないかって期待しちゃったわ」



 ヴィオラさんが椅子に腰かけ、優雅な笑みを向けてきました。


「ほかの方は寝坊でしょうか?」


「寝坊しているだけなら運営が連れてくるはずよ。そうしないってことは、戦うのが怖くなって夜逃げしたんじゃないかしら」


 ヴィオラさんは我関せずといった口調です。


 ほかの選手はともかく、ダルーバさんの心配すらしないということは、おふたりは恋人関係ではないのでしょうか?


「ほかの選手が来なかった場合、御前試合はどうなるのでしょう?」


「大勢の観客が集まってるし、国王も来ている以上、いまさら延期にはできないでしょうね。ま、あなたが来なかったら延期になっていたかもしれないけどね」


 つまりはヴィオラさんとの一騎打ち――いきなり決勝戦というわけですか。


 ヴィオラさんは結婚相手の最有力候補です。


 ほかの候補がいらっしゃらない以上、ヴィオラさんと結婚する可能性が高まりました。


 せっかくふたりきりになれましたし、お話をして距離を縮めることにします。


「ヴィオラさんは、なぜ御前試合に参加したのですか?」


「そんなの褒美が欲しいからに決まっているじゃない。あなたもそうでしょう?」


「いえ。わたくしの目的は褒美ではありませんわ」


「ふぅん。まあ、あなたの目的なんてどうだっていいわ。どうせ勝つのは私だもの。だって――」


 ヴィオラさんが勝因を口にしかけたところ、運営さんが部屋にやってきました。


「お待たせいたしました。間もなく御前試合を開始いたします」


「ほかの選手はどうなさったのですか?」


「残念ながら見つかりませんでした。ですので、今回の御前試合はおふたりの一騎打ちという形にさせていただきます」


「そうですか……。こういうのはよくあることなのですか?」


「いえ。体調不良やプレッシャーなどで1、2名の選手が出場を辞退することはありますが、さすがに6名が失踪するのは前代未聞です」


 運営さんはため息をつきます。


「とはいえ、出場を辞退したくなる気持ちはわかります。おふたりは予選で圧倒的な強さを見せていましたからね。それを見て、勝てるわけがないと諦めてしまったのでしょう」


 結界がある以上、死ぬことはありません。


 しかし勝負である以上、勝ち負けはあります。


 御前試合の勝敗は国中の方々が知ることになるでしょうし、敗者は行く先々で笑いものにされるかもしれません。


 それを怖れ、失踪したのかもしれませんわね。


「まあ、観客の方々が望んでいるのは強者同士の戦いですからね! おふたりの戦いぶりに多くの方々が熱狂するのは間違いないでしょう! 歴史に残る戦いになるはずです!」


 運営さんは熱く語り、わたくしたちに指輪を差し出してきました。


「その指輪には転移魔法テレポートが組みこまれています。陛下による開会のご挨拶が終わりましたら、おふたりは競技台へと転送されます。あと数分で試合開始となりますので、指輪を身につけてもうしばらくお待ちください」


 わたくしたちが指輪をはめたのを見て、運営さんは部屋をあとにします。


「それで、どうしてヴィオラさんの勝ちが確定しているのでしょうか?」


 運営さんが去ったところで、先ほどから気になっていたことをたずねます。



「そんなの決まっているじゃない。――私が美しいからよ!!」



「ええと……どういう意味でしょう?」


 問いを重ねるわたくしに、ヴィオラさんはあきれたように笑います。


「わからないの? 美しさとは強さの証なのよ! つまり世界一美しい私こそが世界最強ってわけ! おわかり?」


 正直言うと、意味がわかりませんでした。


「ヴィオラさんは、とっても綺麗ですわ。ですが、それと強さがどう結びつくのでしょう?」


「人間は美しいものを愛する生き物なのよ! そして私は世界一美しいわ! そんな私を傷つけられる奴なんてこの世にいないわ! だって私は全人類に愛されているのだから!」


 当然のようにそう語ったヴィオラさんは、悔しげに拳を握りしめます。


「そんな私が王妃じゃないなんておかしいでしょう!? 世界一美しい私は国王の寵愛を受けて然るべきなのよ! だからこそ、私は御前試合に参加したのよ!」


「もしかして、ヴィオラさんの望みの褒美というのは『王妃の座』なのですか?」


「その通りよ! ふんっ。あなたが言いたいことはわかるわ。御前試合に参加したからって結婚できるわけがないと言いたいんでしょう!?」


「いいえっ、むしろその逆ですわ! わたくしの参加理由も『結婚』ですものっ!」


 予期せぬ同志の登場に、気分が高揚してしまいます。


 この国では重婚が認められているようですし、ヴィオラさんが陛下と結婚し、わたくしがヴィオラさんと結婚することだってできるのです。


 つまり、わたくしがヴィオラさんより弱ければ、みんなが幸せな結末を迎えることができるのですわっ!


「結婚のために参加したですって!? ちょっと綺麗だからっていい気になってるみたいだけど、あんたじゃ王妃になれないわ!」


「いえ。わたくしは王妃になりたい――」


「お黙りなさい! 王妃になるのは私よ! だって私は魅了魔法チャームを極めているもの! この魔法は私の魅力を増幅させるの! 私が命令すれば、全人類は私の言いなりってわけ! 失神させるのも失踪させるのも思いのままなのよ!」


 ……なるほど、そういうことですか。



「ダルーバさんたちが失踪したのは、あなたのしわざだったのですね」



 アルザスさんは失神を命じられ、ダルーバさんをはじめとする選手の方々は失踪を言い渡されたのです。


 わたくしに夜逃げを命じなかったのは、御前試合の延期を避けるためでしょう。


「ええ、そうよ」


 ヴィオラさんは悪びれることなく認めました。


「運営に知らせようったって無駄よ。だって魅了魔法はとっくに発動済みだもの! 自覚がないだけで、あなたは私の傀儡になってるのよ! その証拠に、あなたは私のことを好きになっているはずよ! それこそ、結婚したいと思うくらいにね!」


「ええ、結婚したいと思っておりますわ」


「でしょう!? これで私の勝ちは確定だわ!」


「ですが、効果はそう長くはもたないのでしょう?」


 アルザスさんは、ヴィオラさんが精神に作用する魔法の使い手だとわたくしに教えてくださいました。


 効果が持続していれば、ヴィオラさんの不利になる証言はしないはずです。


「私がそばに居続けないと、効果はせいぜい1日しかもたないわ」


「だとすると、効果が解けたら仕返しされるのではないでしょうか?」


「私が命令したことなんて覚えちゃいないわ! それにたとえ復讐に来たとしても、私には指一本触れることはできないわ! だってほかの連中が正気に戻ったとき、私は王妃になっているもの! 国王が私を守ってくれるわ!」


 御前試合に優勝すれば、陛下にお目通りが叶います。


 そうなれば、陛下はヴィオラさんの操り人形になってしまいます。仰る通り、ヴィオラさんを守るために国を動かすことでしょう。


 これは由々しき事態です。



「ヴィオラさん……あなたには守られたい願望があるのですか?」



 わたくしは守られたいのです。


 守られて、キュンとしたいのです。


 キュンキュンしながら、ラブラブしたいのです。


 助けてもらったお礼にキスをして、イチャイチャしたいのです。


 そんな前世からの夢を叶えるためには、結婚相手に守られたい願望があってはだめなのです。



「私は世界一の美女なのよ!? 守られて当然じゃない!」



 ショックでした。


 ヴィオラさんと結婚しても、わたくしの夢は叶わないのです。



「わかりました。この勝負、わたくしが勝たせていただきます」



 守られたい願望が強いヴィオラさんは、わたくしの理想とする結婚相手ではありません。


 さっさと勝負を終わらせて、次の婚活に向かうとしましょう。


 わたくしの宣戦布告に、ヴィオラさんはお腹を抱えて笑います。



「バカね! 私に勝つどころか、一瞬で決着がつくわ! だってあなたは私の操り人形だもの! そしてあなたが正気に戻ったとき、私は王妃よ! 王妃と面と向かって話したことを死ぬまで自慢するといいわ!!」



 ヴィオラさんが勝利宣言をした、そのときです。



 ふいに景色が一変したのです。



 どうやら円形闘技場に設けられたリングに転送されたようです。



 選手の登場に、客席からわあっと歓声が上がりました。



 熱く激しい戦いの幕開けを、いまかいまかと待ち望んでいるご様子です。



『それでは――試合開始!!』



 鳴り止まない歓声のなか、ひときわ大きな審判の声が響き渡ります。



 ヴィオラさんが、勝ち気な笑みを向けてきました。



 びしっと杖の先端でわたくしを指してきます。



 そして――




「さあ――フェリシア! 世界一美しいこの私のために呼吸を止めて気絶しなさいっ!!」




 パァァァァァァン!!!!!!




 扇子を一振りした瞬間、ヴィオラさんはもの凄い勢いで吹き飛びました。



 4本の支柱から張り巡らされた結界に衝突し、動かなくなります。



「ヴィオラさん……洗脳で結婚を目論むあなたは、ちっとも美しくありませんわ」



 わたくしは外見より性格を重視します。



 いくら見た目が綺麗でも、心が醜ければ美しいとは言えないのですわ。



『し、試合終了! フェリシア選手の勝利です!!』



 そうして、王都での婚活は失敗に終わったのでした。


いつもより長めになってしまいました。

次話で御前試合編完結の予定です。

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